北天に輝く   作:ペトラグヌス

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幼年期末─The Last Mercenary

剣、そしてナイフ。二つの刃が対峙する。その切先の延長線上に、おれたちはお互いの姿をとらえていた。

輝くような銀髪は砂塵でくすみ、燃えるように赤い角が鈍く光る。口を歪めて描いた弧が示すのは、愉悦という感情。そう、あいつは明らかにこの状況を楽しんでいた。

 

「……次はあんたの番よ」

「……お前は…………」

「今日は記念すべき日になるわ。そう……あんたを倒した日にね」

 

モローはもうやられた。

一瞬の気の迷いが奴の運命を決めた。女好きのあいつのことだ、いつかこんなことになるだろうとは思っていた。だが、その結果があれだというのならば、それは余りにも惨過ぎる。

致命的な一撃を食らって、モローは糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。今も視界の端でうずくまった彼の姿が見える。出来る事ならすぐにでも助けに行ってやりたいが、目の前のこいつがそれを許してくれるはずもない。

動きはないながらも、既に戦いは始まっているのだ。

 

この張りつめた空気の中、先に動いたのはあいつのほうだった。

視界の中に収めていたあいつの腕が、急速にブレる。それの意味するところはただ一つ──全力で首を横に振る。次の瞬間、さっきまでおれの頭があった空間をうなりをあげてナイフが飛んでいった。

……どうやらあいつは、本気でおれを殺りにきているらしい。ならばこちらも加減するわけにはいかない、そう考えなおした時には、既にあいつは次の行動へと移っていた。

両脚のバネを開放し、一息にこちらとの距離を詰めてくる。なるほど、合理的な判断だ。

こちらの獲物は長めの剣、対してあちらはナイフ。当然、リーチではこちらが有利だ。普通、相手の届かない位置から一方的に攻撃できる分、おれのほうが圧倒的に有利だろう。

しかし、裏返せばそれはこちらの方が取り回しが悪いということだ。すなわち、懐に入られると弱い。

逆にあいつのナイフは、息が交差するほどの超接近戦では無類の強さを誇る。

となれば、先程の投げナイフは布石。こちらの意識を回避に向かせたところで、一気に間合いを詰める作戦だったのか。

してやられた。確かにおれは回避に気を取られ、ワンテンポ反応が遅くなってしまった。距離を詰めてきたところにクロスカウンターを仕掛ける機会は、これで失われたといっていいだろう。

 

……だが、それがイコールで負けに結びつくわけではない。その点、相手を爆殺することに慣れ過ぎたあいつはまだ甘いということだ。

距離を詰めて来るのは最初からわかっていた。リーチの差を考えれば、自ずとそこに行きつく。考えるべきは如何にしてその距離を詰めてくるということだが、過程が何であれ結果は一つだ。

あいつはおれの目の前までやって来る。

それさえ分かっていれば、反応が一瞬遅れようと然したる問題はない。

 

おれは全力で足元の土塊を蹴り上げた。飛ばすという意識ではなく、あくまで空間に置くというイメージ。

そうすれば、後はあいつが勝手に突っ込んでくる。

 

蹴りの勢いそのままに脚を前方に伸ばし、体全体を低く低く屈める。目つぶしによって視界を不確かなものにされたあいつにとっては、おれが突然消えたように感じることだろう。そしてそのまま剣を振りぬき、無防備な胴体に一発ぶち込む。そこまでがおれの立てた算段だった。

 

あいつの驚いたような表情が見える。目の前に突然現れた土色の障壁。それがそのまま見開かれた彼女の瞳に吸い込まれて──行こうとしたその時、その表情が覆い隠された。彼女自身の腕によって。

必中の目つぶしが防がれる。土を払うかのように振るわれた腕の向こうには、満面の笑みを浮かべたあいつがいた。

 

「あんたの足癖の悪さは……お見通しなのよ!」

 

叫ぶとともに、姿勢を低く取ったおれに向かってナイフが振り下ろされる。

 

「くっ!」

 

剣を捨て、その刃をどうにか左腕で防ぐ。布越しで金属同士がぶつかる鈍い音が鳴り響いた。

腕とナイフ。両者がぎりぎりと拮抗する。筋力では劣る彼女ではあるが、ここは体勢的におれが不利だ。

 

「鉄板!?……めんどくさいわねえ!」

「傭兵の嗜みでな……!」

 

重力を味方につけ、両腕の力を使って押し込んでくるあいつに対してじりじりと押し込まれていく。

防ぐのに使っている両腕はともかく、脚までもが折りたたまれて使えない。体重の乗った右脚は潰されないように耐えるのが精いっぱいで、遊んでいる左脚はまともな攻撃を繰り出せる状態にない。

まさに絶体絶命の状況。だが、まだだ。まだ終わりはしない。

 

「降参する?それとも……」

「どっちも……断る!」

 

最期の力を振り絞ってナイフを押し返す。しかしながら当然ここから押し勝てるはずもなく、押し戻されていく。おれは、その勢いに逆らわなかった。

押したのは、より強く押し返してもらうため。その勢いを借りて、後ろに転がりながら脚を跳ね上げる。

ナイフがスライドしていき、服と肉とを削っていくが構わない。ナイフを握った腕と首とを脚の間に捕える。いわゆる三角絞めの形だ。頸動脈を圧迫し、意識を落とそうと試みる。

しかし……

 

「極まってない……!」

 

寸前でねじ込まれたもう一本の腕が、三角絞めの完遂を妨げる。両腕を挟んでしまっては、この技は極まらない。

縦になっていた体を横に倒し、その勢いでどうにかナイフを手放させることに成功する。だがそこまでだ。

これ以上この体制でいても、決着はつかない。それどころか、モローをも沈めた一撃を食らう恐れがある。

技を解くと同時に肩を蹴飛ばし、どうにか体勢を立て直す。

立ち上がったのは同時だった。

しかし、先手を取ったのはやはり向こう。もはや両者武器を失い、素手での戦闘へと移っていく。

繰り出されるジャブからのローキック。脚を砕くためのその攻撃を、どうにかステップで躱す。

お返しとばかりに放った直蹴りは反身となることで躱された。

 

半年。たった半年だ。それだけの期間であいつはこれほどまでに強くなった。

初めてあいつと夜を越したあの日。まだ出会った二日目のあの日戦ったとき、おれはあいつを圧倒していた。

それが今ではどうだ。こうして互角以上にわたりあっているではないか。

なるほど、あいつが初めに倒すと言ってのけたのも頷ける。この分では将来的にあいつのほうが強くなっているかもしれない。

 

だが、おれにも譲れないものはある。

もう一方的に守るような関係ではなくなったとしても、それでも。

おれは、あいつの前で負けるところを見せるわけにはいかないのだ。それは相手がだれであっても変わらない。そう、あいつ自身が相手であっても。

 

ハイキックが首を刈りに来る。コンビネーションで隙を作ってからの一撃。惚れ惚れするようなそのハイキックこそ、俺の待っていたものだった。

姿勢を低くし、残った軸足に飛びかかる。体重の乗ったインパクト、そしてがっちりとしたバインド。見事に決まったそのタックルによって、彼女は地面にたたきつけられた。

 

 

 

 

勝負アリというところだろう。顔を伏せたまま荒い息を吐く。それはあいつも同じだったようで、しばらくの間二人分の息遣いだけが辺りにこだました。

呼吸を落ち着けたところで顔を上げると、彼女と目が合った。その顔は僅かに悔しげではあるものの、どこか清々しい表情をしている。

おれは抱きついたままの腕を離すと、彼女の隣に転がった。

 

「……しかし、お前も随分強くなったな」

「……何よ改まって」

「いや、最初にやりあった時のことを思い出してさ」

「あれはなし」

「じゃあ次の日のでもいいぞ?……あのころのお前は可愛げがあったなあ」

「……へえ。今は違うって言いたいの?」

「戦い方って意味ではな。可愛さのカケラもないえぐい技を連発しやがって」

 

初めのほうはともかく、格闘戦に移行してからはえぐい技のオンパレードだ。脚を砕きに来たのをはじめ、目潰し、金的、後頭部、その他諸々。最後のハイキックだって、鉄板入りのブーツでガードをする腕を壊しに来ていた。

ナイフの方だって初めて会った頃の素直な軌道をは違い、変幻自在な読みにくいものとなっている。全体的にダーティーさが増したというのが戦ってみての感想だ。

 

「誰が教えたと思ってんのよ」

「……そりゃおれだけどさ。第一、さっきの投げナイフだって完全に殺しに来てただろ」

「そのくらいの気持ちじゃなきゃあんたには勝てないじゃない。それに当たるとは思ってないわよ」

「……そりゃどうも」

「照れてるの?……可愛らしいわねえ。どこかの誰かとは違って」

 

首がこてんと傾き、空に向いていた顔がおれのほうに向けられる。その表情はどこかむくれるているようで、じっとりとした視線がこちらを突き刺してきた。

どうやら、返答が不満だったらしい。おれはさっさと白旗を挙げた。

 

「……はいはい。おれが悪うございました。でも、戦い方はって言っただろ?」

「……じゃあそれ以外は?」

「……そうだな、お前は……」

 

「今も昔も大飯喰らいってとこだな。ま、食べてるときは可愛げがあるぜ?」

「……期待して損したわ」

「何を期待してたんだ?」

「言わないわよ。……もう」

 

 

 

「W……マジで助けてくれ……」

「あっ、悪い。忘れてたわ」

「……ガチで入っちまった。……全然落ちてこねえ……」

「……マジ?」

「……マジ」

「あれってそんな痛いの?」

「やったお前にはわからないだろうが……あれは痛いぞ」

「ふーん。ま、どうでもいいけど」

「……あの女マジで覚えとけよ…………」

 

金的を食らいノックアウトされたモローのもとへ向かう。訓練とはいえ何でもありルールだ、食らった方が悪い──とはいえ、ようやく念願の彼女を手に入れたモローにこれを食らわせるというのは……まあ、彼女に内緒でお店に通っていた天罰か。

 

そう、訓練。これは訓練だったのだ。近接格闘戦の訓練、それをおれとモローの二人であいつに施していた。なぜそんなことをしているのかと言うと、話は2ヶ月ほど前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「傭兵団に入りたい?」

「ええ。……で、どうなのよ。あたしの実力は見たでしょ?」

「見たは見たが……」

 

正直なところ、いつかこうなるとは思っていた。もともと戦闘能力は高かったし、恐らくはそれを飯のタネにして生きてきたのだろう。黙ってずっと庇護下に甘んじているような女ではないとは思っていた。

それに、今日の戦闘中の表情。……実に生き生きとしていた。普段見せる表情とはまた違う、ギラギラとした表情。もしかしなくとも、彼女はおれと同じ人種なのかもしれない。

戦うことを楽しむ、そんな人間なのかもしれない。

 

けれども、そんな彼女を、そんな彼女だからこそ、戦場に立たせていいものなのだろうか。

戦いを楽しんでいるのは異常者だ。それはもちろんおれも含めて。

戦いとはそもそも何かを得るための手段のはずなのに、その手段自体に悦びを見出す。そうなったらもう本末転倒だ。生きるために戦うのではなく、戦うために生きる。そんな甲斐のない生き方をするなんて、異常以外の何物でもない。

……だから、そんな生き方をするのはおれだけで十分だ。生きるために狂う。狂ったふりをする。自分の心を偽り続ける苦しさを、もうあいつには味わってほしくない。

おれは知っている。あいつには、あんなギラギラした笑みなんかよりも、ご馳走を目の前にした時の花が咲いたような笑顔の方がよっぽど似合っているということを。

知っているんだ。あいつは、戦場でなくともちゃんと生きていけるんだということを。

 

……わかっている。これがおれのエゴだということは。

傷つかないでほしい、なんてただの一方的な気持ちの押し付けでしかないんだって。

今朝だってそうだったじゃないか。あいつの気持ちも何も知らないで、自分の気持ちだけ胸の内に抱え込んで。

あいつは一人の人間だ。おれと同じで、れっきとした意志を持った一人の人間だ。

人の生き方は、他人が決めていいものじゃない。

おれにできるのは、あいつの意志を尊重してやること。そして……

 

「……本気なんだな?」

「……ええ」

「……わかった」

「じゃあ……!」

「ただし」

「?」

「まずはおれがお前を鍛える。入るのはそれを乗り越えてからだ」

 

あいつを死なないようにすること。それだけだ。

おれは、あいつと一緒に居たかったから。

この関係を終わらせたくはなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな経緯もあり始まった訓練だったのだが、結局はモローも呼んで接近戦までみっちりと仕込んだ。

最終的には教官役のモローを反則的とはいえ倒したのだから、2ヶ月をかけた甲斐はあったのではないだろうか。まあ、モローがどこまで本気でやっているのかは怪しいものだが。

少なくともおれは本気でやってあの結果だったので、あいつが強いのは疑いようがない。基本的に遠距離がメインにはなるだろうが、ここまで鍛え上げれば例え接近戦に持ち込まれたとしても十分に立ち回れるだろう。

 

そんなわけで、今日は卒業祝いのちょっとしたパーティーだ。モローも誘ったのだが、彼女に慰めてもらうといって帰っていった。まあ、あんなひどい目に合えばそれも当然だと思う。

 

パーティーということで、料理はかなり豪華だ。キッチンから流れてくるいい匂いを嗅ぎつけたのか、いつの間にかあいつも席についている。待ちきれないといった様子だったので、先にサラダだけでも出してやることにした。

今日のサラダにはローストビーフをのせてみた。もちろん自家製だ。なかなか納得のいく出来のものを作るのは難しく、大量の失敗品を生産してしまったが、まあこの出来にたどり着けたんだから良しとしよう。

こだわりぬいたローストビーフは、しっとりと、かつジューシーな仕上がりになっている。パサついたり、あの歯がぎちぎちとするような食感になること無く、旨みがギュッと凝縮したものになったので大満足だ。

……正直作り終わってから、これはサラダくらいにしか使わないのではと気が付いたが、まあそんなことはどうでもいい。

こいつをサラダの上にたっぷりとのせていく。サラダ自体はリーフレタスをベースに細く糸状に切った人参と、スライスした玉ねぎを加えたものだ。緑、オレンジ、そして白。そこに美しい桜色の肉が加われば、色鮮やかで目にも美味しい。料理は目でも食うって言うからな。

最後にそこにドレッシングをかけていく。今回ドレッシングはソイソースをベースに細かく刻んだ香味野菜を加え、ビネガーとオリーブオイルで仕上げたものだ。このソイソースを手に入れるのに相当苦労したが、それに見合う味に仕上がったと思う。

 

出来上がったサラダを机まで運んでいくと、あいつは目を輝かしてローストビーフを摘まみ上げた。

まだ食べたことはないのだろうが、この半年のうちにすっかり信頼度が上がったのか尋ねもせずに口に放り込んだ。

 

「…………!」

「どうだ?」

「……最高よ、シェフ」

 

にっこりと笑ったあいつから、お褒めの言葉をいただいた。

……それにしても、本当にいい顔をしているな。ああいう顔を見れるんだから、作るこっちもやりがいがあるってもんだ。

 

「……あれ、もう食わないのか?」

「ええ。全部の料理が出そろうまで待つわ」

「なんでまた?」

「今日はお祝いなんでしょ?一人で食べるなんて味気ないじゃない」

「……それもそうか」

 

……あのあいつがこんなことを言うようになるとは。半年で人間性も成長したとでもいうのだろうか。

 

「……あんた何か失礼なこと考えてるでしょ。この前の──」

「料理に戻ります!」

 

……前言撤回。あいつの人間性はより悪質さを増したようだ。

 

「今──」

「何も考えてません!」

 

……勘までよくなりやがった。これ以上何か考えるとまた脳内を読まれそうなので、おれは目の前の料理に集中することに決め込んだ。

 

 

しばらくして、机の上にはずらりと豪華なメニューが並んでいた。

メインはやはり中央に置かれた鳥の丸焼きだろう。腹の中にはピラフが詰めてあり、鳥の油をいい感じに吸って美味しそうに炊きあがっている。

存在感でいえばラザニアも抜群だ。遂にパスタすら自作できるようになったおれにとって、ラテラーノ料理はお手の物……ホワイトソースを2回ほど焦げ付かせたのは秘密だ。

副菜としてテリーヌも用意したし、あいつの好きな生ハムも調達してきた。モローと一緒にラテラーノ商人を襲撃して手に入れた逸品だ。これと熱々のフォカッチャを一緒にいただくと、脂がいい感じにとろけて大変美味しい。

スープには黄金色のコンソメスープを用意した。だいぶ前から仕込んではいたのだが、一番苦労したのはあいつからその存在を隠し通すことだったかもしれない。

それに最初に用意したローストビーフのサラダを加えれば、いまだかつてない豪華な夕食の出来上がりだ。

経済的には大打撃を受けたが、明日くらいからは穀潰しが傭兵にジョブチェンジするのでまあ良しとしよう。

 

「……もう食べていいわよね?」

「ああ。たっぷり食え」

 

おれの返事を待つこともなく、あいつは既に料理へと飛びかかっていた。お預けを食らっていたようなものだから、本当は食べたくて仕方がなかったのだろう。

そう考えると、こいつがわざわざ待ってくれたというのはなかなかに感慨深い。

まず最初に目を付けたのは、やはり生ハムだ。初めの晩に出して以来、すっかりこいつの虜になったようで、定期的に出せとせがんできていた。めったに手に入るものでは無いので、結局食べるのはこれが二回目だが、半年間熟成された分、念願が叶った喜びは大きいだろう。

まずは単体で味わうように、続いてフォカッチャと合わせて。生ハムをひたすら無言で食べ進めていく。

その様子を見ていると、こいつはほんとに好きなんだなあと思える。

本当に美味しいものを食べているときというのは、食べるのに全神経を集中するので、余計な言葉など出るはずもない。我が家の食卓がいつも静かなのは、寂しい様だがとてもありがたいことでもあるのだ。

おれはこうやって、夢中になっているあいつを眺めながら食事をするのが好きだった。

 

 

「いやあ、食べたわね」

「満足したか?」

「満足も満足、大満足よ」

「そりゃ何よりだ。作り甲斐があったよ」

 

あれだけ大量にあった料理も、一時間ほどすればすっからかんになっていた。

あれだけ食べればデザートは入らないかとも思ったのだが、ケーキまでしっかり平らげてしまったあたりよっぽど腹が減っていたのだろう。まあ、あれだけ激しく動いていればそれも当然か。

終始無言だった食事中とは違い、こうした食事後の時間は会話が多い。紅茶やコーヒー片手にだらだらと取り留めのない話をしているだけなのだが、時間がのんびりと流れる感覚がしておれは好きだ。

 

「それで、いつあたしは傭兵団に入ることになるの?」

「まあ明日か明後日か、そんなところだろうな。連絡が来るだろうから、それを待つ感じだ」

 

既におれとモローから隊長に話はしてある。相当の腕利きだし、おれたち二人分の推薦もある。

おれたちのところは隊長の権限が強いから、各隊の編成についてはある程度隊長任せだ。ガスの件で恩も売ってあるし、あの妙に義理堅い隊長なら多分認めてくれるだろう。

編成単位が各隊ということは、おれたちは同じ隊に所属することになる。それもまた好都合だった。

 

「ふーん」

「……そういや、まだコードネームを決めてなかったな」

「……あれって自分で決めるの?」

「普通はな。隊長のネーミングセンスは壊滅的だから、自分で決めたほうが絶対いいぞ」

「壊滅的って……」

「いや、ホントにひどいぞ。この前の新入りにつけたのは『ポチ』だからな」

「……それはひどいわね」

「だろ。……で、何か思いつくのはあるか?」

「そうねえ……W、とかどうかしら?」

「Wか。なかなか似合いそうな名前だな」

「でしょ?」

「……でしょ、じゃねえよ!それ、おれの名前じゃねえか!」

「じゃああんたが改名しなさいよ」

「嫌です。おれのほうが先に使ってるからダメだ」

「ケチねえ。別にいいじゃない。そもそも、あんたのそれはどうやって付けたのよ」

 

おれの名前の由来か。……なんだったっけ?何せ、ずいぶん昔のことだ。あまり覚えてはない。

 

「…………忘れた」

「じゃあいいでしょ」

「……とにかく、それは禁止だ。他の考えろ」

「……仕方ないわねえ。……あんたも何かアイデア出しなさいよ」

「おれ?…………Mとかどうだ、Wをひっくり返して」

「却下。何か別のこと思われそうじゃない」

「じゃあS?」

「却下。そういう話じゃないのよ」

「うーん…………メデイアとかどうだ?」

「あら、なかなかいいじゃない。どういう意味なの?」

「旦那に逃げられた後、その再婚相手と子供をぶっ殺した女の名前だな」

「……あんたぶっ飛ばすわよ?」

「冗談です。……自分のコードネームなんだから、自分で考えたほうがよくないか?」

「……そう言われてもねえ。今まで名前なんて考えたこともないわよ」

「まあ、名無しで、しかも傭兵団にも入ってなきゃそれもそうか」

「……あんたが決めていいわ。あたしじゃ無理そうだし」

 

……名前か。これまで、誰かに名前を付けたことなんてない。あったとしても、もう忘れてしまった。何せ、自分の名前を付けた理由すら忘れてしまったんだから。

別に名前を付けたところで、おれはあいつのことをその名前で呼ぶことはないだろう。それは、あいつがおれのことをWと呼ばないのと同じだ。二人しかいないところでは、名前なんて大した意味を持たない。

だったら、あくまでこれは傭兵としてのあいつの名前だ。誰が言ったか、名前というのは希望だと聞いたことがある。こうあってほしい、こうなってほしいという希望。おれは、傭兵としてのあいつにどうあってほしいんだろうか。

……傭兵に何ぞなってほしくない。それが率直な思いではある。だが、ぞれが叶わぬのだとしたら。

せめてあいつには、最後の傭兵になってもらいたい。この戦争続きの狂った世界の中で生き残って、戦争のない明日を作り出せるような、そんな最後の傭兵に。

 

「Ωだ」

「へ?」

「Wのおれが23番目。それでお前がΩで24番目だ」

「……どういうこと?」

「最後にして究極。そういう傭兵になってほしいってことだよ」

「……よくわかんないわね」

「……まあ、わかんなくても……」

「でも、気に入ったわ」

「……そうか?」

「ええ。……ま、折角あんたがつけてくれた名前だし、使ってやるわよ」

「……そうか」

 

 

 

こうしてカズデルの地にまた一人新たな傭兵が誕生した。戦乱が続くこの大地で、彼女がどんな役割を果たすのか。それはまだだれにもわからない。ただ一つ言えるのは、彼女はその名前に込められた願いを現実のものにする力を秘めているということだ。

 

 

 

 

 

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