北天に輝く   作:ペトラグヌス

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死屍累々─Walking close to each other

二時間後、諸々の準備を整え、おれたちは集合場所の廃屋までやってきた。ここはおれが前に使っていた隠れ家で、長いこと放置はされていたがそれなりには使える場所だ。

おれたちのほうが先に着いたらしく、しばらく適当に話して時間をつぶす。

 

「……で、そのモローってどんな奴なの?話を聞いた感じだと、ただの女好きにしか聞こえないんだけど」

「……まあその通りだな」

「何でそんな奴呼ぶのよ……」

「まあ、お前の言ってたとおり盾にはなるから……」

 

と、そんな会話をしていたまさにその時だった。噂をすればというやつだろうか、モローがやってきた。

軽く右手を挙げて挨拶する。それに対する奴の第一声は、まあ実に奴らしいものだった。

 

「おいW!誰だその女は!?」

「……今回の協力者だ」

「お前……どこでそんな可愛い子と知り合ったんだよ……さてはお前の女か!?」

「……あんな感じの奴だけど、あんま気にしないでくれ」

「……ま、使えればそれでいいわ」

「うおっ……!ゴミを見るかのような視線……たまらないぜ!」

「……あれほんとに使えんの?」

「……それだけは保証する。……それだけだけど」

 

 

結局、モローも入れた三人で行くことにした。人数は多い方がいいし、どちらかと言えば後衛よりの戦い方のおれたちに対して、前衛タイプのモローがいると相当やりやすくなる。

呼び出すのは簡単だった。

 

 

 

「……何の用だよ、W。俺は今むちゃくちゃ機嫌が悪いんだ。大した用もねえんだったら切るぞ」

「……拉致監禁暴行をはたらく外道集団を皆殺しにするんだが、来るか?」

「行く行く!待ってろ、俺のカワイ子ちゃんたち!」

 

「すまん。勢いで通信切ったけど、集合場所はどこだ?」

 

 

 

とまあこんな具合だ。二つ返事でやって来た。簡単すぎて耳を疑ったほどだ。

 

「しかし、お前もよく来るよ。碌に詳細も聞かないで」

「……ま、俺もあたりはつけてたからな。だが居場所がわからなかった」

「……ああ、それであんな機嫌が悪かったのか」

「まあな。で、お前は何か知ってる口ぶりだったし、乗っかってみたってわけだ」

 

モローは馬鹿だが、馬鹿ではない。奇妙な表現だが、そうとしか言いようのない男だ。

今回も、詳細をきちんと話せば来てくれるという確信はあったが、そこまで自力でたどり着き、その上で即答してくるとは。やる男だとは知っていたが、それでも驚きだ。

こいつを誘ったのは、何もその場のノリやその類ではない。こういう鋭いところがあって、戦闘で頼りになるからだ。

それに、打算もある。あいつを連れていくのは百歩譲っていいとしても、また死なれるなんてことはあってはならない。

人はそう簡単に生き返ったりできるものではないということは、これまで生きてきて嫌というほど思い知らされてきた。今回は巻き戻ったが、この現象の原理も何もかもがわからない以上、こんなものに頼るのは危険だ。どうせ巻き戻る、そんな気持ちで軽率に動いて、もしもう戻らなかったら。

……その時は、おれは悔やんでも悔やみきれない。

何より、あいつをそんなタイムマシンみたいに使うのはおれが許せなかった。

モローは見ての通りの男だ。もしおれに何かがあっても、モローなら死んでもあいつを守ってくれる。

その程度には、おれはあの男を信用していた。

……ま、いわば保険といったやつだ。

……保険ってのは、どうせないだろうと思っても一応入ってはおくものだろう?

 

 

「で、奴らの居場所はどこなんだ?」

「ここから東に15km程の場所にある廃工場の地下施設だ」

「地下施設?」

「ああ。そのせいで見つけるのに時間がかかった」

 

おれが一回目の時に苦労したのはこのせいだ。ビーコンの電波も不安定で、受信できたりできなかったりと、とんでもなくやきもきさせられた。あまり深い施設でなかったから良かったが、もっと深ければ本当に見つけられなかったかもしれない。

 

「……しっかし、お前もよく見つけたな」

「まあな。でだ、施設の隠匿性のおかげで、あいつらは大した警戒をしていない」

「見つからないと思っているってわけね」

「そういうことだ」

「なるほど。そこが付け目ってわけか」

「ああ。……そして、ただでさえ緩い警戒が、さらに緩くなる瞬間がある」

「……ふーん。あんたもなかなか外道じゃない。でもいいの?モローもいるのよ?」

「W。てめえ……」

「……だからそれは止めだ。そこじゃないタイミングで行く」

「……狙いは搬入時だ。あいつらが一番安心するその瞬間を狙う」

 

 

 

 

この作戦は先回りすることが肝心だ。おれたちはそれぞれの役割や配置を決めた後、廃工場へと向かっていた。前回、あいつからの連絡が来た時間まで後30分ほど。だが、現時点でもう目的地は目と鼻の先だ。となれば、先回りできる可能性は高い。

……とは言え、全てが見てきた通りとは限らない。現に、本来ならば捕まっていたはずのあいつがこうして隣に居るのだ。

 

「?……どうかしたの?」

「……いいや。何でもない」

 

 

 

幸いにも、あまり大きなズレが発生することはなかった。おれたちが全員配置についたころになっても未だ奴らは現れなかった。

 

「おいW、これ本当に大丈夫なのか?もう中にいるんじゃねえの?」

「その可能性も無きにしも非ずだが……そうなってたらもう中の子はダメだ」

「……そうか」

「……ああ。だから、それだったら出てきたところを狙う。長丁場も覚悟しておけ」

「へえ、そういうことだったのね。あんたがサンドウィッチを作ってたのは」

「そういうことだ。あんまり早く食うなよ。肝心な時に力が出せないんじゃ意味がないからな」

「はいはい。わかってるわよ」

 

「……お前ら絶対デキてるだろ……」

 

 

 

そうして一時間ほどたっただろうか。向こうからやってくる人影が見えた。引きずっているのはトランクケースだろうか?場に似合わず、随分と大きな荷物だ。恐らくはあの中に攫ってきた人が入っているのだろう。

おれたちが待ち伏せているのは、工場の地下搬入路だ。ここが本当にその場所だというのは、先ほどから中に入ってくる数人の人影で確認してある。

別の建物に偽装されたここからしか、地下へは行けない。なるほど、道理でここがなかなか見つからなかったわけだ。何せ、工場それ自体は何の変哲もない、何もないだだっ広い空間なのだから。

ここまで巧妙に隠蔽されているというのは余程のことだ。大方、元々のこの工場もロクでもないものを作っていたのだろう。もしかすれば化学兵器を作っていたのかもしれない。ここを誰が提供したのか、そこら辺を調べていけばこいつらのバックにある組織もわかってきそうだが、まあそんなことはこの際どうでもいい。

この入り口は確かに見つかりにくいかもしれないが、見つかってしまえばおれたちにとってはありがたいことでもある。

もし工場そのものが入り口だったのならば、おれたちは特に身を隠すこと場所もない広い敷地で敵を待ち伏せすることになっていただろう。だが、ここならば周囲の建物であったりを利用することができる。

 

どうやっておれがここを知っているのかというと、それは一回目の時、道中であった敵さんに質問しておいたからだ。どっちの方向にあるか、出たらどのようになっているのか等々。

……その時は脱出路のつもりだったけれども。ビーコンの反応を頼りに工場の床をアーツでぶち抜いて侵入したので、帰り道がなかったのだ。今考えると、どれほど当時のおれは頭に血が上っていたのかがわかる。

 

過去を振り返るのはここまでにしておいて、今は作戦のことを考えよう。

 

「敵の姿を確認。トランクケースを持っている」

「OK。俺はそれを取ってくる」

「爆弾の方はどうだ?」

「後ろのは準備できてるわ。援護は……ま、巻き込まれないように注意するのね」

「巻き込まれたらそれはそれで本望ってもんよ!」

「……おれたちが困るからやめろよ、マジで」

「あんたはどうなの?」

「チャフの準備はできてる。その後はまあ敵の出方次第だ。ガス弾はおれがどうにかする」

「よし、みんな準備OKだな。じゃ、今回は俺が合図を出す。行くぞ、3,2,1……」

 

カウントがゼロになるとともに、後方で爆弾が爆発する。狭い道の両側の建物が吹き飛び、瓦礫が道を塞いだ。突然のことに混乱する敵たち。そこに、更なる混乱が襲う。

爆発に意識を持っていかれた後、気を取り直して搬入路に逃げ込もうとした奴らは、目の前に立ちはだかる男の姿に気が付いた。

ほんの一瞬、僅かに意識をそらした間に人が現れた。その事実へを事実として受け止める間もなく、男は猛烈と突進を始める。

なし崩し的にボウガンや銃を構える敵。何とかその狙いを男につけようとしたその時、不気味な風切り音が向かってきた。その音の正体とは飛来するグレネード。誰が叫んだか、伏せろの声で皆が一斉に地面にダイブした。……ま、叫んだのはおれなんだけどね。

一方男は勢いを落とさず、そのまま突き進んでいく。瞬間、グレネードが爆ぜ、光と熱が爆風となって水平に放たれた。破片効果を狙わない、爆風だけのグレネード。

男は、そのまま爆炎に向かって走っていく。男の速度、そして爆炎の速度。その両者の相対速度は瞬く間に極大に達し、そしてその死神の手は遂に男へは届かなかった。

そのまま一直線にトランクケースへと向かっていった男は、地面に伏せている敵に見向きもせず、ケースを回収して走り去っていく。

10mほど距離が空いたところで、ようやく敵兵たちは起き上がって事態を把握した。

男に向かって射かけるもの、銃弾を見舞うもの、通信を試みるもの。混乱から回復した奴らが、一斉に行動を開始する。

しかし、放った攻撃は不可視の障壁に阻まれ男には届かない。通信しようにも、なぜか通信機はノイズを吐き出すばかりで一向に繋がらない。

現状の理解の範疇を超えた現象が、回復したかと思われた混乱をさらに深刻なものとして蘇らせる。

もはや烏合の衆と化した彼らにこれ以上何ができるはずもない。どこからともなく飛来した殺意満載のグレネードが膨大な破片をあたりにまき散らし、彼らはその命を散らしていった。

 

 

 

 

「……随分あっさりと片付いたわね」

「まあ、計画通りってところだな」

 

今回の計画の骨子はズバリ「敵を混乱させ続ける」ことだ。

おれたちにとって最も危険だったのが、敵にガス弾を使われることだ。自爆覚悟の自殺攻撃でそんなものを使われてはたまったものでは無い。

だが、そのような攻撃はある程度の固い意志を持ってやるものだ。たとえ敵がいともたやすくそれを行える集団だとしても、そこには敵に対する殺意であったり、何か自分の生き死にを無視しうる感情がなければならないはずだ。

それに、普通だったらガスマスクを付けている。あいつらが至近距離でガス弾を使うといっても、それはガスマスクを持っているからだ。ならば、それをつける暇がなければガス弾は使えない。

最も、初めから付けられていたらどうしようという不安もあったのだが、このタイミングを狙ったことも功を奏した。うまい具合に仕事終わりの感覚で外してくれていたのだ。

ガス弾を封じるためには、それを使う暇、意志を与えさせなければいい。だから、次々に何が起こっているのかを把握できないように手を打っていった。

敵の行動を縛って、なし崩し的に行動させる。その最たるものが、モローへの追撃だろう。

初めに突然現れたモローに対し、まず手元の武器を構え、それが突然逃げ出したものだからそのままその武器を放つ。ごくごく自然な動作で、それ以外の対応が思いつかないような動作。

そういうものに敵を誘導していくというのがこの作戦だったわけだ。

 

「トランクケースは取り敢えず隠しておいたぜ」

 

一仕事終え、合流してきたモローが話しかける。今はチャフが舞っているので、おれたちも通信を使えない。宙に舞っているそれらは、おれが最初の爆発の時にアーツで引き裂いてばら撒いたアルミホイルだ。

昨日の飯は魚のボイル焼きだったので、その余りを使った。

 

「助けた奴らは知り合いなの?」

「いや、わからん。本当に隠してきただけだ……目を覚まされても困るしな」

「ふーん。ま、大して興味ないけど」

 

モローを連れてきたのは、この混乱のためでもある。銃を撃っても跳ね返される。放った矢は宙で折れ曲がる。突っ込んできたかと思えばトランクケースをもって逃げ出す。

ほら、混乱しか起こらないだろう?

 

「……で、この後はどうするの?適当に爆弾でも打ち込む?それとも生き埋めにでもする?」

「それでもいいんだが……確実に殺っておかないと後々厄介だからな」

「まだ中にカワイ子ちゃんがいるかもしれねえぞ」

「……二対一。なら……あの中に行くしかないわね」

「……おれが先導する。モローは防御を頼む」

「おう。で、こっちはどういう作戦だ?」

「決まってるじゃない。敵が見えたら殺る。それだけでしょ?」

「その通り、サーチ&デストロイだ。閉所でガス弾を使われると危険があるからな」

 

先程死体からガスマスクを回収してきたとはいえ、これが果たしてまだ使えるかどうかもわからないし、至近距離で使われても大丈夫かどうかには疑問が残る。

聞いた話によれば、奴らは至近距離でもこれをつけてガス兵器を運用していたらしいけど、おれはそんなおっかないことをする気にはなれなかった。

だから、そんな目に合わないためには目に入った奴らを片っ端から殺るのが一番だ。使わせる暇を与えたくはない。

 

「構造はわかってるのか?」

「……部分的には。多分、ここをずっと進んでいけば中央のホールに出るはずだ」

「ホール?」

「ああ。大きな吹き抜けの構造になってる」

「そこまで一本道なのか?」

「いや。途中で横に通路が渡してあるはずだ。ホールを取り囲むようにな。そこを上に上がっていく」

「上から殺るってわけね。……でも、敵がそこにいるとは限らないんじゃない?」

「……多分獲物をお待ちかねのはずだからな。前の時もホールに集まってた」

「前?前ってなんだよ、W?」

「……いつ奴らがしびれを切らしてこっちに来るかわからないぞ。急ごう」

 

ちょっとボロが出そうになったので、どうにかはぐらかして先を急ぐ。

通路は長く、薄暗い。打ちっぱなしのコンクリートの壁を、等間隔に設置された蛍光灯の冷たい光が照らしている。

背後の扉は一応鍵をかけて閉めておいた。脱出するときはアーツで吹き飛ばせばいいので、閉じ込められる心配はない。これで恐らく背後から襲撃されることはないだろう。念の為モローに警戒させているが。

 

しばらく進んできたが、未だ正面に人影は見えない。だが、通路の至る所に放置された木箱やコンテナの陰に敵が潜んでいるとも限らない。神経がすり減らされるような行軍が続く。

ここまで緊張感のある作戦はいつぶりだろうか。敵地への侵入、おれたちだけでの単独作戦でバックアップなし。それに加えて敵兵は一人残さず殲滅しなければならない、一発限りの作戦。

様々な要素が複合して強烈なプレッシャーとなり、胃に重くのしかかる。あれだけ騒がしいモローでさえも、今ばかりは静かだ。おれたちは無言で通路を歩み続けた。

進む。立ち止まる。確認する。また進む。

この単調な動作を何度繰り返しただろうか。集中を切らしていけないとはわかっていながらも、それでも注意散漫となってしまうような反復。それにようやく終止符が打たれたのは。

はじめに見つけたのは、やはり先頭を行くおれだった。

モローにハンドサインを出し、あいつと一緒にコンテナの影に飛び込む。

 

「……何なのよ!」

 

お互いの息が交差するような距離感の中、小声で文句を言ってくる。小声なのにもかかわらず、文末のエクスクラメーションマークが聞いて取れる辺り、おれも付き合いが長くなったものだ。

 

「手荒で悪かった。けど、敵さんのご登場だ」

「敵!?」

「そんな嬉しそうな顔するな。……お前、さっきからちょっと飽き気味だっただろ」

「……あんたも飽きてたでしょ。自分の事を棚に上げるのはよくないわよ」

「でもおれは気付いたからな。……お前とは違って」

「……あんた後で覚えときなさいよ」

「……ま、無駄口はこの辺にしておこう。モローが人でも殺しそうな目でこっちを見てるからな」

 

通路の反対側の木箱の陰に隠れたモローが、恨めしそうな目でこちらを見ていた。何やらハンドサインを送ってきている。なになに、拳を握って親指を立て、それを下に向ける、と。

 

「死ね、って言ってるわよ?」

「しゃべってないで早く仕事しろってことだ」

 

ちょっと軽口を言い合うくらいいいじゃないか。おかげでいい感じにあいつの緊張もほぐれたみたいだしな。……いや、それはおれたちもか。

 

突然現れた敵は、恐らくホールを取り囲む通路から出てきたのだろう。余り切羽詰まって、という感じではない。むしろ渋々出てきたという感じだ。なかなか外に行った連中が帰って来ないので、途中で楽しんでいるとでも思ったのだろうか。5人でぞろぞろと、会話しながらこちらに向かってくる。

 

「……で、あいつらどう殺るの?纏めて吹き飛ばすならあたしがやるけど」

「……あいつらはたぶん斥候みたいなもんだ。出来れば他には気づかれずに殺りたい」

「……じゃ、あたしは無理ね。接近すれば別だけど」

「モローは…………ダメだ、あいつも銃しか持ってない」

「あんたは?」

「おれも銃だな。冷火器は持ってない」

「じゃあ、近づいてきたところを殺る?」

「ああ。……だが、その前に一撃くらわす」

「……なるほどね。確かに、あんたのアーツなら音もしないわね」

「そういうことだ。一発お見舞いして、敵さんには腰を抜かしてもらおう」

 

モローに向かってもサインを出す。俺の合図とともに接近戦に打って出るというものだ。

物陰で息をひそめながら接近を待つ。バラバラという足音が通路に響き渡り、次第に話し声が大きくなってくる。彼我の距離、およそ4m。そのタイミングで、おれはアーツを起動した。

集団の後方を歩く奴が発していた、下世話な音声がぱたりと途絶える。代わりに聞こえてきたのは、何かが落ちる、ぼとぼとぼと、という湿った音。

振り返った男たちが目にしたのは、脚だけを残し細切れになった、人間の上半身だった。

そして、それが彼らが生涯最後に目にした光景となる。

 

音もなく、ぬるりと物陰からとび出していく。

おれは唯一こちら側を向いていた男の首を剣で跳ね飛ばした。

モローは向こうを向いていた奴の首をねじ折った。

あいつはおれの脇から飛び出すと、ナイフで脳髄を一突きにした。

残った一人はみんなのものだ。

二本の刃が体を貫通し、飛び蹴りが頭を弾く。

あっという間に、そこには五つの死体が出来上がった。

 

「ま、こんなもんだろ」

「これ、どうしようかしらねえ。物陰にでも隠しておく?」

「それでいいだろ。しかし、嬢ちゃんもなかなかやるもんだなあ」

「確かに、ナイフさばきも前に見たときより洗練されてたな」

「まあね。あんたを超える日も近いんじゃない?」

「抜かせ。また返り討ちにしてやるわ」

 

「……お前らマジでどんな関係なんだ?」

 

 

 

死体を適当に隠した後、おれたちはホールの外周部、ギャラリーまでやってくることに成功していた。

道中、何人かの敵に出会ったが、取り敢えず全部始末してここまでやってきた。ほぼ一本道な以上、後ろに死体を残してくる分には大丈夫なはずだ。ただ、ここからはそうはいかない。

眼下に広がる酷い光景をちらりと見る。二人には余り見ないほうがいいと言っておいた。モローはぶちぎれて収拾がつかなくなりそうだし、あいつにも話をしてしまった以上、見ないほうが精神衛生上いいだろう。

予想通りというべきか、奴らは下で楽しんでいた。聞こえてきた会話で断片的にわかったことだが、先程通路で殺った奴らは外れくじを引いて見に来た連中らしい。それでくたばっちまったんだから、とんだ大外れといったところだろう。まあ、全員末路は変わらないが。

 

「……モロー。いいか」

「……ああ。せめて楽にしてやってくれ」

「わかった。……あいつらはまとめて全員吹き飛ばす」

「それじゃ、あたしの出番ね」

「そうだ。確実に頼むぞ」

「……でもよW、煙でこっちの視界もふさがれねえか?」

「それはおれのアーツでどうにかするさ」

「……ほんと便利ね、あんたのそれ」

「いや、結構使い勝手は悪いぞ?……まあその話は今度だ。源石爆弾を頼む」

「りょーかい……っ!?」

 

突如として言葉が詰まる。いったいどうしたのかと、あいつの視線の先を見てみると……目が合った。

……やばい。久しぶりに結構なやり手だ。

おれは今まで息をひそめていたのも忘れ、全力で叫んだ。

 

「撃て!早く!」

 

グレネードが発射される。弾頭がうなり声をあげてホールの中央目がけて飛んでいった。

目の前の獲物に興奮した奴らは気づかない。多分、そういう奴らは皆そのまま死ぬだろう。

だがそんなことはどうでもいい。これで、あの敵をどうにかできれば……!

そう願いながら、弾頭の行き先を見守る。だが、おれは見た。視線の先で、一人笑う敵の姿を。

 

凄まじい轟音が鳴り響く。光と熱、破片が一斉に放出され、眼下の景色全てを塗りつぶす。

殺傷範囲から離れたおれたちのところにまでも、細かな破片が降り注ぐ程の激烈な爆発。

この地上に作り出された地獄の中で、生き残れるものなどいるはずがない。敵は全滅したはずだ。

……だが、おれの脳裏からは、先ほどの敵が浮かべた不敵な笑みが焼き付いて離れなかった。

 

「やったか……?」

 

モローが不安げにつぶやく。半ば祈るように。そうであってほしいと期待するかのように。

その期待は、虚しく破られた。

黒煙を切り裂き、何かが高速で飛来する。真っ直ぐにこちらに向かって飛んでくるそれは、着弾する前に空中で弾かれた。

 

「モロー!」

 

いつのまにやら展開していたのか、モローのアーツによって弾かれたのは奇妙な矢だった。矢軸が肥え太った、珍しい形状をしている。あれはいったい何だろうか。

先に気が付いたのはモローだった。

 

「W、やばい!」

 

数テンポ遅れて、おれも気づいた。

アーツに弾かれ、空中に高く舞い上がった矢から白い気体が吹きだす。

そうか、あの異様な矢の膨らみに充填されていたのは……

 

「ガスか!」

 

即座にアーツを起動させる。空間がねじ曲がり、辛うじて吹き出し始めたガスをも飲み込んだ。

まさに危機一髪。だがこのままではまずい。あの一撃を耐えた敵が、こんな兵器を放ってくる。

 

……逃げるべきか。

……いや、おれは戦うしかない。全員で尻尾を丸めて逃げたところで、そうやすやすと逃げ切れるような相手ではない。相手はガス兵器を持っている。それに、同じ空間にいるのにもかかわらず躊躇なくガスを使った。

……相当にキレた奴だ。ガスをどうにか消せるのがおれだけである以上、ここはおれがやるしかない。

 

「……いいか、お前らは……」

「……一人で残る、なんて言わせないわよ」

「水臭いぜ、W」

「あたしはここにあんたと一緒に戦うために来たのよ?そんなこと、許すわけないじゃない」

「お前……」

「さっさと殺りましょ。……今なら、まだ晩御飯には間に合うわよね?」

「…………もちろんだ。今日は豪勢にやるから、楽しみにしとけよ」

「……ええ」

 

「……W。お前、生きて帰ったら絶対に殺すわ」

 

 

 

黒煙によってお互いの視界が遮られているため、まだ奴はガス矢を無力化されたことに気が付いていないはずだ。このお互いに様子をうかがっている状態で、どうにか先手を取りたい。

 

「もう一発ぶっ放す……ってのは無しね」

「ああ。恐らくはアーツだろうが……正体を見極めたい」

「じゃ、そこはやっぱり俺だな」

 

手を挙げたのはモローだった。確かに、モローなら大体の攻撃を防げる。だが、おれは首を振った。

 

「全員で行くしかない」

 

ガスはおれしか防げない。それに、あいつを援護のために後ろに残してきても、そっちを狙い打たれれば意味がない。前回はおれ一人だったから狙いはすべてこちらに来たが、今回はそう行かないのだ。全員でまとまって行動するほかないだろう。

 

……それに、前回奴はいなかった。おれが怒り任せにぐちゃぐちゃにした奴らの中には。

もしかすれば、最後にあいつを爆破したのはあの敵なのかもしれない。

……戦場に余計な感情は不要だ。だがしかし、おれは暗い炎が心の中で燃え上がるのを感じずにはいられなかった。

……奴は必ず殺す。いや、奴だけではない。ここにいる奴らは全員。

 

 

全員で一斉にホールに向かって飛び降りる。既にロープの摩擦音でおれたちの存在には気づいているだろう。

ここからが勝負だ。モローを先頭にして、奴への接近を試みる。

結局、おれたちが選んだのは接近戦だ。モロー以外は本来の距離ではないのだが、これには致し方のない事情がある。

敵がどれ程のガス兵器を持っているのかは不明だが、もし仮に複数発所持していて、かつ乱発された場合。

……おれには対処できない。おれのアーツは一度に一つしか設置できないからだ。設置して、起動。この手順を踏まない限り、次のアーツは使えない。アーツの使用間隔自体は一瞬だが、今回はその一瞬が命取りになる。広がったガスはどうしようもできないからだ。一応全員ガスマスクはしているものの、どの程度の時間持つのか、どの程度の濃度なら耐えられるのか、一切不明だ。

ならば、ガス兵器を使わせないほかない。近接高速戦に持ち込んで、敵の処理能力を奪うほかないのだ。

 

今回、おれのアーツは防御用だ。ガス兵器に対しての最後にしてほぼ唯一の防御手段である以上、そうやすやすとは使えない。

頼りになるのは自分の剣とモローの拳銃、そして……

 

「いくわよ!」

「ほんとに大丈夫なのかよ!?」

「最悪お前がガードしろ!」

「そんなへましないわ……よっ!」

 

あいつの源石爆弾だ。話によると、コントロールがつくらしい。どういう原理かは知らないが、効かないにしても目くらましにはなる。

こちらが攻撃を仕掛けたのと、向こうがこちらに気づいたのはほぼ同時だった。

こちらの方が一手早い。そう確信する。奴がボウガンの弦を引き絞る前に、あいつの発射した爆弾が炸裂した。

何らかの手段で指向性を持ったその爆発は、奴のみに向かっていく。無数の破片が死の雨となって降り注ぎ、奴の身体に風穴をあけ──ることはなかった。

 

「何だ!?」

 

まるで冗談みたいに、爆風と破片のすべてが後方に受け流されていく。

最初の爆弾でこいつがくたばらなかったのも、こういう事なのか。

だが、効かないのも織り込み済みだ。

 

「モロー!適当にぶっ放せ!」

「おうよ!」

 

両手に握られた拳銃が火を噴いた。放たれた弾丸はしかし、虚しく目標を逸れていく。

先程の破片と同じだ。こいつに飛び道具は効かないのだろうか。だが、そうだとしてももう関係ない。

彼我の距離およそ10m。あと一息で、奴の喉元に飛びかかれる。

 

そんなおれたちを見て、奴は愉快そうに口をゆがめる。

悠々と、こんな近距離で。奴は躊躇なくボウガンに蓄えられたエネルギーを解放した。

 

放たれる矢。

奴が爆弾を見てものんびりとしていたのはこのためかと悟る。つまり、奴はおれたちの意図を一目見ただけで見抜いたのか。

接近すればガスは使えまい。まして、ガスマスクもしていないのに。

そのような考えで突進してきたであろうおれたちを、確実に仕留めるためにこの距離まで待った。

高濃度のガスを、確実に吸わせるために。

……だが、そいつはとんだ考え違いというものだ。

 

「W!」

 

モローのアーツによって弾かれる矢。奴の顔が僅かに歪む。だが、大勢は変わらない。そうとでも思っているのか、まだ余裕が感じられる顔だ。

ならば、その余裕すら消し去ってやろう。

弾かれた矢からガスが出てくるその瞬間、空間がねじれる。その歪みは矢を飲み込み、ガスを飲み込み、奴の必殺の一撃は、ぐちゃぐちゃの固形物となり果てた。

何もなくなった空間を、ただ風が吹き抜ける。

 

驚愕に染まった奴の表情。その一瞬の動揺を見逃すことなく、距離を詰めたモローが拳銃を投げ捨て、ナイフで頸動脈を狙う。

 

「ちっ!」

 

反射的に手にしたボウガンで防御する男。だが、モローの狙いはそこだったらしい。ナイフの鋸刃で、弦を切断しにかかる。

その目論見は半分成功、半分失敗といったところか。確かに切断には成功したが、男はさっさとボウガンを投げ捨てていた。

ナイフを振り切って隙だらけのモローに、反対の手で引き抜いたサーベルが迫る。

 

「させるか!」

 

その一撃を剣を使って防ぐ。どうせモローの行動も、おれがこうすると踏んでのものだろう。その証拠に、ちらりと見えた顔は笑っていたからな。

おれの仕事はこれだけだ。このままサーベルを押さえつけてればいい。

……あとは、あいつが片づけてくれる。

 

「あはは!隙だらけよ、お馬鹿さん」

 

横から黒光りする物体が伸びてくる。これは……グレネードランチャー!?

 

「おい馬鹿!」

 

おれの制止の声もむなしく、あいつは引き金を引く。限りなく密着した銃口からグレネードが飛び出し、破片と爆風が敵の体を貫いた。

強烈な指向性を持った爆風は、銃口から一直線に伸びるのみで、おれたちのほうにはほとんどやってこない。そうして、敵の肉体は文字通り消し飛んだ。

 

「これで、前の分のお返しは済んだかしら?」

 

 

 

「……Wよ、あの女おっかないな」

「……ああ。肝が冷えたぜ」

 

 

 

 

 

 

施設内に他に大した敵はいなかった。適当に残敵を撃ち殺し終わると、化学兵器の場所を探す。

モローは誘拐された女たちを探しているので、今は彼女と二人きりだ。

 

「……しかし、なんでまた最後はグレネードを使ったんだ?爆風がこっちに来るかと思ったぞ」

「コントロールはつくって言ったでしょ?」

「そうじゃない。また敵に受け流されるかと思ったんだよ」

「……ふーん。あんた気づいてなかったのね」

「……なんだよ、そのにやにやは」

「教えてほしいかしら?」

「……いや、いいです」

「気にならないの?……ふーん。そういえば、どこかに今朝涙ぐんでた傭兵が……」

「教えてくださいお願いします!」

 

……いったい朝の約束はなんだったのか。これでは、ただデザートを作ってあげただけじゃないか。

このままだと、一生このネタを使いまわされる。これを使っていいように使われてしまう。

何か真剣に対策を取らなければならない。そう、例えばこいつの弱みを何か握るとか。

真面目にそんなことを考え始めた今日この頃です。

 

「……仕方ないわねえ。特別に教えてあげるわ」

「……はい」

「あいつのアーツよ」

「アーツ?」

「ええ。風が吹いてたでしょ?」

「風?……ああ!」

「そういうこと。爆風が逸れたのも、銃弾が逸れたのも、空気の作用だったんでしょ」

「なるほどなあ。それで接射をしたのか」

「ええ」

「……でも、ナイフ使えばよかったんじゃないか?」

「あら、あんたもう一本のサーベルにも気づいてなかったの?」

「…………降参です。参りました。さっき馬鹿にしてすみませんでした」

「……ま、こんなところで許してあげるわ。ほら、さっさと探しましょう?」

「はい……」

 

 

 

暫くして化学兵器を見つけ、モローとも合流した後、おれたちは地上に出てきていた。

モローに聞いてみたが、奴はただ黙って首を振った。やはり連れ去られていた人達はダメだったらしい。

知り合いもそこにいたのだろうか。おれは、何も声をかけられなかった。

だが、嬉しい知らせもある。あのトランクケースに詰められていた子は、奴の知っている子だった。

出勤しなくなったのは体調不良のせいで、やっと回復して買い物に出たところで攫われたそうだ。

万事よしとはいかないまでも、今はせめてもの救いがあったことを素直に喜びたい。

 

最後に、傭兵団のほうで後々の処理をしてもらうため、おれは隊長に連絡した。

 

「……Wか。何の用だ?」

「いや、今日はモローと散歩をしていたんですが、その道中でたまたま奴らの拠点を見つけましてね?」

「……」

「それで中を覗いてみたら、誰がやったか知りませんが全滅していたんですよ。化学兵器もそのままで」

「……そうか。それは運がいいな」

「ええ。それで、おれたちではもう手に負えないので隊長、後はお願いしてもいいですか?」

「……わかった。座標を送れ。後は私がどうにかしよう」

「ありがとうございます」

「……ふむ。一時間ほどで収容部隊をよこす。それが来るまでは待機していろ」

「はい。では……」

「待て。W、それからモロー。…………ご苦労だった」

 

 

「どうだったよ」

「ご苦労、だってさ」

「そりゃあの人らしいな。で、おれたちは待機か?」

「ああ。……しかし、よくうまくいったな……」

 

勝因は二つだ。

一つは完全な奇襲になったこと。傭兵団で動いていたら流石に察知されただろうが、この小人数、加えて指揮系統から外れた行動であるおかげで作戦の存在を悟られなかった。

故に、警備はざるだったし、あそこまで深く誰にも見つからずに進むことができた。

もう一つはおれたちの能力的な相性。どこに居ても役に立つモローは置いておいて、集団殲滅能力に特化したあいつ。それに、限定的ながらもガス兵器に対する強力な対抗策となったおれのアーツ。

最後の奴を倒せたのも、初見殺し的なこのアーツのおかげだろう。

恐らく、あいつらが至近距離でガス兵器を運用できたのも奴のアーツに依るものだ。空気の流れを作り出して、自分だけガスを受け流す。それが本来の戦闘スタイルなのだ。

 

ガスに関しては勝算があったとはいえ、あの場で冷静に奴を倒せたのはあいつの力も大きい。

現におれやモローは奴のアーツをよくわかってはいなかったし、もしサーベルであいつがやられていたらどうなっていたかはまだまだわからない。ボウガンを失っていたとはいえ、残っていた矢を乱発されれば無事では済まなかっただろう。

敵のアーツを見破る判断力。サーベルを見抜いて、即座に攻撃方法を変える柔軟性。まだまだ伸びる、そう思ったのはおれだけではないはずだ。

 

おれは今、おれたちの関係が一つ変わろうとしているのを感じていた。

これまではおれが一方的に助ける、という立場を取っていた。

それはもちろん、前のようにああなることもあったが、それでも基本スタンスは変わっていなかった。

おれが前に立ち、後ろにあいつがいる。それがおれたちの関係だった。

……だが、これからは違う。

それはおれが感じているのはもちろん、あいつ自身が一番感じていることだろう。

つまり、これからは後ろに立つのではなく──横に並び立つのだと。

 

 

 

 

「ねえ」

「なんだ?」

「あたしもあんたの傭兵団に入れるかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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