蒼赤一閃   作:蒸しぷりん

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立待月

 高く昇った太陽の光が、幾つもの船の浮かぶ蒼い海面に、きらきらと反射している。

 そんな中、忙しなく行き交う人々に揉まれ、小さなプーギーが立ち往生していた。

 すれ違い様に、それを認めた若い女性調査員に抱き上げられ、桃豕は嬉しそうに鳴いた。

 

 

 ドアを開けると、鮮やかな空や雲のコントラストが視界を覆う。

 長身の男──ヒアシは、手で庇を作りながら屋根の下から出た。青い瞳には、昼前の日光はいささか滲みる。

 

 すれ違う同期や先輩に軽く挨拶をしながら、元々は船の甲板だった板の階段を降りていると、温かい潮風が柔らかく頬を撫でる。

 磯の香るそれを胸いっぱいに吸い込むと、清々しい気持ちになった。

 

 ここは古代樹の森の麓に存在する、新大陸古龍調査団の拠点・アステラ。

 船を解体して作られたこの場所は、一期団がこの地に足を踏み入れてから、人々が羽を休める止まり木となっていた。

 限られたスペースを活用するために、アステラは層に分かれた、やや入り組んだ作りをしている。

 今でこそセリエナに籠もりきりだが、ヒアシもほんの一、ニ年前までは、ここで働いていたのだ。防寒着を纏っていても染み入ってくるような寒さが無いことが、どこか懐かしく感じた。

 

 ヒアシは伸びをすると、書類に不備がないことを確認しながら、足で木材のまろやかな音を響かせた。

 

 

 四週間ほど前に、陸珊瑚の台地および特殊なイビルジョーの調査を終えたヒアシとサクには、それらの報告をする義務がある。

 先日、サクが恐ろしいほどの早さで書き上げたその報告書は、人伝いにヒアシへと渡された。

 

 二人はアステラで暫く入院していたが、整形外科と皮膚科で、別病棟だったこともあり、サクとは殆ど顔を合わせられていない。

 そのうえ、二週間ほど経って、ある程度傷が塞がると、サクはすぐにセリエナに召集されてしまった。

 なんでも、五期団のエースが古龍ネルギガンテを追って向かった先に、また新たな陸地が発見されたらしい。その陸地は、調査班リーダーによって"導きの地"と名付けられた。

 違う環境同士が間近に存在するという稀有な環境に、珍しい骨や鉱石、特殊な成分の痕跡など、ありとあらゆるものが学者たちを夢中にさせた。

 しかし、そこに生息するモンスターは、龍脈の影響なのか、いずれも好戦的で戦闘慣れしている個体ばかりなのだという。気を付けて調査をしていても、怪我を負う調査員が後を立たないのだそうだ。

 そのため、アステラとセリエナの医療班のうち、それぞれ三分の一ずつが導きの地調査の人員として集められたのだった。治療のほかに護身もできるサクが、そちらに選ばれない方がおかしな話だ。

 だが人員不足とはいえ、いくらなんでも人使いが荒いとヒアシは思う。

 

 ヒアシは視線を上げ、水平線を眺める。

 あと一刻ほどで、セリエナからの連絡船に乗ってサクが帰ってくる筈だ。

 ヒアシは、彼と合流してから一緒に会議に向かうことになっていた。

 サクは船に乗っている間、少しは休めているだろうか。

 

 

 

「さて、全員揃ったな。これより先日の陸珊瑚の台地の件について、会議を始める」

 

 流通エリアを見渡せる甲板は、十数人ほどが囲める大きな会議机が占めていた。その広さに見合うだけの地図も敷かれている。

 

 その最奥で厳格に言葉を切り出したのは、初老のハンター。否、そう見間違えてしまう程の精悍さを持つ、新大陸古龍調査団の総司令だった。

 短く刈り込まれた銀髪に、日焼けして皺の寄った肌。鋭く光る眼差しには、四十年もの昔から新大陸で生き抜いてきた貫禄と、高いカリスマ性が表れていた。

 

 今回の件は危険度の高いクエストだったことに加え、死者が出ている。そのため、総司令に直接報告する案件として見做されていた。

 

 その経緯から、同席者も多い。ヒアシも顔を見たことのある人々が集まっている。

 ヒアシの傍で何やら話し込んでいるのは、"三爺"の名で親しまれる竜人族の御老体、学者のトリオだ。

 陽気、快活、明朗。人々からはそう呼び分けられている。好奇心の高さだけは共通していて、大蟻塚の荒れ地にも意気揚々とフィールドワークに出て行ったのは記憶に新しい。

 彼らは新大陸でイビルジョーが出現したときから、その調査や編纂を請け負っている。この場に出てくるのも当然、出てこなければおかしい、といった具合か。

 

「──あたしも混ぜてもらうよ。今回のことは是非とも話を聞いておきたいからね」

 

 三爺から大机を跨いで発せられた、張りのある声。この人も顔を見せるだろうと言われていた、フィールドマスターだ。

 ただ、ヒアシは少し驚いていた。彼女は今、五期団のエースと共に導きの地の調査に出ていた筈。そんな彼女がこのアステラに戻ってくるとは。

 そんなヒアシの視線を読み取ったのか、フィールドマスターはこちらを見て少し口角を上げた。総司令に負けず劣らずの才人だが、纏う雰囲気は朗らかだ。ほら、肩の力を抜きな、という言葉が聞こえてくるようだった。

 瘴気の谷のプロフェッショナル。谷底の神秘を見たひと。三爺が竜の担当なら、事後報告ながら、彼女は瘴気を巡る事象の担当と言えるだろう。

 

 その他にも、書記として呼ばれた編纂者、救難に来てくれた四期団のハンター。彼らはやや緊張した面持ちで大机を囲んでいる。

 フィールドマスターが来たなら、同じくらい台地と谷に明るい三期団の期団長もいるかも、と思われたが。あの独特な香の匂いは、この場にはなかった。

 それこそ、新たな調査対象の件で忙しいのかもしれない。そもそも、期団長は滅多にアステラに帰ってきたがらないので、疑問に思う人もいないようだ。

 

 

 

 

 まずは、と総司令がサクとヒアシに視線を向けた。調査団が誇る切れ者の視線に、思わず手汗が滲み出る。

「今回の調査、ご苦労だった。早速だが、調査結果の報告を」

「はい」

 サクは少し会釈をし、手に持っていた紙束の紐を解いた。

 新大陸では紙を無駄使いできないため、基本的に殆どが口頭で会議が行われる。

 

「今回は、私のバディと私の、計二名での偵察任務でした。事の始まりから、順を追ってご説明いたします。まず──」

 

 発端として、陸珊瑚の台地の下層部や瘴気の谷の上層部で、モンスター数の激減が確認されたことを話した。

 これは死を纏うヴァルハザクが、古代樹の森に出現した事件の後に起こった現象だった。

 そして、それらの関連について記録した調査員は、記録書だけを残して命を落とした。

 

「このときの陸珊瑚の台地は、まさに惨状、と言っていいものでした。調査の結果、モンスターの数が減ったり、狂暴になったりした原因は、イビルジョーであると特定されました。血痕のほか、目立つ痕跡が残っていなかったことから、調査員の死因も、この竜に襲われたことであると推測されます」

 

 その場にいた全員が、深く黙祷する。

 やがて皆が目を開けたことを確認すると、サクは再び説明を始めた。

 

「このイビルジョーは、特殊な瘴気に侵されていました。その由来として、死を纏うヴァルハザクの胞子が有力視されています」

 

 サクの一言に、微かに場がざわつく。一瞬だけサクは黙ったが、話を止める者がいないことを確認すると、あとは箇条書きされたものを読み上げるように、報告を続けていった。

 

 このイビルジョーは、ヴァルハザクと同様に瘴気を広範囲にばらまいたが、他モンスターや、陸珊瑚への瘴気の感染は確認されなかったこと。

 レイギエナとの交戦があり、瘴気の汚染が少ない上層部へ逃したこと。

 その後にイビルジョーと交戦状態になり、ジンオウガとナルガクルガが手を組んで応戦している姿が確認されたこと。

 

「ほう、陸珊瑚の台地にもジンオウガか」

 

 ぽつりと漏らした総司令に、ヒアシは目を瞬かせる。

 

「にも、ということは、新大陸で他のジンオウガが発見されたのですか?」

 

「ああ、導きの地でな。現在、推薦組の者が中心となって、調査を行っているとのことだ」

 

 せっかく、新たにこの地に生息している種を見つけたと思ったのに。

 サクは平静を装って頷いていたが、ヒアシには彼が落胆したのが分かった。こういう時、サクは唇を内側に巻き込む癖がある。

 自分はともかく、学者気質のサクには堪えたことだろう。

 

 ヒアシはサクが口を開く前に、やや食い気味に報告した。

 

「こちらのジンオウガは、若い個体のようでした。こちらに対しては敵意を示さなかった為、自身の縄張りを獲得する年齢には達していないかと」

 

「じゃあ、ナルガクルガを守る為だけに来たってことかい?」

 

 フィールドマスターが、整った眉を跳ね上げる。

 

「そう考えられます。怪我を負ったナルガクルガを、庇いながら逃げる場面も目撃されました」

 

「おお、なんと」

 

 学者たちは感嘆の声を上げる。

 

「そもそも、縄張り意識の強い大型モンスター同士が、どうして協力関係になったのでしょうな。食糧が少ないなら、むしろ争いが起きそうなものですが」

 

「彼らの主な栄養源は被っていないということだろうか? これが一時的なものなのか、長期的なものなのかもわからない。ボク達でぜひ観察してみたいところだ」

 

「ジンオウガは群れを作るモンスターじゃ。彼らの高い社会性を鑑みるに、他の種に仲間意識を持ったとしても、おかしくはないのかもしれんのう」

 

 ジンオウガの生態に、学者たちは色めき立った。自分たちのことを「生態調査それいけ捕獲班」と称するだけのことはあり、この手の話には目がないようだ。

 

「他に情報はあるかね?」

 

 総司令が集まった者たちの顔を見回す。

 すると、サクが手を上げた。顔を伏せていると、目の下の隈が際立つ。

 

「……足跡を調査したところ、ナルガクルガには子どもがいるようでした。イビルジョーに襲い掛かったのも、子ども達を守る為に、やむを得ない行動だったのでしょう」

 

「ふむ、子連れの母親か……。珍しいケースだが、知恵が回る迅竜ならば、別種との協力行動にも納得がいく」

 

 総司令は腕を組んで呟いた。

 

(そういえば……)

 

 ヒアシは物思いに耽る。

 サクはあの時、何故あんな必死にナルガクルガの親子を守ろうとしていたのだろう。当時は切迫していたので、すぐに決断してしまったが、改めて考えてみると不思議だった。

 彼には子どもがいるわけでもないし、そもそも今は良い人がいる様子もない。

 

 その時、総司令の隣で考えていたフィールドマスターが口を開いた。

 

「もしくは、父親ってこともあり得るかもしれないよ。子育て中の母親は、大抵気が立っているから、周りに対して攻撃的になることも多いし。人間だってそうじゃないか、ねえ?」

 

「いやあ、ははは……」

 

 フィールドマスターが四期団のハンターをつつくと、笑いが起こる。彼には現大陸に姪っ子が居り、妹の尻に敷かれていたという話は有名だ。

 

 ヒアシはちらりとサクを見る。強張っていた表情は、フィールドマスターの軽口で少し和らいだようだ。

 フィールドマスターに眼差しを向けると、彼女は頷いて笑いかけてくれた。流石の機転だ。

 

 サクが、さりげなく人差し指の側面で鼻頭を弄る。

 その時ヒアシは、ふと彼が幼少期によく父の話をしていたことに思い当たった。自分も父のような立派な研究者になりたいのだと、誇らしげに話してくれたことを。

 そしてそれがある時を境に、ぱたりと止んだことも。

 正直、自分の父親と比べてしまって心苦しい時もあったから、ほっとしたことも事実だった。しかし、今考えてみれば、彼の心情を知る手掛かりとなり得る。

 

 父親。誇り。子を守ろうとしたこと。決死の状況。

 もしかすると、何かしら重なることがあったのかもしれない。サクの気分を害さない程度に、後で聞いてみることにした。

 

 

「──さて、話を逸らしてすまなかった。二人とも、続きを頼む」

 

 総司令が、サクにバトンを繋ぐ。

 サクは頷き、読み終えた資料を後ろに重ねた。

 

「かのイビルジョーは、傷の少なさや皮膚の状態から、若い個体と見做されました。しかし、老齢の個体のように、食欲の抑制が効かないようでした。おそらく、脳組織の一部がバクテリアによって破壊されていたと考えられます。類を見ない巨躯も、それらによって起きた、幼少期における成長物質の過剰な生成が原因でしょう」

 

 サクはそこまでで言葉を切り、ヒアシと視線を合わせた。

 ヒアシは頷き、事前の打ち合わせ通り、その後の経緯を話した。

 

 イビルジョーとの交戦により、自分たちが負傷してしまったこと。

 彼もしくは彼女の亡骸は、同一個体であるナルガクルガによって、瘴気の谷底へと落ちていったこと。

 ナルガクルガは、こちらには敵意を示さず、その後の親子とジンオウガの行方は掴めていないこと。

 

 あの日あの場所で、全身で感じ取った事柄を、ヒアシは順を追って話し終えた。

 

「私共からは、以上になります」

 

 二人が頭を下げると、総司令が質疑の有無を確認する。

 その時、横から控えめに手が上がった。

 

「ちょっと話の腰を折っちゃうけど、あんたたち、怪我の方は大丈夫なのかい? ずいぶん長く医療室にいたって聞いたけど」

 

 フィールドマスターが心配そうな眼差しを向けているのは、ヒアシの左腕だ。

 

 レザー装備の袖の下から見えているのは、体温のある皮膚ではなく、滑らかな木目だった。

 ヒアシは仮の手背をさすりながら、苦い笑みを目に浮かべて頷く。

 

 瘴気に喰われたイビルジョーの脳天を貫いた大槍は、腕ごと喰い千切られて谷底へと消えた。傷口を縫い、いくつかの抗菌薬を慎重に試して、ようやく退院できるまで癒えたのだった。

 

 しかし、辛かったのはここからだ。日常動作のリハビリの際に、出来なくなったことを自覚する瞬間は、ヒアシの自尊心を抉っていった。

 ヒアシは、武器を構える上での利き手は右だが、普段の利き手は左手だった。

 そのため、暫くは筆記にも苦労したし、スプーンやフォークも使えないことはなかったが、違和感が拭えなかったのは言うまでもない。

 何より、ズボンや下着の紐が片手ではうまく結べないため、何日かは着替えを人に手伝ってもらわないといけないことが悔しかった。

 

 幻肢痛が起きても摩る場所もなく、虚となった左腕のことを考えてしまう日々が続いた。

 あの大口が迫ってきた時の生臭さや、腕が千切れた時の音が蘇るたびに、寝汗で枕をびっしょりと濡らした。

 

 欠損のショックには一ヶ月近く苦しめられた。が、今は落ち着いている。生活の殆どを右だけでこなせるようにもなった。

 この会議も、二人が心身共に癒えるまで延ばしてもらったのだ。

 

 ヒアシは微笑み、頷いた。

 

「リハビリも終え、近々調査活動に復帰する予定です」

 

「おかげさまで、この通り私も復帰できております」

 

 サクも口角を上げ、ヒアシと一緒に礼を述べる。

 だがフィールドマスターと総司令の視線は、サクが腹部に当てた手に向けられていた。

 

「ふむ……そうなのかい。悪いね、続けてちょうだい」

 

 フィールドマスターは何か言いたげだったが、四期団のハンターの言葉を促した。

 ハンターは、端正な顔立ちを引き締める。

 

「は、はい。……ではここからは、わたくしがご説明いたします」

 

 四期団のハンターが、手元のバインダーに視線を移す。

 

「二人を救助した後、すぐに四期団と五期団合同で、瘴気の谷の調査が行われました。その結果ですが、イビルジョーの亡骸は、確認できませんでした」

 

「なんだと?」

 

 総司令が目を見開く。

 ヒアシも眉をひそめた。あれほどの巨体が、そうすぐに無くなるものだろうか。

 

 調査班はイビルジョーが落ちた場所から計算して、瘴気の谷の調査にあたったらしい。

 だが、そこにはギルオスたちが蔓延るだけだったのだという。

 

「しかし、イビルジョーのものらしき新しい骨片が発見されました。その年輪を調べたところ、異常な速度で成長したことが判明しました。よって、五期団の推測通り、かのイビルジョーは歪な成長を遂げた個体であったと考えられます」

 

「やっぱり……」

 

 サクが口の中で呟く。

 

「また、その周辺に、死を纏うヴァルハザクのものと類似した、灰色の瘴気が確認されました。何か巨大なものが地面を擦った跡と、その上にヴァルハザクのものらしき足跡も残っています。また、近くのモンスター達の気が立っていたことから、かの古龍が訪れたことは間違いないと思われます」

 

 件のイビルジョーが、死を纏うヴァルハザクの影響を色濃く受けていることは、明白だった。

 しかし、まさかあの古龍自身が、直接干渉していたとは。

 

「下層部は瘴気が濃くなっており、それ以上は立ち入れませんでした。一週間経って調査しに行ったところ、既にヴァルハザクは姿を消していました。……わたくしからの報告は、以上になります」

 

 四期団のハンターが一通り説明し終えると、総司令は白髪混じりの眉を寄せ、腕を組んだ。

 

「ふむ。お三方は、どうお考えですか」

 

 陽気な学者は布マスクの位置を直した。

 

「ティガレックスやオドガロンが食い荒らした痕跡もない。となるとやはり、そのヴァルハザクがイビルジョーの亡骸を、下層部に運んだ説が濃厚かのう」

 

「たっぷり溜め込んだ瘴気を喰らおうとしたのか、単なるコレクションか、はたまた別の目的があったのか……。全く、古龍の行動はいつだって謎ばかりだな」

 

「ヴァルハザクの棲家を調べれば、何かわかるかもしれません。引き続き、調査が必要なことに変わりはないでしょうな」

 

 学者たちの、先程までの朗らかな様子は、鳴りを潜めている。その代わりに、よく光る彼らの眼差しからは、重ねた長い年月と知性が感じられた。

 

「まさか、離れている間にそんなことがあったなんてね……。こっちの調査に片が付き次第、あたしも瘴気の谷の下層を調べてみるよ」

 

 書記が全て書き留めたことを確認すると、総司令は会議内容をまとめ始めた。集まった者たちから、その他に質問等がないことを認め、咳払いをする。

 

「それでは、調査班は引き続き調査を続行するように。何か新しい痕跡や、気になることが見つかった場合は、すぐにお三方に伝えること」

 

 総司令の言葉に、全員が頷いた。

 

 

 

 

 トウゲンチョウの桃色の羽が、朝方の光を浴びて、白っぽく染まっている。ヒアシが階段を上っていくと、彼らは飛び立っていった。

 

 アステラはモンスターが入ってこられないよう、自然の障害で補えないところは、頑丈な木の柵で囲まれている。

 

 その外れに、慰霊碑が二つあった。

 一つは、討伐したモンスターや、研究中に衰弱死してしまったモンスターを弔う為のもの。

 そしてもう一つは、調査中に命を落とした調査員の功績を讃え、魂を慰める為のものだった。墓石の前には、まだ新しい色とりどりの花が供えられている。

 

 ヒアシは持ち込んだ花をそっと添える。それからその前にしゃがみ込むと、手を合わせた。

 

「旦那さん、その姿勢つらくないのニャ?」

 

「大丈夫だよ。ありがとう、ミラン」

 

 ヒアシが真っ白な額を撫でると、彼女はゴロゴロと嬉しそうに鳴き、自らの花も添えた。

 ミランは、ヒアシがユクモ地方で働いていた時からの相棒だった。やや慎重な性格で、オトモアイルーとしてよくサポートしてくれている。

 

 今回の調査は偵察だけの予定だったことに加え、ミランはモンニャン隊の調査に行っていた為、ミランが最後に会ったのはヒアシがまだ五体満足の時だった。

 そのこともあって満身創痍になって帰ってきたヒアシの姿を見て以来、ミランはヒアシの傍を離れなくなった。

 この点に関しては、申し訳ないことをしてしまったと思っている。その分、一緒にいる時間を増やそうと決めたのだった。

 

 

 あの会議から、既に三回も月が沈んでいた。何かと忙しく、なかなかここに立ち寄れなかった。

 今回の調査が無事に終わったのは、旅立った仲間の力も大きい。彼女が、少しでも浮かばれれば良いのだが。

 

 ヒアシは少し考えたのち、モンスターの慰霊碑の前でも手を合わせると、踵を返した。

 

 

 アステラの最上部には、岩場に鎮座する船がある。シンボルともなっているそれは、「星の船」の名を冠する集会所だった。

 一期団が新大陸に足を踏み入れた際、荒波に打ち上げられた船を元に造られたというのだから、彼らの逞しさが窺える。

 

 集会所へと続く階段の途中に、開けた踊り場がある。そこをずっと歩いていくと、こぢんまりとした小屋が建てられていた。

 滝や波の音だけが微かに聞こえるその場所は、独りになれる場所の少ないアステラでの、調査員の安らぎの場となっていた。

 

 ヒアシは手摺りにもたれかかり、溜息を吐く。挨拶などを済ませているうちに、なんとなく気疲れしてしまったのだ。

 

(サクも、一緒に来れば良かったのに)

 

 ヒアシはぼんやりと相棒を思った。

 サクはあの後、速達の交易船に合わせてすぐに帰ってしまったのだ。

 

 解散してから、それぞれの宿に帰る途中、ヒアシはサクにどう声をかけたものか、悩んでいた。

 最初にサクを迎えに行った際には、ヒアシは目を見張った。久しぶりに会う相方は顔色が悪く、とても疲れている様子だったからだ。元々肉付きの良くなかった頬は、こけてしまっていた。

 だが会議前に長話をすることもできず、打ち合わせの内容以外の話は殆どできなかったのだ。

 

 結局口をついて出たのは「大丈夫か」という言葉だけだった。サクは曖昧に笑い「大丈夫」とだけ答えた。

 あの様子では、言葉通りである筈がない。余裕のなさに、振り回されてしまっているようだった。

 

 ヒアシは今日の船でセリエナに帰る。家に着いたら、一度サクと話をする必要があると思った。

 

 

 その時、ミランの耳がぴくりと動いた。同時に、ヒアシの耳も足音を拾う。

 

「あ、あの!」

 

 振り返ると、プラチナブロンドの髪を編み込んだ女性が、不安そうにこちらを見つめていた。

 歳は自分とそう変わらないように見える。だが、緑のインナーに学者の装いをしていることから、彼女が四期団の先輩だということがわかる。

 女性は暫くの間、何か言いたげに口を開閉させていた。

 だが、やがて覚悟を決めたように口を開いた。

 

「突然声をかけてしまってごめんなさい。あなたのお名前は、ヒアシさんでしょうか」

 

「ええ。そうです」

 

「あなたがサク君の相棒だと聞いて……たしか、こういう書き名、で」

 

 そう言って手帳を取り出した彼女がさらさらと書いてみせたのは「朔」の文字。

 

「確かに私が彼のバディですが……何かご用ですか?」

 

 ヒアシが努めて柔らかい口調で尋ねると、彼女は顔を硬らせながらも話してくれた。

 

「わたしは、現大陸にいた時に、サク君と同じ研究班に所属していた者です。彼と話ができればと思ったのですけれど……」

 

 その学者は、モーネと名乗った。

 十年以上前に渡ってきてから、アステラで古代樹の森に自生する、地衣類の研究をしていたのだという。

 

「この前の、陸珊瑚の台地の調査依頼書で、彼とあなたの名前を見たんです。まさか彼がこちらに来ているとは思わなかったし、同姓同名の別人かもしれないとも考えました。でも……」

 

 モーネはそっと目を伏せ、左手で右手をぐっと握った。

 

「でも、もし本当にサク君なら……会っておきたかったの。お見舞いに行きたかったのですが、部外者だからと断られてしまって」

 

「そうだったんですね」

 

 サクは現大陸にいたころ、微生物の研究をしていたと言っていた。彼女が探しているのは、自分の相方で間違いないだろう。

 

 モーネの言葉にヒアシは相槌を打ったが、内心では頭を悩ませていた。

 サクはもうセリエナに戻ってしまったため、ここにはいない。がっかりさせてしまうだろうが、正直に言うしかない。

 言葉を選びながらそのことを伝えると、モーネは落胆した様子を見せた。

 

「もし良ければ、私が伝言を預かりますよ。どっちにしろ、今日の船でセリエナに帰るので」

 

「本当ですか!」

 

 モーネは目を輝かせる。

 その様子に、ヒアシは彼女の心の内が垣間見えたような気がした。

 

 モーネはしばらく口に手を当てて考えていたが、やがて首を横に振った。

 

「……いいえ。これは直接伝えるべきですね。いつでも構いませんので、アステラの植生研究所に来てほしいとだけ、伝えていただけますか」

 

 ヒアシは目を瞬かせたが、やがて頷いた。本人たちにしか分からない事情があるのだろう。

 

「旦那さん、色々聞かなくてよかったのニャ?」

 

 ミランが見上げてくる。ヒアシは頷いた。

 

「ああ。こちらから聞かなくても、いずれ話してくれる時が来るだろう」

 

 モーネの小さな背を見送りながら、ヒアシは自分が知らないサクの時間に想いを馳せた。

 

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