北天に輝く   作:ペトラグヌス

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永劫回帰─My Worlds Revolve Around You

 

 

「っ!」

 

 目を覚ます。瞬時に飛び起きて、自分のできる限りの速さで走る。

 やることは単純だ。あいつを押しつぶすように落ちてくる瓦礫を銃弾で破壊すればいい。たったそれだけのこと。一発しかないことや、使う銃の反動が無茶苦茶なことなんて些細な問題だ。

 昔モローが洒落で改造した銃と弾丸のセット。遺品だからと捨てずに持っていたのが功を奏した。その大口径から生み出される破壊力のおかげで、瓦礫に太刀打ちすることができる。

 狙いをつけるのはもちろん走りながら。それに、正確に瓦礫の核を撃ち抜かないと粉々にはならず、一部が欠けるだけでそのままあいつを押しつぶす。

 ……そのせいで、おれは何十回もあいつを死なせてしまった。巻き戻ってなかったことになったとはいえ、その事実をおれだけは知っている。

 必ず救わなきゃいけない。こんな力を持ったのも、全部あいつを救うためだ。

 おれはまだ、あいつに何も言えてないんだ。こんなところで死なせるわけにはいかない。

 

 ……大丈夫だ。これまでより少し繰り返した回数が多いだけだ。少しだけ、猶予がないだけだ。おれならやれる。……絶対に。やらなきゃいけないんだ。

 

 あいつの姿が見える。同時に、落ちてくる瓦礫も。

 おれは身体に染み込ませた動きで銃を構え、反動を制御しながら銃弾を放つ。右腕の骨が粉々になった感触がしたが問題ない。これが最適解だ。

 放たれた弾丸は真っすぐに一直線の軌道を描き、瓦礫に吸い込まれていく。それを尻目に、おれはお守り程度のアーツを発動した。幻影を見せることくらいしかできないアーツだが、空間ごと光を曲げることくらいはできる。瓦礫に干渉できるかは未知数だが、うまく曲げれば破片を逸らすことができるはずだ。

 果たして、弾丸は瓦礫の芯を食って貫く。粉々に破砕した破片がいくつか散らばるも、そのうちの何個かが不自然に曲がり、あいつを避ける。

 ……一つも当たってない。

 ……まだ、戻っていない。

 ……やったのか?

 ……いや、やったんだ!

 

「……Ω!」

 

 息も絶え絶えに名前を叫ぶ。彼女の下へと向かう。

 手前の瓦礫が邪魔で全身は見えないが、覗いた顔が見せている表情は穏やかだ。

 こんなに長い間言葉を交わせなかったことはない。今はただ、早くあいつの声が聞きたい。いつの間にかおれの心の真ん中に居座った、あいつの…………

 

「…………え?」

 

 自分の口から漏れ出た言葉のはずなのに、それは妙に場違いに聞こえた。

 ……おれは、ちゃんとやったはずだよな。ちゃんと、あいつを押しつぶそうとしていた瓦礫を木端微塵にした。それで、ちゃんと救えたんだよな。

 ……だって、こんなに穏やかな顔をしているんだ。まるで、いつかみたいに寝息が聞こえてきそうなくらいにさ。

 ……だから、これはおかしい。目の前のものは、きっと現実じゃないはずだ。

 

 こんな、あいつの腰から下があるはずの場所に、赤黒い水たまりがあるなんていうのは、絶対に。

 力が抜ける。もはや自分が立っているのかすらわからないほどに、身体の感覚が失われる。

 ……違う。これは、おれがうまくやれなかったからだ。もっとうまくやれば、きっと、きっと……

 

 

 

 

 目が覚める。いつの間にか、おれはまた戻っていた。

 けれども、虚脱感に覆われた身体はうまく動かない。どうにか起き上がった頃には、おれは再び目を覚ましていた。

 

 何十回かのループの末、ようやく虚脱感から脱する。きっとあれはおれが失敗したからだ、そう自分に言い聞かせて。

 

 ……そこからは、少しずつ心を削っていく作業だった。

 繰り返すたびに、現実がが露になっていく。おれの抱いている微かな希望を嘲笑うかのように、粛々と事実を見せつけられる。

 

「…………………………あ」

 

 何百回か、何千回か。

 唐突に、おれは折れた。もう、起き上がる気力が湧かなかった。

 何もない。おれにはもう、何もかも。

 今はただ、生きてるのが苦しい。

 

 たっぷり何ループかかけて、おれは弾丸を装填した銃を咥える。

 引き金は軽かった。

 源石火薬の爆ぜる音と共に、焼けつくような脳幹が破壊される感触。

 それで、全部が永遠に真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、いつまで繰り返す気だ?」

「あいつを救うまで」

「……いい加減諦めろよ。無理なものは無理だ」

「……黙れ」

「図星か?…………薄々気付いてるんだろ?」

「……おれは、あいつを幸せにしなきゃいけないんだ」

「…………はあ。じゃ、気が済むまでやればいいさ」

「……言われなくても」

 

 

 

「……………………尤も、残りはそう多くないけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼下に広がる景色を無感動に見つめる。この高さなら十分だろう。

 虚空へと踏み出した一歩の足取りは軽く。すぐに落下が始まった。

 脳裏によぎるのはあいつとの思い出の数々。擦り切れて無くなったと思っていたものを、最期に見れたのはこの残酷な世界が垂れた憐憫なのだろうか。

 ……はたまた、どこまでも絶望を突き付けるための悪戯なのだろうか。

 時系列順に流れる思い出はその終着点で真っ赤に染まったあいつの姿に塗りつぶされ、数瞬後におれの空中の旅も終着点を迎える。

 それで、おれの視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 手榴弾のピンを引き抜く。

 信管が作動し、あと数秒で爆発するという事実も、何らおれの心を動かすことはなかった。

 もう、全部がどうでもいい。

 ただぼんやりと手元のそれを見つめていると、瞬間的に源石エネルギーが解き放たれ、おれの視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 おれの視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 おれの視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 おれの視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 真っ暗になった。

 

 

 

 真っ暗になっ

 

 

 真っ暗に

 

 真っ暗

 真っ暗

 真っ暗

 真っ暗

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。絶望が、繰り返される。

 目の前のあいつは、意識を失っていた。

 

 バベルからの依頼で護送作戦に参加したおれたちを待ち受けていたのは、テレシス陣営による襲撃だった。

 圧倒的な戦力差で襲い掛かってくる敵。どうにか撃退しても、すぐに無傷の新手が現れる戦場は、悪夢そのものだった。

 矢も爆弾も使い果たしたおれたちは、どうやっても手の届かない遠距離からアーツと矢で攻撃されながら、大剣を手にしたサルカズ傭兵との近距離戦に持ち込まれる。 

 そこから破綻が訪れるまではあっという間だった。

 まずおれを庇って矢が直撃したあいつが倒れて。動揺したおれもガードを弾かれたところに鳩尾に蹴りをくらって一瞬意識を飛ばす。

 それで、詰みだった。

 

 地面に組み伏せられたおれは、無気力にそれを見つめる。

 矢は、左胸を貫いていた。様子を見たサルカズ傭兵が首を振る。その反応に、奴らの指揮官らしきサルカズはポツリと呟く。

 

「……将軍も評価していたのだがな。残念だ」

 

 ……お前たちがやっておいて、残念だと?

 そんな風に、脳みそが沸騰して暴れてみたこともある。けれども、おれにはなすすべがなかった。取り押さえられた身体はぴくりとも動かず。自身の周囲の光を散乱させるだけのアーツは何の役にも立たない。

 ……ぼんやりと思う。もしおれが、こいつらを挽肉にできるようなアーツを持っていたら、こんなことにはならなかったのだろうか。

 

 

 

 

 目を覚ます。

 ……おれは、無力だ。おれがもっと強ければ、もっと力があれば。こんなことにならずに済んだんだ。

 ……おれが身の程をわきまえていればこんなことにはならなかった。 

 ……おれが殺したんだ。あいつを、おれが弱いせいで。

 こんな愚図を庇ってあいつは死んだ。こんな何もできない、地面に転がっているだけの無価値な奴のために。

 

 

 

 

 目を覚ます。

 おれのせいだ。全部おれのせいだ。

 何を間違った?

 動揺してしまったこと?

 この方面にやってきてしまったこと?

 囮の護衛対象を置いて逃げ出したこと?

 この作戦に参加したこと?

 傭兵団を抜けたこと?

 傭兵団にあいつを入れたこと?

 

 ……あいつと、出会ってしまったこと?

 

 一人でも大丈夫だったはずだ。このクソみたいな世界でも、生き抜いていくだけの力があいつにはあったはずだ。 

 けれども、おれと出会ってしまったせいで。あいつはいま、こうして倒れている。

 

「……………………ごめん」

 

 

 

 

 目を覚ます。

 ごめん。

 何もできなくてごめん。

 役立たずでごめん。

 足手まといでごめん。

 出会ってしまってごめん。

 生きててごめん。

 生まれてしまってごめん。

 

 眼から涙が零れ出る。悲しいでも、悔しいでもなく、ただ涙が。

 

「……………………ごめん」

 

 最後にそうとだけ呟いて、おれは舌を嚙み千切った。

 

「あがっ……………………!」

 

 口いっぱいに濃厚な血のにおいが立ち込めて、ちぎれた舌が喉に詰まって呼吸を妨げる。

 ……ごめん。ごめん。ごめん。ごめん……………………

 

 

 

 

 目を覚ます。おれは絶望した。

 また生きながらえてしまった。また殺してしまった。

 その事実に頭がおかしくなりそうになる。

 早く死なないと。

 それでもしないと、あいつに申し訳が立たないから。

 おれは舌を嚙み千切った。

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 まただ。

 舌を嚙み千切る。

 

 

 

 

 目を覚ます。

 舌を嚙み千切る。

 

 

 

 

 目を覚ます。

 舌を嚙み千切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 舌を嚙み千切る。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 舌を嚙み千切る。

 

 それでやっと、おれの視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おれは黒く暗い、地平線の彼方まで暗闇で閉ざされた世界で眼を覚ます。

 

「またダメだったな」

 

 ふと、嘲るような声が聞こえてきた。

 おれはその声を無視して背を向け、先に進もうとする。

 

「おいおい、まだやるのか?お前も、そろそろ諦めがついただろ」

「……諦めるわけないだろ。おれは、あいつを」

「あのなあ」

 

 あいつを、幸せにしなきゃいけないんだ。

 そう続くはずだったおれの言葉を遮り、特大のため息と呆れ切った声が暗闇に響き渡る。

 

「お前、もうロドスまでたどり着けなくなってるだろう」

「……っ、けど3周前は」

「気絶して運ばれてるところをテレジアに拾ってもらっただけだろ。お前の力じゃない」

「…………」

 

 淡々と事実を突きつけられる。それだけで、おれの口から反論の言葉は失われた。

 追い打ちをかけるように、声は続ける。

 

「アーツももう残りカスの残りカスだよな。周囲の空間に作用して光を散乱させる?ちょっとばかし光度が落ちて見えにくくなるだけだ、大した役には立たない」

「…………黙れ」

「……力があれば、だっけか?あれこそ滑稽だよな。お前にどんな大それた力があったところで結局あいつを救えないのに」

「黙れ!」

「せっかくだし振り返ってみるか?最初のあの時のことをさ」

「止めろ!」

「あー、叫ばれたって無駄なんだよな。おれ、お前だし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おれは、それなりに幸せに生きていたはずだった。

 両親と妹の四人家族。母親は料理上手で、おれに色々な料理を教えてくれた。一緒に台所に立ったり、たまの休日にはおれが代わりに作ったことも一度や二度じゃない。父親はよく突拍子もないことを言って、母さんを困らせていた。夜中にいきなり星を見に行こうと言って車を出したり、ワニを飼いたいと言い出したり。妹は反抗期で母と仁義なき戦いを繰り広げていたけど、おれとの仲は良かった。買い物に一緒に行ったり、ラーメンを食べに行ったり。

 友人も、特別多かったわけではないけれども、ゲームで対戦したり、放課後の教室で適当に話していたり、校庭でキャッチボールに勤しんで、部室で麻雀に興じる、そんな友人たちがいた。

 おれ自身は別に特別でもなんでもない平凡な小市民で、特別なことなんてない毎日だったけれども、それでも家族や友人と一緒に居られれば、おれは幸せだった。

 

 

 だから。激しい音と光の後、この世界で目を覚ました時に感じたのは、ひたすらな孤独感だった。

 家族も、友人も、知り合いすらもおらず、挙句自分は異形になっていて。辺りを歩いてみれば通りすがりに襲われ、身包みを剥がされた。

 痛みと寒さとで朦朧とする意識の中で、白刃が煌めく。涙でぼやけた視界の中、自分に向かって振り下ろされるそれを見て、おれは恐怖した。

 知らない場所で、誰にも知られないまま、一人孤独に死ぬ。それが、どうしようもなく怖かった。

 嫌だ。死にたくない。そんな想いが届いたのだろうか。真っすぐに振り下ろされたはずのナイフはぐにゃりと軌道を変えて地面に突き刺さる。

 驚愕する下手人はしかし、すぐに両手でおれの首を絞めた。急速に阻害される脳への血液と酸素。

 殺される。このままでは殺される。

 でも、おれは死にたくない。

 ……だから。

 

 ぐしゃりと湿った音が鳴り響く。地面に組み伏せられたおれの全身に生暖かいものが降り注ぎ、濃密な鉄の香りがあたりに立ち込める。

 

「……………………っぷ!」

 

 反射的に抑えた手の隙間と鼻から、吐瀉物が溢れて出す。何度も、何度も。胃の中身が無くなってもなお、おれは吐き続けた。

 狂ってる。この世界は狂っている。

 殺されたくないから殺した。そんなことがまかり通っているなんて。

 

 おれは平凡でよかった。特別なんていらなかった。ただ、いつも通り幸せでいられれば良かった。

 なのに、この狂った世界はおれに特別を齎した。

 本能的に使ったこれは、おれに備わっているものだ。

 半径1kmの空間操作。曲げるも、圧搾するも、引き伸ばすも思いのまま。試しに1km先の地点とこの場所を繋げれば、瞬時に景色が変わる。

 

「…………はは」

 

 乾いた笑いが出てくる。

 

「ははは」

 

 なんだこれ。こんなの、やりたい放題だ。

 要らなかったのに。こんなもの、欲しくもなんともなかったのに。

 

「ははははははは!」

 

 どうせ狂った世界だ。まともじゃいられない。まともでいたら、きっと壊れてしまう。

 ならばいっそ、狂ってしまおう。お誂え向きの狂った力と共に。

 狂ったように、おれは笑い続ける。

 試し打ちとばかりに周囲の空間を滅茶苦茶に捻じ曲げ、奇妙なオブジェを辺りに乱立させながら。

 

 一通り暴れて疲れ切ったおれは、地面に仰向けに寝転がる。

 頭上に広がる寒空には星が瞬いていた。ぼんやりとそれを見つめていると、熱いものが溢れてくる。

 

「…………行こう」

 

 おれは目から零れるものを拭うと、立ち上がって歩を進める。

 行先もなく、帰る場所もなく、ただ彷徨うように。

 

 

 生きていくことは大変な事だと知った。

 食べられるものはなんでも食べた。そこら辺の草、よく分からない獣、虫。

 いちばん上等なのは襲ってきた奴を返り討ちにして奪った食料だった。大体は食い詰めた奴らだが、時折それなりの装備の奴らもいる。それを奪って身につけていく度、さらに狙われるようになる。

 そして、終いには誰も襲ってこないようになった。

 でも、おれは腹が減っていた。まともな食料に飢えていた。

 だから、襲った。それなりの装備をした奴ら──傭兵──を襲って、何もかもを奪った。泣き叫ぶ奴、恨みの視線を向けてくる奴、恐怖に震える奴。全員を殺した。

 この狂った世界にも社会は存在していたらしく、仇討ちで色々なやつに襲撃を食らった。それを全部返り討ちにして、今度はこちらから襲いかかって……そんな、順調に荒みきっていたおれの前に現れたのが、隊長だった。

 

 明らかに違う。前方から悠然と歩いてくるその人物は、これまで殺してきた凡百の傭兵たちとは持っているモノが違うのがはっきりとわかった。

 歩みはゆったりとしていて、殺気など微塵も感じないほどに凪いでいる。なのにも関わらず、とんでもないプレッシャーが圧し掛かってくる。

 奴が殺る気になれば、おれは殺される。そんな恐怖が腹の底から湧き上がってくる。

 だから、殺される前に殺さないといけない。おれはアーツを放とうとして…………

 

「待て」

 

 その一言だけで、動きを止められた。

 

「殺り合うつもりはない。ただ……少し話をしに来ただけだ」

「…………」

 

 そう言いながらなおも近づいてくる男に、おれはアーツを構えながら様子を窺う。

 話?何の話をしに来た?そう言って殺りに来るんじゃないのか?

 疑念と困惑が入り混じった感情で男を睨みつければ、続きの言葉がやってくる。

 

「……お前は何も知らないのだろう?」

「…………何?」

 

 彼の話をざっくりまとめれば次のようなところだ。曰く、こんな無法地帯でもそれなりの理があり、それを支える一角が傭兵であるらしい。おれはその暗黙の了解を無視して暴れまわったため討伐対象になったが、その暴れっぷりにどこも及び腰。そこで、少し気になるところがあったらしいこの目の前の男がやってきたというわけだ。

 

「若いサルカズ。お前がどこから来たのかは知らないが、ここで失うには惜しい。お前ならばきっと、サルカズの歴史に残る傭兵になれる」

「…………」

 

 歴史に残る傭兵。そんな称号には微塵も興味がない。

 

「……私の下へ来い。傭兵を教えてやる。戦い方も、知識も、全てをな」

 

 けれども。もしそうなれば、この孤独感も少しは紛れるのだろうか。

 …………おれは、差し出された男の手を掴んだ。

 

「…………あんたの名前は?」

「…………隊長と呼べ、新入り」

 

 ニヤリと笑いながら男──隊長が言う。おれも、自分の口角が上がるのがわかった。

 なるほど、ちょっとは楽しくなりそうだ。

 

「……よろしく、隊長」

 

 

 それからおれは、傭兵団の一員として生活し始めた。

 なるほど、確かにおれは相当な世間知らずだったらしい。あの場所の治安の問題だったかもしれないが、カズデルには普通に貨幣経済が存在し、貧相な品ぞろえとはいえ店もあった。

 傭兵の仕事をして報酬を頂き、それを使って飯にありつく。それなりに文明的な生活だ。

 宣言通り、隊長にはみっちりと教育された。格闘術に剣術、ナイフ術といった戦闘術から、登攀技術、隠蔽技術などの特殊技能、更には座学で戦術・戦略思考に、傭兵流アーツ学、カズデル、テラの他地域の基本知識など盛りだくさんだ。

 戦闘訓練ではアーツを禁止されて隊長と部隊員からボコボコにされ、座学は割合あっさりと飲み込んで隊長を拍子抜けさせた。

 時折ラテラーノの商隊を襲撃すれば美味いものが食えるし、敵をブチ殺して戦利品を漁るのも結構楽しい。

 総じて、おれは順調にサルカズの傭兵になっていった。

 

 ……最も、その内面は諦観で埋め尽くされていたが。

 傭兵団に入っても、価値観がサルカズのものに変貌していっても。それでもなお、おれは孤独を忘れたことがなかった。むしろサルカズになったからこそ、一際強く感じていた。

 同僚や隊長のことが嫌いなわけではない。寧ろ、いい奴らだと思う。特に隊長は、こっちでの親代わりのようなものだ。

 ……けれども、どこか壁を感じた。もしかすると、おれが作っているのかもしれない。だって、どこまで行っても自分はこの世界にとっては異物だと思ってしまっているのだから。

 狂いきってしまえれば、どんなに楽だったろうか。おれには、狂ったふりをすることしかできない。きっとこうして、終わらないダンスを死ぬまで踊り続けるしかないのだろう。

 そう、思っていた。

 

 

 

 それは、ある日の任務後のことだった。

 おれは傭兵団が拠点にしている街にこさえた隠れ家へと向かっていた。一人になれる場所が、おれには必要だった。賑やかな場所にいると、余計に孤独を感じるから。

 廃墟の間を縫うようにして歩いていく。明かりのない夜だが、問題はない。ここら辺は慣れているし、アーツだってある。半径1kmの空間の把握は万全だ。

 ふと、そのアーツに感があった。具体的には、こちらに向かってくる人影が。身長は160cmと少し。比較的小柄で華奢だ。が、その動きはなかなかに機敏でこちらの死角に入っている。

 何をしに来たのかは知らないが、ご苦労なことだ。おれはその人物が投げつけてきたものを空間ごと圧搾すると、続いて下手人をアーツで地面に押し付ける。

 

「うっ……!」

「……女だったか」

 

 聞こえてきた高い声に、手榴弾を投げつけてきた相手の性別を悟る。男だろうが女だろうが、死体になってしまえば同じだが。

 

「殺るなら……はやく……しなさいよ……」

 

 空間ごと地面に押し付けられ、潰れたカエルのような様相を呈した女が呻くように声を出す。

 真っ暗闇の中、おれは女に問うた。

 

「どうしておれを襲った?」

「理由が……いる……かし…ら?」

 

 なるほど、それなりに強情なタイプらしい。こんな場所で襲われたので話を聞いてみたかったのだが、どうやらダメそうだ。

 じゃ、殺すか。そう思い立って、女を圧殺しようとした、その時だった。

 雲にできた切れ間から月明かりが一直線に差し込んでくる。その光に照らされて、女の姿が露になっていた。

 銀色に輝く髪に、琥珀色の眼。おれは、その姿に釘付けになった。見たことがある。どこかで。思い出せないけれども、確かにどこかで。

 その瞳を見つめたまま、おれは必死にその何かを思い出そうとする。けれども、それより先に想起されたのは、おれの心象風景だった。

 

「………………ヘビだ」

「……?」

 

 思わず、声が出る。

 そうだ、おれの家だ。小さい頃のおれの家。

 

「……むかし飼ってた……すごくむかしに……」

 

 あまり広くはないけれども、二階建てで。大きなソファが置いてあって、テレビの横にはペットのゲージが置かれていた。

 中には白くてすべすべとした、とっても立派な蛇。

 

「目がすごくきれいだった。……そうだよ、父さんが買ってきたんだ」

「な……にを……」

 

 宝石みたいな、琥珀色の目をしていた。

 

「すごくうれしかった。いつもいつもながめてた。母さんに呆れられるまで」

 

 父さんに貰った爬虫類図鑑でいつも見ていたものが、家にやってきて。

 すごくうれしかった。

 

「見つめあってたんだ。きれいな目と」

 

 目の前の琥珀色の瞳が揺れる。

 一緒に蛇を見つめる父さん。そんな二人を見て呆れたように笑う母さん。その腕の中で、ニコニコとしている妹。

 暖かくて、幸せな家。

 もう二度と、おれが帰れない場所。

 

「なに……ない……てんのよ……」

 

 気付くと、目からは涙が溢れていた。

 狂ったふりをしていた?ふりなんかじゃない。おれは、もうとっくに。

 

「……父さん……母さんごめん。狂っちゃったよ……おれ」

 

 当たり前のように人を殺して、当たり前のように物を奪って。

 生きるために仕方がなかった。そんな言葉は、何の意味もなかった。

 きっと心のどこかで願っていた。帰りたいと。家に、あの暖かな世界に帰りたいと。

 でも、もはやそれは叶わないことだとわかってしまった。もうおれには、その資格がないのだ。

 その事実が胸に重く圧し掛かる。全身から力が抜ける。

 

「げほっ、げほっ……ちょっと……!」

「ごめん……ごめん……ごめん……」

 

 おれは何に謝っているのだろう。どうして謝っているのだろう。わからないまま、ひたすらに謝罪の言葉を続ける。

 

「……何なのよ……」

 

 その横で、アーツから解放された女が呆然とこちらを見つめていたのに、おれはしばらく気付かなかった。

 

 

 

「どうして殺りにこなかった?」

 

 襲ってきた奴の前で完全な無防備を晒していたのだが、よくもまあ生きていたものだ。

 立ち直った……と言える状況からは程遠いものの、どうにか平静を取り戻したおれは女に尋ねる。

 その問いに対して、彼女は憤慨した様子で答えた。

 

「じゃあ逆に聞くけど、自分を瞬殺してきた相手が突然意味不明なこと言って泣き始めたらどう思う?不気味でしょうがないでしょ」

「……なるほどな」

 

 言われてみれば確かにそうだ。殺りに行っても、逃げようとしても、下手なことをすれば何が起こるかわからない。だったら、息を潜めてじっとしていた方がまだマシというわけだ。

 改めて女のことを見下ろす。あの時、何かを思い出しそうだったのだが、結局その取っ掛かりすら忘れてしまった。

 

 当面の問題は、こいつをどうするかだ。

 既に殺す気は失せていた。おれはもうこの世界でしか生きられないとはわかったけれども、それでも、ここでこいつを殺してしまったら、堕ちるところまで堕ちてしまう気がした。それこそ、血と肉にしか意味を見出せない、獣以下の存在に。

 少なくともおれは、琥珀をきれいだと思う感性くらいは失いたくなかった。

 だが、このまま解放するのも論外だ。襲撃されて逃げられたというのは傭兵としての沽券に関わるし、妙な噂を流されても困る。

 ……飼い殺しにするくらいが落としどころか。

 自分の中のサルカズ的感性と、遠い故郷の感性の釣り合うところがそこだった。

 だから、ここからは交渉の時間だ。

 

「……女。おれの所に来る気はないか」

「……は。生憎だけど、そういう商売はしてないのよ。他の奴に相手してもらいなさい」

 

 こちらを貫く鋭い視線に、とげとげしい口調。すげなく断っているように見えて、おれの次の言葉を待っている。

 自分の命運をこちらに握られているのに、冷静で、それでいて投げやりな様子はなく、まだ諦めていない。どうやら、予想以上の掘り出し物のようだ。

 

「……お前には見どころがある。ちょいと生意気だが、そういう奴を飼うのは嫌いじゃない」

「……あたしはペットってわけ?……それなりの待遇なら、尻尾振ってやってもいいわよ」

「……宿付き、飯付きでどうだ。警備員も付けてやる。必要なら、教師もな」

「…………」

 

 おれの出した条件に、女は押し黙る。

 飼われることと、このカズデルでそれなりの生活ができることとで天秤が釣り合うか計算しているのだろう。

 しばらくしてから、琥珀色の瞳がこちらを向く。

 

「……一つ、条件があるわ」

「……お前、自分の立場がわかってるのか?」

「……あら、ご主人様はペットのお願い一つ聞けない甲斐性なしなのかしら?それに、きっとあんたの役にも立つと思うわよ?」

 

 減らず口は相変わらずだが、こちらの利を仄めかす辺りが憎たらしい。

 おれは聞かせるようにして大きなため息をつくと、目線で続きを言うように促す。

 女はそれを見て口角を上げると、特大の爆弾をぶち込んできた。

 

「傭兵団を一つ潰してくれない?あたしみたいのを使って、あんたらの所を潰そうとしてるみたいだから」

 

 

 

 そこから先は、もうてんやわんやだった。取りあえず話を聞くだけ聞いて、女を縛って隠れ家に転がしておいた後、ワープを繰り返して傭兵団の連中の下へ向かう。各隊で連絡を取ったり、まさにやってきた奴を返り討ちにしたりして、最終的には夜明けに強襲をかけて件の傭兵団を拠点ごと叩き潰した。

 襲撃にはおれも参加したが、サルカズ的な感性を以てしてもなかなかに下劣な連中であることは確かだった。どうやら金でそこら辺の連中を雇ったわけでもなく、人質を取って自爆同然の所業を行わさせていたらしい。おまけにその人質は陵辱されているわ解体されてるわで悲惨な有様で、ほとんどは死んでいるし、僅かな生き残りも精神が死んでいた。

 

 そんなわけでこの世からゴミ共を消し去った後、おれは改めて隠れ家に戻り、彼女との契約を結んだのだった。

 ……縄で縛って放置したことで散々に文句を言われたのは言うまでもないだろう。全く、随分とやんちゃなことだ。先が思いやられる気がして、おれはひっそりと息を吐いた。

 

 

 

 そうして始まった彼女との奇妙な生活は、しかし、そう悪い物でもなかった。

 ……いや、寧ろおれは、それを好ましく思っていた。

 あいつはとにかく生意気だ。いつでも減らず口を叩くし、何かにつけて煽ってくる。

 けれども、そのくせしてどこか抜けてる所があって、飯を食ってるときなんか緩み切った顔をしていて。

 その表情がもっと見たくなって、おれは半ば忘れかけていた記憶を引っ張り出して、色々な料理を作った。思い出だとかは擦り切れてきていたのにも関わらず、こういうことははっきりと頭と身体が覚えていて。それで出来たものを食わせれば、満面な笑みが返ってきて。

 

 あいつのおかげで、おれは久しぶりに孤独を忘れることができた。

 そして思い知らされた。人は、一人では生きていけないのだと。

 それからは、傭兵団の連中とも付き合うようになった。急な様変わりに揶揄われたりしたが、何だかんだで皆受け入れてくれた。

 そうしておれに、居場所ができた。帰る家ができた。少しずつ、この世界に溶け込むことが出来てきた気がした。

 

 おれたちの関係も、少しずつ変化していった。

 初めは一方的に餌付けしているだけだったのが、だんだん貪欲になってきて、戦闘訓練やら座学やら、前に隊長から教わったことを復習がてら教えることになった。

 これがなかなかどうして筋が良く、いくつか……もとい、相当な部分でおれよりも出来がいいんじゃないかと思う。

 このカズデルの地において、力があるということは正義だ。あいつが力を付けるのは望むところだった。……少なくとも、それくらいには情が移っていたから。

 そうして、力を付けたあいつはただ守られることを良しとせず、おれはその押しに負けて隊長に彼女を紹介した。

 

 そこからの間柄は……相棒、だろうか。背中を預ける相手を選ぶとしたら、おれにはあいつ以外考えられなかった。

 二人で色々な作戦に参加した。どんなクソみたいな作戦でも、おれたちならできる気がした。

 敵を血祭にあげて、二人で家に帰って、飯を作って食う。戦場で、家で、あいつと過ごすたびに、その存在はどんどん大きくなっていった。

 こうやって暮らしていくのもいいんじゃないか、そんな風に思っていた。

 

 状況が変わったのは、テレジアとテレシスの争いが表面化し、カズデルを二分する内戦が勃発してからだ。

 隊長から二人については聞き及んでいたが、まさかここまでのことが起こるとは思っていなかった。内戦によって、傭兵は難しい立場に立たされることになる。すなわち、どちらにつくかということだ。

 正当性という点ではサルカズの王であるテレジア殿下に理があるが、勢力という点では保守派を取りまとめたテレシス側の方が優位だった。

 うちの傭兵団は、規模という点でもそれなりに大きく、実力に関してはカズデルでも有数だ。自惚れているわけではないが、おれのアーツだけで相当な戦力だと思う。全力で使えば半径1kmを更地にできるのだから、さながら戦略兵器といったところだろう。

 それゆえ、舵取りは難しいものになる。団長の方針もあり、各隊がかなりの独立性を持っていた傭兵団は、下手にどちらかに舵を切れば空中分解する恐れすらあった。

 何はともあれ、どう動くとしてもまずは団長が号令をかけるはずだ。一先ずは様子を見よう。

 

 そんなふうに考えていた自分が愚かだったということは、数日後に明らかになった。

 隊長からの突然の呼び出しでΩ──おれが付けたあいつの名前だ──と共に集合場所に向かったおれは、そこに部隊員が勢ぞろいしていることに驚いた。

 こんな夜中の呼び出しで全員を集めるとは、余程の大事なのだろうか。おれたちの到着を確認したところで、隊長が口を開く。

 

「我々は殿下につく」

 

 殿下、すなわちテレジア陣営につく。なるほど、それが団長の決断かと思えば、続く言葉で即座にそれは否定された。

 

「これは私の独断だ」

「…………」

 

 その言葉の意味を各々が噛みしめる沈黙が、辺りに広がる。

 隊長の独断。それの意味するところはつまり、傭兵団から離反するということだ。だから問題は、なぜそれをするのか。

 

「……早いな」

 

 だが、その思考は隊長の呟きで中断された。何が早いのかと一瞬考えた後、おれは即座にアーツを起動する。周囲の空間を掌握し、そして浮かび上がってきたのは……

 

「……包囲されてる?」

 

 集合場所に指定された街はずれ。そこを取り囲むようにして、相当な人数が集まっていることが感じ取れた。

 

「隊長、これは?」

 

 おれたち全員の疑問を代弁するかのように、最古参のワイノットが問う。

 ……おれのアーツでは、範囲に入ったものの体格や動きなどを、その空間の動きで感知することが出来る。体格は勿論のこと、その歩き方なんかの動きは、かなり個人差がある。つまり、容姿のような視覚情報は得られないが、それなりに個人を特定できそうな情報は得られるということだ。

 そうして得た情報が、言っている。こいつらは、過去に会った覚えがある。

 ……敵ではなく、味方の側で。

 

「他の隊の奴らだろう。私たちを始末するためのな」

 

 その考えを裏付けるかのように隊長が語りだす。

 団長はテレジアとテレシス、どちらにつくことも考えてはいなかった。だが、そうして中立を決め込むには、傭兵団はあまりに力がありすぎた。

 だから、自らその力を削ぎ落そうとした。おれたちの隊を排除することによって。そうすれば、規模を縮小するとともに第三勢力になる気がないと両陣営に知らしめることができるがために。

 それをいち早く察知した隊長は、おれたちを招集して離反を試みた。テレジア陣営を選んだのは、そんな厄介者でも抱え込める度量があると見込んだからだ。

 しかし、団長の動きも早かった。そうして今現在、おれたちは包囲されている。

 

「……Ω。お前には未来がある。それを手に入れるために鍛錬を怠らないことだ。覚悟しておけ、相手は予想以上に鈍いようだからな」

 

 隊長があいつに声を掛ける。彼はこのように、部隊員一人一人に声を掛けていた。その意味がわからないほど、おれは鈍くない。

 たぶん、おれのアーツを使えば襲い掛かってくる連中は、隊長クラスの猛者を除いて軒並み楽に殺れるはずだ。それに、脱出だってワープを駆使すれば追手はあるにせよ不可能ではないだろう。

 だが、彼はそのどちらも望んではいなかった。おれには想像することしかできないが、それが隊長なりのけじめなのだろう。

 そうして、最後に残ったおれと目が合う。

 

「W。最初に会った時のことを覚えているか」

「……ええ」

「……お前は、サルカズの歴史に残る傭兵になれる。教えていて確信した」

「…………」

「……好きに生き、理不尽に死ぬ。それが傭兵だ。……だからこそW。生き延びろ。生きてさえいれば、出来ないことなどない」

 

 隊長自身も、そうして生き延びてきたからだろうか。その言葉は、重かった。

 理不尽に死ぬ。彼の無念の全てがそこに詰まっているようで。

 だから、おれは口を開く。残されるものとして、期待されて託された者として。

 

「……おれは、好きなように生きて、好きなように死んでやりますよ、隊長」

「……ふ。……それもいい。折れるなよ、お前は」

 

 それが、別れの言葉だった。

 隊長が残って時間を稼ぐ間、おれたちはアーツで包囲をすり抜けて脱出する。追い縋る敵がほとんどいなかったことは、隊長が如何にして戦ったかということを示していた。

 そうして、死地を脱してから数週間。放浪を続けたおれたちの隊は、漸くテレジア陣営へと馳せ参じることができたのだった。

 

 

 

 バベルに参加してからも、戦いの日々が続いた。

 一番激しかったのはロドス・アイランドをレム・ビリトンから移送した時だろうか。敵の数が相当に多く、潰しても潰しても湧いてくるので少々げんなりした。最終的に作戦は成功し、参加した傭兵の回収も無事にできたが、かなり疲れたのは今でも覚えている。

 バベルでも、おれは基本的にあいつと二人で行動していた。おれの戦い方を一番理解しているというのもあるし、何よりそうしないとどこか落ち着かなかった。

 傭兵の集まりだった以前とは違って、この場所には様々な人がいる。サルカズ以外の人員もいるせいか、価値観もまた、一般的なカズデルのものとは違うようだった。

 言ってしまえば生温いそれは、おれにとってはどこか懐かしく、そして温かく感じられるもので。その雰囲気に中てられてか、考えることがあった。

 おれにとって、あいつは何なのだろうと。

 ……言葉ではうまく言い表せない。けれども、かけがえのない存在だということは確かだ。

 逆に、あいつはおれをどう思っているのだろう。

 始まり方ははっきり言って最悪に近いものだったはずだ。けれども、だんだんと見せる頻度が増えてきたあの笑顔は、何を意味しているのだろうか。少なくとも、親しみを持ってくれてはいるのだろうか。

 問いただす勇気はなかった。何かをはっきりさせてしまうことによって、今の心地よい関係が壊れてしまうのが怖かった。だから、全部を先送りにした。時間が立てば、きっとわかるはずだと。

 ……おれは、どうしようもなく愚かだった。

 

 

 カズデルを二分する内戦は、完全に膠着状態に陥っていた。

 テレシス率いる軍事委員会はその軍量を以て、テレジア率いるバベルはその軍質を以て、互いに激戦を繰り広げ、町ひとつ、村ひとつを占領し合うような戦況。各々の統治領域が面ではなく、重要拠点とそれを繋ぐ街道、すなわち点と点を結ぶような支配であったことも泥沼化を加速させた。

 戦線が入り組んでいるために、大規模会戦というよりは小規模な戦闘が各地で起こるような情勢で、バベルは戦力を分散させざるを得ない状況にある。

 そんな中で、おれたちはいわゆる遊撃の役割を請け負っていた。独力で小規模な戦線を一つ受け持て、なおかつ機動力もあるおれは、自分で言うのもなんだがかなり貴重な戦力だと思う。

 仕事の流れはいつもだいたい一緒だ。本部……というかぶっちゃけドクターの指示を受けてある地点に向かい、あいつがその隠密行動を活かして偵察し、その情報を基におれが敵を一網打尽に叩き潰す。おれたち各々の特性を生かした、なかなかによくできた運用方法だと思う。

 

 さて、そんなわけで、今日もおれたちはとある街へと派遣されていた。

 ここ数日で始まった敵陣営の大攻勢によって、こちらの余剰戦力はほぼ払底している。エリートオペレーターも各地に散らばって防衛を行っている状況だ。

 おれたちに期待されているのは、劣勢にある味方に加勢して敵を押し返すこと。プラスαで反攻のための突入口、戦線に大穴をぶち開けることといったところだろうか。

 早速後方拠点でこの戦線を担当していた人員と合流すると、状況を取りまとめる。敵軍の数と配置を把握して、Ωと共に作戦を立てる。今回は敵の殲滅が目標だ。後退して防衛線を築くことが出来ないレベルで損害を生じさせる必要がある。順序やワープを用いた侵攻経路なんかを選定し、準備を整えたところで、おれは拠点を発った。

 ちなみに、今回あいつは留守番だ。敵の様子はわかっている以上、劣勢下での危険な偵察に出す必要はない。前線では何が起こるかわからない以上、リスクは犯せなかった。

 

 策定した攻撃地点をまわりながら、建物ごとアーツを叩き込んでいく。周囲の景色が次々と見晴らしのいいものに変わっていくとともに、大地に赤黒い汚れが生じていった。いつも通りの、ほとんど虐殺と言っても差し支えないような作戦行動。時折飛んでくるアーツや矢も空間を歪めて回避しながら、おれは淡々と作業に取り組んでいた。

 違和感を感じたのは、都合4箇所目の地点にやってきた時だ。敵の数が、想定よりも多い気がした。そして、傭兵の勘はほとんどの場合正しい。

 勿論、取りまとめた情報に多少の誤差があることは考えていた。だが、実際に戦闘を行い、斥候からの情報も集約していた後方拠点の情報は、この場所でのこれまでの戦闘規模を考えても妥当なものだったはずだ。

 ……しかし。どうやら、おれたちは規模を見誤っていたらしい。遠方から飛来する砲撃を消し飛ばしながら、おれは憮然とした面持ちでいた。前面にいる敵の数は、想定の3倍ほどで済めばいいだろうか。砲撃の方角からして、半包囲状態にあると見ていい。さて、どこから潰したものか……

 

 ……待て。この湧いて出てきたような敵は、どこからやってきた?

 地上の見晴らしは素晴らしい。敵が隠れていられるような場所はなかったはずだ。

 

「……っ、地下か!」

 

 おれは即座にアーツを使ってワープする。地下に潜んでいた敵が湧いてきたのならば、どうして敵が前面にしかいないと言えようか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 移動の合間に、爆発音が鳴り響く。はっと目を見やれば、それは後方拠点があったあたりで。おれは、自分の顔が青ざめるのがわかった。

 

「Ω!」

 

 聞こえるわけもないのに叫んで、拠点があったはずの瓦礫の山に全速力で向かう。……大丈夫だ。あの爆発は恐らく、あいつの爆弾のもののはずだ。そう自分に言い聞かせて。

 たどり着いた場所では、焼け焦げた死体がいくつか転がっていた。一瞬、心臓が跳ね上がる。だが、違う。これはあいつじゃない。瓦礫に埋もれていることも考えて、アーツを起動する。すぐに、複数の動いている気配を感知した。おれは間髪入れずにワープして、大柄なほうの二人を叩き潰す。

 残ったもう一人のほうに振り向いて、おれは口を開いた。

 

「……すまん、待たせた」

「遅かったじゃない。待ちくたびれるところだったわよ」

 

 振り向いた先の彼女は、わざとらしく不満気な表情を浮かべる。が、すぐにニッと口角を上げて言葉を紡いだ。

 

「で、これからどうしようかしら?」

 

 取りあえず状況を整理すると、後方拠点が敵の強襲を受けたらしい。不意打ちで要員の大半がやられたことから、Ωは爆弾の爆発に乗じて建物を脱出。それに気づいた敵と追いかけっこをしていたところで、おれがやってきたというわけだ。

 先ほど半包囲されていることは確認できたが、後方にまで浸透していたとなると、完全包囲されている可能性が高い。

 ……先ほどから絶え間なく降り注いでいる砲撃もそうだが、こんな場所にこれほどの戦力を集中させるのは不可解だ。

 とは言え、考えていても仕方がない。現実問題として、おれたちは窮地に立たされている。ワープして逃げようにも、空間と空間を繋げるという原理上、多少のタイムラグが生じる。敵陣を突っ切る形で行うのは些か無謀だ。

 となれば、結局……

 

「殺るしかないってことか」

「ま、それしかないでしょうね。単純でいいじゃない」

 

 当初の予定通り敵を殲滅して、そいつらの血で脱出路を舗装するというブラッディな作戦だ。全方位敵だというのは少しばかり厳しいところではあるが、出来ないことはない。

 

「それじゃ、行くか。さっさと殺して帰ろう」

「そうね。あ、帰ったらあれ作りなさいよ。あの……ブルなんとか」

「ブルスケッタ?」

「そう!それよ!で、一緒にワインでも開けましょ」

「……お前に酒飲ませるのはなあ……」

「たまにはいいじゃない。今日こそはあんたの醜態を見させてもらうから、覚悟しておきなさい」

「はあ……またお前の奇行に悩まされることになるのか……」

「奇行って何よ、奇行って。それこそ、あたしが一体何してるってわけ?」

「…………」

「ちょっと、黙るのやめなさい!」

 

 おれたちなら、きっと何でもできる。

 だから、今回だって。

 ……そう、思っていた。

 

 

 

「7時800m!」

「っ!」

「砲弾3つ、4、6、7……今!」

「……クソッ!……何時になったら終わるんだ……?」

「あたしだって知りたいわよ……!」

 

 思わず口をついて出た言葉には、驚くほどの疲労感が籠っていた。そしてそれはおれだけではなく、彼女も同じなようだ。

 しかし、疲れるのも道理だろう。一体どれほどの時間戦い続けているのだろうか?少なくとも、太陽の出ている筈に始まったのが、すっかり夜になるまでの時間は過ぎている。

 敵の狙いがおれたちであることは明らかだった。ここまでの物量をなりふり構わず投入してくれば、流石にそうとしか思えない。

 敵の戦術は単純で、かつ効果的なものだった。おれのアーツの効果範囲1km、その圏外から延々とアーツと砲撃を繰り返す。圏内にはクロスボウや近接武器を装備した敵が全方位から不規則に突貫してくる。それを恐らくは交代しながら、ひたすらに繰り返すのが敵のやり方だ。

 遠距離攻撃だけなら自分の周囲の空間を湾曲させて攻撃が届かないようにすればいいが、懐にまで入られると一気に緻密な空間操作が求められるようになる。故に、近づいてくる敵を遠距離攻撃ごと叩き潰しながら、適宜直撃コースの砲弾やアーツに対処しているのが現状だ。Ωにはおれの背後の様子を見てもらっている。状況把握にまでアーツを割いていられないからだ。

 おれのアーツは万能だが、使っているおれはあくまで人間だ。精密操作や複数箇所同時の操作には集中力を要する。アーツを使い続けていれば当然疲れるし、疲れたら休息を取らないと回復しないのは当たり前だ。

 つまりこれは消耗戦。おれが疲労でぶっ倒れるのが先か、救援が来て包囲網に穴ができるのが先かという戦いだ。

 ……ここまでくると、先の大規模攻勢も救援に来れる様な戦力を他戦線に張り付けるための陽動に思えてくる。そんな被害妄想すら生じるほど、おれは疲れていた。

 だが、それでも決して諦めるわけにはいかない。おれは一人ではない。あいつだって一緒にいる。おれは、あいつと二人で帰るんだ。

 例え脳みそが焼け切れようとも、絶対に。

 

 

 敵の質が明らかに上がった。

 既に周囲の大地は数千人分の血で赤く染まっている。なるほど、物量で押してきたと思ったら、今度は質で仕掛けてくるらしい。

 頭がぼんやりとする。向かってくる敵は機動力が高かったり、アーツの威力・範囲が高かったりと、その強さの理由は様々だ。ただ、一つ言えるのはこれまでのような雑なアーツの使い方では殺れないということ。

 周囲の空間すべてをまとめて押しつぶそうとすると、その隙をつくように遠距離狙撃アーツがやってくる。結果、防御を保てる程度の規模のアーツで敵を迎え撃つしかない。

 アーツでおれと彼女を防御し、敵の位置を把握して、ピンポイントで圧殺する。限界を超えたアーツの多重起動で、頭が割れるように痛い。

 ふと、顔を伝う生暖かいものを感じる。鼻血だろうか。それを拭う暇もなく、アーツを使役し続ける。

 視界の端では、あいつも源石爆弾を使って援護してくれていた。何も言っていないのに的確におれのアーツに誘導しているあたり、やっぱりおれにはあいつしかいないと思う。

 ……戦いの相棒という意味でも、この世界を一緒に生きていきたい人としても。

 

 

 爆風に煽られた石像を吹き飛ばし、空中から攻めかかってきた敵にぶち当てる。姿勢を崩した奴を空間ごと握り潰し、肉片に変える。胴体に向かってきた狙撃を受け流し、背後から接近してきた敵に直撃させる。

 いつしか、空は白んできていた。地平線の向こうから光が現れ、戦場を紅く照らす。朝焼けの中、周囲1kmで立っているのはおれとΩだけだ。いつの間にか、遠距離からの砲撃とアーツも止んでいた。

 依然として包囲されてはいるが、取り囲む連中がざわついているのが何となく感じ取れる。向こうに何かが起こったことは間違いないだろう。

 ガクリと膝から力が抜ける。そのまま地面に倒れこむところが、温かい感触に支えられた。顔を上げれば、疲れ切ってはいるものの、どこか喜色を帯びた彼女の顔が目に飛び込んでくる。

 

「ほら、まだ寝るのは早いわよ」

「……ごめん。もう大丈夫だ」

 

 そうして一言声を掛けると、おれは手を借りながら立ち上がった。相変わらず、敵の攻撃は止んだままだ。恐らくは味方がやっと救援にやってきたのだろう。

 昼間から戦い通しで次の日の朝まで。16時間ほどだろうか、どうにか生き残ることが出来た。

 ぼんやりと、おれたちを包囲し続ける敵を眺める。遠目ではあるが、どこか浮足立っているような感じだ。戸惑いとも言えるだろうか。

 しかし、包囲を破りに来た敵がいるというのに、随分と悠長な……

 ……悠長な?

 

 おれはその疑問が頭に浮かんだ瞬間、咄嗟にアーツに意識を集中させる。浮かび上がってきたのは、極々小規模なアーツが背後からこちらに迫ってきているということだった。

 物量戦を仕掛けて疲労を誘い、乗り切ったと思わせて緊張の糸が切れたその瞬間を狙う。なんとも厭らしいやり方だ。まんまと引っかかるところだった。

 しかし、どうにか直前で気付くことが出来たようだ。この距離と速度なら、このまま問題なく潰せる。

 確信して、おれはアーツを起動した。空間が歪み、そのまま敵の狙撃ごと……

 

「あっ」

 

 口からそんな言葉にならない声が零れ落ちたことに、すべてが詰まっていた。

 おれのアーツは空間を歪め、しかしそれに対抗するかのような力によって敵のアーツは真っすぐにそのまま進み続ける。

 その空間に作用する力に、おれは間延びした思考の中でリッチという種族のことを思い出した。おれのアーツを見た隊長が呟いていた、空間に関するアーツを用いる十王庭が一つ。

 軍事委員会にもバベルにもついていなかったと思っていたのだが、今起こっている出来事がどうやら現実らしい。丸ごとついたのか、はぐれ者がいたのか、まあどうでもいいが。

 遅まきながら、おれはすべてを理解した。包囲していた傭兵どもが浮足立っていたのは、攻撃停止命令を受けたのと、十王庭が顔を出したからだ。

 初めから、敵の狙いはそのアーツでおれのアーツに対抗することだけだった。ただ、そのための準備で物量戦を仕掛け、小細工としてわざとおれにわかるように狙撃をしてきた。

 おかしかったんだ。本当に狙撃で殺す気なら、あいつに抱き留められていたあの時に狙えばいい。慌てて避けるだとか、どうにか逸らすだとか、そういった対応をさせず、潰すという手段をおれに取らせるためにある程度の余裕を持たせたんだ。

 これまでの出来事が怒濤となって頭に押し寄せる。どうやら、死に際に走馬灯が流れるというのは、本当のことらしい。

 あちら側の世界での思い出、こちら側に来てからのクソみたいな出来事、そして何より、あいつと過ごした日々。

 そのすべてが輝いていた。例えようもないほど大切なものだった。どうしようもなく愛おしかった。

 それで、おれはあいつのことが好きだったんだってわかった。

 ……もう、何もかもが遅すぎるけれども。

 おれはここで死ぬ。それはいい。散々殺してきたんだ、殺されるのは当然だ。けれども、あいつをここで死なせるわけにはいかない。

 おれは、好きなように死ぬ。好きな人のことを救って死ぬなら、本望だ。

 アーツに全意識を集中させる。一体このアーツという力は人間のどこの器官に依存しているのかは知らないが、意志の産物ならば意識がある限り使えるはずだ。脳みそが一かけらでも残っている限り、あいつを遠くに逃がす。

 そう覚悟した、次の瞬間だった。

 

「え」

 

 誰かに突然突き飛ばされる。アーツだけに集中していた身体は全く踏ん張りが効かず、衝撃そのままにおれは地面に倒れた。

 そんなおれの上を敵のアーツが通過していく。おれは助かった。誰かのおかげで。

 それが誰かなんて、問うまでもない。こんなにおれの近くにいた人なんて、一人しかいない。

 けれども、おれは認めたくなかった。おれを助けたのがあいつだなんて。

 おれの代わりにアーツを食らったのが、あいつだなんて。

 

「無事……みたいね…………」

「なんで…………」

「…………よかった」

「どうして……!」

 

 縋るようにして、おれよりも小さな身体を抱きしめる。熱が伝わってくるとともに、濃密な鉄錆のにおいがした。

 赤黒い穴から、生命が次々と漏れ出ていく。手で塞いでも、その隙間から次から次へと。

 …………そうだ、取りあえず止血だ、止血をしないと……

 

「ねえ」

 

 その一言で、おれの意識の全てが彼女に向けられた。優しい琥珀色の瞳がこちらを覗き込む。

 彼女は、微笑んでいた。これ以上ないくらいに綺麗に、満足そうに。

 

「好きよ。あんたのこと」

 

 その瞬間、時間が止まった。辺りの音が何も聞こえなくなって、ただその言葉だけが響き渡る。

 色々な感情が一気に押し寄せてきた。歓び、悲しみ、幸福、後悔、自己嫌悪、何もかもが同時に。

 けれどもおれは、それらの全てを押し殺して、ただ告げる。

 

「……おれも、お前のことが好きだ」

 

 返事はなかった。既に瞳は閉じられていた。緩く弧を描いた口元が、彼女が最期まで微笑んでいたことを物語っていた。

 抱きかかえた身体から、急速に熱が失われていく。ひどく、現実味がない。これは何か悪い夢なのではないか、そんな気すらしてくる。

 もう少しすればこの夢から叩き起こされて、朝飯を作れとあいつに催促されるんじゃないかって。

 だから、待ち続けた。おれは、この悪夢が終わるまで。

 

 

 そのまま、どれくらい時間が経っただろうか。

 腕に抱いた彼女が冷たい源石に変わった頃になってやっと、おれはこれが現実なのだと悟った。

 周囲を見てみれば、おれを取り囲むようにして敵が得物を構えている。どうやらおれは、無意識のうちにアーツを使って隔絶された空間に引きこもっていたようだ。

 手元に残った、硬質な輝きを見つめる。遺体すらも残らず、残ったのはどこにでもあるこの石ころだけ。そして、それすらもうすぐ霧散してしまうだろう。

 ……おれは。おれには、あいつだけが全てだった。それなのに、こんな力を持っているのに、おれはあいつ一人すら守れないのか?

 ……そんなわけがない。

 ……そんなわけがないんだ。

 ……こんなにも恵まれた、万能の力があって。それで、彼女を死なせてしまうなんてことは。

 ……あるはずがないんだ。

 

 おれは、まだ形を保っているあいつだったものを強く抱きしめる。

 アーツを使うには、アーツユニットが必要だ。様々に加工した源石、あるいは自身の体内の源石を媒体にして、この世界に何らかの現象を引き起こす。

 おれのアーツは、空間を自在に操作するもの。ならば、時間にも手が届くのではないか?

 かの世界と同じ物理法則でこの世界もできているのならば、時間と空間は本質的にはそう変わりのないもののはずだ。強力なアーツであれば、その無理を押し通せるのではないだろうか。

 ……必ず助ける。どんなことをしてでも。そして、幸せにして見せる。くれた幸せと、同じか、それ以上に。

 それが、おれにできる唯一の贖罪だから。

 手元の源石に意識を集中する。これはあいつだったものだ。これを媒体にすることで、時間の流れの中からあいつを見つけ出す。

 体内で源石が暴れている気がした。そんなことは止めろと、無理だとでもいうように。

 それらを無視する。身体から次々と結晶が飛び出てきて、まるで全身を覆おうとしているようだけれども、そんなことは関係ない。おれは、何をしてでも絶対に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思い出したか?」

「…………」

 

 おれは、気が付くと真っ暗な空間に戻ってきていた。目の前のおれが、意地の悪い笑みを浮かべて言葉を発する。

 

「すごいアーツだったよな。半径1kmの空間を自由自在に操作して、挙句時間まで操れると来た」

「…………」

「……そして、それでも無理だった」

 

 言われるまでもなく、その記憶も思い出せる。

 あそこからおれは、何回も時間をやり直した。より良い選択肢を選んだ。行動を変えた。あいつを守れるように、常に注意し続けた。

 にも関わらず、必ず最期はあの日あの場所であいつは死んでしまった。どれほどやり直しても、どれほど行動を変えても、絶対に。

 

「時間というのは恐らく、両端を固定された糸のようなものだ。両端以外は色々と自由に動くことが出来る。けれども、結末は決して変わらない」

 

 その糸をいくら戻ったところで、同じ糸である以上、結末はどうやっても変えられなかった。

 それでも、おれは諦めるわけにはいかなかった。どんな手を使ってでもあいつを救うって、そう誓ったのだから。

 

「だから、別の宇宙を探すことにした。世界線と言い換えてもいい」

 

 無数にある平行宇宙の中から、あいつがいる宇宙を探した。

 それは、先ほどの例えで言えば、糸を枝分かれさせるようなものだ。枝分かれした糸は、始点は固定されているものの、その終点は固定されていない。これなら、あいつが死なない未来を、結末をつかみ取ることが出来る。そう思った。

 

「もちろん、そんな無茶が何の代償もなしにできるわけがない。枝分かれした糸は元のものより細くて不安定なものだ。記憶は薄れるし、安定させるために何らかのリソースを使う必要がある」

 

 初めのころはぼんやりとでも覚えていたあの世界の記憶がどんどん薄れていった。糸を枝分かれさせる前、あいつと出会う前の記憶もなくなっていった。

 必要なリソースはアーツだった。元は万能だったアーツは、糸を枝分かれさせるほど徐々に弱体化していった。効果範囲が狭まり、出来ることが少なくなり、今ではぼんやり光るだけだ。

 

「これでだいたいわかったんじゃないか?」

 

 つまり、おれはこれまであいつが死ぬ度に違う世界線に移動していた。どうしようも無く詰んだ時は、出会ったところから世界を分岐させ直した。

 巻き戻していたのはおれだ。あいつが死んだら戻るのは、その時点でその世界線が詰むのと、アーツの媒体だからだ。

 ……いや、厳密に言えば巻き戻ってなどいないのだ。何も無かったことになどなっていない。その世界のあいつは死んだままだ。それはすなわち……

 

「何十万、いや、何百万か。おれはいったい、どれほどのあいつを死なせたんだろうな」

 

 何度も何度も、おれは失敗し続けた。

 物量ですり潰されたこともある。テレジアに記憶を消し飛ばされたこともある。隊長によって、倒壊する建物によって、闇夜に受けた夜襲によって、あいつを失い続けてきた。

 そんな繰り返しを経てもなお、おれは未だにあいつを救えていない。

 

「それだけやって、気付かないわけがないんだ。……ただ、認めたくないだけだ」

 

 どんな世界線でも、必ずあいつは死んでしまった。突然、理不尽に、何の予兆もなく、まるでそれが運命とでもいうかのように。

 

「この場所でなら、思い出せるだろう?それが、あっちの世界でのちょっとした会話であっても」

 

 ……本当は、とっくに気付いていた。ずっと、目を背け続けてきた。

 おれが、あいつを救うんだ。おれが、あいつを幸せにするんだ。

 それを認めてしまったら、おれは

 

「あいつは、Wだ」

「────」

 

 

 ……おれは、あいつのことを見たことがある。ほんの一瞬のことだった。ただ、友人の端末の画面を一瞥しただけだ。それが一体どういうものなのか、どういった世界観だったのかすら知らない。

 けれども、その不思議な名前だけは憶えていた。ローマ字一字なんて、珍しい名前だと思った。

 W。

 銀髪に琥珀色の眼をした彼女は、そういう名前だった。

 果たして、彼女が本来どういった経緯でその名前を名乗っていたのかは知らない。

 けれども、おれの知っているあいつと、おれの持っているサルカズとしての知識が、その可能性を示す。

 

 あいつは、名前はないと言っていた。

 おれたちサルカズは、戦死者の武器を受け継ぐとき、同時に名前を受け継ぐ。

 

 あいつは、Wだ。

 おれは、Wだ。

 

「……なあ。もう、いいだろう?もう、諦めよう」

「…………」

 

 おれは、思いを巡らせる。これまで、数多の世界を渡り歩いてきた。その中で様々な出会いと別れを繰り返し、様々な言葉を交わしてきた。

 その中の一つを思い出す。おれにとって、一番大切なものは何か。テレジアはいつも、おれの力をそれのために使えと言っていた。

 おれにとって一番大切なものが何かなんて、考えるまでもない。

 

「……そうだな。もう、諦めるよ」

 

 おれは、諦めることにした。心の奥底で思っていたことを、恐らく人間の根本的な欲望であろうそれを。

 そのどれに比べたって、あいつの方が大切なのだから。

 

「おれが幸せになることは、諦める」

 

 おれが、あいつを幸せにしようと思っていた。そうして、一緒に幸せになりたいと思っていた。

 けれども、あいつは強い。おれなんかよりも、よっぽど。おれが幸せにするだなんて、烏滸がましかったんだ。きっとあいつは幸せになれる。おれなんかが居なくたって、絶対に。そう、生きてさえいれば。

 おれは、ただあいつが生きていてくれれば、それだけでいいんだ。

 

「……そっか」

「……なんだ、散々諦めろって言ってた割にはいざとなったら淡白だな」

「いや、おれはおれだしな。……正直、この物語を受け入れるのに抵抗がないわけじゃない」

「……それでも、それであいつが救えるならそれでいい」

「……そうだな。結局、それに尽きる。……おれの全部は、やっぱりあいつなんだ」

「何もかも……おれの世界はあいつを中心に回ってるってか」

「そうだろ、実際」

「ああ。違いない」

 

 不思議と気持ちは晴れやかだった。それは、覚悟を決めたからだろうか。それとも、おれの生に意味を見出せたからだろうか。

 

「それじゃあ、戻るか」

 

 おれはこれまで、あいつとの出会いを幾度となく繰り返してきた。いわば、そこが分岐する糸の全ての根元だった。

 けれども、本当に分岐が始まったのはそこではない。おれがこの世界にやってきた、そこが全ての始まりだ。

 あそこでずれてしまったものを、あるべき位置に戻す。それこそが、あいつを救う唯一の方法だった。

 恐らく、そのような大規模な巻き戻りを実行すれば、今度こそアーツは残らないだろう。もう、巻き戻ることもできまい。

 けれども、普通ならば時間は戻らないし、どんな出来事にもやり直しは利かないはずだ。

 それに、もうこれ以上、あいつがおれのために死ぬことはない。

 

「ちなみに、この黒い空間は何だったかわかるか?」

 

 おれがそんな問いを投げかけてくる。

 ここにはおれがいて、そして忘れていた記憶も思い出すことが出来た。忘れるということは、記憶が無くなるということではない。ただ、箪笥の奥にしまい込んで引っ張り出せなくなっているだけだ。

 記憶は、たとえ忘れ去ったとしても確かに心の奥底に存在している。

 

「おれの心の中だろう?」

「正解」

 

 その言葉を最後に、おれは消える。

 それと同時に、おれの意識も溶けていった。瞼の裏に移るのは、源石を抱いたほとんど結晶と一体化した人物のイメージ。そいつは、満足そうに笑っていた。たった一つの冴えたやり方を見つけたおれに、よくやったとでもいうように。

 そうして、おれの意識は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 そこは瓦礫に埋もれた廃墟だった。

 何もかもを覚えている。これまでの無数の繰り返しも、やらなければいけないことも、全て。

 アーツは使えなかった。使おうとしたところで、何も起こらなかった。

 

「……はは」

 

 思わず笑いが零れた。

 おれは戻ってきていた。本当のはじまりに。

 

「……行くか」

 

 呟いて、立ち上がる。

 あの時と同じように行き先も、帰る場所もないけれども、あの時とは違って、おれには自分のすべきことがある。

 確りとした足取りで瓦礫を踏みしめて、おれは前へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

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