蒼赤一閃   作:蒸しぷりん

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三日月

 ベースキャンプへの道中、ムカシマンタゲラという、盾虫と女帝エビを足して割ったような見た目をした環境生物がよく浮遊している踊り場がある。

 

「これは酷いな……」

 衝撃やストレスに弱い彼らは、すべて力なく地面に横たわっていた。そのうちの何匹かは絶命しているようだ。

 この陸珊瑚の台地は、下から絶え間なく湧昇風と呼ばれる上昇気流が吹いている。そのため、下層の汚染された空気が風とともに上層へと運ばれてしまったのだろう。

 湧昇風に乗って舞う、本来は淡い桜色をした珊瑚の卵も、心なしか色が変わってしまっているように見えた。

 

「ここにもある。でも、これは少し古いかな」

 かの竜の苦しんだ跡は、少ないながらもこのエリアにも残されていた。

 風向きから考えて、ベースキャンプの方には臭いが届かなそうだったのは、幸運だったと言えよう。

 辺りには微かにモヤが立ち込めており、喉にいがらっぽさを感じた。

 ヒアシが咳払いをしていると、突然サクが目を見開いて吐物の傍らへと蹲み込んだ。

「このモヤ……まさか、あのイビルジョーが瘴気の発生源になっているというのか!」

 

 これまでサク達は、かの竜は瘴気を発する肉食バクテリアに寄生されていると仮定していた。

 そしてそれは、あくまでもラフィノスやギルオスのような小型モンスターと同様、脳の一部を侵食されるか、ホルモンを操作されるかして、凶暴化しているだけだと思っていたのだった。

 

 しかしこの痕跡を見るに、寄生したバクテリアは、彼もしくは彼女の身体を拠点とし、自らの生息範囲を広げようとしているのではないかという、新たな仮説に至ったのだ。

 食料を求めて各地を彷徨うイビルジョーは、まさにバクテリアの思うままに動く存在と言って良いのだろう。

 

 先程は気がつかなかっただけなのか、二人が来る前に、瘴気が霧散してしまったのか。

 いずれにせよ、本来は下層にしか存在しないものが上層に生じれば、環境に適応できない者は、その命を散らせていくしかない。

 

「なんてヤツだ……」

 ヒアシが溜息を吐くと、サクは片足を付いて立ち上がり、ごそごそと自らの懐を弄る。

「そもそも、大元の死を纏うヴァルハザク自体、古代樹の森を自分が住みやすいように変えようとしていたんだ。バクテリアの性質が谷で見られるものから変化していたとしても、何ら不思議じゃない」

「さすが古龍だな。想像もできないことを、難なくやってのけてしまう」

 

 ヒアシの感嘆の声を聞きながら、サクは取り出した簡易なインク壺にペン先を浸すと、さらさらと紙面に走らせていく。

 それからペンを親指で挟み、残った四本の指をヒアシに見せた。

「僕ら──ヒトが菌の出した瘴気を吸うと、息が苦しくなるし、咳も出るよね。でも、ヒトよりずっと前から谷にいる筈のギルオス達に、その症状は見られない」

 

 つまり、咳やくしゃみによる飛沫感染、空気感染の可能性は除外できる。そう言ってサクは、人差し指と中指を折り込んだ。

「そうなると、おそらく瘴気を放つバクテリアは、経口感染するか、接触感染するかのいずれか、もしくはどちらも当てはまる可能性が高い」

 サクは、びっしりと文字の並んだ帳面をヒアシに見せ、ペン先で示した。

 跳ねの強い角ばった字で、箇条にして書かれたそれらは、ヒアシにとっては見慣れない字面で、思わず目を瞬かせる。

 

「けい、こう……感染?」

 経口感染とは、その名の通り、口を介してウイルスやバクテリアに感染してしまうことである。汚染された食物を摂取することで、体内に有害なものを取り込んでしまうのだ。

 ヴァルハザクの巣で、腐肉を漁っていたギルオスが感染していたのが良い例だ。

 その説明を聞くと、ヒアシはああ、と納得した。

「古代樹の森で、アプトノスのような草食竜が発症したのも、死を纏うヴァルハザクの纏った菌が付着した植物を、口に入れたからなんじゃないかと思う。──そしてきっと、イビルジョーも」

「はあ……だから谷ではラフィノスも感染しているんだな」

 

 遠くでオソラノエボシという、海月のような生き物が、気流に乗って舞うのが見えた。

 

「待てよ。それじゃあ谷で腐った肉塊を掻き分けたり、返り血の付いた武器を持ったりした手で回復薬の瓶を触ってるおれ達は大丈夫なのか?」

 ふと浮かんだ疑問をヒアシが恐る恐る尋ねると、サクは微妙な顔をした。

「まあ、衛生上よくないし、そこで感染してる可能性も十分にあるよね。とはいえ全部を清潔に、なんて無理だし、緊急時なら尚更そんなこと言ってられないけど。フィールドで口を付けた瓶を落としたら、飲み止しでも捨てなきゃいけないのは、そういうことだ」

「なるほどな」

 ヒアシは顎に手を当てた。そこにサクがでもさ、と切り出す。

「瘴気の谷の調査が進んだ後も、あそこに行った人間や竜人、獣人の間で、大規模な感染症が起こった例は、聞いたことがないよね」

「言われてみれば、そうだな」

 

 拠点全体に広がるほどの病が流行した、という記録があるならば、期団長やフィールドマスターから、説明がある筈だった。

 ヒアシが相槌を打つと、サクはでしょ、と言いながら腕を組んだ。

「そこから考えると、瘴気のバクテリアが身体に潜伏したり、発症したりする期間は、短いんじゃないかって思うんだ。……勿論、調査の後に研究基地で何日か隔離されるから、っていうのも大きいと思うけど」

 一見完治したように思えても、保菌してはいる可能性もあるが、それが元で病的に興奮したり、異常行動をとったりしたという話は聞かなかった。

 

 イビルジョーに話を戻そうか、とサクは帳面のページを捲る。

「僕ら人間の例もそうだし、元々ずっと瘴気の谷で生きているモンスターは、何かしらの免疫を持っているか、細菌の毒素は彼らには作用しないか、のどちらかなんじゃないかと思うんだ。……でも、外から来たあのイビルジョーは違う。きっと、瘴気に耐えうるだけの身体は持っていない」

「しかし、大型モンスターだぞ。あちこちに来るバゼルギウスだって感染しないのに、イビルジョーだけが感染するなんて、おかしくないか?」

 各地を飛び回っては、場を爆撃していくモンスターの名前を挙げると、サクは腕を組んだ。

 

「結局そこなんだよね。……で、僕なりに考えてみたんだ。谷でギルオスは感染するのに、親玉であるドスギルオスは感染しないでしょ? 彼らの違いは、成熟しているか否か」

「そうだな」

「そこで、さっき言った免疫の話が出てくるんだけど、ギルオスが成長の過程のどこかで免疫を獲得するとして……それと同じように、もしもあの個体が幼体だったとしたら?」

「幼体? あんな図体で、か?」

 ヒアシは、予想すらしていなかった言葉に目を見開いた。

 

「勿論、今は成熟しているかもしれないけど、もし幼体のうちに感染して、バクテリアが脳に回ってしまったんだとしたら、説明がつくんじゃないかなって。多少強引な仮説だけどね」

 そんな小さい頃から操られてしまうなんて、とヒアシは束の間かの竜を哀れんだ。

 するとその時、妙なことに気がついた。

 

「だったら、もっと早く被害が出ていたはずじゃないか? それこそ古代樹の森や、その間の大蟻塚の荒地で、あんなでかいのが暴れていたなんて話、聞いてないぞ」

 サクは、ううんと唸りながら、再びインク壺にペン先を浸した。

「そもそも、彼らの成長速度がわからないからなぁ。極端な発想をするなら、菌の影響で脳の一部がやられたことで、成長ホルモンに異常が起きて急激に巨大化した、とか?」

 サクは、マスクの下で神妙な表情を浮かべて呟くと、目にした状況と自らの立てた仮説を、手早く書き込んでいった。

 相棒が、さっとメモ書きを丸く囲んだのを見届けると、ヒアシはかの竜の痕跡をぼんやりと眺めた。

 

「……もしも環境が変わりきってしまったら、ここはどうなるんだろうな。それも、新大陸の姿として受け入れて、調査を続けるべきなんだろうか」

 ヒアシの何気ない呟きに、サクは手を止めて束の間彼を見つめ、やがて目を逸らした。

 その答えは、誰にもわからないこと。

 そして同時に、誰もが思案し続けていることだった。

 新大陸という、未開と言って差し支えないこの場所に、人間がどこまで踏み込んで良いのかは、まだまだ手探りである。

 何せ、そのままの大自然が相手なのだ。

 この大地にとって、自分たち現大陸の人間や竜人、獣人らは、新参者と等しいだろう。ロープリフトなどを設置してはいるものの、人間が拠点として借りている場所は限られている。

 もしも何らかの理由で淘汰されるならば、きっとそれも運命なのだろう。そのような場所を守る、管理する、などと考えるのは、些か傲慢ではなかろうか。

 

 けれど、とサクは思う。

 四十年以上前に、一期団が足を踏み入れて開き、今に至るまでの地道な努力を積み重ねてきた結果、こうして五期団の自分たちが調査できているのだった。

 自然を敬う気持ちは当然あれど、そうしてやっと人々が築いた礎を、崩すわけにはいかないのだ。

 

 あのイビルジョーの寿命は長くはないであろうことは判っても、その間に生態系に及ぼす影響は甚大に違いなかった。

 かの竜は、植物を主食とする一次消費者だけでなく、彼らを食べる高次消費者までもを食い尽くす勢いである。もしそうなってしまえば、それまでその地にあった循環が、断ち切られてしまうのだ。

 

 一種の生き物が減少しただけでも、その周囲の生態系の食物網は、かなり影響される。

 例えば、ヒエラルキーの上位に位置する、空の王者リオレウスのような生き物が激減したとする。そうなると、それまで彼らに食われていた草食竜らの個体数は見る見るうちに増え、周辺の草本が食い尽くされる。

 すると、植物を主食とする他の生き物が食料にありつける確率が下がり、個体数が減少してしまうのである。勿論、草食竜を食料としているのは彼らだけではない為、実際にはもっと複雑な形で崩れるであろうが。

 

 まして、新大陸の要である、瘴気の谷に被害が及んだとなれば、この後様々な地の環境までもが変化することは、容易に想像できる。

 そしてそれは勿論、アステラにも。

 食べるものが無くなった時、生き物の多くは死に至るか、場所を変えるかの選択をするのだ。

 

 調査団の人々は──自分たちの仲間は、そうした困難を苦にするほど、柔な組織ではないけれど、できるだけ降り掛かる火の粉は払いたかった。

 あくまで拠点は仕事の為の場所であり、故郷の家のように、一所に落ち着く場所ではない。

 それでも、心の拠り所であることは確かなのだ。サクは温かで探究心溢れる、この組織が好きだったし、守りたいとも思う。

 守る為には、考えねば。

 少しでも苦しみのない、最善の道を。

 

 未だに黙り込み、思索にふけるサクをちらりと見てから、ヒアシは念のためにと拾っておいた赤茶色の石──種火石をスリンガーに装着し、足元に打ち込んだ。

 ジッという音とともに摩擦によって石が発火し、拳ほどの大きさの火種となって地面に着地する。

 すると、忽ちモヤが消えた。

 

 その時、聞き覚えのある甲高い鳴き声と共に、小さなモンスターが驚いた様子で岩陰から飛び出し、思わず二人は顔を見合わせた。

 そこにいたのは、ケルビと呼ばれる小さな大人しい草食獣の、灰色の体毛を持つ雌個体だった。

 かの竜が彷徨いているせいか、彼女はこの大陸の個体にしては随分と臆病で、ヒアシと目が合った途端に逃げ去ってしまった。

 その先に、複数の緑と灰のよく似た姿をした生き物──仲間がいることに気づき、ヒアシは安堵の溜息を吐いた。

 

「よかった、草食種にもちゃんと生き残りがいたんだな」

 サクも顔を綻ばせ、先程から手に持っていた帳面に、今見た事実を書き込んだ。

 そこに命の芽がある限り、全てが消えてしまわない限り、未来は育まれていく。

 その未来を潰しかねない存在に対し、自分たちがどうするべきかは、方位磁石の針が揺らぎながらも一所を指すように、決まっているようなものだった。

 たとえそれが、その存在自身の未来を奪うことを意味していても。

 

***

 

 ユラユラと呼ばれる、細長い魚のような姿をした環境生物のいる辺りの岩の下には、人一人が通れるくらいの小さな穴がある。

 そこを潜り抜けると、中には入口からは想像もできないような広い空間があり、調査団の利用するテントや、簡易な食事場などが設置されていた。

 北東ベースキャンプと呼ばれるそこは、陸珊瑚の上層部の調査に大いに役立っていた。

 

 大きく息を吸い込むと、テントに残った微かな古い汗の臭いが、鼻腔を掠めた。

 回復薬の代わりに、水筒に入れてきた水を沸かした白湯を啜り、どっかりと丸太に腰を下ろしたヒアシは、大きな溜息を吐いた。

「なんとか、必要な情報は集まってきたな」

 その明らかに疲れている様子を見て、サクが肩を震わせながら頷く。

「なんだ?」

「ふっ、や、お湯啜って溜息吐きながら座るとかもう、オジサン超えておじいちゃんじゃん」

 目を瞬かせたヒアシは、一拍置いて吹き出した。それから尚もおかしそうに笑う幼馴染みの脇腹を小突き、抗議する。

「家の中での君だって人のこと言えないだろ」

「まさか! 僕はまだまだ若いし」

「はいはい、おれ達は同い年です。というか台詞からして若くないぞ、それ」

 

 ユクモ地方の顔は幼く見られることが多いが、二人とも一、二年もすれば三十になる。

 人間の年齢としてはそれなりだが、現役ハンターとしてなら、話は別だ。

 瞬発力や筋力は十分にあるし、洞察力などは昔よりも鍛えられた自覚はあるけれど、その分スタミナを維持しきれなくなるのだ。

 もう若い頃ほど無茶はできないと、己の身体が告げていた。

 

 やがて笑いを収めると、ヒアシは肩を回しながら徐に立ち上がった。

 そして備え付けの箱から、二羽ぶんの翼竜の餌を取り出すと、背を屈めてテントから出ていった。

 身長はサクと然程変わらないというのに、上質な筋肉が多分についた恰幅の良いヒアシの身体。それは巨大な巻角を誇る大砂漠の主・ディアブロスの、堅牢な素材をあしらった装備によって、さらに大きく見える。

 顔まで覆う頭装備を身に付けていればかなりの威圧感があるが、それを外せば一変して優しい眼差しの青年が出てくるのだった。ずっと変わらないその眼差しを向けられると、サクはつい年甲斐もなくふざけたくなってしまう。

 

 武装した男二人が肩を寄せ合っていたせいか、先程までは狭いと思っていたテント内は一人になった途端、急に広くなったように感じる。

 外から翼竜が餌をもらい喜ぶ声が聞こえてくるのをよそに、サクはぐっと足を伸ばした。

 

 このフィールドは、鬱蒼とした古代樹の森と違い、日が暮れても比較的明るい。

 まるで海の中に差し込む日差しのように、台地全体を包み込む光は、天井辺りに生い茂る珊瑚の隙間から、この空間にも差し、青白いリボンを作り出していた。

 換気のために半分開いた垂れ幕の下から、そのさまをぼんやりと眺めながら、サクは白湯の入った器を素手で包み込む。

 沸かしたての時よりは冷めてしまったが、人肌に比べると大分熱いそれは、節くれ立った長い指を赤く染めた。

 

 サクは長く細い溜息を吐く。自分の呼吸以外の音が遠い状態は、えもいわれぬ不安や恐怖に似た何かを掻き立てる。

 今回の任務の難易度と重要性がかなり高いことは、言わずとも知れたことだった。犠牲になった仲間の命が、それを何よりも雄弁に物語っている。

 そもそも、新大陸に足を踏み入れることさえ、危険を承知した上でのことだったのだ。今更何に怯えるというのか、と独り目を閉じるも、漠然とした不安は消えない。

 そればかりか、ずっと目蓋の裏から消えない、悍ましい光景を呼び起こす引き金となった。

 

 音もなく背後に感じた、ひやりとした気配。

 地面に散らばる、沢山の付箋が貼られた帳面と、割れた瓶。

 血に染まったような皮膚が、凄まじい速さで通った風圧。

 本来あるべき場所から大事なものが溢れた、嫌な臭い。

 

 そして。

 自分の人生の目標が、夥しい量の血を流して倒れている姿。

 何も映していない、虚な目。

 どうすることもできずに、震えるばかりの、己の手。

 

 そして──。

 

 今や何年も前の、胸が潰れるような映像が一瞬脳裏に閃き、サクはひゅっと息を吸って目を見開いた。

 

(……僕のせいだ。僕には何の力も無かった)

 

 何度も反芻した言葉が、微かな音となって脳に流れ込む。それから逃れるように、サクはかぶりを振って小さく呻いた。

 

 映像は一瞬で霧散しても、胃の辺りに残る不快感は消えない。

 一人になると毎度のように起きるこの現象ももうすっかり慣れてしまったけれど、それでも気持ちの良いものではなかった。

 ヒアシが近くに居ることを確かめたくなって腰を上げかけたけれど、すぐに座り直した。ただでさえ緊急度の高い任務で、相方に余計な心配をかけたくない。

 

 サクはオトモアイルーが座る為の、座布団の上に置いておいた帳面を手に取ると、努めて内容を頭に入れようと、その中に記された文字を追う。

 何か一つのことに集中していれば、多少はその頻度や辛さが緩和されるのだ。以前は自分が楽しむためのものだった文章を読むという行為は、いつしか気を紛らわせるためのものと化した。

 サクは目を閉じて帳面に額をつけると、細く、そして長く溜息を吐いた。

 

 ヒアシが、装備の肩部分に付いた巻角が引っかからないように、テントの垂れ幕を持ち上げて入ってくると、サクはハッと顔を上げた。安堵する反面、自分の今の状態を悟られてはいけないという思いが勝る。

 サクは何事もなかったかのように器に残った白湯を飲み干し、分厚い帳面に挟んでいた、きっちりと折り畳まれた地図を引っ張り出した。

 

「さて、そろそろ計画を立てなきゃ」

 さっさと行動を開始した相棒の姿にもう少し休んだ方が良いのでは、と言いたくなるが「時間がもったいない」と返されるのがわかり切っていたので、ヒアシは黙って頷く。

 それから肉を細かく切って焼きしめた、携帯食料の入った包みを懐から取り出し、ぽいぽいといくつか口に含むと、サクにも渡して地図を覗き込んだ。

 

 先程イビルジョーを見かけたのは、中層と下層を繋ぐ場所。

 そこから北東ベースキャンプへ来るまでに、一度も会わずに済んだのだから、かの竜は中層の南側にいるか、下層へ向かったと考えるのが妥当だった。

 今回は、この二人が偵察を担っていたため、大体の状況を把握し、拠点にいる仲間に伝達せねばならない。伝書をしても良いが、口頭での説明が最も正確に伝わるだろう。

 

「まずは研究基地に、報告しに戻らないとね。徒歩は間違いなく危険だし、翼竜で移動するとして……」

 そこで過ったのは、この地に生息する飛竜らと鉢合わせる危険だった。

 食事の時間と合ってしまえば、彼らの狩りに巻き込まれる可能性も出てくるし、何よりこの一帯の飛竜たちの縄張り意識の強さは半端ではないのだ。

 

「今はもう夜だし、飛竜の食事時間とは被らないだろう。立つなら今が一番良いんじゃないか?」

「そうだね。僕もそれがいいと思う」

 日が沈んだ今であれば、危険な目に遭う可能性は低いだろうと踏んだ。

 そもそも彼らの主な食糧であるラフィノスの個体数が激減しているのだから、あまり考えなくても良いのかもしれないが。

 

 サクは肯定の意を表すと、自分のぶんの携帯食料を食べ始めた。白湯を飲もうと器を傾け、先程飲み終えてしまったのだった、と少し肩を落とす。

 回復薬の入った瓶などを持ち込むことを考えると、あまり重い物は持ち歩けない。サクはあっさりと諦め、手に付いた油を拭いた。

 

 腕装備を嵌め、すっぽりと頭装備を被ると、インナー素材特有の匂いと、やや篭った空気が顔を包む。

 丸く赤いレンズ越しに外を見て、それに曇りや汚れがないことを確認すると、サクは立てかけておいた、二つの刃を背に具えた。

 一方、ヒアシはテントに立てかけておいた大盾を、引き摺らないように持ち上げ、槍を担ぐ。

 兜を被ると、ずしり、と頭と肩に己を守る重みがのしかかった。

 

 谷に潜み駆ける者の黒皮を纏った青年と、砂を掻い潜り猛る者の重殻を纏った青年。

 二人の狩人は目配せをすると、休んでいた翼竜に指笛で合図を出し、安全な場所から飛び立った。

 

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