北天に輝く   作:ペトラグヌス

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致死疾病─Despair.-6

 ……手も足もある。目も見える。

 おれは、三度今日の朝に戻ってきていた。

 ……また間に合わなかった。また、あいつに触れることさえも叶わなかった。

 救えなかったことも、間に合わなかったことも何度もあるけれども。今回のこれには、今までのどんな巻き戻りとも違う寒々しさがあった。

 あいつと会って、話したいことがたくさんある。テレジアやドクター、ケルシー先生のこと。おれに芽生えた、ちょっとした夢のこと。何より……好きだということ。

 ……会いたい。元気なあいつに、笑顔のあいつに、たまらなく。

 

 ……でも、この状況はおれが招いたことなんじゃないか?

 ヨシュアの言葉が、頭の中で渦巻く。

 楽な道を選んだ。

 おれは、あの時。隊長が裏切ったとわかった時。この傭兵団はもう危ういと判断して、このままでは傭兵としての仕事にありつくのは難しいだろうと考えて、それで、それで……自然と、どうすれば傭兵を続けられるかを考えていた。

 だって、あの時のおれは戦うという生き方しか知らなくて…………そんなわけない。傭兵をやめたモローの世話をしたのはおれだ。

 おれは、サルカズにだって武器を置くことはできることを知っていた。戦って、ただ壊す以外のことをできることをあの時から知っていた。そうすれば、自分にとって大切な人を戦場から遠ざけられることだって。

 けれども、おれはそれを選ぶことを考えもしなかった。当然のように戦うことだけを考えていた。あいつがそれを望んだから、なんて言い訳にはならない。おれは知っていた。戦場にいないあいつが、どんなに自然な笑顔をしているかということを。

 ……壊すのは、容易い。何かを創ることよりも、余程。おれは安易に、殺し続けることを選んだんだ。

 

 …………でも。それでも。その選択の全てが間違っていたとは、おれは決して思わない。

 選んだ道の先で、様々な人に出会った。今までになかった暖かさを知った。きっと全部、この道以外では得られなかったものだ。

 ……きっとこの、あいつへの気持ちだって。

 だから、後ろを見てばかりいるわけにはいかない。前を向かなければいけない。

 おれが選んだ道だからこそ、おれがあいつを救って見せる。

 絶対に、必ず。

 

 

 

 気持ちの整理はついたとしても、現実問題どうすればいいか考えなければならない。

 つい先ほどのヨシュアとの戦い、おれには何も見えなかった。気付いたら奴にアーツを回避され、そのまま四肢をもがれていた。テレジアの剣捌きとも違う、異様な速さ。中距離戦が適正のおれとは相性最悪の相手だった。

 だが、おれの目的は奴ではない。あいつを助けることだ。だから、そもそも戦わなければいい。戦いが起こらないようにすればいい。

 前回、おれはあいつと連絡を取らなかった。それまでのループから午後2時ごろまでは生きているはずだし、出来る限りそれが変わってしまうことを防ぎたかったからだ。

 ……しかし、時間より前に着いたのにも関わらず、あいつは既に倒れていた。

 ふと、奴の言葉を思い出す。

「……遅かったな」

 まるで、おれが来ることを予期していて、待っていたかのような言い草。

 地面に這いつくばっていた時も考えていたが、ヨシュアは何の目的であの場にいたのだろうか。奴ほどの能力の持ち主を、ただの拠点防衛で使うとは考えにくい。あの場所は確かにそれなりに重要な後方拠点ではあるが、それでも後方なのだ。わざわざ出張るにしても、もっと他にこちらのエリートオペレーターが活動している前線に派遣されていた方がよほどしっくりくる。

 ……だとすれば、やはり名指しされていたおれが目的だという可能性は高い。狙われる理由はやはり……いや、しかしテレジアは誰にも教えていないと言っていた。それに、もし正しく知られているならばあいつがあの局面で殺されることは無いはずだ。

 だとすれば……アーツ関連だろうか。昔、ロドス・アイランド護衛作戦に参加した時、将軍とやらがおれのアーツに興味があると言っていた。さらにバベルに入ってからわかったことだが、おれのアーツ適性は異常値を示しているらしい。

 ヨシュアの発言からして、おれがあの場所に任務に向かうことは敵陣営にばれていた。そのことから、バベルにスパイが潜り込んでいることは十分に考えられる。同じルートからアーツの検査結果が流出してもおかしくはないだろう。

 これらを勘案してこの、おれが目的という仮定に立って考えると、前回あいつが既に倒れていたことにも説明が付けられるのではないだろうか。

 ……つまり、Ωを餌におれを釣ろうとしていたと。

 前にロドスに侵入した奴らと戦った時。あのタイミングで巻き戻ったのは、おれがロドスにいてあの街には居ないことが明らかになったからではないだろうか。

 前々回、テレジアが外壁を切り裂いた直後に巻き戻ったのは。ロドスを監視していた敵に、おれの姿が見られたからではないか。

 おれは、あいつがある時間に襲撃を受けて、そのまま殺られたのだと思っていた。けれども、本当はもっと早い段階から襲撃を受けていて、あの時間まで生かされていたとしたら?

 

 ……なんにせよ、あいつが襲撃を受ける事態は絶対に避けなければならない。この時間帯ならば前に連絡も取れたし、まだ大丈夫なはずだ。

 事情を読めるテレジアを経由して、早急に連絡を取る必要があるだろう。

 おれは、近づいてきた02に声を掛けた。

 

 

 

 

『テレジア?どうかしたの?』

 

 テレジアとの会話は、やはりすんなりと進んだ。記憶を読まれるというのはあまり気持ちのいいものではないのだが、こういう場合には非常に助かる。ヨシュアに達磨にされたことを知ったせいか、気を付けてとまで言われてしまった。

 そんな彼女の気遣いに感謝しつつ、念のためクロージャたちを人払いし、テレジアの権限を使ってあいつとの通信を開始する。前にケルシー先生の権限を借りたときと声色が随分違って、なんだか可笑しく感じる。……可笑しくて、涙が出てくるほどに。

 

「……Ω、おれだ」

『……なんだ、あんただったのね。どうしたの?テレジアの回線で連絡なんて』

「……今すぐ、街を離れろ。ヨシュア──隊長がそこを襲撃するつもりだ」

 

 小さく、息を吞む声が聞こえた。

 

『…………隊長って、あの隊長よね。傭兵団を裏切った……』

「ああ、そうだ。あいつは、強い。……おれが、何もできないまま一方的に嬲られるくらいには」

『!……わかったわ。トラップを仕掛けてすぐに撤収する』

「おれもすぐにそっちに向かう。……気をつけろよ」

『……大丈夫よ。あたしの逃げ足の速さは知ってるでしょ?こんな場所さっさと抜け出して、すぐにあんたと合流するわ』

 

 あっけらかんとした口調で明るく言うΩ。自分の死を知ってなおそうして振舞う姿に、おれはこれまで何度救われたことだろうか。

 

「……そうだな。おれも、早くお前に逢いたい」

『……何よ、急に』

「話したい事とかさ、言いたいことがたくさんあるんだ。例えば──」

 

 どれだけ折れそうになっても。どれだけ挫けそうになっても。あいつとの未来を思えば、おれは何度でも立ち上がれる。あいつこそが、おれが生きている意味なんだ。

 だから、それを言葉にする。言葉にして伝える。

……何度だって、何回だって。

 

「──お前のことが、好きだってことだとか」

『────────』

「……全部終わったらさ、返事を聞かせてくれ。……必ず助ける」

『……………………わかったわ

「……ありがとな。それじゃあ、中間にあるポイントA2で会おう」

『……ええ』

 

 返事は、ここで聞いてはいけない気がした。聞くと、色々が鈍ってしまいそうだから。

 返事を聞くためにも、早く行こう。追撃を逃れるには、人手が多い方がいい。

 ……ちなみに、クロージャと02はやっぱり盗み聞きをしていた。……釘刺しといたんだけどな……。まあ、おかげですんなり車両を用意させられたのは怪我の功名か。

 

 

 

 おれは再び荒野を車両で行く。今回も前回同様、ここまでの旅路はかなり順調だ。

 しかしながら、ロドスの走行地域と作戦区域のだいだい中間に位置するポイントA2辺りにきてもなお、手持ちの機器の通信範囲内にあいつがいる様子はない。

 あのタイミングで脱出するように言ったんだ、もう既にあの街は出ているに違いない。ただ、街の付近には守備隊も配置されていたし、その妨害にあっている可能性はある。

 なんにせよ、おれもこのまま街に向かえば会えるはずだ。……そのはずだ。

 胸に微かなさざめきを抱えたまま、ハンドルを握る。ふと、その手がじっとりと汗で濡れていることに気付き、おれは先を急いだ。

 

 

 

 街が遠景に見えたとき、どことなく感じていた嫌な予感は、現実のものになっていた。

 今回は、先ほどまでと違って榴弾を打ち込んでくる奴も、車両を狙ってアーツを打ち込んでくる奴もいない。

 代わりに、周囲の荒野がクレーターまみれになっていた。まるで、何かに吹き飛ばされたかのように。それだけではない。その惨状は、街の外縁部の方にまで達しているようだった。

 巻き起こる粉塵の様子からして、破壊の後は外から内へと向かっている。まるで、脱出を諦めて隠れる場所の多い都市部に逃げ込んだかのように。

 クレーターの淵をなぞるようにして、車両を走らせる。その中の一つに、打ち捨てられた車両を見つけたとき。おれの心臓の鼓動が、一段と早くなるのを感じた。

 猛烈な焦燥が湧き上がってくる。ここまでやって駄目なのか?いや、ここまでやったのだから大丈夫なはずだ。

 ……しかし。ならばなぜ、爆発音の一つもしないのだろうか?

 その答えから目をそらしたまま、おれは進む。このままいけば、あいつに会えると自分に言い聞かせて。

 

 

 

「……遅かったな」

「…………」

 

 街に入ってほどなく。続いていた破壊の跡の終点で、奴は待っていた。

 瞳を閉じて倒れた、あいつと共に。

 頭の中を、様々な思考が駆け巡る。けれども今は、それらはどうでもいい。ただ、こいつを殺れればそれでいい。

 

 おれは、即座にアーツを起動して刀を構えた。

 瞬間、ヨシュアの身体が高速で横にブレて、斜めに構えた受け太刀が火花を散らす。

 

「……言葉は不要か」

 

 ……生け捕りの指示が出ている以上、致命傷になる箇所は狙ってこないはずだ。前回のことも踏まえて、四肢を狙ってくるだろうという予想さえついていればどれだけ速くてもやりようはある。現に、一太刀目はこうして受け止めることができた。

 このまま防御に徹して、クロスカウンターでアーツをぶち込む。おれは見え見えの右脚を狙った振り下ろしを受け止め……待て、()()()()()()()()

 答えは次の瞬間やってきた。金属同士がぶつかる硬質な音が鳴り響き、直後にさくりと軽い音がする。おれの眼には、宙を舞う刀の切先が写っていた。ずるりと斜めに崩れ落ちる身体に追い打ちをかけるように降り注ぐ斬撃で、四肢が次々と落ちていく。

 気付けばおれは、前回と同じように地面に這いつくばっていた。視線の先に落ちたおれの得物を見て、遅ればせながら何が起こったのかを理解する。

 ──刀ごとまとめてぶった切られた。恐らくは一度受け止めたとき。あの時点で刀にだいぶガタが来ていたんだと思う。そして、おれがカウンターを狙っていることを見抜いたヨシュアは、敢えておれが受けられるようにその剣を振るい、こちらが受けるとともに武器を破壊、そのまま脚まで持っていった。

 ……敵わない。おれじゃ、太刀打ちできない。

 ……それでも、おれは絶対に、あいつを。

 

「……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駄目だ。車両で行くのでは間に合わない。あいつに連絡して、その上で最速で向かったはずなのに間に合わなかった。

 あの様子からして、車両で脱出しようとしたが追撃され、車両を破壊されて街の方に転進したと考えられる。つまり、襲撃それ自体が起こったのは、かなり早い時間帯である可能性が高い。

 だが、襲撃を受けてからもあいつはかなりの間逃げることができていたはずだ。破壊の跡がそれを物語っている。

 だからおれがすべきは、あいつとヨシュアが戦っているうちにあの場所にたどり着き、2対1の状況を作り出すことだ。……おれじゃ太刀打ちできなくても、おれたちならできる。

 そして、おれはそのための手段も知っている。

 ……飛行装置だ。

 

 

 テレジアとΩとの連絡を終えたおれは、赤面しているクロージャに声を掛けた。

 

「クロージャ、頼みがある」

「……あ、ごめんごめん、君の告白があんまりに唐突で驚いちゃったよ。で、頼みって?お迎え用の車両ならすぐに用意するよ?」

「試作品の飛行装置を使わせてくれ」

 

 直後、彼女の表情が変わる。ニヤニヤとした笑みから、どこかに険を漂わせたものへと。

 

「……なんで君が知ってるの?」

「…………」

「また言えないってやつ?……はあ。ケルシーくらいしか知らないはずなんだけどな……」

「……すまない。……でも、車両じゃ間に合わないんだ」

「…………」

「…………頼む」

 

 知らないはずのことを知っている。そのことがどれほど不気味か、おれは身をもって知っている。だからこそ、こうして頭を下げるしかない。

 普段なら金で首を縦に振る彼女は、こういった大切なことでそれを持ち出すような人物ではないことを、おれは知っているから。

幾らかの沈黙の後、クロージャは観念したかのように息を吐いた。

 

「……わかったよ。これも含めて、後で全部話して貰うからね」

「……ありがとう」

 

 在り来りで、使い古されたそんな陳腐な言葉しか言えないけれども、それでも。口にしなければ、何も伝わらないのだから。

 そんなこちらの内心を汲み取ってくれたのか、冗談ぽく彼女は言う。

 

「……まったく、感謝してるって言うならもうちょっと何か欲しいよね」

「……そうだな。後で飛行装置の予算が降りるよう、おれも説得するよ。……色々知ってるし」

「言ったね!?ちゃんと聞いたからね!?よーし、クロージャさん、張り切っちゃうよ!」

 

 俄然やる気を出してキーボードを叩く彼女を見ながら、おれは苦笑いした。

 

 

 

 クロージャが飛行システムを組んで、機体への実装を完了した頃。おれは、彼女たちに連れられて格納庫に足を運んでいた。

 ロドス・アイランドの下部に存在する車両庫と違い、格納庫は艦の上部、甲板近くに存在している。最も、おれも今日に至るまで知らなかったけれども。

 時間は現在8時前。ドクターに見つからないよう色々小細工をする必要がない分、幾らか早く準備が出来た。

 おれに飛行装置なんて言うよく分からないものが操縦できるわけもなく、クロージャの飛行システムは必須だからこれが最速だ。

 所要時間は約1時間で、道中は敵のいない空を行くことになる。車両より早くあちらに着くことは間違いないだろう。

 ……そして、今度こそ。

 

「パラシュートのチェックは大丈夫?」

「ああ。操作方法も確認した」

 

 飛行装置と共にエレベーターで甲板に上がる道すがら、クロージャとそんな会話を交わす。

 今回使うのは、バベルにもまだ試作の一機しか存在していない貴重なものだ。車両のように乗り捨てるわけにはいかない。そのため、おれが作戦区域上空で途中下車し、飛行装置自体はオートパイロットで戻ってくるようになっている。

 

「あ、そういえば脱出のときは尾翼に気を付けてね。うっかりすると全身粉砕骨折は免れないと思うからさ」

「…………」

「いやー、ごめんごめん。すっかり忘れてたよ」

 

 ……いざ出発という直前になってそんなことを言われてもどうしろという感じなのだが、敢えて言及はしないことにしておく。

 そんなやり取りをしていると、ふと肌に風を感じる。どうやら甲板上に上がったみたいだ。おれはロドス・アイランドの進行方向に機首を向けた機体に乗り込む。と、おれの名前を呼ぶ声が聞こえて、風防越しに眼下の彼女の方を向いた。

 

「W!……月並みだけどさ、気を付けてね」

「……ああ。色々ありがとな、クロージャ。……それじゃ、行ってくる」

 

 ゴーグルを下ろし、軽く手を振ってシステムを起動すると、スロットルが全開になる。みるみるうちに上昇していく回転計と速度計の針を眺めているうちに、操縦桿が手前に引かれて機体がふわりと浮かび上がった。その得も言われぬ感覚にどこか戸惑いつつも、息を潜めることしばらく。落ちてしまうようなこともなく、そのまま機体が浮いたままであることを確認して、おれは息を吐いた。

 余裕ができて後ろを見れば、既にクロージャの姿は小さくなっている。ぐんぐんと加速を続ける飛行装置。おれは、ロドスが徐々に小さくなって黒いゴマ粒のようになるまで、いつまでも後ろを見つめていた。

 

 

 

 

 空の旅は極めて順調だ。クロージャの作った飛行システムとやらはなかなかにすごい。

 道中何もやることもできることもなく、いつまでも気を張っていても仕方ないので色々と観察していたのだが、この飛行装置は翼の各部を可動させることで制御をしているようだった。具体的には機体後方の彼女が言うところの尾翼だ。これは地面に対して水平な板と垂直な板が十字に組み合わさったような構造をしており、それぞれがパタパタと動くようになっている。怖いので触らないが、操縦桿を前後に引くと水平な板が動いて機首の上げ下げが、足元のペダルを踏むと垂直な板が動いて機首が左右に振られるようだった。

 また、胴体から伸びる大きな翼にも可動部があり、こちらは操縦桿を左右に動かすことに応じて、機体の傾きが変わるらしい。

 そして、飛行システムの何がすごいのかというと、おれが何もしていないのにこれらの操縦桿やペダルが動いて機体が高度を上げたり旋回したりすることだ。

 そもそもこれらの機器を操作することで、何がどうなって翼が動いているのかはわからないが、プログラムができたと言ってから実装までにやけに時間がかかった理由がわかった。もしかすると、手動で運転するとき用であろう機器が動いてしまっているあたり、これでもかなりの突貫工事だったのかもしれない。

 取り留めもなくそんなことを考えているうちに、機体が高度を下げ始める。これまでは地上から発見されることを考慮してか雲よりも高い高度にいたのだが、それを突っ切るようにして地上へと向かい始めた。

 雲の中で、おれは風防をスライドさせて開ける。いつだったか、あいつが空に浮かんだ雲を見て、結構美味しそうに見える、なんて言ってたっけか。エシオさんが作ってくれたギモーヴとかいう、マシュマロみたいな菓子みたいだって。その時のおれはたしか、あれはただの水だといって呆れられた気がする。

 果たして、雲に味は無かった。強いて言うなら、霧の中にいるのと同じといったところか。

 頭を振って、おれは気持ちを切り替える。

 恐らく、戦闘それ自体は起こっているはず。だから、空から見て爆発があった場所に急行すればあいつと合流できるはずだ。

 機体が雲を突き抜ける。風防を開けたことでプロペラの音がうるさいが、眼下には市街地が広がっている。

 おれは目を凝らしてあいつを探した。人の姿など見えるわけもないが、クレーターや瓦礫の様子は見て取れる。真新しい噴煙や爆炎は見えないか、急に吹っ飛ぶ建物はないか、探す。

 飛行システムの方から音声が鳴り響く。早く降下しろということらしい。一向に見つからないあいつに、焦燥感だけが先走る。

 

「っ!?」

 

 一際大きい警告音が聞こえる。次の瞬間、機体を何かが掠めた。何かなんて考えるまでもない、地上からの迎撃だ。

 もはや猶予が無くなったおれは、視界の端に粉塵が滞留した一帯を捉えた。……恐らく、一番最近に戦闘があったのはあそこだ。辺り一面が瓦礫になっているため、周囲の建物に引っかかる恐れは無い。

 降下地点は決まった。あとは、この状況で無事に降りられるかどうか。パラシュートを開けばおれの存在は地上から丸わかりでいい的だ。できる限り、それこそ飛行装置が敵の注目を引き付けて明後日の方向に飛んでいくまでは自由落下する必要がある。

 それに加えて、十分に減速できなければ着地でお陀仏になるのは言うまでもない。……しくじったな。警告を無視せずに郊外で降下すれば良かった。

 だが、後悔先に立たずという。何はともあれやるしかない。やるしか、あいつを助ける方法は無いのだ。

 機体の淵に手をかけ、身を乗り出して宙吊りになる。おれは、意を決してその手を離した。

 

 落ちる。落ちていく。胃が浮び上がるような猛烈な不快感と風に抗いながら、おれは必死に地上の様子を探った。最悪、こちらに向かってくるアーツや矢についてはアーツで迎撃するしかない。幸いにも、敵の攻撃は機体の方に集中しているようで、こちらに気づかれている様子はない。

 それを確認したところで、おれはパラシュートを開いた。ガクン衝撃が伝わり、速度が急激に落ちる。的にならないよう旋回しながら、おれは高度を落としていく。

 流石に敵も気がついたのか攻撃を試みてくるが、やはり練度が低いのとこちらがそれなりに高速なせいか、こちらに向かってくるものは少ない。問題なくそれらを捌きながら射線を切り、着地地点を見据える。ぼんやりした視界の中に、おれは人影を見た。

 瞬間、頭が沸騰する。減速もそこそこに、パラシュートの迎角を最大にしてできる限りの揚力を得ながら、おれは地上に激突した。

 着地の瞬間、衝撃を逃がすようにして転がる。あちこちに擦り傷ができるのを感じながら、しかし致命的な負傷を避けたまま転がり続け、勢いそのままで立ち上がる。

 向こうもこちらの姿を認めていたようで、靄の中を悠然と歩いてきたその男は言い放った。

 

「……遅かったな」

「死ね」

 

 アーツを解き放つ。視線から読まれている可能性を考えて少し横においてみたが、タイムラグのせいで正確に先読み出来ていないと当たりそうにない。あっさりと回避され、刃が迫ってくる。

 受けるのは悪手だ。前回と同じように折られる。ここは、半身になって回避を……

 

「……あ」

 

 次の瞬間、ガクリと足から力が抜ける。いや、無くなったのか。

 ……おかしい。腕を狙った振り上げの一撃を躱したはずなのに、瞬時に剣が()()()()()。そのまま横凪ぎで腿から下を持っていかれたようだ。

 ……ダメだ。今回も。

 ……でも、絶対に。

 

「……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……これでも間に合わないのか。その前と比べたって、1時間以上早く着いたはずだ。着実に早くなっている筈なのに、それでも間に合わないだなんて。

 ……いや。まだやれることはある。まだ早く着くことはできる。

 あれを、おれが操縦することができれば。システムの製作と実装にかかる時間を丸々短縮することができるはずだ。

 ……そうすれば、今度こそあいつを。

 

 

「頼む」

「頼むって言われたって……あれは試作品だし、いきなり操縦するなんて無茶だよ。それに、君が乗っていったとしてどうやって回収すればいいの?あれは貴重だし、機密情報の塊なんだよ?」

 

 テレジアとあいつとの通信を終え、クロージャに言ってはみたものの、正論で反対される。

 彼女の言っていることは、至極最もだ。素人がいきなり操縦できるわけないし、貴重な飛行装置を乗り捨てにするなんて正気の沙汰ではない。

 ……わかっている。わかっているけれども。

 それでも、おれは何をしてでもあいつを助けたいんだ。

 

「……そうしないと間に合わないんだ。頼むクロージャ、おれはもうあいつを、Ωを失いたくないんだ。……そのためだったら何でもする。今後おれのことを奴隷みたいにこき使って貰っても構わない、だから……」

「ちょ、ちょっと落ち着いて……」

「頼む……!頼む、クロージャ……」

「だから!……ちょっと落ち着きなよ」

 

 地面に膝を着いたところで、肩に手を置かれてハッとする。下を向き続けていた視線をあげると、心配そうな表情に彼女が目に入った。

 それで、気付く。自分が今、これまでにないほど焦っていることに。

 それもそうだろう。こんなに戻って、それでいてここまで出口が見えないことは初めてだ。……それに、こんなに長い間あいつと離れているのも。

 けれども、クロージャはそんな事情は知らない。彼女からしてみれば、おれはどういうわけか突然焦って何かをし始めたようにしか見えない。

 会話だってそうだ。クロージャどころか、あいつまでも前回おれと話したことを覚えてはいない。覚えているのはおれだけで、知っているのはテレジアだけだ。だが、そのテレジアもおれの気持ちまでは、おれが何を思って何を感じたのかまではわかるまい。

 ……おれは、孤独だ。この孤独が焦りを増幅させる。きりきりと精神を摩耗させる。

 この寒々しさを癒してくれる人は、ここにはいない。

 ……おれは、その人を助けなくちゃいけないんだ。

 考え込んだおれを見て落ち着いたと判断したのか、彼女はぽつぽつと話し始める。

 

「……はっきり言って、君が言ってることは無茶苦茶だよ。急に飛行装置の事を言うわ、挙句操縦させろって言うわ……」

 

 ……返す言葉もない。冷静になって考えてみると、錯乱しているようにしか見えない。よくぞ今もこうして普通に話して貰えているものだ。

 

「……でもさ、気持ちはまあ、伝わってきたよ。君がどれくらいΩの事を、その、あー……好きかってことは」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………いやなんか言ってよ!?まるで私が変な勘違いしてるみたいじゃん!」

「あ、いや、悪い」

 

 改めて他人から指摘されると、なんて言えばいいのかわからなくなってしまう。

 あいつのことが好きなのは間違いない。ずっと秘めてきた、紛れもないおれの想いだ。

 けれども、こうして繰り返しているうちに、それだけじゃないように思えてきた。うまく言葉にはできないけれども、好きだとか、愛しているだとか、そういったところに留まらなくって。

 それら全部をひっくるめて、好きなんだということなのだろうか。

 

「……そうだな。好きなんだ。……あいつのことが、言葉じゃ言い表せないくらいに」

「…………はあ。それじゃ、行こうか」

「?……どこに?」

 

 ため息をつき、突然何事か言い出したクロージャに、おれは思わず疑問を口にする。

 それを耳にした彼女はどこか不機嫌そうな、しかしどこか温かな雰囲気で言った。

 

「格納庫だよ。……するんでしょ、操縦」

「!……ああ!」

 

 

 

「いい?安定性は保証できないから、全部の動作はゆっくりやってね?急旋回と急降下・上昇は禁止だよ」

「わかった」

「あ、あとちゃんと機密には気を付けて。そのための自爆装置なんだから」

「ああ」

 

 ざっくりと操縦方法や計器の見方、航法を教わったおれは、再び操縦席に座っていた。操縦に関しては離着陸が一番難しく、特に着陸に関しては無理だということで、今回もパラシュートを装備している。機体は自爆装置を作動させた上で乗り捨て、前回の如く降下する予定だ。

 テレジアの存在があるとは言え、貴重な試作品をこんなおれのために使わせてくれるなんてクロージャには頭が上がらない。

 万感の想いを込めて、彼女に言葉を送る。

 

「……ありがとう、クロージャ。行ってくる」

「……帰ってきたら、覚悟しておいてね!」

「はは……」

 

 そんな彼女の激励の言葉を背に、おれはスロットルを全開にして機体を加速させる。ロドス・アイランドの甲板を疾走しながら、言われていた通りの速度になったあたりで慎重に操縦桿を手前に引くと、機体はふわりと浮き上がった。そのままゆっくりと角度をつけて機体を上昇させ、降着装置を引き込んで艦を後にする。しばらくそれを続けたのち、トリムをとって水平飛行に入ったところで、おれはようやく息を吐いた。

 ここからは無事に目的地に着けるかどうかが勝負だ。おれには計器を使って現在位置を推測しながら飛ぶなんてことは到底できないため、地上が見える高度で飛行し、地図と方位磁針を使ってどうにかたどり着こうという計画になっている。幸い、地図の方はドローンで収集した情報を基にした詳細なものなので、かなり詳しく記載がある。地形をと方角を参考にすれば恐らくは大丈夫だろう。

 ……まだまだ気は抜けないが、現在時刻は6時半。このまま順調にいけば、7時過ぎには向こうに着くはずだ。

 今度こそ。その想いを胸に、おれはまだ見えない街を見つめた。

 

 

 

 再び上空から眺めた街の様子は、前回よりも破壊の跡が新しいように見えた。

 ……けれども、嫌な既視感がある。一番新しいであろう跡を見つけたおれは、機首を下げた。

 飛行装置がぐんぐんと高度を下げ、同時に速度を増していく。自爆装置を起動させながら、おれはあることに気が付いた。

 降りようとしている場所。……あれは恐らく、前回と同じだ。

 風防をスライドさせ、尾翼に気を付けながら空中に身を投げ出す。全速で地上に突っ込んでいく飛行装置はいい囮なようで、こちらへの迎撃はない。

 二度目ともなれば多少手慣れたもので、パラシュートを展開したおれは、十分に減速して地面に着地した。

 この前よりも濃い粉塵。しかしながら、ちらりと見えた人影が不安を助長する。

 その人物は、おれの着陸に気付いたのか、ゆっくりとこちらへ向かってきた。靄の向こうから現れた、その人物は

 

「……遅かったな」

 

 アーツの無駄撃ちはしない。無言で刀を抜く。

 

「……言葉は不要か」

 

 間合いを見極める。ただ躱すのでもダメだ。後隙を狩られないような、必要最小限の動きで躱す。前回、ヨシュアの剣はまるで初めからその気であったかのように、異様な速さで返ってきた。

 大ぶりな一撃でも単発だと思ってはいけない。奴のブラフを読んで、読み切って、その上で一撃を食らわす。

 おれがカウンター狙いなのがわかったのか、ゆらりと奴が動く。

 次の瞬間、振り下ろされた刃を半歩引いて躱し、そのまま直角に襲い来る二撃目を飛んで躱してそのまま振り下ろしを……

 

「あ?」

 

 次の三撃目で両脚が落とされた。

 バランスがぐらりと崩れ、刀は何もない空を切り裂く。目の前で残像が見えるほどの速度で、奴はおれが狙った場所よりも横に移動していた。

 ぐしゃりと地面に叩きつけられながら、何が起こったのかを理解する。移動の際に剣を構えたまま、おれの脚を持って行った。そうとしか考えられない。

 ……だが、それはあまりにもおかしい機動じゃないか?なんの事前動作もなく、そんな直線的に動けるなんて……

 ……理外の存在だ、こいつは。これまでの戦闘経験が役に立たない。セオリーが通じない。

 まともに戦ってはいけない。少なくとも、1対1じゃ。

 ……急ぐんだ。次こそは、もっと急いでたどり着いて。

 ……それで、絶対に。

 

「……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

 前回よりも操縦がうまくなっている気がする。あまり直線ルートから外れてはいないはずだし、これなら

 

「……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

 風の影響を考慮して進路を取れば、さらに早くなるはずだ。現に前回よりも10分早く

 

「……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

 自爆装置を付けている時間が無駄だ。おれがアーツで破壊すればいい。それに、余計な重量が減れば速度だって上がるはずだ。

 どうにかクロージャを押し切って、アーツで周りの機体を破壊して降下する。前回よりもかなり早い、これなら

 

「……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 発想の転換だ。そもそも、あいつは連絡をしなかった時でもかなり戦闘を行った跡があった。なら、いちいちテレジアやクロージャと話している時間の方が無駄だ。

 おれはあいつを助けられればそれでいい。それだけでいい。だから、もうその後のことなんて考えている場合じゃない。生きていれば、生きてさえいれば人間どうにでもなるはずだ。

 ……もう二度とロドスに戻ってこれなくてもそれでいい。おれが追われる身になろうとそれでいい。誰に恨まれたっていい。

 おれにはあいつしかいないんだ。あいつがおれの全部なんだ。

 何百回か繰り返したんだからもう格納庫の場所も飛行装置の操縦もわかっている。このまま一直線に強奪して向かえば、今度こそ絶対に

 

「……少し、遅かったな」

「……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 ダメだダメだダメだダメだ、この複雑な構造のロドスを歩き回っていたら間に合わない。あとちょっと、あとちょっとなんだ。ヨシュアは少しと言っていた。だから、あともう少し早くいけば間に合うはずだ。

 大まかに検討をつけ、アーツで内壁をぶち壊しながら一直線に進む。警報が鳴り響いている気がするがどうでもいい。隔壁も全て破壊して突き進む。

 最短で格納庫にたどり着いた。電気系統を落とされたようで、エレベーターが動かないが関係ない。機体に乗り込んで、スロットルを全開にする。そのままアーツで道を切り開いて滑走路代わりにしながら、外壁に穴をぶち開けて離陸する。何十回も墜落したんだ、曲芸飛行だってお手のものだ。

 ……テレジアが来なかったのは、全部見えていたからだろうか。

 ……これで、やっと。

 

 

 眼下の街から源石爆弾の爆音が聞こえる。あいつが戦闘している音だ。間に合った。今度こそ、間に合った。

 とは言え、一刻の猶予もない。おれはそのまま機体を急降下させ、着陸装置を引き出す。パラシュートは遅すぎる。このまま強行着陸して、最短最速で合流するのがベストだ。幸い、着陸の経験は豊富にある。

 進入角度を確保すると、おれは即座に機体を地面と設置させた。荒れた路面で何度もバウンドするが、機体が無事である必要はない。そのまま風防を開いて飛び降りる。

 地面を転がって衝撃を殺し、そのまま起き上がってみればあいつと、あいつと……

 

「……少し、遅かったな」

 

 ヨシュアの剣は、真新しい血に濡れていた。

 そのすぐ後ろの地面に、あいつがいる。胸を一突きにされた、あいつが。

 おれにできる精一杯をしたはずだ。帰る家も何もかも捨てて、最速でここに来れる方法を選んだはずだ。

 格納庫へは最短で向かった。エレベーターも初めから当てにしなかった。離陸だって完璧で、航路だって完全に直線で来たはずだ。着陸も、飛び降りるタイミングも、飛び降りてからも、何もかも。おれにできる精一杯をやったはずだ。

 ……なのに。それなのに。

 間に合わないのか?こんな……こんなことってあるか?

 ……いいや。そんなわけがない。まだ、何かおれに悪いところがあったんだ。おれがうまくできていなかったから、そのせいで。

 ……次こそは。

 ……たとえ何千回繰り返しても、おれは絶対にあいつを

 

「……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

 そこからもう、数が分からなくなるくらい繰り返した。

 どれだけ完璧にすべてをこなしても、それでも間に合わなかった。

 認めたくなかった。

 すべてが手遅れなんてことがあるわけない。この力があれば、おれはあいつを救えるはずだ。救わなきゃいけないんだよ。

 ……でも、どうやってもあいつが刺されるまでには間に合わない。

 

 けれども。あいつは、それで死ぬわけじゃない。

 直接の死因はヨシュアに首を落とされたことだ。そもそも、おぼろげに覚えている最初の方では、全く間に合っていないのにも関わらずまだおれは巻き戻っていなかった。

 つまり、おれがヨシュアに勝てれば。奴を殺れれば。

 ……あいつは救える。救うことができる。

 

 おれは、折れない。絶対に、あいつを救うまでは。

 たとえ何万回繰り返したって。

 ……たとえ、もうあいつとの思い出のほとんどがちゃんと思い出せなくたって。

 この気持ちだけは、決して忘れることなく魂に刻み込まれているから。

 

 

 

 

 

 

 設置と起動の二段階が必要なおれのアーツは、どうやっても近接高速戦闘に持ち込まれるヨシュア相手には不向きだ。

 結局刀でどうにかするしかない。それにしたって、奴の攻撃を受け止めるのはまずい。

 だから、まずすべきは奴の剣技を身体と脳みそに染み込ませることだ。剣の間合い、軌道、速度、奴自身の速さ、それら全部を反射で処理して躱せるようにする。

 これまでの繰り返しで奴とは相当な回数戦ってはいるが、早く着くことに主眼を置いていた以上、最後のほうは対峙したらすでに次のことを考えていた。

 今度からは、全ての思考を奴に勝つためだけに費やす。何回かかるかなんてわからない。それこそ、200年分の戦闘経験の差があるんだ、そう簡単にいくわけがない。

 何万回か、何十万回か。切り刻まれながら、奴の200年を超えてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右、左、バックステップ、ブリッジ、左に転がって前に出る。

 最小限の回避と、後隙に誘導しての回避。二つを使いこなすことで、どうにか致命的な一撃を避けていく。先ほどからいくつか掠めているが、流れた血も微々たる量だ。

 ここまでは順調。だが、ここからが本番だ。

 

「……ほう」

 

 一度距離を置いたヨシュアが、興味深そうな声をあげる。次の瞬間、こちらに向かって高速で向かってくる影。直線的な動きに合わせるようにしてアーツを設置するも、異様な機動で避けられる。

 横、前、横、前。直角に超高速の短距離ダッシュを繰り返すような、人体の構造を無視した動きで背後に回られた。

 一撃を勘でどうにか避けきるも、崩れた姿勢に容赦なく二撃目が叩き込まれる。

 

「クソッ!」

 

 おれは悪態をつきながら、もう使い物にならないこと前提で刀を構えた。一回くらいなら耐えられるはず。

 ……そんな思いとは裏腹に、()()()()()()()()()()()。縦の振り下ろしが大きく弧を描くようにおれのガードを避け、腕を落とした。

 ……まただ。またこれだ。剣の軌道が変わるなんてありえない。あのスピードは膂力で説明できるかもしれないが、これと先ほどの直角の機動には間違いなくタネがある。

 それがわかるまで、おれは

 

「……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 勘が外れて一発で持ってかれた。

 

「……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 曲がる剣は避けたが、そのあとヨシュアが急加速した。

 

「……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 アーツを勘だけで置いて起動する。ここまで全く当たらなかったその一撃は、今回もやはり当たらない。

 ……だが、妙なことがあった。アーツが奴の進行方向の遥か先で炸裂する。当然、何の影響も与えるはずはない。だというのに、ヨシュアの姿勢が一瞬崩れた。

 すぐに持ち直してはいたが、それでも確かだ。ここまでの繰り返しで、そんなこと一度もなかったというのに。

 地面に這いつくばりながら、おれは考える。

 

「……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

「…………糸だ」

「…………ふっ」

「不可視なのか、細いせいかはわからない。けど、お前はそれで自分のことを引っ張っている。直角で直線的な機動は全部それで……虚空から出せるのか?」

「……気が付いたか」

「お前だけじゃない。剣もだ。それで空中で軌道を変えてる。……なるほど、後から操作できるなら読みあいする必要もないってか。クソ後出しのじゃんけんだ」

「……だが、遅きに失したな」

「……いいや。首洗って待ってろ」

「……残念だ。その機会がないのは。……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 奴の、ヨシュアのアーツの正体は糸を虚空から呼び出して操作することだ。横方向への高速移動は、自らの横の虚空から糸を呼び出し、それで自分自身を引っ張らせることで行っている。

 それだけじゃない。剣の縦への振り下ろしを横から引っ張ることで軌道を弧状に変える。振り切った剣を糸で引き戻すことで、高速の連撃を作り出す。

 奴はいわば、自分で自分を操作するマリオネットのようなものだ。

 

 だから、糸を切られた時にあの機動は止まる。糸を出している虚空とヨシュアの間の空間をアーツで抉りとった時、急に姿勢を崩したように。

 ……正直なところ、タネが割れたところですぐにどうこうできるわけではない。結局糸が不可視である以上、ある程度は予想できるとは言え最終的には勘に頼って処理しなければならないし、そもそも仮に切れたとしてもリカバリーが早く、大した隙は作れない。

 何より厄介なのが、奴はおれの動きを見てから対応できるところだ。見えてはいるが、動き出してしまった以上急に動きは変えられない。普通ならこうあるべきところを、あいつは糸を使うことで、人間の身体が想定していない動きで強引に行動を変えられる。

 速度と対応力。それが奴のアーツの強みだ。対しておれは、その糸をどうにかすることでヨシュアの強みを殺していかなければならない。

 糸が張られそうな場所へのアーツ設置と起動によって選択肢を狭め、ただ躱すだけではなく、刀での斬撃でアーツの迎撃も試みる。幸いにも、これまでおれを拘束したり、引き寄せるような扱いがなかったことから、他者への干渉はできなさそうだ。そうなれば、まだやりようはある。

 方針は定まった。あとは実戦あるのみだ。

 ……あいつを救えるまで、何度だって繰り返してやる。

 ……そうしないと、ダメなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……クソッ。

 ついに奴に一撃を叩きこむことに成功はした。

 回避を続け、アーツをばらまきながら時には刀や蹴りで剣の起動を逸らし、期を窺うことしばらく。アーツと刀、もう一度アーツ。三回連続で糸の切断に成功したおれは、一瞬の、しかし致命的な隙を晒したヨシュアの心臓のあたりを一直線に突いた。

 さくりと軽い音を立てて突き刺さっていく刃。おれは勝利を確信して、その直後違和感を感じる。

 感触が違う。肉ではなくて、何かの束をかき分ける様な、そんな感触──

 ──糸だ。

 気付いた時にはもう遅い。刀は糸の鎧に絡めとられ、突きに全力だったおれの身体は隙だらけで。あっという間に四肢を落とされた。

 ……刃が通らない糸の鎧。蠢いていたことから、恐らくは伸縮させて身体機能強化と保護も兼ねているはずだ。あの無茶な機動で身体がイカれていない理由がわかった。

 ……ヨシュアに、刀での攻撃は通らない。

 ……絶望が、色濃くなる。

 …………でも、それでも、おれは。

 

「……恨めよ」

 

 直後、何かを断ち切る音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 アーツをぶち当てなければならない。

 おれの持ち得る手段の中で、奴に致命傷を与えることができるのはそれだけだ。

 しかしながら、アーツを当てるのは困難を極める。

 一つは設置と起動という二段階を踏まなければいけないことに起因するタイムラグ。これに関しては、糸の切断のときのように先を読んで置いていくしかないのだが、相手が動いているヨシュア本体というのが問題だ。

 糸のときは湧き出てくる場所さえ何となく把握すれば、奴とその空間との間のどこかに適当に置くだけでよかった。糸自体は実質的に不動標的だったからだ。しかしながら、高速で動く奴に当てるとなると話は変わってくる。ラグの影響がでかすぎるのだ。

 そして二つ目の問題。アーツの設置の仕方だ。今現在、おれはアーツを空間上に置くという感覚で使っている。イメージ的には自分を原点にとって周りの空間を格子状に分割し、その中からある一点を決めている感じだろうか。

 実際には感覚で置いているため、そこまで厳密でもないし、そこまで難しいと思ったこともない。だが、ヨシュアのような高速で動く目標に当てるとなると、いわば自由に飛び回っているボールをドンピシャで点で捉えるようなものだ。そこに加えて奴との読みあいをしなければならないのだから、難しいなどという話ではない。実質的に無理だ。

 そして、おれのアーツは同時に2か所に使うことはできない。設置と起動を終えてからでないと、新たに設置することができない。

 現状、奴の機動力を削ぐためにアーツを使っていたのに、それを殺傷用に回すとなると、奴の機動力が増して当てられなくなるという悪循環。これじゃ……

 

 ……いや、落ち着け。

 ……折れるわけにはいかない。……折れちゃ、いけないんだよ。

 ……やれることをやる。これまで通り。

 まずは糸での機動にアーツを使わずに対処することだ。あの短距離ダッシュからの攻撃は勘で避けて、至近距離の軌道変化は糸を刀で、剣を手足で対処する。剣の腹を殴って蹴って、軌道をこちらから能動的に逸らすような技術が必要だろう。手足を何千回か切り落とされながら覚えるしかない。

 ……どれだけ繰り返したって、精神が擦り切れたって。おれは、あいつを助けるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奴の攻撃は捌ききれる。だが、移動に使う糸を切断できない以上、アーツを当てられない。

 ふと、自分の手を見つめる。

 脳みそでは思い出せないけれども、この手が覚えているあいつの体温。きっと暖かくて、凍っていた心も身体も溶かしてくれるような。

 それに、銀色の髪の感触。さらさらとしていて、心が凪ぐような。

 ……やり方には気付いている。アーツをぶち当てる手段はある。

 

 …………おれは、どんなことをしてでもあいつを救うって決めたんだ。

 

 

 

 

 

 飛行装置から飛び出るようにして降り立つ。視線の先で、真新しい血を付けた剣を手にヨシュアが振り返る。

 

「……少し、遅かったな」

 

 おれは刀を抜いて、静かに時を待つ。

 

「……言葉は不要か」

 

 幾度となく聞いた奴の言葉。そうだ。その通りだ。問答は要らない。ただ、お前を殺れればそれでいい。

 お互いに得物を構えたまま、黙して睨み合う。目に見えない何が充満して、張りつめた空間。

 それを切り裂くように、一陣の風が吹き抜ける。圧倒的な膂力で突進してきたヨシュアだ。

 おれは半歩引いてその一撃を躱すと、切り返しての二撃目を刀で逸らす。金属が擦れる乾いた音を灰色の空に響かせながら、おれは後ろに引いて距離を取った。

 見れば、ヨシュアの眼の色が変わっている。不出来な若者に稽古をつける様な舐め腐ったものではなく、愉しみを見つけた戦争屋のものへと。

 

「…………ほう」

 

 アーツを叩きこむには、奴に致命的な隙を生じさせる必要がある。それには、本気でこちらを殺りにきてもらわなければならない。

 だから、全てはここからだ。

 ヨシュアが加速する。ジグザグの軌道を描きながら、空気の唸るようなスピードで。

 まずは小手調べとばかりにやってきた勢いそのままの切り払いを、胸を逸らして剣の腹を蹴り上げて回避する。その反動で靴底が焦げるにおいと共に高速ターンして襲い来る一撃を躱し、追撃を刀で払い落とす。

 濃密な攻防は、しかし一瞬の出来事だ。すぐに次が来る。

 牽制で放ったアーツが横へのスライドで回避され、そのまま鋭角に切り込んで振り下ろされる剣。ガードの構えを見せて斬撃の軌道を変化させ、それを読んで設置したアーツで糸を切れば、それを感じ取ったヨシュアが自身を移動させ、おれは半歩踏み込んでそれを捌き切る。

 相殺されるのを承知で蹴りを叩き込み、お互いに反動で距離を取った。

 

「…………ふう」

 

 短く息を吐く。一手読み違えたら、一手反応が遅れれば、またやり直し。ロドスから始まる、精神を削りとる旅路を始めることとなる。 

 だが、もはやそれで心が動くような精神構造を持っちゃいない。気にしていたらとっくに壊れている。ガリガリとした何かが削れる音を幻聴しながら、ただ目の前の奴を殺す方法を練り直すだけだ。

 ……そして、今のおれにはその方法がある。あとはタイミングだけだ。

 

 ヨシュアの口角が上がる。実に愉しそうな、そんな顔をしている。

 結構なことだ。おれは手の感触を確かめるようにして、握る刀に力を籠める。

 時間が止まったかのように静かな灰色の景色。そのどこかで瓦礫が音を立てて地面に落ちたのを合図に、おれたちは動いた。

 距離を詰めようと駆け出したおれを嘲笑うかのように、ヨシュアが浮く。短距離ダッシュも併用した、超高速の三次元機動。点の攻撃であるおれのアーツが当たるわけもない。

 刀を片手に、動体視力を捨てて勘だけで奴を視界に収め続ける。その機動を制限するようにアーツをばら撒き、時折くる突進を紙一重で躱し続ける。

 だが、そんなギリギリの綱渡りがいつまでも続くはずはなく。ほんの一瞬、奴が視界から外れる。

 瞬間、おれは反射的に背後5時の方向に向かってアーツを放とうと試みて。

 それを完全に読み切って横にスライドするヨシュアに、右腕を落とされた。

 

 ──おれの狙い通りに。

 

「っ!」

 

 至近距離から息を呑む声が聞こえる。そのままおれは、残った左手を奴の胸に突き刺した。

 ……おれのアーツは、横に移動しようとする奴の糸を切っていた。それによって、一瞬、ほんのわずかな一瞬だけ、奴の動きが止まる。その時におれの至近距離に居てもらうためには、腕一本が必要だった。

 その代価に叩き込んだ、奴への一撃。鋭く突き立てた左手は蠢く糸の鎧に絡めとられ、がっちりと固定されている。反射的にヨシュアが短距離ダッシュをするが問題はない。おれごと移動している。

 ……高速で動くヨシュアにアーツを当てる方法。座標上にアーツを置いているおれにとって、座標が確定しないことにはアーツを当てることはできない。絶対的な座標空間上では、点の攻撃であるアーツで、奴を捉えることはできない。

 だから、相対的な座標を作り出す。おれと奴が一緒になって動くことで、その距離関係を確定させる。

 そんな細かい理屈は抜きにしても、やることは簡単だ。おれがヨシュアを掴んでいる手。そこにアーツを置いて起動すればいい。

 

「……じゃあな」

 

 恨みの言葉でも、侮蔑の言葉でもなく。おれの口から零れ落ちたのは、ただそんなありきたりな別れの言葉だけだった。

 アーツを起動する。半径はだいたい、手から前腕の中頃ほどまで。

 音もなく、破壊が巻き起こり。

 おれの左手が消滅して。

 ヨシュアに空いた大穴から、あいつの姿が見えた。

 

「……終わりか。…………すまんな、W」

 

 それだけ言って、ヨシュアは眼を閉じる。

 死んだ。あいつを何十万回と殺し、おれを何十万回と切り刻んだ仇敵が。

 その事実も、最期の言葉も、何一つ頭に入ってこない。

 

「Ω!Ω!」

 

 おれは半狂乱になってあいつの名前を呼ぶ。

 その体温も、髪の感触も、感じることのできる手は無くなってしまったけれども。それでも、おれはやったんだ。やっと救えたんだ。

 不揃いな腕にバランスを崩しながら、血を垂れ流しながら、おれはあいつの下までたどり着く。

 

「Ω!……頼む、Ω……!」

 

 アドレナリンを撒き散らして痛みを忘れ、手を失った左腕で何度も名前を呼びながら彼女を揺さぶる。

 大丈夫だ。絶対に大丈夫だ。だっておれはヨシュアを倒したんだ、殺したんだ。だから絶対に大丈夫だ。

 そう自分に言い聞かせ、ただ願う。

 ……果たして、それが聞き入れられたのだろうか。声が、聞こえた。

 

「…………ねえ……」

「!!」

「…………あんたって…………結構泣き虫よね…………」

「……Ω!」

 

 見なくてもわかる。顔がぐちゃぐちゃなのはわかってる。でも、いいじゃないか。

 こんなに嬉しいことはない。こんなに、待ちわびていたことはない。

 ずっとこの声を聞きたかった。ずっと逢いたかった。言葉を交わしたかった。

 言いたいことがありすぎて、うまく言葉が出てこない。でも、とにかく最初に言いたいのは……

 

「……あたし…………」

 

 好きだと。そう言おうとした口を止め、静かに彼女の次の言葉を待つ。

 

「……好きよ…………あんたのこと」

「…………え?」

「……ずっと前から……だから…………」

 

 眼を閉じたまま、Ωの言葉が続く。

 

「…………最期に…………言えてよかったわ……………………」

 

 脳が。

 理解を拒む。

 

「……もう…………いいのよ…………」

「…………嘘だ」

 

 ヨシュアと戦っている間はこんなのじゃなかった。だって、孔越しに見えたΩは、こんな風にはなってなかった。

 

「…………戻さなくて………………いいの…………………………」

「……嫌だ。絶対に嫌だ」

 

 でもじゃあ、何でこんなに血が溢れて止まらないんだ?

 おれにやれることは全部やったはずだ。ついさっきまでは大丈夫だったはずだ。

 ヨシュアだってあのあとは何も危害を加えていないはずだ。戦闘に巻き込んでもいないはずだ。

 だったらおかしい。おかしいよ。

 だってそれじゃあ、まるで。

 

 最初から致命傷だったってことじゃないか。

 どうやっても間に合わないってことじゃないか。

 

「………………あんたは…………………………幸せに………………………………………………」

「…………………………………………………………………………………………………………あ」

 

 何かが。

 ぽっきりと折れた音がした。

 

 

 

 

 

 見慣れた厨房で、おれは目を覚ます。

 刀を抜いて、首に当てる。

 昔も似たようなことをしたことがあったっけ。その時は、死ぬのが怖かった気がする。

 今はもう、生きてる方が怖い。あいつが死んでしまう世界を、生きてる方が。

 刀を振り絞る。

 視界が空中に飛んで、それから落ちて。

 全部が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──今日の夕飯はどうしようか。

 瓦礫の間を歩きながら考える。

 昨日は久しぶりにラテラーノ料理を作ってみたが、やはり美味い。

 昨日使ったのは初めて見る種類のパスタだったが、ソースとの絡みが抜群だった。

 普段が粗食の分、偶のごちそうのおいしさが殊更に際立つねえ。

 ああ、思い出すだけでよだれが垂れてきそうだ。

 

 さてさて、情報によるとこのあたりのはずだけど……

 ……おっ、いたいた。情報通りサルカズが四人。なんだ、みんなで楽しそうにしちゃって。

 ……馬鹿さ。ここはもう戦場なんだぜ?

 

 問答無用でボウガンの弓を放つ。それで一人前のサルカズ串が完成だ。糸が切れたようにその巨体が倒れ込む。それでみんなぎょっと目をむいて攻撃のあった方向を睨みつけてきた。バッチリお目眼とお目眼がこんにちわだ。おお、怖い怖い。

 考えなしに突っ込んできた脳筋サルカズは、剣の一撃をおれに叩き込んで──派手に空振る。残念でした、隙だらけの頭に銃弾をぶち込んでもう一丁上がり。

 空間を捻じ曲げて光路を歪める……有り体に言えば目の錯覚を引き起こすだけのショボいアーツなのだが、使いようによってはこの通りだ。

 そうそう、ちなみに昨日のパスタはアラビアータって感じだったんだけど、おれとしては挽肉たっぷりのミートソースパスタも捨てがたいんだよね。

 決めた。次にパスタが手に入ったらミートソースにしよう。おっと、勿論食材はちゃんとした食用の肉でだ。飛び散った脳漿からして、実に不味そうだもん。

 

 急に仲間が地面の汚いシミになったんで、敵さんはずいぶんとお怒りのようだ。俄然やる気を出して突っ込んでくる。銃撃の音で場所がわかったのか、こんどはちゃんと本体に向けて一直線だ。

 おれはアーツを解除してどうにか斬撃を躱し、有利な体勢で鍔迫り合いに持ち込む──も、それをいなして一歩引くサルカズ。直感に任せて後ろに飛びのくと、上空からの矢が地面に突き刺さった。浮遊したサルカズがこちらに向かって弓を構えている。

 おいおい、情報と数が違うじゃないか。危うく殺られるところだった。

 ……後でこのいい加減な情報を持って来やがったあいつはぶっ飛ばしてやろう。

 取り敢えず今は──あいつ、厄介だな。

 

 適当に銃弾を空中にばら撒いて、屋内に逃げ込む。後ろから追ってくる気配を感じればしめたものだ。再びアーツを起動して、今度は全く別の方向に走っていくおれの姿を見せつける。

 追ってきた二人組のうち、まんまと引っかかった一人を放置して、一瞬考えたもう一人をぶった切る。幻影を消して戸惑った相手を矢で貫けば、残りは飛んでる奴だけだ。

 と言っても、対処は簡単。アーツを起動した状態で堂々と外に出て、貰ったとばかりに攻撃に夢中のお馬鹿さんを銃撃してお終いだ。

 当たり所が良かったのか悪かったのか、地上に墜落してもまだ生きているようだがもはや敵ではない。脳みそは既に、さっき思いついた何事かを思い出そうとしている。

 

 ……そうだ、夕飯だ。また是非ともパスタを食いたいのだが、あの代物はめったに手に入らない。

 昨日は偶々ラテラーノの傭兵がいたから良かったけど、そういるもんじゃない。

 そろそろ自分で作るという手段を取るべきかもしれない。そんな訳で、おれのtodoリストの最上位に”次にラテラーノ野郎を見つけたら〆てパスタの製法を聞き出す”が追加された。

 

「~~~~~~~~っ!」

 

 そうなると、今日はいつも通りにパンと適当な何か──今隠れ家には虫しかないけど──になるのかな。仲間の傭兵連中と一緒に食うんでもいいんだが、賑やかすぎるんでおれはどうにもあの場に馴染めない。いい奴らだとは思うがね。

 

「うわあああああああああ!」

 

 叫び声とともに、撃墜されたサルカズが弓を放ってくる。その顔は涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃだった。

 果たして、そんな顔でなおも立ち向かってくるのはどんな気持ちなんだろうか。おれのことが憎い?自分の無力さが恨めしい?悔しい?

 ──わかるよ、その気持ち。仲のいい連中だったのか?それじゃあ辛かろうよ。

 ……ま、尤もおれにこんな経験はないけどな。

 

 ──……嘘だ

 ──……嫌だ。絶対に嫌だ

 

 ……何だ?

 ……頭が痛てえな、畜生。

 

「……悪いな。お前を見てるとなんか気分が悪くなんだわ」

 

 泣きわめく声がうるさくて頭がガンガンするので、適当に風穴を開けて黙らせた。

 戦場でワンワン泣いちゃって、情けないったらありゃしない。傭兵失格だ、失格。

 こういう弱い奴を見てると、虫唾が走るぜ。

 ……ま、取りあえずはお仕事完了か。

 

 

 

 今回は形が残った奴らもいたので、色々と物色させていただく。医薬品一式に食料少々……おっ!パスタじゃないか!

 どうやら、こいつらもラテラーノの傭兵とやりあってこいつをゲットしたらしい。なんともありがたい限りだ。

 こういう風に戦利品を物色するのは、傭兵稼業の中で最も楽しい瞬間ではないだろうか。少なくともおれはそう思う。あんまりいい趣味とは言えないだろうが、殺しを楽しんでいる同業者連中よりはよっぽど健全だと思うね。

 ……まっ、おれも多少は楽しんでるけど。

 そのくらい狂ってなきゃ、この世界では生きていけないだろ?

 

「ザ──ザザ──おい──」

「ん?もしもーし。聞こえてますよー」

「──敵部隊は──撤退──俺たちも──する」

「了解。場所はブリーフィング通りの場所で?」

「そうだ。ザ──ご苦労、W」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「何やってんだ?」
「……あ、これ?■■■■■■。ほら、あの■■■■とか出してる所の」
「へー。最近出たのか」
「あー……まあざっくり1年前くらいかな」
「単におれが興味なかっただけか。で……うわ、なんかムズそうだな」
「結構頭使う系ではあるけど、まあやってみれば意外といけるくらいの塩梅かな。結構ちゃんとゲーム性あっておもろいよ。やれよ」
「いや、おれには無理だな。脳筋だし」
「いやいや、そんなこと言わずにさ。……ほら、絵がいいだろ?なんか好きなのいる?」
「セールスされてもやらないぞ……あ、でも確かに絵いいな。好きって言っても……こいつとか?」
「おっ……好きだなあ、銀髪」
「いいじゃん」
「でもお目が高いな。こいつつい最近の限定だし」
「へー。でも変な名前だな」

「W、って」

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