北天に輝く   作:ペトラグヌス

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存在論証─Sowing seeds in a mad world

「……落ち着いたかしら?」

「…………ごめん」

「なんであんたが謝るのよ」

「でも……」

「元はあたしのせいなんだから、あんたが気にすること無いわ」

 

おれは、ちょっとした自己嫌悪に陥っていた。

あいつのことを見るなり抱きついて泣き出すなんて、情緒不安定にも程がある。

おれはあいつに、とんでもない醜態を晒してしまった。

大の大人が、年下の女に泣きつくなんて。あまつさえ、あやすかのように頭を撫でられるなんて。

情けない。情けなさ過ぎる。

……そしてそれに安堵を感じてしまったおれの心。もうすべてが情けなかった。

いったいおれは、これからどの口で安全を保障するだのなんだのとほざいて見せればいいのだろうか。

 

「…………おれ」

「……」

「……おれ、情けないよな」

「安全を保障するとか言っておいて、こんな……お前に泣きついて、慰められて……」

「……これじゃあ、どっちが守られてるんだか……」

「……あのねえ、あんた何か勘違いしてない?」

「えっ……?」

「別にあたしはあんたにただ守られてるつもりはないわ」

「でも、契約で……」

「そう、契約よ。あんたとあたし、どっちにもメリットのあるね」

「…………」

「するだけじゃない、されるだけじゃない。あんたとあたしの間の契約ってのは、そういうものでしょ?」

「…………」

「あんたがあたしを助けるだけじゃない。あたしもあんたを助けるわ。今みたいにね。……勿論、それが利益につながるからだけど」

「……でもお前、今まで一回も家事の手伝い……」

「それは別。……とにかく、いつまでもうだうだ言ってんじゃないわよ。今回はたまたまあたしがあんたを助けた。それだけの話よ」

 

……おれ、ずるい男だ。

たった今この瞬間、おれはあいつのやさしさに甘えた。

情けないと、そう言って見せれば、あいつはきっと否定してくれると思った。励ましてくれると思った。

おれはそうやって、あいつをこの関係に結び留めようとしたんだ。

誰かといる喜びを知ってしまったから。一人のさみしさを知ってしまったから。人肌の温もりを思い出してしまったから。それを、それらを手放したくなかった。

 

……ああ、そうか。自己嫌悪、情けない。そいつらはみんなおれの言い訳なんだ。自分は弱くなんかない、そんな軟な人間じゃないっていう言い訳なんだ。

おれはいい加減認めなければならない。あいつの存在が、おれの中で大きなものになっていることを。

 

 

「助けられた、か。……そうだな。助けに来たつもりが、助けられてた」

「……ねえ。あんた、随分と急いで来てくれたじゃない」

「……まあ、お前が連れ去られでもしたら困るからな」

「……ほんとは、ちょっと嬉しかったわ。ちゃんと来てくれるんだって」

「……そうか」

「だから、その……ありがと」

「……お、おう……」

「……」

「……」

「……ああ、もう!柄にもないことさせるんじゃないわよ!」

「わ、悪い」

「……大体、あんたもあたしもあんたのせいでおかしなことになってるじゃない!」

「……いや、でもさっきお前が自分のせいって…」

「つべこべ言わないの。ほら、さっさと持って来なさい」

「……何を?」

「酒よ!こういう時はパーッと飲むに限るわ!」

「……いやお前は飲まれたことしかないだろ」

「うるさいわね……出さないんだったら傭兵Wは年下の女に甘える泣き虫って言いふらすわよ」

「すぐ持ってきます!」

 

……確かにあいつは思ったよりも優しいところがある。それはこの一か月で分かってきたことだ。

だが、基本はこっちの性格だということを努々忘れてはならない。忘れてはならないのだ。

……思いっきり弱みを握られた。

やさしさに甘える、とか言っていた馬鹿がいたが、実のところみんな計算ずくだった可能性すらある。

やはりあいつは悪魔だ。……時折優しさを見せてみたりするところなんて最高に悪魔的だ。

おれは酒の隠し場所へと向かいながら、あいつをどうにか酔い潰れさせて、この忌々しい記憶を消去させる算段を練っていた。

 

 

「……ふん。やっといつものあんたに戻ったじゃない」

 

 

 

 

 

次の日の朝、目が覚めた。

蛇口をひねって水を出し、流れに手を突っ込んで顔を洗う。

コップ一杯に冷たい水を注ぎ、一息に飲み干す。

そうしてやっと、体の内外がきちんと覚醒した。

一晩経って、頭の中で渦巻いていた色々がきちんと整理されてみたとき、おれのなかに残っていたのは温かさだった。

……あいつの言っていたように、おれはとうにおかしくなっていたんだ。

あの、禁断の果実に手を伸ばした日から。

……おれは、どうしたらいいのかわからない。こんな世界で、この、捨てたはずの感情をどう処理したらいいかわからない。

 

「おれは、どうすりゃいいんだろうな」

 

あいつに向かって呟いてみる。返事はない。当然だ。気持ちよさそうに眠っているからな。

おれは、この気持ちをどうしたらいいのかはわからない。でも、何をすればいいかはわかる。

……この寝顔を、守ろう。

おれだけの力では無理かもしれない。こいつに助けられることもあるかもしれない。

それでいい。それでいいから、情けなくてもなんでも、こいつがこうして居られるように。

この毎日が、続いていくように。

 

……さあ、今日も飯を作ろう。とびっきりの、あいつが笑顔になるような飯を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……!はっ……!」

……おれは……おれは……おれは、守れなかった。

……おれは愚図だ。間抜けだ、大馬鹿だ……!

モローだって言ってたじゃないか。なのに、おれはいつもの与太話だと思って……!

……あいつは……もういない。

……いないんだ。

……おれは……

 

「あんた何してんの?」

「え……」

「何かうるさいと思ったら床に頭打ちつけて。ついに本当におかしくなった?」

「なんで……」

「……なんでって何よ。あたしが何したって……」

 

恐る恐る手を伸ばす。これは夢か幻かで、触れたら消えてしまうような気がして、それでも触れたくて。

伸ばされた手は、彼女に届く前に止まった。

 

「ちょっと。何よこの手は。寝ぼけたふりしてどさくさに紛れて」

 

手首をつかまれて、その手は止まった。

これは……現実だ。夢でも幻でもなく。

この温かさは、触れたところから伝わる温かさは、間違いなく現実の彼女のものだ。

両手で彼女の手を握る。じっとその瞳を見つめる。……生きてる。ちゃんと、生きている。

 

「…………よかった……!本当に……!」

「……何なのよ、もう」

 

 

戻った。おれは、今朝に戻ってきた。あいつが死んだことで。

大体四ヶ月ぶりといったところだろうか。

初めのうちは熱心に色々調べまわっていたおれも、あまりに手掛かりがないので最近は半ば忘れかけていたあの現象だ。

 

機械的に手を動かして朝食を作りながら思考をめぐらす。

 

全くもって喜ぶことではないが、今回のことである新しい事実が明らかになった。

それは、あいつが死んだその日の朝に戻ってくるということだ。まだ一回きりで、もう二度とやりたくないのでいつもそうとは分からないが、今回からするとあの朝に戻されるということはないらしい。

つまり、時間という大きな流れに沿って生きていく中で、出っ張りに引っ掛かったようなものだ。その出っ張りを超えない限りは先に進めない。

だが、おれには大きなアドバンテージがある。それは、これから起きることを大体知っているということだ。行動をあまり変えなければ、多少の差異はあれどほとんど同じことが起こる。

その知識を使って、未来──いや、結果を変える。今日という一日の終わり方を変える。

血塗られた悲しみの一日から、何でもない一日へ。

おれはそう決意した。

 

 

 

今日のメニューはパンケーキだ。少し甘めに仕上げた生地を、手のひら大の円形に焼き上げてある。

そのままで食べてももちろん美味しいのだが、ジャムやクリームを塗って食べてもおいしいし、そういう甘いのだけでなく別皿のハムエッグやサラダを乗せて食べてもおいしい。

個人的なポイントはこの絶妙な薄さだ。こういう風に食べるんだったら分厚いのはあまり向かないし、薄すぎてクレープみたいになると片手では食いにくい。その点こいつはばっちりだ。

加えて、表面のカリッとした部分と中のふわっとした部分とのどちらもが味わえる。おやつに食べるようなのは分厚い方がいいが、朝にはこういうパンケーキが一番だとおれは思っている。

 

大皿に盛られたパンケーキを二人でつまみながら、おれは今朝のことについて釈明していた。

 

「悪夢の続きだと思った?……信じられない、みたいな眼であたしを見てくるなんてどんな夢よ」

「……まあ、そういう夢だな」

「……ふーん。まあいいわ。なんにせよ、あんたが人の手握って泣いてたのは事実だし」

「勘弁してくれ……」

「第一、何で泣くの?自慢じゃないけど、あたしは今まで泣いたことなんてないわよ」

「おれだって普段はそうだ」

「あたしのことになると別ってことかしら?……愛されてるわねえ」

「……突っ込まないぞ?」

「……何よ、つまんないの」

「おれだってわからないんだ。わからないものは仕方ないだろ」

「そうね。……ま、この話はここら辺にしといて……デザートある?」

「作っといた。だから……」

「はいはい。言いふらしたりしないから、安心してちょうだい」

「マジで頼むぞ……」

 

貴重な果物をふんだんに使い彩られたミルクレープであいつの口止めをしつつ、今後の計画を練る。

おれは今回、あいつに繰り返しのことは話さなかった。自分が死ぬことを聞かされて気分を害さない奴はいないだろうし、何よりおれがその話をしたくなかった。

……多分、そのことを言ったらあいつは聞いてくると思う。それは自分がどうなるかであったり、どうなったかについてだったりするだろう。

今回、あいつを殺したのはある傭兵たち──傭兵と呼びたくないような奴らだ。

おれたちの世界では基本何でもありだが、その何でもありの頭には「ルールの範囲なら」の一文が隠れている。暗黙の了解ってやつだ。長く続く戦争の中で、形作られてきたもの──らしい。詳しくは知らない。

とにかく、それを蔑ろにするやつらは危険視されたし、早々にくたばっていった。一種の自浄作用なのだろう。そうやって長いことやってきた。

……だが、最近の加速する戦況の中で、その暗黙の了解も揺らいできている。その表れがあいつが雇われていた傭兵たちであり、今回の傭兵たちだ。

おれが言うのもなんだが、あいつは強い。今の状態であっても爆発物の取り扱い、隠蔽、ナイフ術、十分に戦場で通用するレベルだ。それだけじゃなくさらに伸びしろもあるから末恐ろしい。……もっとも、今のあいつにそこまで伸ばそうという意識は感じられないが。

そんなあいつが殺られるのは、近接パワー特化の相手と正面からまともにやるか、もしくは搦め手を使われたときのどちらかだろう。

今回は後者だ。搦め手を使ってくる相手。どこからか持ち出した化学兵器を使ういかれた集団だ。

そいつらがこの辺りにやってきたという情報は隊長から聞いていたし、近いうちにやりあうだろうとは思っていた。問題はなぜあいつが襲われたかということだ。

 

数日前、おれはモローと飲みに行っていた。

いつものように下らない話題を肴に酒を飲みかわす。そんな中で、あいつが場に会わぬ真剣なトーンでした話があった。

 

「なあW、聞いてくれよ」

「どうしたよ」

「いつものところのカワイ子ちゃんがいなくなっちまったんだ」

「いなくなった?やめただけじゃないのか?」

「いや、それはない。だって俺が前に行ったとき『また来てください、待ってます♡』って言ってたからな」

「……それはリップサービスだろ」

「リップでならいつもサービスされてる!」

「大声で何言ってんだお前は……」

「W!そんな下ネタはどうでもいいんだ!」

「お前が言ったんだろ……」

「あの子だけじゃない、他にもいなくなってる子がいるんだよ」

「他?」

「ああ。そしてその子たちには共通点がある。わかるか?」

「わかるか」

「みんなカワイ子ちゃんだ」

「……お前ちょっと飲みすぎだぞ」

「これは絶対に集団的犯行だぜ。辺りからカワイ子ちゃんを消し去ろうとしてるんだ!」

「……皆さんすんません、うるさくて……」

「聞け、W!」

「……なんだよ」

「お前の女も気をつけろよ。戦闘狂のお前が惚れた女だ、余程の美人に違いない」

「……あのなあ、おれにそういうのはいないっていつも言ってるだろ」

「照れるなよW。俺にはお見通しだぜ」

「……はあ」

 

その場ではただの与太話だと思っていた。

モローもだいぶ酔っていたし、あいつが女に逃げられるのはいつものことだ。

それにいったいどこで嗅ぎ付けてきたのか、女がいるだろだのなんだのいつも言っていて、それでいつもおれをからかおうとしてくる。

だから、今回のもその類だと思っておれは適当にその話を聞き流していた。

 

おれがその謎の失踪事件の真相を知ったのは昨日──いや、一回目の今日になってだ。

結論から言ってしまえば、犯人は件の傭兵たちだった。

奴らはいかれていると聞いてはいたが、おれはそのいかれているの意味をはき違えていた。

奴らがいかれているのは、その自殺的な──毒ガス弾を至近距離で使うなどの──戦い方じゃない。

 

……戦術兵器を女一人襲うために使う、いかれた行動原理だ。

刹那的な、余りにも刹那的な行動原理。あれはもう人ではなく獣の類だ。奴らはどこまでも動物的な本能の赴くままに、高度な戦術兵器を躊躇なく使う。

例えば、一ブロックを纏めて覆いつくす規模の催眠ガス弾。

朝に隊長に連絡して確認を取ったが、確かにそういう類のものが使われたという報告が何件かあったらしい。だが、戦術・戦略的に何ら意味のない場所での使用であり、特に犠牲者もいない様子から、輸送時の事故ではないかとして奴らの本拠地をその線から探ろうとしていたようだ。

 

……なぜおれがそんなことを知っているかって?

……見たからだ。奴らの、生命の尊厳を踏みにじる鬼畜以下の所業を。

……奴ら、穴が足りなかったらどうすると思う?答えは簡単、穴を増やすんだ。

あいつからの通信と、ビーコンを頼りに奴らの本拠地に踏み込んだ俺が見たのはそんな光景だった。

幸いなことに、俺が踏み込んだ時点ではまだ彼女の身体は無事だった。

……何が幸いなものか。

推測するに、あいつは縛り付けられたままあの光景を見せ続けられていた。……目を閉じられないようにされた上で。だから、あいつの心は…………いや、もうこの話はよそう。

 

とにかく、おれは怒りに任せてあいつらを全員ぐちゃぐちゃにした。

それで、一刻も早くあいつを助け出そうと走って、走って、

 

虚ろな目をしたあいつと目が合った。

 

足が止まる。おれが立ち止まった次の瞬間、内側から爆ぜるようにしてあいつが爆発した。

 

……多分、逃げ出した時のために首輪が付けられていたんだと思う。それで、おれがぐちゃぐちゃにしたなかの生き残りがおれもろとも殺そうと起爆したんだ。

 

あの時、あいつの眼を見て立ち止まらなければ、おれもそのまま死んでいた。

……あいつは、あんな状態になってまでもおれを助けようとしてくれたんだ。

 

……一回目は、どうしようもなく詰みだった。ビーコン頼りで場所の推定に時間がかかった時点で、もっと言えばそもそもおれとあいつが別行動だった時点で。

……やり直しがきいて本当に良かった。今回は初めから奴らの本拠地を知っているし、あいつとの別行動をやめることもできる。

そのうえで考える。一番いいのはあいつにこのまま家に隠れていてもらって、傭兵団を動かすことだ。

情報をどこから得たのかなど、おれが怪しまれることにはなるがこの際それは大した問題じゃない。

モローも焚き付けて二人でごり押しすれば、多少の無理は通るだろう。

どうせいつかはやりあうのだから、それまで待つという手もある。だがそれは余りにも気の長い話だし、それまでの間中あいつを一人にしないというのは難しい。

……リスキーだが一人でやるという手もある。実際に前回はほとんど一人でやれた。

……だがおれは、そのリスクを許容することはできない。そんなリスクを負うのは、余程特別な理由でもない限りあり得ない。

……やはりここは、最初のプランで行くべきだろう。

 

ミルクレープと格闘して、口の端にクリームを付けたままの彼女に話しかける。

 

「なあ」

「何?」

「お前、今日出かけるって言ってたよな?」

「ええ、そうよ。それがどうかしたの?」

「今日はなしにできるか?」

「……何で?」

「急遽仕事が入ったんだ。ルール通り、家にいてもらえないか?」

「……随分と急ね。そういうのは困るわ。あたしにも予定ってものがあるの」

「仕方ないだろ?おれだって今朝聞いたんだ」

「……ふーん。……あんた、何か隠してるでしょ」

「……なんだ、藪から棒に」

「あんたたち傭兵は基本的にもっと計画的。あんたの仕事だっていつもはそうだったでしょ?」

「…………」

「……なら、急に呼ばれるなんてよっぽどの緊急事態のはずじゃない」

「…………」

「その割にあんたは大して急いではないし、むしろあたしの懐柔にたっぷり時間を使ってるじゃない。不思議ねえ?」

「…………」

「……で、何を隠してんのよ」

「……はあ。何でわかった?」

「何となく。伊達にあんたと四か月近くもいるわけじゃないわ」

「……そうかい。わかった、言うよ」

 

 

 

 

「話は分かったわ。……で、何でそのことをあたしに隠そうとしたの?」

「……信じてもらえるとは思ってないからな」

「なんだ、そんなこと気にしてたの?あたしはとっくに信じてたわよ?」

「……マジ?」

「ええ。初めは頭のおかしい奴か妄想癖のどちらかと思ったけど……」

「何気にひどくないか?」

「別にそういうわけでもなさそうだし。だったら、あんたの言ってることがほんとって方が筋が通るわ」

「……まあ、ほんとだからな」

「……で、これからどうすんのよ。やっぱり傭兵団頼り?」

「それが一番だろうな。……ん?」

 

突然通信が入る。隊長からだった。

おれはあいつに一言言って部屋の外に出ると、通信に出た。

 

 

 

「何だったの?」

「……傭兵団は当てにできなくなった」

「は?」

 

 

隊長からの連絡を要約するとこうだ。

まず、おれたちとあいつらの間に現時点で対立関係はない。そして、これからも直接対立はしない。

団長が決めたそうだ。情報を精査していくと、奴らとやりあうのは余りにも割に合わない。殺傷範囲の広い兵器を、自爆をも厭わず使ってくる相手だ。それは確かにそうだろう。

だが、相手が攻撃をかけてこないとは限らない。そう反論すると、それはないと断定された。

……ここからはおれの推測だが、恐らく団長たちも奴らの正体に気づいたのだろう。奴らが単なる獣だということに。刹那的な快楽に生きる奴らにとって、戦いは割に合わない。仕掛けられれば徹底的に抵抗するだろうが、逆に言えば触らなければ敢えて挑んではこない。集めた情報から、そう判断したのだろう。

実際に戦った実感として、俺もそう思う。

隊長は、奴らの自滅を待つといっていた。持っている化学兵器を使い切るのを待つ、あるいはそれを提供している後ろ盾をどうにかする。そういった気の長い作戦を、他の傭兵団とも共同してやるということだ。

……理には適っている。だが、それは余りにも頭でっかちだ。

奴らは化学兵器を失ったところで本質は何も変わりはしない。逆に化学兵器でまとまっていた連中がバラバラに暴れだすだけだ。そっちのほうがよほど危険というものじゃないか。

そうかみついた俺に、隊長はただ一言冷徹に言い下した。

 

「『我々』は直接的には動かん。わかるな?」

 

 

 

 

「……へえ。やるなら勝手にやれ、ってことね」

「そういうことだ」

 

隊長の言い方は、まさにそういうことを言っていた。組織人として、組織全体を危険にさらすことはできない。だが、個人としてあまり快くは思っていない。そういうメッセージだったのだろう。

……そもそも、隊長はこのことをわざわざおれにいう必要はなかったはずだ。ただおれの進言を退けるだけでよかった。にも拘らず、こういう形を取ったということは……そういうことだろう。

 

「お前はここにいてくれ。……奴らを全員ぶち殺してくる」

「あたしも行くわ」

「ダメだ」

「自分の敵討ちよ。あたしにも行く権利があると思わない?」

「……ダメだ」

「別にいいじゃない。仮にあたしが死んでも、朝に戻るんでしょ?だったら……」

 

パンッ!という済んだ音が部屋に部屋に響き渡る。

おれの手のひらから出た音だ。

おれがあいつの頬をひっぱたいた音だ。

 

「…………」

「…………」

 

「……そんなこと言うな。……言わないでくれ」

「…………」

「おれはもう……お前が死ぬところなんて……見たくないんだ……!」

 

本心で言ったんじゃないなんてことは分かってる。分かってる、けれども。

そんな風に言わないで欲しかった。自分の事をそんなぞんざいに扱わないでほしかった。

残機∞のうちの一機。そんなような存在に成り下がってほしくなかった。

どのループの中の、どの瞬間のあいつであったって、おれにはかけがえのない大切な存在だから。

命に代えても守りたい。そんな存在だから。

 

「……あたしだって」

「…………」

「……あたしだって、あんたに死んでほしくないと思っちゃ駄目なの?」

「え……」

「……あんたがいなくなったら、誰が食事を作るのよ?誰が掃除するのよ?」

「…………」

「勝手なこと言ってんじゃないわよ。……あたしにも、あんたの手伝いをさせなさい」

 

……おれは一つ思い違いをしていた。死んでほしくない。そう思っているのは、おれだけだと。

……嬉しかった。あいつが、そんな風に思ってくれているなんて。おれとあいつが、同じ思いを持っていたなんて。

なら、返事は一つだ。おれの思いがあいつの思いなら、あいつの思いはおれの思いのはずだから。

 

「……わかった。一緒に行こう」

「……それでいいわ。……さ、行きましょう。皆殺しにするわよ」

「……ああ」

 

かくして、おれたちは敵地に向かう。たった二人、されども二人。

不思議と負ける気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、モローも巻き込むか」

「そうね。精々盾になってもらおうじゃない」

「だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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