北天に輝く   作:ペトラグヌス

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炳耀北天─A Star Shining in The Northern Sky

 

「また銃の整備か?」

「……剣だって手入れしないと錆びるだろ?銃は殊更に繊細なんだ」

「ふっ……そうだな。大きな作戦だ、準備するに越したことはない」

「そういうお前はどうなんだ?」

「既に済んでいる。もうじき時間だ、早めに済ませろよ、W」

「へいへい、ヘドリー副隊長さん」

 

 背を向けて去っていくヘドリーの姿を一瞥すると、おれは手元の分解されたカービンに視線を戻す。各所の点検や調整、掃除は既に終わっていて、後は元通りにするだけだ。

 身体に染み込ませた動作に従い、小銃を組み上げていく。おれの準備もこれで終わりだ。

 刀、腕に取り付けたボウガン、手榴弾をいくつかと源石爆弾。最後に出来上がったライフルをガンスリングで肩にかけて、おれは立ち上がった。

 

 

 

 

 

 本当の始まりに戻った後、おれはカズデルの各地を流浪した。

 またあの傭兵団に入ってしまえば、きっとこれまでと同じようにしてあいつと出会うことになったのだろう。だが、最初の時のように暴れられるアーツがない以上、隊長……いや、ヨシュアに目を付けられることはなかった。おれは、一人のまま時間を過ごした。

 これでよかったのだと思う。もしおれがまたあいつと出会ってしまったら、覚悟が揺らいでしまったかもしれないから。

 

 これまで生きてきた記憶は、全てきちんと覚えている。アーツは無くなってしまったけれども、その代わりに無くしたはずの思い出が返ってきた。

 無数のループは、時間にすればどれほどのものになるのだろうか。何万年か、もしかすると何十万年分にまで及ぶかもしれない。そのすべてを覚えているというのは普通ではないような気がするのだが、あの源石と半ば融合した最初のおれからの贈り物なのだろうか。

 記憶は、あちらの世界の分までしっかりと存在している。その中で、おれが目にしたWは、確か何かしらの選択画面のようなところに映っていた。選択可能であったということは、正しい世界線においては、あいつは生きているということだ。流石に、死人を使えるようにするような悪趣味なゲームはないだろう。

 だから、あいつはWでなければならない。

 ……Ωではなく。

 ……名前には、想いが込められている。もちろん、おれのWにだってそうだ。けれどもそれは、おれの極々個人的なものだから、やっぱりあいつには合わない気がする。まあ、何を勝手なことを言っているのだという話なのだが。

 理屈としては、あいつが傭兵としてWを名乗っていればいいのだろう。もしかすると、おれが何をしなくたって、あいつはその名前を自らの想いの下に名乗ったのかもしれない。

 それでも、おれがあいつのために、あいつが幸せになるためにできることがあるのだというのなら、おれはそれを選びたい。贖罪だとか、そういうことではなく。ただ、そうしたいのだ。

 

 そのためには、おれとあいつは赤の他人でなくてはならない。自分でこんなことを言うと自惚れているようだけれども、それなりに親しい関係を築いた相手が死んだら、あいつはきっとそれを気にしてしまう。その武器を受け継いだとしても、どこか負い目を感じてしまうのではないか。

 おれは、そんな重荷にはなりたくない。どこかの誰かが勝手にくたばって、そいつの武器を折角だから頂戴していく。それくらいでいいのだ。

 

 そうしておれは、あの傭兵団には近づかないようにした。

 どこかで死ぬとしても、それはきっとあいつと再会するか、本当にどうしようもない時だ。それまで生きていくには、日銭がいる。カズデルで稼ぐためには、やはり傭兵をやるしかない。

 おれはWを名乗って、各地の傭兵部隊の一員として金を稼いだ。これまではずっと傭兵団かヘドリーの所かでしか仕事をしたことがなかったので、中々刺激的な経験だった。正直なところ、おれがいた場所は上澄みの上澄みだったのだろう。かつてのおれが相手をしていたテレシス陣営の下っ端連中のように、数以外強みのないような連中がたくさんいた。

 おれを残して部隊が壊滅したことも何度もある。その度に違う部隊に参加し、また生き残っていった。と言っても、そこまで高い評価はされていない。ただ、しぶとく生き残る奴といった感じだ。

 的確な評価だと思った。今のおれが戦場で生き残れているのは、ひとえに経験の賜物だ。おれの数十万年分の記憶のうち、少なくとも数千年分は戦いの記憶になっている。そのおかげか、戦闘技術であったり、勘であったりはかなりのものになった。

 だが、人間経験を積んだくらいでテレジアのようになれるわけもない。身体強度は一般的なサルカズと同程度だし、得物が刀かボウガンかである以上、そんな一騎当千の動きはできないのだ。できるのは襲い掛かってきた奴らをできるだけ倒し、隙を見て逃げ出すことくらい。ずっと傍で見続けてきたおかげか、爆弾の取り扱いも相当なレベルにあると自負している。逃げ出すには、爆発の混乱に紛れるのが一番だということがよくよくわかった。

 

 

 おれがヘドリーと会ったのは、そうしてまた一人だけ生き残ってカズデルを彷徨っていた頃だ。

 ……正直なところ、嬉しかった。見知った顔に出会えただけで、戻ってきてからずっとつき纏っていた寂しさが、いくらかマシになったような気がした。

 彼曰く、会ったのは本当に偶然らしい。奴の顔はカズデルではそれなり以上に知れているし、おれだってそれなりだ。ともなれば、お互いの首を狙って一戦殺ってもおかしくはないのだが、ヘドリーはそういうのに乗り気なタイプではないし、おれもそんな気は全くない。世間話でもしようと声を掛けてみれば、思って以上にあっさりと乗ってくれた。

 適当な酒場に入ると、おれたちはなんとなしに色々な話をした。こういう顔見知りと話していると、うっかり不味いことを話してしまいそうになる。途中でふと気になって、悪戯ついでにイネスとのことでも聞いてみようと思ったのだが、初対面のはずのおれが知り得ないことも話してしまいそうで、やめておいた。

 ヘドリーは……まあ、相変わらずクソ真面目だった。サルカズと傭兵について、ここまで思慮深いのは彼以外にテレジアかケルシー先生くらいしか思い浮かばない。とは言え、まだこの後の内戦の惨禍を経ていない以上、彼の中でも未だ纏まっていない部分があるようだったが。

 彼が彼自身で掴むべきものを、おれが与えてしまうわけにはいかない。色々と聞かれたが、当たり障りのない答えしかできなかった。ただ、彼にふと、傭兵という生き方について問われたときには、思わず言ってしまった。

 傭兵とは、好きに生き理不尽に死ぬ、そんな生き方なのだと。でも、おれは好きに死んでやりたいのだと。

 それを聞いたヘドリーは、何やら考え込んでいた。もしかすると変な影響を与えてしまったかもしれない。だが、まあ、それもいいだろう。

 おれはヨシュアに言われたこの言葉が好きで、嫌いだった。あの人のことも、何度もあいつを殺された恨みもあるけれど、命と引き換えに助けられたこともある。だから、どうしても嫌いにはなれなかった。そんな彼の言葉を、おれだけにしまい込んでしまうのは勿体ない。ヘドリーなら、どうせ本かなんかにでも書いて残してくれるだろう。

 そんなこんなで、あれやこれやと話しているうちに随分時間が経ってしまった。おれは久しぶりに彼と会えたことを良しとしてお暇しようと思ったのだが、その場で傭兵部隊にスカウトされた。ちょうど部隊に欠員が出ていて、誰を入れようかを探しにこの街に立ち寄っていたらしい。

 ……おれは、その話を受けることにした。近頃は、おれの所属部隊があまりにも壊滅するもので疫病神扱いされ始めていたし、誘いがあるならそれに越したことはない。

 ……それに、自分のために作る料理はなんとも味気ないのだ。旧友たちに作ってやるのも、いいかもしれないと思った。

 

 

 それからおれは、ヘドリーの部隊の一員として、様々な作戦に従事した。傭兵部隊の構成としては、全体のトップとして隊長(ヨシュアではない)がいて、その下に各小部隊を率いる副隊長が何人かいる感じだ。ヘドリーやイネスはその副隊長で、おれは彼の小部隊の一員ということになる。

 仕事の内容にはその部隊の特色が現れるのはこれまでの経験からわかっていたが、ここは外部勢力を相手にすることが多いようだった。つまり、リターニアやクルビア、ラテラーノの連中だ。

 一番うまいのはラテラーノ行商を相手するときだろう。護衛のサンクタ共はそれなりに手ごわいが、運んでいるものは美味しいものが多いし、戦利品の守護銃も魅力的だ。スカーモールでは高値で売れるらしいが、おれにとっての魅力はそこではない。ボウガンとは比べ物にならない弾速と威力は武器として魅力的だし、それにあちらの世界との繋がりを感じられる。

 最初のおれは、よっぽど元の世界が恋しかったらしい。だから、よくわからないアーツとやらが飛び交っているこの世界で、変わらぬ硬質な輝きをした銃をわざわざ使ったのだろう。

 今のおれにはそこへの未練はなかったが、アーツが使えない以上、銃という武器を使わない手はなかった。他の部隊の連中からはサンクタの武器を使うのかと詰められたこともあるが、自分たちの武器で殺られるサンクタはいい見ものだろ?と聞けば大きく頷いて納得していたし、部隊の連中は既に耐性があったようだった。……一体誰の影響なのだろうか。ウェルズ?すごく聞いたことがあるぞ?何ならマーケットの端っこに出品されている弾薬は奴の謹製らしいし。

 そんなわけで、おれはかなりの銃コレクターと化していた。拳銃から短機関銃、小銃もボルトアクションの古めかしいものから、フルオートを兼ね備えたモダンなものまで選り取り見取りだ。そこまで銃に詳しかったというわけではないので、名前までは知らないが、おれが愛用しているのは銃身の短いアサルトライフルだ。確かカービンというのだろうか。

 セミオートで300-400mを狙うこともできるし、短い銃身で取り回しよく、近接戦闘にもフルオートで対応できる。おれの色々と中途半端な戦闘能力を補うにはピッタリだ。銃の扱いはサンクタ以外には難しいと言われているが、おれにはあちらの世界でのイメージもあるし、何より経験がある。手に入れてから使いこなすようになるまでは、あっという間だった。

 そうして手に入れた銃でラテラーノ人共をぶち殺し、また銃を手に入れるその様によって、おれは部隊の面々からラテラーノ人狩りを楽しんでいる奴という全くありがたくない称号を頂いた。おれが楽しんでいるのは狩りそのものというよりも、銃なり食料なり得られる物の方なのだが、まあ楽しんでいることには変わりない。称号を返上するのは諦めた。

 

 おれはこの傭兵部隊で、かなり色々と自由にやっていたと思う。ヘドリーは指揮系統の順守には厳しいが、それ以外には彼の自由に関する思想のおかげか比較的寛容だ。

 仕事以外では色々なところをふらふらしていたことが多かった。それは、人を探してのことだ。

 街で道行く人に尋ねたこともあった。銀髪で琥珀色の瞳をしたサルカズを見なかったかと。

 自分でも、矛盾した行動だと思う。あいつに会ってはいけないと知りながら、でもあいつのことを探してしまう。

 一応、理屈はあるのだ。この世界で仮にあいつが死んでしまったとしても、もう巻きもどることはない。だから、仮にもうこの世界にあいつが居ないとしても、おれはそれを知ることは出来ない。だから、確かめたいのだ。ちゃんとあいつが元気に生きている事を。

 ……苦しい言い訳だよな。本当は、ただ逢いたくて仕方がないだけなのに。

 会ってすぐ、思い切り抱きしめたい。ちゃんと生きているって、その温もりと心臓の鼓動を、おれ自身で確かめたい。そうしたら、さらさらの銀糸を撫ぜながらたくさん話をするのだ。これまでおれがやってきたこと、これから二人でしたいことを全部。そして、今度こそきちんとあいつに伝える。好きだということを、愛しているということを。

 ……そんなことが、現実にできるわけないなどということはわかっている。仮に会えたとて、おれとあいつは他人同士なのだと。

 ……だから、これは矛盾なのだ。

 こんなことを続けていると、時たま見たという人に会うこともある。その言葉の通りに場所を訪れてみれば、おれの首を狙う連中が待ち構えていたなんてことはよくあった。この前なんて新兵器を試したかったのか、クルビアの武器商人が待ち構えていて、命からがら逃げだしたものだ。尤も、逃げる途中で森に仕掛けたトラップで土砂に生き埋めにしてやったが。ざまーみろ。

 そんな風に騙されることが大半……というか全てなのだが、それでも見たという言葉を聞くと、そこに一縷の望みを見出してしまう。

 終いには部隊の連中にも聞きつけられて、散々に笑われたものだ。自分でも度し難いと思っているのだが、こればかりはどうしようもなかった。

 

 部隊の連中とは……まあ、それなりに仲良くやっているとは思う。

 しばらく一人で過ごしてから、やっと知っている顔に出会えたこともあって、この傭兵部隊に入ってからは毎日がそれなり以上に楽しかった。それまで詰まらない顔をしていた分、よく笑うようにもなったと思う。これについては、覚悟を決めたというのも、あちらの世界の記憶を取り戻したというのもあるが。

 だが、そんな日々の中でも、おれには気を付けなければいけないことがあった。何せ、これから先のことを色々と知っているのだ。油断すると、何を言ってしまうか分からない。常に言葉に気を付ける必要があった。

 そのせいか、周囲から見たおれは”変な奴”だった。いつもけらけら笑っているのに、言っていることには何か裏を感じるだとか、そんなところだろうか。

 だが、そんな奴でも仕事はきっちりとこなしてきたつもりだ。お陰で、仕事はできるという評価も頂いた。あとは勿論、料理についても。

 特に副隊長の一人であるイネスは上客の一人だ。ラテラーノ産のいい品を手に入れたときは、だいたいおれのところにやってくる。それで二人分の食事をこさえるのも、おれの大事な仕事の一つだった。誰と誰の分かは、言うまでもないだろう。

 

 部隊での話と言えば、ヘドリーと手合わせすることもあった。流石に高額賞金が懸かった首だということもあって、その剣技は確かなレベルにある。それこそ、並、いや、それなりに腕の立つ奴相手でも、この剣だけで軽くあしらうことが出来るだろう。

 だが、同時に、間違いなく何か隠し玉を持っていることも分かった。ヘドリーは基本的に仕事では剣しか使わないが、おれの見立てでは何らかの、しかも強力なアーツを隠しているはずだ。こういった用心深さが彼の最大の強みだろう。

 ……思えば、初めのおれに足りなかったのは、こういう思慮深さだったのかもしれない。あんなに力を見せびらかすことをしなければ、あのように1万人規模の戦力を送り込まれることもなかったはずだ。

 ……過去を振り返っても意味がないことはわかっている。今は、どうかヘドリーがこの自分の強みを見失わずにいてくれと願うのみだ。

 それに、おれだって過去に学ぶことはできている。彼も、おれがこの手合わせで手を抜いていることはわかっているだろう。何も、おれは傭兵として名を挙げたいわけではない。自ら厄介な敵を作ることはないのだ。

 

 一つの傭兵部隊で長い時間を過ごすと、当然ながら部隊員同士の結びつきは強くなる。おれも、お互いを信用することで部隊としての練度は上がると思っているし、一人ではなく複数人で戦う以上、こうした関係性が深まっていくことは歓迎すべきことだ。

 だから、おれがふと気を抜いてしまうのも仕方のないことだろう。

 それは、部隊に加入してから1年が過ぎようとしている頃だった。仕事を終え、次の仕事を受注してくるまで暇ができたおれは、昼飯でも作ろうかと厨房に向かっていた。それで、ふと思い立ったのだ。

 そういえば、あいつが傭兵になったのはこの時期だったかと。あいつがいつ傭兵になるかというのも、ある種の決まった事象であるらしく、いつも同じような時期だった。そして、その度におれは少し豪華な料理を作って、二人でパーティーを開いていたんだ。

 ある種の記念日、Ωの誕生日とでも言おうか。それを祝っていたことを、なんだか思い出してしまった。

 すべてのことを覚えているとはいえ、常にそれらを意識しているわけではない。けれども、一度思い出してしまうと、その情景は今目の前にあるかのように浮かんでくる。すごく温かい、おれの心のうちの最も柔らかな思い出の一つだ。

 ……ケーキだけでも作ろうか。おれの思い出の中にしか存在しない記念日だけれども、静かにお祝いするくらいは許されるはずだ。

 そんな懐かしさに駆られて、おれはその日の午後を使ってケーキを作った。普通に夕飯を終えた後、一人でコーヒーを淹れて、小さなケーキに火のついたロウソクを1本差す。あの頃の思い出と、今のあいつの無事を想いながら、おれはロウソクの火を吹き消した。

 さあ、火も消えたことだし、ケーキを食べようかというその瞬間、わらわらと後ろからやってくる足跡。そこでおれは、自分の失態に気が付いた。振り返るまでもなく、ニヤニヤしながらこちらを取り囲んでいる部隊の面々。決定的な証拠を押さえられている以上、言い逃れができるはずもなく、おれは誕生日祝いを一人でやっていたことを自白させられたのだった。勿論、誰の誕生日かと言われても困るし、さらに揶揄われそうなので、同じこの時期に手に入れた愛用している銃の誕生日だなんていう適当なことを言っておいた。……案外受け入れられたのは謎だ。これが一般サルカズ的ジョークセンスなのだろうか?

 そうして、根掘り葉掘り聞いた後も生温い笑みを浮かべている奴らに対して堪忍袋の緒が切れたおれは、いつか上司になってお前たちにもこのお祝いをさせてやると宣言したのだった。

 ……なお、未だに上司にはなれていない。

 

 ここ最近、カズデルが騒がしい気がする。クルビアやリターニアの連中を見かける頻度がかなり増えた。この分では、大量の武器がカズデルに運び込まれているのだろう。全く、新興のマッチョマンも、古い付き合いの腹黒紳士も、この場所のことを金稼ぎの場くらいにしか思っていないらしい。時系列的には、カズデル内戦の前段階、準備期間に当たるのだろう。

 恐らくはヘドリーも嵐の予感を肌で感じ取っているはずだ。ここから先のカズデルは荒れに荒れる。とは言え、おれのやることは変わらない。

 あいつと再会するまで生き延びる。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

「W?」

「……ああ、悪い。大丈夫だ」

 

 向けられた訝しげな声に、おれは意識をこれまで歩んできた道のりから現実へと引き戻す。そういえば、そろそろまた誕生日の時期だ。この作戦もさっさと終えて、今年のケーキを考えなきゃな。こいつら、祝わないくせにケーキだけ食うんだ。

 さて、今回の任務は傭兵部隊の総力を挙げた大規模作戦だ。内容はリターニア系武器密輸組織の掃討。依頼主がどっち側なのかは知らないが、これも水面下で起こっている前哨戦の一つだろう。かなり大規模に軍需物資をカズデルに運び込んでいるようで、複数の拠点を持っていることから、今回はその全てを同時に襲撃する手筈になっている。

 おれは、いつもの如くヘドリー率いる部隊の一員として作戦に参加していた、知り合いで言えば、イネスの部隊は今回は拠点でお留守番だ。

 おれたちの目標である敵拠点は、都市部郊外の廃墟地帯に存在していた。現在の時刻は午前3時ごろだろうか。暗視装置を装備して、真夜中の暗闇の中を進んでいく。

 今回、夜襲が策定されたのは、敵拠点が強力な防衛体制を備えているという事前情報からだ。固定式バリスタをはじめ、正面からの強襲はさながら城攻めの様相を呈す。ゆえに、地形的に不利な要素があるとはいえ、奇襲となる可能性の高い夜間の作戦が行われることになった。

 その甲斐あってか、ここまで敵に発見されることなく拠点へと接近することが出来ている。踏み込んでからは乱戦になるだろうが、この面子なら初撃でほとんど蹴りをつけることも可能だろう。もともとヘドリーの影響があってか、接近戦に強い部隊であるし、そこへの不安はほとんどない。

 今のところ、作戦は順調そのものだ。

 

 ……だが、何故だか嫌な予感がする。何の根拠もない、本当にただの勘だ。先ほどこれまでのことを思い出したのもそうだし、そもそも準備の段階からいつもより多めに源石爆弾を持ってきたのも、何かを感じているからなのだろうか。

 勘というものについて、考えてみたことがある。勘というのは、これまでに自分が経験したことの蓄積なのではないかと。その場の状況や空気感、雰囲気なんて言うふわふわとしたものが、なんとなく以前に経験したものと似通っていると思う。それが、勘の正体なのではないか。

 だとすれば、繰り返しの途上であってもおれの勘が妙に鋭かったのは、深層心理レベルでの記憶が勘という形で表れていて、だから何となくテレジアの眼を見ることを嫌だと思ったりしていたのではないか。

 今のおれは、恐らくこの場の、この世界の誰よりも多くの経験をしている。そして、そのすべてを覚えている。だとすれば、この勘が訴えているものは、過去のおれの経験から導き出せるはずだ。

 しかしながら、なにぶん検索対象となる記憶の母数が大きすぎるため、それを探し出すのは難しい。おれは細心の注意を払って進軍を続けながら、同時に脳みそをフル回転させて、いつこれと似た状況にあったのかを探し続ける。

 

 そんなおれの思考は、先頭のヘドリーが挙げた手を見て一時停止した。既に敵拠点の裏口にまでたどり着き、いよいよここから侵入という場面だ。流石にもう考えているわけにはいかない。嫌な予感がすると言っても、それはあくまでおれの主観でしかないのだ。この突入直前の場面で言っても、根拠がない以上仕方がない。皆からピリピリした雰囲気が伝わっているように、既に周囲には十二分に気を配っているのだ。気を付けろと言ったところで、お前は何当たり前のことを言っているんだ?というところだろう。

 密かに、撤退支援用の源石爆弾を確かめる。万が一何かがあれば、こいつが頼りだ。

 おれたち全員の様子を確かめた後、ヘドリーが突入の合図を出す。金属製のドアを爆薬で吹き飛ばし、勢いよく蹴り飛ばして素早く中に浸透していく。建物の外観からは倉庫だと思われていたが、内部構造は不明だ。索敵を行いながら、慎重に進もうと思った、その時だった。

 

「……何?」

 

 ヘドリーのつぶやきは、おれたち全員の気持ちを代弁したものだろう。敵拠点であるはずの倉庫は、空っぽだった。大量に集積されている筈の物資はどこにも見当たらず、敵の姿さえも見えない。

 その瞬間、おれの脳みそは、よく似た出来事を思い出した。こうやって敵拠点と思われる場所に襲撃を仕掛けて、何もなかったことがある。それは、おれたちをおびき寄せるための罠で……

 

「上だ!」

 

 おれは勘の赴くままに叫び、その場から転がるようにして立ち退く。次の瞬間、頭上から雨のようにアーツと矢が降り注いできた。視界の端で、反応が遅れた部隊員がもろにアーツを食らって吹き飛んでいくのを認めながら、おれは隣のヘドリーに叫ぶ。

 

「撤退しろ!」

「だが……!」

「おれがやる!……こういうのは得意なんだ、知ってるだろ?」

 

 返事は待たなかった。おれは懐から源石爆弾を取り出すと、即座に起動して上層階に向かって投げつける。

 

「……すまん」

 

 苦々しい彼の声と、上の連中の怒号を聞きながら、おれはこの先の戦いに向けて一つ息を吐く。

 直後、時限信管が炸裂し、爆風で何もかもを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 上部で起こった爆発により建物は倒壊し、辺りに瓦礫の山が形成される。だが、知っての通りサルカズという種族はそれなり以上に頑丈だ。こんな爆発程度ではくたばってくれない。だからこそ、誰かが殿を務める必要があった。

 名乗り出たのは、咄嗟だった。あの中で一番心構えができていたというのもそうだし、何よりおれが一番適任だろう。ヘドリーも、頭の中で瞬時にその計算はついていたのだと思う。

 通信機は使えない。敵によって遮断されているようだ。この準備の良さからして、今回の依頼そのものが罠か、もしくは情報が完全に漏れていたというところだろう。つまり、作戦に参加した全部隊が同じように伏兵にやられている可能性が高い。おれたちですら、直前まで気付かなかったとなると、他の部隊はもうやられているかもしれない。

 ……そうなれば、残った柱はヘドリーとイネスか。指揮系統的に、ヘドリーが隊長を務めることになるだろう。以前の世界でも、そうだった。思えば、ヘドリーが隊長になったのはこのタイミングだったのかもしれない。尤も、今回はおれのお陰で片目は失わずに済みそうだ。良かったな。

 

 ……さて。そろそろ現実に立ち戻ろう。

 今、おれの周りにいるのはおれへの怨嗟でいっぱいのサルカズ傭兵だ。そういう意味では、殿の役割は十二分に果たせるだろう。それこそ、仮に死んでもこいつらが恨みつらみを晴らしている間に時間は稼げるはずだ。

 だが、おれはまだ死ぬつもりはない。……やっぱり、あいつに会いたいんだ。こんなところで死んでやるわけにはいかない。

 だから、この死地だって切り抜けて見せる。

 おれは一先ず敵に向かって手榴弾を投げつけてから、全力で駆け出した。

 数秒後の炸裂音が合図だったかのように、次々と後方から攻撃が放たれる。瓦礫を使い、転がり、飛び退きながら、勘に身を委ねて死の嵐の中を進んでいく。目指すのは、廃墟地帯のまだ無事な廃墟だ。ヘドリーたちは拠点方面に撤退しただろうから、おれはその正反対の方向に逃れる。

 一人で多数を相手するときは、相手が数の利を生かせない場所で戦うのがセオリーだ。最悪なのは、最初のあの時のように、遮蔽のない平地で周囲を包囲されることだろう。……ちょっと極端な例にも思うが。ともあれ、時折足止め用の手榴弾をばら撒き、遮蔽物に滑り込んでフルオート射撃を浴びせたりしながら、おれは無事に廃墟へと入り込んだ。

 

 屋内の近接戦闘において、銃の有用性は非常に高い。今まさに、おれはそれを実証していた。廊下の曲がり角から身を乗り出しながら、ご丁寧に一直線にやってくる連中を次々と撃ち倒していく。一瞬にして廊下は血で赤く塗装され、死体でいっぱいになった。この制圧力の高さ、やはり銃はいい。とは言え、持ち込んだ弾薬には限りがある。残念ながら、そろそろフルオートは封印しなければいけないようだ。おれはセレクターレバーをセミオートに変えると、階段を上に昇っていく。銃撃が途絶えたことに気付いた足音がいくつも追いかけてくるが、そいつらは置き土産に転がした手榴弾でお陀仏になった。

 さて、上層階に昇ったのには敵を撒くための他に、射線を確保するためでもある。おれはヘドリーから殿を引き受けたわけだが、そのためにはきちんと敵を足止めしなければならない。頭に血が上った連中はおれを追いかけているだろうが、そうでない冷静な奴らはおれ一人など放って、彼らの追跡に精を出すだろう。端的に言えば、おれはそいつらに無視されるわけにはいかないのだ。

 下の奴らがこちらを見失ったことを確認したうえで、おれはベランダから銃を構え、付け替えた高倍率のスコープを覗き込む。暗闇の中で動く人影を見つけ次第引き金を引き、場所を移動して同じことを繰り返していく。

 これで、敵もおれを放置するわけにはいかないとわかっただろう。この暗闇の中だ、銃声がしたと思ったら味方が倒れていくのにはかなりの恐怖を感じたに違いない。その恐怖が存在の脅威を増幅させる。つまりは、おれにヘイトが向くということだ。手早くスコープを近接戦闘用のレーザーサイトに変えて、廃墟の中を移動する。

 おれがここに侵入してから、既に20分ほどが経過していた。これほどになれば、それなりに頭が切れる奴らは、ただおれを追いかけるのではなく、先回りしようとするだろう。おれがこの建物内にいることはわかっている。包囲網は着実に縮まっているはずだ。

 弾薬の残りは1マガジン、弾数にして30発。多いと思うか少ないと思うかは状況次第だが、この状況では間違いなく足りないだろう。

 ……ここからが本番だ。おれは腰の刀を強く意識した。

 

 

 このような一対他の戦いにおいて、こちら側に唯一有利なことと言えば、同士討ちのことは一切考えなくていいということだ。人影を見たら敵だと思えばいい。特に、このような物陰から敵が出てくる恐れがあるような戦況だと、一瞬考える必要がある敵と、一切考えなくて良いおれとで、大きな差が生まれる。それ故に、おれはこの戦いを互角以上に演じられていた。

 だが、悪い知らせがある。先ほどから常に聞こえていた足音だが、初めは一方向からだったものが、今や四方八方から聞こえてくる。もしかしなくとも、おれは見事に追い込まれたらしい。

 廊下の向こうから出てきた敵に腕のボウガンを放って牽制しながら、おれは反対側に走る。するとすぐに視界が開けて広い空間に出た。この建物は何らかの集合住宅のようだったから、集会所か何かなのだろうか。

 集会所の出口は二つ。一つはおれが走ってきた方で、当然敵が追いかけてきている。なぜわざわざこんな当たり前のことを確認したかというと、おれの眼には正面からやってきている敵が映っているからだ。平たく言えば現実逃避だろうか。二つの出口を塞がれた今、おれに出口は残っていない。アーツがある頃ならば自由に穴をぶち開けられたのだろうが、もうそんなわけにはいかないだろう。残っている爆弾を使うというのも手だが、この狭い密閉空間で使ったが最後、全員纏めてお陀仏だ。

 そんなことを考えているうちに、続々と敵がやってくる。一気呵成に詰めて来ないのは、これまで散々にやられたことを警戒しているからだろうか。

 こんな状況でもいい点を考えるとするならば、それは敵が二方向からやってきたことだろう。飛び道具は射線上に味方がいるせいで使いにくいはずだ。となれば必然、使うのはこれだろう。

 おれは一息に刀を抜く。全員が一斉に飛び掛かってくることはないだろうが、それでも一対三か、一対四か、そんな戦いを延々と繰り返さなければならない。

 理不尽極まりない戦況。……だが、それでもあいつがいない世界の絶望に比べたらマシだ。今のおれには希望がある。一目でもいいから、あいつに会うという希望が。

 だからおれは、笑って見せる。

 

「来い」

 

 その言葉に、弾かれたように数人の敵が向かってきた。若いのだろうか、その剣は力強い。だが、それゆえに軌道も読みやすいというものだ。半身を引いてその一撃を躱すと、がら空きの背後から襟首をつかんで位置を入れ替える。哀れ若いサルカズは背後から斬りかかってきた味方の刃に倒れた。その死体によってできた死角から、おれは三人分の肉体を一纏めに断つ。

 とにかく最小限の動きで、最大の戦果を得る。長期戦にはこれしかない。伊達に数千年戦っていたわけではないのだ。唖然として動きを止めた敵に銃弾とボウガンの矢をぶち込むと、おれは次に備えた。

 恐らく、手練れほど後半にやってくるはずだ。初めに来るのは、功を焦った連中。だからこそ、なるべく楽をする必要がある。

 

「次」

 

 手招きまでして見せれば、煽り効果は抜群だった。怒りに任せて単調な動きの奴らを斬り捨てていく。全員こんなものだったらいいのにと願いつつ、しかしそんなわけはないと思いつつ、おれは刀を握る手に力を込めた。

 

 

 

「はあ……はあ……」

 

 息が上がる。新鮮な酸素を求めて、肺が悲鳴を上げている。だが、敵はこちらを休ませてはくれない。複数人から振るわれる、一撃で死に至るような近接攻撃を躱しつつ、時折狙いすまして打ち込まれるアーツを避ける。

 既に全身が裂傷でいっぱいだった。もう流れ出た血のことは考えないようにしている。恐らく先に待っているであろう失血死と、今この瞬間に致命傷を食らうことを天秤にかければ、前者を選ぶのは当然だ。

 一対一なら間違いなく圧倒できるだろう。だが、手練れの複数人相手では圧倒とはいかず、疲労も加われば五分より少し上回る程度。どれだけの経験があるとしても、それがおれという人間の限界だった。

 薙ぎ払われる剣を刀を使って逸らし上げ、もう一人の敵の武器とかち合わさせる。敵の一人と常に軸を合わせて射撃を牽制しながら、的確に体勢を崩した敵の頸動脈を斬る。流れ出る血を目潰しに使い、足場になっている死体を蹴ってずらす。まるで曲芸のような、ありとあらゆる手を使って戦った。

 だが、無情にも疲労はさらに蓄積していき、敵はまだ尽きてはいない。酷使し続けた腕と脚は鉛のように重く、心肺機能は悲鳴を上げている。

 そんな身体に鞭打って刀を振るう中、一本の矢がおれの頭部を目掛けて一直線に飛んできた。

 厭らしいタイミングだった。射線上の味方がすぐに死体に変わることを承知の上での一撃だろう。避けきれないことは、直感的に分かった。ならば、出来るだけダメージの少ないところで受けるしかない。おれは左腕でその矢を受ける。ボウガンで止めるつもりだったが、余程強い弓だったらしい。貫通して生身まで到達する。

 瞬間、燃える様な痛みが生じた。何度も食らったことがあるからわかる。これは毒矢の痛みだ。

 間髪入れずに、剣戟が襲い掛かってくる。応急処置ついでだ、左腕はくれてやろう。おれはその一撃を敢えて受ける。左の肩口から先が綺麗にすっ飛んでいったが、代わりに下手人はあの世にぶっ飛んでいった。

 これで隻腕だ。普通は重心が変化するせいでうまく動けなくなるが、生憎隻腕経験は豊富だ。毒矢野郎に刀を投げて串刺しにしつつ、そのまま突進して得物を引き抜き、斬りつけながら距離を取る。

 最初と比べて、随分と数は減っていた。あと、十人ほどだろうか。……だが、残念ながら終わりが近そうだ。

 ガクリと膝が落ちる。どうにか刀で支えて倒れないようにするも、もう戦う余力が残っていないのは敵の眼にも明らかだった。

 

「……クソッ」

 

 かれこれ一時間以上は戦い続けたのだ。今頃ヘドリーたちは無事に安全圏まで退却できただろうか。寧ろ、そうしてくれないと困る。

 ……ヨシュアの言っていたことは、やっぱり正解なのか。傭兵は、理不尽に死ぬ。望むと望まずに関わらず、唐突に。

 ……おれは、死ぬのか。結局あいつに逢えないまま、あいつのために何もできないまま。

 

「…………それは、嫌だな」

 

 全身の力を振り絞って、もう一度刀を構える。

 おれもあいつも死んでいないのなら、生を諦める理由なんてどこにもない。例え一秒後に死ぬとしても、その瞬間までおれは生きているのだ。

 今にも崩れ落ちそうな膝の震えを隠しながら、精一杯の虚勢を張って笑う。

 そんなおれの姿を見て、嘲笑を浮かべる敵が突っ込んできた、その時だった。

 出口を塞いでいた敵が、爆風で吹っ飛ばされる。室内まで流れてきたそれは、おれに向かってきた敵の姿勢を崩し、その隙をついて心臓を一突きにする。

 だが、おれの思考はもはや敵には向けられていなかった。

 誰かが、爆発の向こうから歩いてきている。

 爆発による衝撃波は、基本的には全方位に伝播するもののはずだ。にもかかわらず、その人物は爆発のすぐ向こう側で平然としている。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()かのように。

 おれは、そんな妙な爆発の仕方を、よく知っている。

 すぐ隣で、ずっと見てきたんだ。知らないわけがない。

 心臓が早鐘を打つ。そんなわけないとあまりにも都合のいい展開を否定する自分と、そうに違いないという自分が混在する。

 果たして、粉塵の向こうから、彼女は姿を現した。

 

 銀髪に、琥珀色の瞳の女サルカズ。

 おれがずっと探していて、ずっと逢いたかった人。

 

「────」

 

 Ω!

 そう叫ばなかっただけでも、よく自制できたものだと思う。

 確かに彼女だった。おれが見間違えるはずがない。どうしてここにいるかはわからない。何をしに来たのかもわからない。でも、そんなことはどうでもいい。

 おれは遂に、あいつと再び逢えたのだ。

 身体の底から、力が湧き上がってくる。どこに隠れていたのかというくらい、全身に活力がみなぎってくる。

 おれは、吹き飛ばされて動揺しているサルカズとの距離を素早く詰めると、一閃してその首を飛ばす。振り返ってアイコンタクトをすれば、あの頃のように何もかもというわけではないにしろ、利害が一致するということは伝わったようだった。彼女もナイフを抜き、手近な連中に襲い掛かる。

 ……こんな日が来るなんて思ってもいなかった。また、あいつと一緒に戦える日が来るなんて。彼女の動きは、傭兵時代と違ったまだ未成熟なものだ。けれども、おれにとってはよく知っているもので、それだけで視界がぼやけそうになる。

 合わせるのは簡単だ。リズムも何もかも知っている。あいつを狙うアーツ使いを左腕を振るって目潰しして、その隙をついて両断する。振り切った後の無防備なおれを襲う敵を、あいつが投げナイフで迎撃する。ナイフに気を取られた敵を振り返りざまに斬り倒せば、爆弾を取り出す彼女の姿が目に入った。突進するふりをして、その爆風の射線上に敵をおびき寄せる。

 何もかもが懐かしかった。おれの望んでいたものだった。気付けば、敵は全員床に倒れ伏している。おれたちなら、二人なら。かつて言っていたそんな言葉のことを思い出した。おれたちなら、何でもできるのだ。

 戦いの後の静けさが、おれたちの間に漂う。

 ……あいつの側からしてみれば、おれたちは初対面だ。今だって、たまたま利害が一致していたから即興で組んだだけに過ぎない。この後どうなるかなんてわからないのだ。この沈黙も仕方あるまい。

 おれにしても、何を話せばいいのかわからなかった。ずっと逢いたいと思っていたのに、いざ本当に逢ったら言葉が出なくなってしまう。抱きしめたかったはずなのに、腕なんてぴくりとも動かない。

 お互いに様子を窺う、そんな奇妙な静寂。それを破ったのは、建物全体に響くような地鳴りだった。一瞬何かと思ったが、すぐに爆弾のせいかと思い付く。もともとボロボロの廃墟だ、あんなふうに何発も爆発させたら、いつ倒壊してもおかしくない。同じ結論に至ったのか、あいつは口を開いた。

 

「……取りあえず、脱出しましょ」

「……そうだな」

 

 久しぶりの会話は、なんとも味気ないものだった。

 

 

 

 廃墟に止めを刺すようにして、爆弾を使って外壁を吹き飛ばして脱出した後、倒壊した建物の瓦礫の中で、おれたちは向かい合っていた。

 残った腕と口を使って左腕を縛って止血をしていると、声を掛けられる。

 

「……あんたも傭兵なの?」

「……ああ。お前が殺った奴らと敵対していた傭兵だ」

「そんなの見ればわかるわよ。随分とボコボコにされたみたいね?」

 

 ニンマリと口の端を吊り上げている様子におれは、ああ、こいつ初対面の奴相手にも煽り散らかすんだったなと思い出して思わず笑みが零れた。

 

「……何笑ってるのよ」

「いや、すまん。随分な皮肉屋の嬢さんだと思ってな」

 

 笑って答えれば、返事として舌打ちが返ってくる。こんなやり取りでも嬉しいと思ってしまう辺り、おれも随分なものだ。

 再びの沈黙が訪れる。そんな雰囲気を紛らわせるべく口を開いたおれからは、こんな言葉が飛び出してきた。

 

「これからどうするつもりだ?」

 

 口をついて出たその質問は、おれ自身にも向けられたものだ。

 おれはてっきり、あいつと再会するときは、するとしても死ぬときだと思っていた。そうでないと、名前を引き継ぐようなことにはならないはずだから。

 だから、さっきあいつがやってくるまで、おれはここで死んで、その武器を何らかの形であいつが拾うことになるのかという考えが過ったし、会った後も、このまま失血で死ぬんだろうかなんて思ったりした。だが、幸いにも止血は間に合ったし、戦いでも死ぬことはなかった。おれは無事に、生き残ったのだ。

 

「……そうね」

 

 意外にも、彼女は考え込んでいた。どうせ何かしらの煽りのネタにするか、一笑に付すかのどちらかだと思ったのだが、予想は外れたようだ。

 

「……ぶっ殺すわよ?」

「すみません」

 

 両手──片手しかないけど──を挙げて、おれは即座に降参のポーズを取った。サルカズの女性陣には思考透視能力があることをすっかり失念していたようだ。にしてもだいぶ殺意が高い……いや、もう余計なことを考えるのは止めておこう。

 おれがそんなことをしている間に、彼女は何かしらの答えを見出したらしく、ゆっくりと口を開く。

 

「……何も考えてないわ。……やりたいことは、取りあえず終わったしね」

 

 ……少し、彼女がここにいる理由がわかった気がする。恐らくは……復讐だろうか。復讐を終えたもの特有の虚しさというか、そんなものを感じた。

 

「何かぱーっと楽しいことでもしたいわね。あんた、何かないの?」

「無茶言うな……」

 

 でも、おれこそどうするべきなのだろうか。このままこうしてあいつと話しているのはすごく楽しいし、ずっと望んでいたことだ。

 けれども、こうしているうちにおれは、あるべき正しい世界からどんどん外れていってしまっているのかもしれない。おれが本当に望んでいることは、あいつが生きていてくれることだけなのだ。だったら、ここで別れて、またその日が来るのを待った方がいいんじゃないか。

 わかっている。おれはここで彼女と別れるべきだ。後腐れの無いように、今すぐに。本来だったら、この会話すらするべきではなかったのだ。

 本当に大切なもの。それさえ守れれば、おれの一時の幸福など些細なものだ。

 だから、おれは立ち上がって、あいつに別れを告げようとして。

 

 おれは、それを見つけた。

 

 まだ、太陽は昇っていなかった。暗闇の中、ランタンの小さな灯りで周囲だけが仄かに照らされていただけだった。

 だから、おれがそれを見つけられたのは、本当にただの偶然だったのだろう。

 だが、それは必然だったのかもしれない。

 

 瓦礫の山の中、動く人影があった。あれだけの戦いを経て生き残った、恐らくは一番のやり手。そんな奴が、ここに至っても慎重に、息を潜めて待っていたのだ。

 おれたちが油断する瞬間を。確実に殺れる瞬間を。

 アーツだろうか、狙いをつけているのがわかった。それはきっと単純に、その射角から狙いやすいほうであるとか、その程度の理由なのだろう。

 だが、事実として。

 照準は、あいつに向いていた。

 

 全身に稲妻が走る。おれの身体が、全細胞が、一斉に叫ぶ。

 お前は、そのために生きてきたのだと。

 だから、脳みそで考える前に、身体が動いていた。

 目の前で不思議そうな表情をしたあいつに向かって、全力で飛びつく。覆いかぶさるようにして、地面に叩きつける。

 何かが空気を切り裂く音が聞こえた。それで、おれは安堵した。

 

「…………ごふっ」

 

 耐えきれず、口から噴き出した血が彼女の綺麗な銀髪に赤い斑点を付ける。

 彼女の身体には、傷一つない。

 ちゃんと、おれが身代わりになれた。持っていかれた脇腹をぼんやりと見ながら、そんなことを思う。

 下で、あいつが何事か言っているようだった。だが、うまく頭に入ってこない。やるべきことはわかっている。あとは、あの敵を殺るだけだ。

 僅かに残った力すべてをかき集めて、おれは瓦礫の山目掛けて突貫する。途中、何発かアーツを食らったが、もう何か所かに穴が開いたところで関係ない。接近され、剣を取り出した敵の得物を切り上げで遠くに吹き飛ばす。

 武器を失った相手は、それでもなお一矢報いることを諦めていないようだった。フック気味の軌道を描いた拳が、左目に突き刺さる。どうやら親指だけ立てていたらしく、眼球がちぎり取られた。

 だが、そんなことでおれが止まるわけもない。振り下ろした刀が、一人のサルカズの人生を終わらせる。それで、おれも地面に倒れた。

 

 急速に全身から力が抜けていく。けれども、おれは充足感に包まれていた。

 やっと、守れた。おれは、あいつを救えたんだ。

 

「なんで……!あんた……!」

 

 いつの間にか、あいつがすぐ傍に来ていた。

 その言葉は、どうして自分を庇ったのかという意味なのだろう。……よくわかる。よく、わかるよ。

 好きだから。愛しているから。

 そう答えたかった。でも、ダメだ。おれたちは今日あったばかりの他人同士で、そんな仲じゃない。

 ふと、頬にぽたぽたと落ちてくる何かを感じる。それはとても熱くて、すこし塩っ辛い。

 

「何……泣いてんだ……?」

「わかんないわよ!でも…………」

 

 泣く必要なんてない。よく知らない奴が、何故か自分を庇った。よくわからないけど儲けものだった。それくらいに思ってくれればいいんだ。

 琥珀色の瞳が、こちらを覗き込んでいる。必死に何かを探すように。

 

「……ねえ。……あんたと、どこかで会わなかった?」

「…………」

 

 息を呑んだ。まさか、彼女からそんなことを聞かれるなんて思わなかった。おれたちは、この世界ではあったことなんてないはずだ。だって、おれがどれだけ探しても見つけられなかったのだから。

 ……もしかすると。彼女も、どこか覚えているのだろうか。違う世界での出来事を、おれとの思い出を。

 ……もしそうだとしたら。今度はちゃんと、伝えられるんじゃないか。おれの、思いの丈を。何十万年と抱き続けた、この気持ちを。

 好きだという、その一言を。

 ……それは、優しい優しい夢物語だ。そうだったらいいなと思う。けれども、もしそうだとしても、おれの返事は決まっている。

 

「…………いいや。一目見たことすらない」

「っ…………!」

 

 ……これでいいんだ。これで、よかったんだ。

 あいつが、死人に魂を引っ張られる必要なんてない。自分だけの幸せを見つけてくれれば、それでいいんだ。

 それよりも、もっと大切なことがある。まだ身体が動くうちに、やっておくべきことが。

 

「……なあ。こいつらを持ってけよ」

 

 刀と銃を指し示す。

 

「これを持って、あっちのほうにずっと行けば赤髪の傭兵がいるはずだ。……おれの隊長でいい奴だ。きっとよくしてもらえる」

「でも……あんたは……」

「……いいんだ。自分の身体のことはおれが一番わかってる。これは無理だ。それこそ、テラで一番の医者でも通りすがらない限りな」

 

 自分でも、笑えないジョークだと思う。でも、そんなに悲しまないで欲しいんだ。

 力を振り絞って、無理やり刀と銃をあいつに押し付ける。

 

「楽しいことも、やりたいこともさ。生きていれば、絶対にあるもんだ。人間、生きてさえいれば何でもできるんだから」

「…………」

「生き残れ。このクソみたいな世界で、それでも」

 

 あいつの眼を見つめる。生きていてほしいという、その想いが届くように。

 押し付けた刀と銃に、力がこめられるのがわかった。強く、握りしめているのがわかった。

 そうだ。それでいいんだ。

 彼女は、ゆっくりと立ち上がる。もう、涙はなかった。そこにいるのは、一人のサルカズ傭兵だった。

 

「……じゃあな、W」

「………………ええ。さようなら、W」

 

 

 

 

 彼女が立ち去ってから数分か、数十分か、もはやただ死を待つだけのおれの耳に、ふと音が聞こえてくる。通信機の音だ。どうやら通信妨害を排除できたらしい。

 満足に動かない手をどうにか動かして装置に触れると、ヘドリーの声が聞こえてきた。

 

『……っ、W!無事か!?すぐに救援を……』

 

 もしかすると、繋がると思わず駄目元で通信してきたのだろうか。らしくもなく慌てた彼の様子に、思わず笑いが零れる。

 

「……いや、いい」

『…………っ』

 

 ヘドリーは律儀な奴だ。この僅かな通信だけからでもわかる。少なくとも、おれが自分で名乗り出たのに、殿を任せたことを負い目に感じるほどには。

 そんな奴だからこそ、安心して任せられる。

 

「……そっちに、おれの刀と銃を持った奴が向かってる。銀髪に、琥珀色の瞳をしたサルカズだ」

『…………!』

「……面倒を見てやってくれ。……きっといい傭兵になる」

 

 そうだ。きっと、おれがかつて名付けたような、このクソみたいな争いの日々を終わらせるような、いい傭兵に。

 

『W……お前は……』

「頼んだぜ、ヘドリー。……じゃあな」

 

 それだけ言って、おれは通信を切った。

 他にもいろいろ言いたいことはあったけれども、それは藪蛇というものだ。

 あいつのことを頼むという、一番言っておかなければいけないことは言えた。それで十分だろう。

 これで安心だ。おれにできることはすべてやった。これで、あいつはWとして生きていけるはずだ。

 

 そう思うと、急にすべての力が抜けていった。

 四肢の感覚がなくなってくる。心臓の動きがゆったりとしたものに変わっていき、呼吸が浅くなっていく。もう指一本すら動かせない。命を使い切るとは、こういう感覚のことを言うのだろう。

 次第に視界までもがぼやけてくる。今、おれの命はさながら張りつめたゴムのようだ。極限まで引き延ばしたそれが断ち切れるまでの刹那。

 そんな視界の中で、妙にはっきりと映るものがあった。

 

「ふふ……ははは…………」

 

 未だ太陽の昇らない頭上に広がる、満天の星空。確かにずっとそこにあったはずなのに、ずっと見てこなかったもの。足下を見ながらふらふらと彷徨い歩き、そうしてあいつと出会って前を見て進むようになって、最期の瞬間に上を見上げる。なかなかよくできた物語じゃないか。

 

「そういや……そうだったな……」

 

 いや、違う。もっと昔の、それこそここに迷い込んだばかりの頃。こうして横たわって宇宙(そら)を見上げたことがある。

 初めて人を殺して、もう何もかも嫌になっていたあの時。このままずっと寝ていたら、朽ち果てられるかななんてぼんやりと考えていたおれは、見たんだ。

 冷たいテラの夜空に輝く、五つの星を。いつだか家族と一緒に見上げた、地球の北天に輝くのと同じWの文字を。

 おれは、おれとあの世界を繋ぐものとしてWを名乗ったんだ。

 

 テラの夜空は気まぐれで、星座というものは存在しない。不規則に巡航する星々は、決まった形を取りはしない。けれども、だからこそ、あの時おれがその文字を見つけられたのは、きっとサルカズの傭兵、Wが生まれるための必然だったのだろう。

 

 今、澄み切った夜空には、無数の星が輝いて見える。けれども、その中でも一際目立って輝いているのは四つの星々だ。

 あの世界に存在していた星座というのは、神話曰く死んだ英傑たちが神々によって天上に召し上げられた姿であるらしい。今ここでまさに死にかけているおれは、英傑なんて言う大層な存在ではない。だけれども、もし神様ってのがいるのならば、数多の世界を巡って正しい世界までたどり着いたおれに少しくらい報いてくれてもいいんじゃないだろうか。星座とまでは言わないから、せめて星の一つくらいにはしてほしいもんだ。

 ……そうなれば、まだこの世界にしがみついていられる。あいつのことを、もう少しだけ見守ってやることが出来る。太陽のように煌々と照らすことも、月のように優しく静かに光を灯すこともできないけれども、絶望の底、真っ暗闇の新月の夜にだって、星明りで照らして導くことが出来る。

 神なんざ信じてこなかったけれども、そのくらいなら願ってもバチは当たらないだろう?

 

 ずっと死ぬのが怖かった。

 死んで、無になるのが怖かった。

 でも、おれは自分の生に意味を持たせることができた。あいつを救うことが出来たんだ。

 

 もう、怖くはなかった。

 

 ……なあ、生きろよ。

 ……それで、幸せになれよ。

 ……それだけで、おれは満足だ。おれは……

 

 ……死にたく……ないなあ…………

 ……もっとあいつと話したい。

 ……もっとあいつと触れていたい。

 

「…………ちく……………………しょう……………………」

 

 手を、空に伸ばす、届くはずもない星に、手をかけるかのように。

 

 ……ちゃんと…………あいつが……しあわせになるところ…………みたかったなあ……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした?空なんて見上げて」

 

「……なんでもないわ」

 

 

 ヘドリーの問いかけに対して、気のない返事を返すW。ふと、同じようにして空を見上げてみた彼は、それを見つけた。

 テラの夜空には無数の星々が輝いている。而して、その所在は往々にして異なり、日毎に全く違った絵を漆黒のキャンパスに描き出す。

 今日の北天に一際大きく輝く五つの星、Wの文字も、明日には消えてしまうものであろう。

 しかしながらそれは、不思議と優しく輝き、まるで彼女の、Wの門出を祝っているかのようであった。

 

「……行きましょ」

 

 かくして、サルカズの女傭兵、Wは歩み始める。その行方に例え過酷な出来事が待ち受けているとしても、いつか彼女は必ず幸せを掴めることだろう。

 

 生きてさえいれば、何だってできるのだから。

 

 

 

────────────────────────

あとがき

 

 これまで約3年という長い時間に渡って続けさせて頂いた本作ですが、無事に完結させることが出来ました。偏に読んでくださった皆様のおかげです。本当にありがとうございました。

 もともとこの作品は短編のつもりで書き始めたもので、総文字数にして2万字ほどの予定のものでした。それがどういうわけか、最後の方は1話あたり2万字になってしまいまして、どうしてこうなったのかといったところです。

 制作の背景としては、投稿当初、アークナイツのイベントである「闇夜に生きる」のストーリーを読んだことがきっかけです。俗な話ですが、だぶちが色々とドストライクでして、彼女を題材にした小説を書きたいと思いました。そこでふと思ったのが、元々のWとはどんな人物だったのかということです。そこから、二人のWに関する話を書こうと構想が膨らんでいき、この作品に繋がりました。なので、本作のテーマはずばり、あらすじに書いた「W」の終わりと始まりの物語です。

 自分の二次創作のスタンスとして、原作を遵守して、その空白部分を膨らませる、あるいは補完するというものがありまして、それゆえに本作の結末は初めから決まっていました。制作上、最終話から書き始めたのもこのためです。この終わり方には賛否両論ありますでしょうが、原作を尊重してのことだとご理解いただけますと幸いです。

 あとは完全な余談ですが、ループなどに関する着想は「ドニー・ダーコ」という超絶名作映画から得ました。もしよろしければ皆様も見てみてください。アークナイツ勢は好きそう(こなみ)

 結びになりますが、読んでいただいたすべての方々に感謝いたします。途中で長期の休載を何度も繰り返したのにも関わらず付き合っていただいた皆様のおかげで、無事に一つの作品を完成させることが出来ました。重ね重ね、お礼申し上げまして、あとがきとさせていただきます。また、ハーメルンのどこかでお会いしましょう。

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ドクター。敢えて言おう、()()をどうするつもりだ?」

「……まだ息がある」

「だから敢えてと言った。ドクター、君がこのテラに生きる生命のことを尊んでくれていることはわかっている。繰り返すようだが、君のアーミヤに対する態度を見れば、それは明らかだ。だから、私は君のその姿勢を嬉しく思うし、好ましいとも思う。だが、ドクター。我々に残された時間は少なく、出来ることは限られている。目に映るもの全てを掬い上げるには、我々の手はあまりにも小さい。君はそのことをわかっているのか?わかっていてなお、この消えゆくはずだった生命を拾い上げようというのか?」

「……わかっている。…………わかってはいるんだ。彼らはこの大地で生きて、そして死んでいく。その営みに、私が軽々しく関わるべきではないということは」

「…………」

「……けれども、私は見てしまったんだ。彼の姿を。まだ生きたい、そう言っているかのような彼の姿を。……傲慢かもしれないけれども、それでも私は……」

「……つまり、君は彼を助けたいのか」

「……ああ。ケルシー、お願いしてもいいだろうか……?……また迷惑をかけてしまうが……」

「……君のことだ。そう言うだろうと思って既に手術室と器具を手配してある」

「ケルシー……!」

「……すまない、ドクター。少し、君を試すようなことをした。確かに、我々の手はあまりにも小さい。だが、そんな風に目の前の生命を大切にできる君がいるからこそ、我々は希望に向かって歩むことができるんだ。そのことを覚えておいてくれ」

「……ケルシー」

「……なんだ、ドクター」

「いつもありがとう。君がいてくれて、本当に助かってる」

「っ!……急ぐぞ。患者の容態は予断を許さない状態だ」

「……ああ」




読みにくくて申し訳ないです。
スマホ版の人はコピペを、PC版の人は選択をして頂ければと思います。
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