蒼赤一閃   作:蒸しぷりん

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十六夜

 真っ暗な中、サクは温い水の中を漂っているような感覚に身を任せていた。

 いくつもの光景が、閃いては消えていく。これが走馬灯というものか、とぼんやり思った。

 

 そのうち、意識は一つの場面を映し出した。

 

 窓の外に見えた真っ赤な紅葉に、此処が故郷であることを悟る。 

 一生懸命に絵本をめくる自分の手は、指が短くてぷくぷくとしていた。

 ふと足音が聞こえて振り返ると、そこに居たのはいかにも学者らしい装いをした、自分と同じくらいの齢の男。 

 若い頃の、父だった。 

 

 幼い自分は、大喜びで父に飛びついた。 

 温かい手で抱き上げられ、頬に接吻をされて、きゃあきゃあと笑う。 

 絵本を読んでいたのかと父は聞いた。 

 幼子は無邪気に頷く。 

 見て、と得意げに音読して見せる息子の声を聞きながら、そのまるい頭を父は愛おしげに撫でた。 

 

 サクの家は、両親が共働きだった。 

 相当忙しかっただろうに、父も母も合間を縫ってよく構ってくれていた為、寂しい思いをすることはあまり無かったと記憶している。 

 勿論入れるところは限られていたけれど、時には父の仕事場についていくこともあった。 

 白衣を着て仕事に勤しむ父の後ろ姿が、サクは大好きだった。

 

 この頃は、これほど純粋に父を思うことができたのだ。 

 幼い自分が笑っている感覚がわかるし、はしゃぐ声も聞こえるのに、大人の自分の胸だけがひたすらに痛かった。 

 

 

 場面が切り替わった。 

 

 雨がしとしとと降っている。 

 先程と同じ紅葉の見える部屋は、玩具や絵本の代わりに、書物が並ぶようになっていた。 

 まだまだ稚いが、手足の長くなった少年は、ひたすら算式を書いている。 

 時折それらが滲んで見えなくなり、その度に腕でごしごしと拭った。 

 

 これは、自分も学者になりたいのだと、思い切って両親に告げた日の記憶だ。

 母はとても喜んでくれたから、父も同じように受け入れてくれると思っていた。 

 だが、その時父は形容しがたい表情を浮かべた。 そして少年にかけられたのは、反対の言葉。 

 

──やめておきなさい。苦労をするだけだ。 

 

 ショックを受けつつも食い下がる息子に、父は背を向けた。 

 

──なら、応援はしないからな。決して甘くはないぞ。 

 

 我が子に苦難の多い道を歩ませまいとした言葉だったとはいえ、幼い子どもにあんな言い方をすることは無かったのに、と今でも思ってしまう。

 母が説得しようとしてくれたが、父はついぞ首を縦に振ることはなかった。 

 

 それからは、あんなに子煩悩だった父は、息子を一切褒めなくなった。 

 どんなに良い成績を取ったとしても、素っ気ない返事をするばかり。時折こちらを物言いたげに見つめてくるけれど、積極的な言葉はない。 

 当時はそれが大好きだった父からの拒絶に思えて、悲しくてたまらなかった。 

 ちょうど反抗期に差し掛かっていた頃だった少年は、その日から反発するように猛勉強をした。 

 

 本当は、誰かに話を聞いて欲しかった。 

 けれど母にも言いづらかったし、幼馴染みの家は母子家庭だったから、彼にはなんとなく父親の話をしてはいけないような気がしていた。 

 

 

 再び場面が変わる。 

 

 賑やかな街を歩いていると、学者やハンターとよくすれ違う。 

 これはユクモ村を離れ、大都市ドンドルマへと足を踏み入れた時のことだった。 

 ずっと夢見ていた研究者になるため、必死にここまで辿り着いたのだ。 

 

 寮生活だったのでよく時間を共に過ごす学友もできたし、幾度か春も訪れた。 大変だとはいえ勉強にもついていけていたし、周りから見れば充実していたと思う。 

 それでも、満たされなかった。 

 自分が望んでいたのは、一言。たった一言で良かったのだ。 

 父のペンだこだらけの、ふしくれだった手で「よく頑張ったな」と肩を叩いてほしくて、直向きに努力を重ねた。 

 実家からの手紙が来るたびに、父からも一筆くらい無いものかと無意識に探してしまう。 

 母は、父も心配していると書いてくれたけれど、それが態度で示されたことは終ぞ無く、苛立つとともに酷く落胆した。 

 

 認めてほしいのに、今更自分からそれを言うのは癪だった。身体ばかりが大きくなっても、考え方はまだ幼稚だったのだ。

 おそらく、この時点で精神的な親離れがうまくいかなかったのだろうと思う。 

 ここで生じた歪みが、編み目を飛ばした織物のように後の人生を少しずつ形の崩れたものにしていったのだ。

 

 

 そして、場面が移り変わる。 

 

 その風景を見た途端、ぐらぐらと視界が揺らぐ。 

 その場所に立っている昔の自分と、その場面を見ている今の自分が乖離し、サクは吐き気を堪えるように口元を押さえた。 

(嫌だ。やめてくれ。もう見たくない、あんなの二度と見たくない……!)

 目を瞑っても耳を塞いでも、意に反して場面は脳裏で進んでいってしまう。呼吸が乱れ、心の臓は激しく胸を打ち付けている。 

 これまで何度もサクの心を蝕んできた、あまりにも鮮明で残酷な悪夢に、呻きが口から漏れた。 

 

 巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされた、おどろおどろしい地底洞窟は、当時の研究場所だった。 

 この場所は、火山活動が始まると全く違う姿に変わる。 溶岩に飲み込まれる前に研究サンプルを採取するため、サクを含めた数名の若い学者衆が、足を踏み入れていたのだ。 

 

 その中には、父の姿もあった。 

 父とサクは厳密には違う分野の研究者であったが、調査の対象が重なっていたため、同行していたのだった。 

 サクは緊張しながらも父に認めてもらうには今しかないと、内心では張り切っていた。 

 

 勿論、護衛のハンターは雇っていた。 

 大型モンスターの出現は予報されていなかったし、腕利きだという彼の存在に、白衣のしわが少ない誰もが安心して観察を続けた。 

 それが仇となるのだと、当時の自分に教えてやりたかった。 

 

 ぽたり、と足元から突然聞こえた音に、仲間の一人がしゃがんで確認しようとした。 

 落ちるほどの水滴が発生する条件など、この辺りには存在しただろうか。 

 次の瞬間、仲間の姿は無かった。 はらりと音を立て、彼の持っていた記録用紙だけが落ちた。 

 その場にいた誰もが目を見張り、残影が消えていった方を見上げる。 

 

 皆一様に、凍り付いた。 

 そこに在ったのは、ぬらついた赤い皮膚と、目の無い顔。 奇怪竜フルフルの亜種だった。 

 

 その口は咀嚼というより、食を覚え始めた赤ん坊が、食物を奥へと送り込むように動く。 その食物が何かは、言うまでもなかった。 

 

──逃げてください!

 ハンターが叫ぶのとどちらが早いか、恐慌状態に陥った学者衆は、我先にと駆け出していた。 

 大型モンスター、それも世にも珍しい亜種が出現するなど、一体誰が想像していただろうか。 

 ハンターは学者衆を庇って片手剣を握るが、その手は震えていた。 それもその筈、彼は小型モンスター討伐専門のハンターだったのだ。 組織から下りる額で雇えるハンターなど、限られている。

 

 フルフル亜種は長い首を人間たちの方へと伸ばした。 

 咄嗟にハンターが阻止しようと切りつけるも、伸縮性に富んだその表皮は、骨製の刃では歯が立たない。 

 おぞましい口はあっという間に無防備な人間のうちの一人を捉え、その足をすくった。 

 鋭い歯が引っ掛かって破れた鞄の中身が地面に散らばる。瓶が落ちて割れる音が、いやに大きく響いた。 

 

 彼は悲鳴を上げてもがいたが、その甲斐なく、みるみるうちに身体が飲み込まれていく。

 牙が動脈を貫いた時、血が噴き出して辺りへと降り注いだ。

 若い学者のうちの一人は、それをもろに浴びてしまい、恐怖で腰を抜かしてしまう。

 サクはフルフル亜種が再び首をもたげる前に、狂ったように悲鳴を上げ続ける彼女の身体の下に肩を入れ、立たせようとする。

 

 だが、捕食者とはいつも弱い者を狙うものだ。

 匂いが滞ったのを感知し、まごついている二人の方へと、赤い首が伸びた。

 

 振り向いた時、サクと学者は絶望した。

 歪に生え揃った牙のある口が、大きく開かれる。

 あっという間に生臭い息が顔を包み、真っ暗な口腔が視界を覆った。

 

 

 どん、と横腹に衝撃が走る。

 その直後、地べたに投げ出された。

 

 己の感覚器官が拾ったのは、血や肉が本来あるべき場所から溢れた、嫌な臭い。 

 そして。 

 大人の男が、夥しい量の血を流して倒れている姿だった。その腹から下は、無くなっている。

 それが自分の人生の目標だと気づいた瞬間、サクは心臓を鷲掴みにされたような心地がした。

 

──あ、あ、あああ……ッ!!

 変わり果てた父の姿に、呼吸ができなくなった。

 何も映していない、虚な目と視線が合い、歯の根が合わなくなる。

 

 なぜ。

 どうして。

 なにゆえ、庇ったのだ。

 貴方は、息子に興味が無くなったのではなかったのか。

 自分が今まで、どんな思いで生きてきたか。

 こんな筈ではなかった。

 こんな筈では──。

 

 いくつもの感情が津波のように押し寄せてきて、サクは父の方へと手を伸ばす。

 だが、己の手はそのままどうすることもできずに、ただただ震えるばかりだった。

 

 赤い奇怪は、父の下半身をゆっくりと飲み込んでいく。

 膨らみが腹の方へと動いていくのが、生々しかった。

 

 上半身まで喰わせるものかと、サクは無我夢中で駆け寄ろうとした。

 だが、後ろからがっしりと肩を掴まれる。振り向くと、ハンターが必死の形相で押さえ付けていた。

 離してくれともがくも、彼は決してそれを許さなかった。

 

 そして、横たわった父の残りが咥え上げられ、赤の中に飲み込まれていく。

 叫ぶことしか、できなかった。

 

 もし、己がハンターだったならば。

 己に力があれば。

  後悔など、降り積もるだけで僅かな益にもならないのだと、その時知った。

 

 

 

 もうやめてくれ、とサクは消え入りそうな声で呻く。

 最後に、顔だけが黒く塗り潰された父が、佇んでいるのが見えた。

  

 

 

******

 

 

 

 どん、という衝撃と共に視界が回転し、空が地面と入れ替わる。

 負傷部の痛みに、サクは意識が明瞭になっていくのが分かった。自分はまだ生きていたらしい。

 

 己が突き飛ばされたのだと気づくのに、一拍。

 

 顔を上げると、ロストバベルを構えたヒアシの後ろ姿が見えた。

 その向こうには、黒々としたおぞましい口が広がっている。

 

 自分の置かれた状況を思い出し、あっという間に血の気が引いていく。

 ──この瞬間を、自分は知っている。

 

「ッだ、め……!」

 それからのことは、一瞬がまるで永遠であるかのように思えた。

 

 

 

 叫び声と共に、金色のロストバベル(護るための塔)が、かの竜の口腔を突き刺した。

 柔らかい粘膜の感触の直後、槍先は堅い口蓋骨を貫き、脳天へと達する。そして頑健な巨大竜の頭には、一人の狩人によって穴が開けられた。

 イビルジョーは、耳をつん裂くような悲鳴を上げる。

 

「ぐッ、うおおおおおっ!!」

 ヒアシはありったけの力を込めて、黄金の槍を肉に押し込んだ。

 向かってきた竜の慣性によるエネルギーと、ヒアシが槍を突き出した速さが合わさり、一点への圧力は極限にまで高まる。

 体格差には勝てず、地面に踏ん張っている足が、元いた場所から大幅に引きずられた。

 だが、ヒアシは構わず力を入れ直す。

 

 めりめりと、穂先が肉を抉っていく感触が手に伝わる。

 駆け出しの頃に初めて味わい、狭い寮の隅で震えた、生命を貫く確かな感触。

 あの恐怖は、殺めるという行為に対する恐れと、僅かながらも快感を覚えた、自分自身に対する恐れだった。

 自分は変わったのだな、と心のどこかでふと思う。

 

 腹を空かせた竜の唾液が、防具を溶かす音がする。空気に直に触れている目元に飛び散れば、失明のおそれもあった。

 だが、今ここで自分がとどめを刺さなければ、二人とも生きては帰れないだろう。

 ヒアシは目の端で、絶望に染まった幼馴染みの顔を見た。

 

 遠い昔のあの日、実父の暴力から母を守れない、己の幼い手に絶望した。

 だが、今は違う。

 こちらへ近づけさせない大槍も、大切なものを護る大楯もある。

 これまでの日々は、決して無駄ではなかったのだ。

 絶対にサクを死なせてなるものか。

 ヒアシは歯を食いしばった。

 

 

 断末魔の悲痛な咆哮がこだました。

 竜はもがき苦しみ、己を苛むそれから逃れるように、最後の力を振り絞って、頭を思い切り後ろに振る。

 おそらく、無意識の行動だったのだろう。

 同時に下顎が閉じられ、ヒアシの肩装備を巻き込んだ。

 ランスを構えた腕が得物を手放す間もなく、一緒くたにして引っ張られる。

「あ、」

 みしみし、と嫌な音がした。

 

 

 

 その刹那、赤い首と、白に覆われた巨大な顎が、重なって見えた。

 口端から見える足、口の中に消えた腕。

 一体どちらが、本物の風景なのだったか。

 

 目の前の光景に、サクはひゅっと息を吸った。

 ただならぬ恐怖、怒り、悲しみ、罪悪感といった負の感情が一斉に蘇り、鳩尾を殴られたような感覚に陥る。

 酷く手が震え、うまく呼吸ができなかった。

 

 ヒアシが顔を顰めるのが見える。

 

 その直後。

 耳を塞ぎたくなる音が響いた。

 

「ッ、ぁぁあああっ!!」

 ヒアシの悲鳴とうるさい耳鳴りが、頭に響いた。

 目の前が真っ赤に染まる。

 吹き出す体液は、最早どちらのものなのか見分けがつかない。

 

「……ッう……ぁ、ぁ……!」

 目眩がして、冷や汗が止まらない。

 はやく、はやく助けなければ。

 これまで自分は、何のために治療技術を身につけてきたのか。いま活かさずして、どこで活かすというのか。

 そう思うのに。

 身体が、動かなかった。

 

 

 

「っは、……ッぐ、うぅ……この……ッ!」

 あまりの痛みに、意識が飛びそうになる。

 ヒアシはなんとか己を手放さないようにと、強く歯を食いしばった。

 

 イビルジョーは首を振り上げて、ヒアシの一部だったものを飲み込んだ。

 酷く衝撃的な光景だったが、ヒアシはそのまま睨み続ける。

 するとイビルジョーは、程なくして口元に稲妻の走る黒い霧を燻らせた。

 

「……!」

 今これを食らえば、間違いなく二人とも助からない。

 形容しきれない痛みの先から一切の感覚が無くなった腕を見ては、きっと怖気づいてしまうと思った。

 ヒアシは眉間に力を込め、イビルジョーだけを睨め付けた。

 どうなろうと、構わない。

 なんとしても、自分が護り抜いて見せる。

 

「させる、ものかあああっ!!」

 ヒアシは対を無くして一気に重くなった右腕を、腰を捻ることで勢いをつけ、イビルジョーに向かって振り上げた。

 ロストバベルの重厚な盾は、その上部の最も圧力がかかる場所をもって、イビルジョーの顎を打ち上げた。

 規格外の巨躯といえども、その不意打ちに耐え切れる筈もなく、口が閉じられた。

 

 重い衝撃が盾を伝って傷に響き、ヒアシは呻き声をあげる。

 

 瘴気で白くなった喉が、内側から赤く光る。

 直後、爆音と共に凄まじい衝撃が、イビルジョーの喉を中心に放たれた。

 

「ッ、ぅあっ……!」

 吹き飛ばされたヒアシは、受け身を取れずに地面に転がり、咳き込む。

「ひ、あし……っ!」

 サクは必死に立ち上がろうとするが、地響きに妨げられる。

 

 頭に槍を生やした竜がのけ反り、中枢を断たれたその身体が、制御を失って倒れ込んだのだ。

 砂煙の中でしばらく痙攣していたそれは、やがて動かなくなった。

 

『……!?』

 テトルーが訝しげな声を上げる。

 イビルジョーの身体は、まるで霜が降りるように白くなっていく。

 小さかった霜はみるみるうちに成長し、やがて巨大な胞子の塊となった。それがいくつもできて、イビルジョーの頭部を覆っていく。

 やがて、歪なほどに成長したその身体は、真っ白になった。

 

 ふわふわと舞う胞子は、陸珊瑚の台地に降り注ぐ光によって照らされる。

 そこに横たわるは、一頭の哀れな白い竜。

 それはさながら、死化粧のよう。

 そして同時に、純潔を捧げる花嫁のようでもあった。

 

 美しい台地に、漸く沈黙が訪れた。

 くらりとするような甘い匂いには、生命の終わる金臭さと生臭さが混じる。

 

 サクはイビルジョーには目もくれず、必死に息をしていた。

 肩から胸にかけて、焼けつくように熱い。だが、こんな痛みなど無視してしまえ。

 自分が救わなければならないのだ。たった一人の幼馴染みを、大事な相棒を。自分が行動を起こさなければ、彼の命の炎は消えてしまうかもしれない。

 朔は、鉛のような身体を引き摺った。

 

「ヒアシ……っ、いま……君の、ところに……行くから……!」

 目の前の身体は、ぐったりと横たわっている。

 兜の隙間から見える顔は、苦痛に歪んでいた。

 腕のあった場所からは、脈打つように止め処なく鮮血が流れ出るばかりだった。太い動脈までも千切られているのだ。

 死んだ珊瑚の成れの果てである、白い砂を、赤黒い血が飲み込んでいく。

 

 一刻も早く、あの血を止めなければ。流れ出る赤い滝は、ヒアシの生命と等しい。

 ヒトの身体は、太腿から下の二本分ほどの血液量が無くなれば簡単にショックを起こして絶命してしまう。

 

 ようやくヒアシの元に辿り着いた時、彼が億劫そうに目を開けてこちらを見た。

 寄せられていた眉間のしわが、フッと消える。

 その群青は、この場に似合わない優しい光を湛えていた。

 

「さ、く……」

「……っ!」

 この期に及んで、どうしてそんな顔ができるのか。

 サクは唇を噛み締めた。

 

 ヒアシは呼吸も意識もあるが、汗がびっしりと浮いた青白い顔をしている。出血で少なからずショックが起きていることは、明白だった。

(今すぐ止血をしないと。この場所を押さえられるか、いや無理だ。でもやらないよりは……ああもう!)

 気が動転して手順がまとまらず、サクはひどく焦った。普段も超急性期の怪我人を手当てしているというのに、身内となるとここまで駄目になってしまうものか。

 サクは駄目元でヒアシの体位を変え、血塗れの腕を地面に強く押さえつける。それでもピュ、ピュッと血が溢れてくるのだから焦って仕方がない。

 

 その時、ヒアシの口元が動いているのが見え、聞き直す。

「なに?」

 耳を近づけると、微かな囁きが鼓膜を揺らした。

「いき、てて……く、て……よかっ、た……」

 

 生きていてくれてよかった。

 ヒアシは、確かにそう言った。

 自分を犠牲にしたというのに。

 大切な腕を失ってなお、相棒を気遣う言葉を、無事を喜ぶ言葉を発したのだ。

 

「……ッ!! なんで、なんで……!」

 サクは、怒りと悲しみにわなわなと唇を震わせた。自己犠牲をするにもほどがある。こんな思いをするくらいなら、いっそ自分が喰われていれば良かったのに。

 だがヒアシの言葉を聞いた途端、思考が鮮明になっていった。それと同時に、痛みが少しだけ遠のいていくような感覚があった。

 

『(よせ、チョウサダン! お前も怪我をしているだろう!)』

 ヒアシを寝かせるやいなや、治療道具を出し始めたサクに、台地のかなで族のテトルーが訴えかける。

 サクにその言葉はわからなかったが、心配してくれていることは伝わった。

 テトルーが案じたように、サクは先ほどのブレスと、その熱が伝導した防具の金属部分によって、広範囲に火傷を負っていた。火傷はその深度と範囲によっては命に関わる。

 凄まじい痛みがあるということは、真皮から下までは焼けていないのだろう。とうに気絶していてもおかしくない状態のサクを動かしているのは、気力だけだったのだ。

 

 サクは顔を顰めて脂汗をかきつつも、首を横に振った。

「もう、二度とッ……僕のせいで、ッ大切な人が、命を落とすのを……見たく、ないんだ……!」

 

 それを見たテトルーは、仲間同士で顔を見合わせると、武器を振り上げて何か意思を確かめ合った。

 直後、二匹がそれぞれ逆方向へと駆け出し、残った一匹がサクの手に自らのそれを重ね、力強く頷いた。

 

 手伝うぞ、と言われているのがわかった。

 サクはテトルーの眼差しに、ハッと息を飲む。

 種族や言葉が異なっても、味方の存在のなんと心強いことか。

「っ、ありがとう……!」

 サクは上手く動かない手で、なんとかテトルーに必要なものを伝え、いくつかの救命道具を取り出してもらった。

 

 すう、と息を吸うと、できるだけ冷静に目の前の状況を分析する。

 負傷部位が上腕である以上、体重をかけて圧迫するのではなく、止血用の帯を使うのが最適だろう。

 サクは片手で道具を確認した後、辺りを見回すが、目的のものは見つからない。焦りでさらに呼吸が乱れる。

 その時ふとある考えが浮かび、サクは腕を伸ばして近くに置いてあった自分の頭装備を手繰り寄せた。決して推奨される方法ではないけれど、手段を選んでいる暇はない。

 

『チョウサダン?』

 サクは、なんとか自分の首元と腕の紐の端をナイフで切った。

 それから、首を傾げたテトルーに防具を繋ぎ合わせている紐を外す動作を見せて、これをやってほしいのだと伝えた。

 テトルーは、その意図はわかっていないようだったが、小さな手で結び目を解き始める。

 

 その間にサクはポーチを探り、紙の包みを取り出した。

 先ほど砕いておいた貝殻の粉だった。衝撃で紙が破れ、やや中身が漏れてしまっているが、量としては十分だ。

 サクはヒアシの肩装備を慎重にずらすと、変色しかけた剥き出しの筋肉に、赤みがかった白い粉末を振りかけた。

 

 すると、音を立てて白い泡が発生し、ヒアシが呻いた。

 これでひとまず腐食は食い止められるだろう。感染のおそれも高いため最適な方法とは言えないが、今できる精一杯の処置だった。

 

「頑張って、必ず、助けるから……!」

 サクは強い光をたたえた瞳で、ヒアシを見つめた。

 ヒアシは浅く弱い呼吸を繰り返していたが、サクの言葉に微かに瞼を開け、瞬きで応えて見せた。

 

『(取れたぞ!)』

 テトルーが差し出した紐を受け取ると、サクは再びヒアシに向き合った。清潔なガーゼを創部にあて、その上から止血帯代わりの紐を緩めに結ぶ。

 そして棒を紐にくぐらせ、静かに回していった。ある程度の硬さになってくると、ヒアシが顔をのけぞらせて呻く。

「痛いね、ごめん、痛いよね。ごめんね」

 サクはヒアシの肩をさすって声を掛けながら、尚も棒を回す。

 やがて出血が止まると、サクはヒアシの左腕を自分の太腿に乗せ、生命兆候を確認した。

 弱く、そして早くなっているが、脈拍は確認できた。なんとか最悪の状態は免れたが、緊急事態は続いている。

 

 サクは懐から、光沢のある粒を取り出した。

 小さく丸められたそれは、秘薬と呼ばれる薬である。

 即時に血管収縮作用だけでなく、麻酔のような効果を発揮するため、劇薬とされる。

 しかし、動けなくなるような怪我をする危険と、常に隣り合わせであるハンターは、持ち歩くことが許可されていた。

「ヒアシ、これを噛まずに、口の中に含んでいて」

 サクが一言一言を強調するようにして指示すると、ヒアシは大儀そうに口を開けた。

 真っ青になった下唇を、サクはそっと指で広げると、歯と歯茎の間にその小さな粒を押し込んだ。

 秘薬は口腔に留めておくことで、粘膜から吸収され、素早く薬効があらわれるのだ。

 

 これで、少しでも痛みから逃れられれば良いのだが。

 応急処置はしたものの、事態の深刻さに変わりはない。むしろ、大事なのはここからだった。

 一刻も早く、拠点に戻らなければ。

 

 サクはふらつきながらも膝をつき、歯を食いしばって身体を起こす。

 神経までは焼き切れていなかったため、立った瞬間に走った、凄まじい激痛に呻いた。

 

 

 その時、パキ、と重い何かが珊瑚の死骸を踏んだ音が背後から聞こえた。

「……!」

 サクはハッと息を飲み、咄嗟にヒアシを後ろに庇う。

 

 朦朧とする意識の中で、ヒアシは音のした方へと徐に首を巡らせた。

 白い死の地面の上に立つ、黒い一頭の竜。ナルガクルガだった。

 右翼の怪我から、すぐに先ほどの個体だとわかった。あのジンオウガは連れていないようだ。

 ナルガクルガは唸り声を上げ、こちらを見ている。

 

 サクは、末梢から血の気が引いていくのを感じていた。

 

(ナルガクルガの狙いは何だ? もし敵対されたら、僕らは……!)

 

 全滅。

 考えうる中で、最悪のシナリオだった。

 息が浅くなるのがわかる。

 サクは目を合わせないように気を付けながら、ナルガクルガを見つめた。

 

 彼、または彼女の視線はゆらゆらと揺れる。

 イビルジョーの大きな亡骸と、小さな人間たちを何度も見た。

 その目元の皮膚は、みるみるうちに真っ赤に充血していった。

 中心にある瞳が、爛々と輝く。

 

「……!」

 ナルガクルガの目の奥に宿るものを見たサクは、これ以上ないほどに目を見開いた。

 襲われるかもしれないという恐怖よりも、何よりも。

 言葉が無くとも、解ってしまったのだ。

 

 あの目は、大事なものを奪われた者の目だ。おそらく、縄張りだけではない。

 自分の見立てはある程度正しかったのだと思った。手負いのナルガクルガは、かの竜によって大切な相手を失ったのだろう。もしかしたら、子が命を落としたのかもしれない。

 さぞ、さぞ辛かっただろうに。

 

 モンスターに感情移入などしてはいけないのに、その気持ちが痛いほど判ってしまう。

 サクは目蓋を伏せ、唇を噛み締めた。

 

 その時、ナルガクルガの低い唸り声に、サクはヒアシを庇う身体を硬らせた。

 勝手にこちらが同情しているだけで、向こうにとっては自分たちの意思など、関係ないのだ。

 よもや、怒りの矛先がこちらへ向けられるのではないか。

 心臓が激しく胸の内を打ち付ける。

 

 いよいよナルガクルガが尾を振り上げ、サクは咄嗟に目を瞑る。

 シュン、と風を切る音。

 だが、いつまで経っても衝撃は訪れず、サクは恐る恐るそちらを見た。

 

 そこには、地面にめり込んだイビルジョーの顔があった。

 ナルガクルガは、亡骸を思い切り叩きつけたのだ。

 めり込んだ尾を地面から引き抜くと、体当たりをしたり、刃翼で切り裂いたりと、力の限りの攻撃をする。

 

 かなで族のテトルーは、呆気にとられたようにその行動を見つめていた。最早抵抗することのない亡骸に、理不尽なまでにぶつけられる激しい怒り。

 だが、あの目を見てしまった以上、サクはナルガクルガを責める気にはなれなかった。

 自分もかつて、復讐しようとしたから。

 そしてそれは叶わず、砂を噛むような虚しさを味わったから。

 

 やがてナルガクルガは、後ろ足だけをひょいと持ち上げ、尾を振りかぶる。

 その直後、それはイビルジョーの脇腹を打ちつけた。

 音を立てて、珊瑚が崩れる。

 かの竜の巨大な白い亡骸は、下層の黄色いモヤを切り裂いて、谷の底へと消えていった。

 風の唸りが、悲しい断末魔のように聞こえた。

 

 ナルガクルガは暫く亡骸が落ちていったほうをじっと見ていたが、やがてか細い鳴き声を漏らし、走り去っていった。

 その姿はまるで、泣いているかのようだった。

 

「おわっ、た……か……」

 下から聞こえてきた、殆ど吐息のようなか細い声に、サクはぱっと振り向いた。

「っ、ヒアシ……」

『チョウサダン!』

 

 

 

 花のような珊瑚の枝の隙間から、橙に焼けた空が見える。

 はて、春にも雪は降っただろうか。もしかすると新大陸なら、そんな現象もあり得るのかもしれない。

 あまりにも美しい風景に、ヒアシはこれが彼方側というやつかと、回らない頭で考えた。

 その光を透かした二つの金色が、瞼の裏に焼き付いた。

 

 サクが何かを必死に呼びかけているが、酷く耳鳴りがして、うまく聴き取れない。

 頭の中で響くそれから逃れたくて、そのままヒアシは意識を手放した。

 

 

 

***

 

 

 

 力が抜けて重くなった──しかし、腕一本分軽くなった身体を、なんとか背負い、サクは近くのベースキャンプへと降り立った。

 

 スリンガーを戻すやいなや、サクはぐったりとしたヒアシの身体を、テントの下に横たえた。

 左腕の下に手頃な大きさの箱を置き、挙上する。再び大出血が起きるリスクを減らし、生命維持を図るためだ。

 そしてすぐさま草籠に点火し、救難信号を上げる。

 煌々とした光と煙が上がる速度さえも鈍く感じて、サクは何度も指を打ち付けた。

 武器を運んでくれたテトルーが、やや遅れてベースキャンプの入り口をくぐり抜けてきた。

 

 ハンターをはじめとして、フィールドに赴く場合は、大怪我をすることも少なくはない。そのため、ベースキャンプには応急処置の道具一式や、様々な毒に対する解毒薬などが保管されている。

 今回は緊急の偵察だったため、輸血用の血液製剤までは用意していなかったのが悔やまれた。とにかく今は急速に循環を改善して、救援を待つしかない。サクは手早く生理食塩水を炉で温め、ヒアシの腕に針を刺すと両手で輸液バッグを握り締めた。

 

 サクはバッグを吊り下げると、ヒアシの防具のうち呼吸の妨げになりそうなパーツを慎重に脱がせていった。外しながら診ていくと、腕の欠損のほか、いくつも擦り傷や打撲の跡があるのを見つけた。

 サクはキャンプに常設してある清潔な水を汲み、一つ一つ丁寧に手当てをする。

 消毒薬が滲みるのか、時折ヒアシは呻いた。

 だが、もう痛み刺激がなければ、殆ど反応を返さなくなっていた。

 

「痛いね、痛いね……。今、助けが来るから……!」

 サクは謝りながら、締めた止血帯を一度緩めて再び締める。

 一通りの処置が終わると、サクはくしゃりと顔を歪め、ヒアシの手を摩る。

 それはヒアシの痛みを緩和するための行為であったが、サク自身を励ますものでもあった。

 

 自分にできることは、全てやった。言い換えれば、今の自分には、ここまでしかできないのだ。

 もしも長く研鑽を積んだ医師であったなら、もっと良い治療ができたかもしれない。

 もっと優れた狩人だったなら、そもそもこんな怪我を負わせることもなかったかもしれない。

 

 サクはヒアシから、カクカクと震える自分のもう片方の手に視線を移すと、きつく握り締めた。

 どちらも中途半端な自分の無力さが、酷く悔しかった。

 サクは泣きそうな顔で空を見上げる。

 まだ救援は来てくれないのか。早くしないと、助かるものも助からなくなってしまうというのに。

 一秒一秒が、耐えられないほどに長く感じた。

 

 そんなサクを見かねて、テトルーが怪我をしていないほうの肩を叩いた。

『(ここに来る前に、仲間がお前達のハコに救援を呼びに行った。そう焦らずとも、じきに来る筈だ)』

 テトルーが武器の柄で地面に絵を描き、身振り手振りを使いながら説明してくれた言葉に、サクは目を見開く。

『(おあいこというやつだ。お前たちが、ヤツを倒して平和を取り戻してくれたからな)』

 テトルーはニッと口端を上げた。

 まさか、知らないうちにそんな気回しをしてくれていたとは。獣人族の温かさが、有り難かった。サクは唇を震わせながら、礼を言って微笑み返した。

 

 次第に慣れて感じなくなってきた、汗と薬品、そして血の匂いが、風に乗って鼻腔を掠める。

 やがて落ち着きを取り戻すと同時に、怪我の痛みが、自分を忘れるなと言わんばかりに振り返した。頭の中から響くような耳鳴りがうるさい。

 持ち込んでいた秘薬は使ってしまった為、もう僅かな回復薬しか残っていなかった。この怪我では誤魔化せるとは思えないが、サクは残った深緑の液体を口に含む。

 顔を顰めて痛みに耐えるサクの汗を、そっとテトルーが拭ってくれた。

 

『(大丈夫か、お前も少し休め)』

 アイルーよりも、少しだけ硬い肉球の感触。"手当て"とはよく言ったもので、その不器用ながらも優しい手つきに、痛みが和らいだように感じた。

 サクは強張った顔ながらも微笑んで見せる。

 

 それから、再びヒアシに視線を移した。

 力なく上下する胸を見て、思わず視界がぼやけた。この呼吸がずっと続いてくれたなら。すぐに手当てはしたものの、重大なリスクばかりを考えてしまう。

「ヒアシ……」

 サクはヒアシの手を握り、優しく声をかけた。

 その様子に、テトルーがそっと席を外してくれる。

 

 サクは、汗で張り付いた赤い髪をかき分け、布で額を拭った。

「考えてみたら、僕ら、再会してから働き詰めでさ、ろくにゆっくり過ごせなかったよね」

 聞こえているのかいないのか、ヒアシは呼吸を繰り返すばかりだった。痛みで無理に覚醒させるくらいなら、返事などなくてもいい。

 それでも、今伝えなければならない。大事なものを失うのはいつも予期せぬタイミングで、伝えたいことを伝えられないまま終わってしまう。

 サクはただただ、言葉が届いていることを願った。何事も、後悔してからでは遅いのだ。

 

「勿論、君とミランとの生活は楽しかったよ。でも、もっと自由に旅行とかもして、離れていた間の、君のことを知りたいなって思うんだ」

 当然、言いたいことは他にもたくさんある。それでも今は、希望のある言葉だけを贈りたかった。

 これまでヒアシと一緒に過ごしてきた日々が脳裏によみがえる。もし彼が助からなければ、ヒアシのオトモアイルーにも自分が傍にいない間に主人が息を引き取るという、一生消えない傷を負わせてしまう。

 サクは狭まる喉をなんとか制し、ヒアシに語りかけ続ける。

「ユクモに帰省するのもいいし、しばらく寒いセリエナで過ごしたから、温かいところにも行きたいなぁ。だから……」

 

 だから。

 どうか。

「……絶対に、死ぬな……っ!」

 サクは、ヒアシの手を強く握り締めた。

 目に水の膜が張るが、決して溢しはしなかった。

 今ここで自分が涙を見せてしまえば、それが望まない結末の呼び水となってしまうような気がしたのだ。

 

 こんなことになってしまったのは、自分が判断を誤ったせいだ。

 一時撤退をした時にナルガクルガに同情などしなければ、ヒアシが大怪我をすることも無かったかもしれない。

 そもそもこの調査に立候補などしなければ、他の誰かが犠牲を出すことなく、達成していたかもしれない。

 自分の我儘が、幼馴染みを危険な目に遭わせた。彼の健やかな未来を、奪ってしまったのだ。

 到底、赦されるなどとは思っていない。

 

 だが、それでも。

 あと一つだけ、叶えてくれるのなら。

「──独りに、しないで……」

 自分の輪郭を作ってくれた人たち。父だけでなく幼馴染みまで失ったら、自分はもうきっと元には戻れない。

 過去に溺れながら生きてきた人生だった。今ヒアシを喪えば、二度と水面には顔を出せなくなってしまうだろう。

 

 相棒に生きてほしいと願う気持ちに、こんな理由を付ける浅ましい自分は、どこまで身勝手な人間なのだろうか。

 どうせなら、自分を喰ってくれれば良かったものを。そうしたら、心置きなく贖罪ができるというのに。

 悉くが嫌になり、サクは視界を閉ざした。

 

 

 

 その時、ヒアシの手がぴくりと動いた。

 サクははっと目を見開く。

 

 まだ、まだ彼は生きている。

 うじうじと考えている場合では無かった。

 なんとしても、繋ぎ止めてみせるのだ。彼方になど、連れて行かせるものか。

 

 その時、頭上に影が落とされる。

 ハッと顔を上げると、テトルーを連れた同期が、翼竜に掴まって降りてくるのが見えた。

 

「ああ、やっ、と……」

 

 ぷつり、と緊張が切れる音がした。

 サクは自重を保っていられなくなり、ふらりと後ろに倒れた。

 

 自分が説明をしなければ、と思うのに、どうしても身体が言うことを聞かない。

 仲間が何か呼びかける声が遠くなるのを感じながら、サクはそのまま意識を手放した。

 

 

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