妖魔世界図   作:オンドゥル大使

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第14話「実力と別腹」怨霊調伏篇

 

 むっとしてレンは言い返す。

 

「馬鹿にすんな」

 

 如意棒を握る手に力を込める。右手首に巻いた数珠に刻まれた黄金の螺旋が如意棒へと移り、拳二つ分ほどの如意棒を包み込む。すると、次の瞬間、光が伸長した。レンが構えると、光が弾け黄金の粒子が舞い散る。レンは如意棒を前に翳し、「これでどうだ?」と言い放つ。高畑はしばらく黙って見つめていたが、やがて息をついた。

 

「なるほど。基本はできているみたいだな。だが……」

 

 立ち上がりカウンターから出てきてレンへと歩み寄る。レンは後ずさろうとしたが、ここで退けば馬鹿にされると思いその場に踏み止まった。高畑が如意棒に触れる。ぐっと目を瞑ると、如意棒が光に包まれた。レンが目を見開いていると、如意棒が収縮し光が晴れた。そこにあったのは元の拳二つ分の長さに戻った如意棒だった。黄金の血脈が失せ、ただの石の棒と化している。レンが言葉をなくしていると、高畑が鼻を鳴らした。

 

「法力制御がまだまだだな。俺が触れた程度で解けるんじゃ意味がない」

 

 高畑が踵を返し、カウンターへと向かう。レンは面食らった様子で高畑と如意棒を何度か見比べた。

 

「あんた、何を……」

 

 高畑はカウンターに座り、羊羹をまた口に入れて味わってから、応じる声を出した。

 

「法力制御のバランスを崩してやっただけだ。右手首の数珠から法力を一点に集約して如意棒のエネルギーとして変換している。だが、お前の法力にはむらがある。一点に集まっているはずが、どんどんと漏れているってわけだ」

 

「そういうことじゃなくって、どうしてあんたが如意棒を制御できる?」

 

「作り手だからに決まってんだろ。如意棒の機構は頭の中にちゃんと入ってんだよ」

 

 高畑がこめかみを指差して放った言葉に、レンは唖然としていた。手の中にある如意棒へと目を向ける。もう一度、如意棒に力を込めようとして、それを高畑の声が遮った。

 

「やめとけ。今の如意棒は法力をわざと崩されている不安定な状態だ。無理に力を込めると、制御機構がいかれちまう」

 

 その言葉にレンは力を抜いて、高畑を見た。高畑は羊羹を頬張っており、レンの視線など意識の外にしている。レンの中では疑問が渦を巻いていた。どうして高畑はそこまで知っている。どうしてそこまでできる。作り手という言葉は本当なのか。冗談にしては先ほどの行動と台詞は――。

 

 レンは画材ケースに如意棒を戻し、高畑へと尋ねた。

 

「あんた、こいつを作った人間だって言ったよな」

 

 羊羹を平らげた高畑は口元をティッシュで拭いながら、「ああ、言った」と応じる。

 

「何で、こんなもん作ったんだ? あんたは妖怪とかと関わりがあるのか?」

 

 高畑は面を上げた。丸眼鏡越しの視線とレンの視線が交錯する。高畑はしばらくレンの目を見つめてから、重々しく口にした。

 

「俺自身が妖怪だとは考えないのか?」

 

 突然の言葉にレンは息も忘れて言葉を詰まらせた。何か言い返す前に、高畑は爪楊枝でレンの持っている画材ケースを示す。

 

「そいつを作ったのは他の妖怪に狙われないためで、俺の存在自体が普通の人間には見えないとしたら? 妖怪と関わりがあるとかそういうぬるい考えかたじゃなく、俺そのものが妖怪であるのならばその疑問は氷解しないか?」

 

 いきなり突きつけられた言葉に、レンは戸惑いながらも半分納得している自分を見つけた。人通りのない急な坂道の上に立つ平屋。そこに一人で住む人間。昨日、春日と共に来た時も誰一人としてこの平屋にはいなかった。妖怪と一緒にされたくないという言葉を春日から聞いたが、それもカモフラージュだとしたら。春日は見える人間だ。だから、自分に世話を頼んだ。同じように見える人間でなければ世話ができないから。そう考えれば全ての辻褄は合う。如意棒を作り、法力の使える人間に扱わせることで力の弱い自分のような妖怪を守ってもらっているとしたら、それだけでも充分な理由ではないか。レンはカウンターの中にいる高畑を見据えた。妖怪じみた言動があったわけではないが、レンのような得体の知れない人間を嫌っているのもそのせいなのか。だとすれば、妖怪だという説がついに現実味を帯びてくることに――。

 

 そこまで考えた時、高畑は不意に口元を歪ませた。その笑みが妖怪そのもののように見えて、レンは身体を固くした。

 

「あんた……」

 

 レンが身を沈ませ、画材ケースを掴む。如意棒を仕舞ったのは失敗だった。この状態では何が起きても対応するのが遅れる。歯噛みしていると、高畑はふっと笑んだ口元を緩ませて、吹き出した。高畑はカウンターを叩いて腹を押さえている。溢れ出る笑い声にレンが呆然としていると、高畑はレンを指差して、「かかったな」と言った。

 

「俺が妖怪なわけないだろうが。全く、馬鹿みたいに真剣な顔しやがって。冗談だよ、冗談」

 

 その言葉でレンは身体から力が抜けると共に、ふつふつと怒りが湧いてきた。からかわれたのだと分かり、返す言葉を探す前に高畑が口を開く。

 

「大方、俺が弱い妖怪で強い妖怪から身を守るために法力のある人間を利用しようとしているとかいうシナリオだったんだろうが、そう簡単なものかよ。少なくともお前みたいなガキが思いつく行動で生きているわけねぇだろ」

 

 レンの思考がそのまま当たっていたので、思わず顔を背けた。図星、と自分で主張しているようなものだった。高畑は爪楊枝で歯に詰まったかすを掃除しつつ、「安心しろ」と言った。

 

「俺は人間だよ。妖怪は見えないが、いることは知っている。法力も少しばかりなら使えるぜ」

 

「見える人間にしか法力は使えないって春日が言っていたが」

 

「そりゃ、お前の聞き間違いだろう。見える人間にしか、じゃなくて見える人間には、少なからず法力はある、が正しい。でも、見えない人間にもあるんだ。むしろ、そういう人間のほうが多い。世の中を知らない奴だな」

 

「悪かったな」とレンが言い返すと、高畑は口元に微かな笑みを浮かべた。

 

「口の減らねぇガキだな、全く」と呟き、壁にかけられている時計に目をやる。レンも腕時計に視線を落とした。一時間程度しか経っていなかった。

 

「ガキ。今日は帰れ」

 

「はぁ? 何で――」

 

「いいから帰れってんだ。世話って言ったってお前にしてもらうことなんかねぇ。今日はもういいって言ってんだ。そっちだってそのほうがいいだろ?」

 

 レンが戸惑っていると、高畑は手を払って、「帰れよ」と再三、口にした。レンはここまで言われているのに居座るのも馬鹿馬鹿しくなった。相手がもう帰っていいと言っているのだ。門前払いされたわけではないと自分の中で言い訳を作った。

 

「……分かったよ。帰りますよ」

 

 レンが身を翻すと、その背中に、「おい、ガキ」と声がかかった。レンが憮然とした態度で振り返る。

 

「何だよ。帰っていいんじゃなかったのか?」

 

「明日も如意棒持ってこい。そのままじゃ宝の持ち腐れだ。職人直々に、馬鹿でも分かるように使い方を教えてやるよ」

 

 その言葉にレンは何も返さなかった。ぷいと前を向いて、レンは高畑の家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん。如意棒の使い方、ねぇ」

 

 正面に座ったミャオがそう言って頬杖をついた。レンは無愛想に、「ああ」と返した。牛肉の匂いが漂っている。レンとミャオは牛丼屋に来ていた。レンが事務所に戻ると、ミャオは事務室のソファにあられもない姿で寝転がって漫画を読んでいた。レンが見咎めると、ミャオは、「まだ帰ってくるとは思わなくて」と照れ笑いを浮かべた。

 

 レンが、「飯、食いに行くか?」と誘うとミャオは牛丼がいいと言った。本当にそんなものでいいのかと尋ねたが、ミャオは譲らなかったのでレンとミャオは早めの夕食を取ることにした。

 

「お前は如意棒の使い方について春日から何か聞いてないのか?」

 

「うーん。春日さん、そういうものはあたしには触らせてくれなかったし。ほら、これでも一応妖怪だから。祓われちゃったら困るでしょ?」

 

「祓われるも何も、普段は石の棒だぞ。いやまぁ、使っていても石の棒には違いないが」

 

 レンの前に牛丼並盛りが運ばれてきた。一方、ミャオの前には牛丼特盛りがどんと置かれた。さらに味噌汁と生卵をつけている。レンは食べる前から胃もたれするのを感じた。

 

「そんなに食えんのかよ」

 

「女の子は別腹なのです」

 

「それってデザートとかの話だろ。普通の食事じゃねぇか」

 

「あーっ、レン君デザートとか今時古いよ。最近はスイーツって言うんだよ」

 

「妖怪に今時のことを指摘される覚えはないんだけどな。俺は流行には疎いから知らん」

 

 レンが箸を取ると、ちょうど取ろうとしていたミャオの手と重なった。ミャオが「ご、ゴメン」と手を引っ込めて顔を赤らめるが、レンは意に介せずに普通に箸を取った。

 

「……レン君、あたしに対して冷たくない?」

 

「そんなことないだろ。こうやって飯を一緒に食ってやっている。むしろ対等に見ているくらいだ。いただきまーす」

 

 ミャオも箸を取り、「いただきまーす」と言って生卵をとき始めた。レンは丼の上に乗っている肉とご飯を合わせて少しずつ食べる。それを見ていたミャオが微笑んだ。

 

「レン君、一回に食べる量少ないんだね」

 

「悪いかよ。こういう風に育ったんだ」

 

「いちいち攻撃的だよね、レン君の言葉遣いって」

 

 ミャオが生卵を牛丼にかけ、ご飯と混ぜ始める。レンは少しずつ食べながら、話を切り出した。

 

「で、如意棒については何も聞いてないんだな?」

 

 ミャオは味噌汁を飲もうとして、「熱っ」と舌を出して目の端に涙を溜めた。そういえば猫舌だったか、とレンは思い出す。

 

「味噌汁は最後の相手だね。じゃあ、まずは牛丼から片付けますか」

 

「話聞け。如意棒についてのこと、本当に何も聞いてないのか?」

 

 ミャオは丼を持って、ご飯と肉をかき込んだ。食の細いレンからしてみれば、ミャオの食べ方は掃除機のようだった。口の中のご飯を呑み込んでから、ミャオは言葉を発した。

 

「聞いてないよ。しつこいなぁ。第一、発動したのはレン君が持ってからだよ。それまではずっと春日さんが保存してたけど、ああいう風に伸びたり縮んだりするようになったのはレン君が持っているからでしょ。春日さんが使っているのは見たことないし」

 

「じゃあ、春日でも如意棒の使い方は知らないってことか」

 

 ミャオはまた丼をかき込んでから、大きく頷いた。

 

「多分ね。春日さんはあくまで管理だけって感じだったし。そのレン君の話にあった高畑さん?」

 

「ああ」

 

「その人は如意棒を自分が作ったって言っているんだよね」

 

 レンは高畑の言葉を思い出す。確かにレプリカだが自分が作ったと言っていた。それを証明するように発動した如意棒を無効化までしてみせた。

 

「発動した如意棒の無効化なんて春日でも多分できない。作ったって話は、本当だと思う」

 

「嘘ついている可能性はないの?」

 

「ついてどうすんだよ。相手にメリットないだろ。何かしらのトリックを仕掛けられたって感じでもないし、やっぱり製造者だから如意棒の機構を知り尽くしているってことなのか……」

 

 小さな一口を口に運びながらレンは考えを巡らせる。高畑は使い方を教えると言った。つまりレンが使っている如意棒はまだ真価を発揮していないということになる。その真価を引き出せるのが高畑という存在なのか。嘘か真かはやはり行ってみなければ分からない。

 

「レン君。明日も行かなきゃいけないんだよね?」

 

「ああ、うん。一応、如意棒持ってこいって言われてる」

 

「言う通りにするの?」

 

「逆らう理由もないからな。教えてもらえるんならそれに越したことはないし。ただ……」

 

「ただ?」

 

 レンは箸を口に運びながら、眉をしかめて忌々しげに言葉を発した。

 

「あのジジィに教わるってのだけが気に食わねぇ」

 

 その言葉にミャオは苦笑を漏らした。

 

「レン君。相当嫌なんだね、その人」

 

「当たり前だろうが。昨日は大喧嘩したんだぞ。今日だってこっちが意地にならねぇと玄関にすら入れねぇんだ。強情なじいさんだよ、ったく」

 

 思い出したら苛立ちが募ってきたのか、速いペースで牛丼を口に運ぶ。ミャオは味噌汁を冷まそうと息を吹きかけながら、「うーん。でも」と言った。

 

「あたしにはそんなに悪い人には思えないんだけどな。その高畑さん」

 

「それは俺というフィルターを通しているからだ。あいつを前にしたら、お前だって裸足で逃げ出すぞ」

 

「そうかなぁ。あたし、好き嫌いは激しいほうだけど、レン君の話を聞く限りじゃ、嫌いにはなれないな」

 

 ミャオの感想にレンは意外よりも価値観を疑った。もっとも、ミャオは高畑と直に会ったことがないから当然といえば当然なのかもしれない。それでもレンが抱いている苛立ちが欠片にも伝わっていないのは癪だった。

 

「じゃあ、ミャオ。逆にお前が嫌いなタイプってどんなのだ?」

 

「えっ、急に聞かれても困るんだけど」

 

 ミャオは味噌汁に口をつけて少しずつ飲んでから、頬杖をついて中空に視線を向けた。レンは牛丼を食べながらその答えを黙って待っている。やがてミャオが、「あっ」と思いついたように言った。

 

「自分勝手な人とか嫌いかなぁ」

 

「じゃあ、お前自分自身が嫌いってことになるじゃんか」

 

「何で?」

 

 ミャオが小首を傾げる。レンはミャオを指差して言った。

 

「お前、自分が一番自分勝手だって気づいてないのか?」

 

 その言葉にミャオが頬を膨らませて抗議した。

 

「レン君、ひどいよ。じゃあ、何? あたしは自分がこの世で一番嫌いってことになっちゃうじゃん」

 

「まぁ、突き詰めればそうなるか」

 

「やだよ。せめて自分だけはこの世で一番好きでいたいじゃない」

 

「そうか? 自分が嫌いって人間は多いだろ。って、お前は人間じゃなかったか」

 

「猫でも考え方は人間と同じだよーだ。馬鹿にしないでよ」

 

 ミャオが苛立ちをそのままに丼を凄まじい勢いで平らげる。レンはそれを唖然として眺めていた。

 

「……三口、か」

 

「ん? 何が?」

 

 口元を拭っていたミャオが不思議そうな目を向ける。レンは、「いや、何でもない」と応じた。

 

「じゃあ、みんな自分大好きってことか? そんな世の中都合いいわけないだろ」

 

「でも、自分だけは裏切りたくないって人、多いんじゃないかな。自分に嘘ついてまで生きなくても」

 

「それは妖怪の見方だろ。人間ってもっと複雑だよ。自分偽って生きている人間なんて大勢いるだろ」

 

 現にレン自身が四ヶ月前までそうだったのだ。ストレスと仮面なしで生きていけるほど現代は優しくできていない。誰だって装飾された仮面を被っている。問題なのはその装飾が過剰かどうかだけだろう。

 

「そんなものなのかな。でも、それって悲しいよね」

 

「悲しんだって現実は変わらないだろ。年取れば、折り合いつけるのだけがうまくなっていくんだろ」

 

「あたしはそうでもないけどねー」

 

 ミャオが欠伸をしながらそう言った。思えばミャオが他の猫といるところをレンは見たことがない。単にミャオが群れるのを嫌っているだけなのか。それとも――、と考えてその思考を打ち切るように首を振った。目の前にいる相手の孤独さをはかれるような人間になった覚えはない。それは傲慢というものだ。

 

 レンは牛丼を食べ切り、両手を合わせて「ごちそうさま」と言った。ミャオはまだ味噌汁を飲むのに手間取っているらしい。牛丼は三口で食べたくせに、とレンは思った。

 

「で、レン君は高畑さんのこと、どうするの?」

 

 話を引き戻され、レンは思案するように中空に視線を固定した。

 

「とにかく、行ってみるしかないよな。どっちにしろ、一週間は通わなきゃならないんだし」

 

「大変だよね。春日さんの頼みとはいえ、嫌いな人のところに通わなくっちゃいけないんだもん。それも手土産持って」

 

「前向きに考えれば、それってある意味最高の嫌がらせになるのかとも思うけどな」

 

「それってどちらかというと後ろ向きじゃない?」

 

 思わずレンは笑った。それにつられるようにミャオも微笑む。ミャオは水を飲んでから、店員を呼んだ。

 

「すいませーん。杏仁豆腐ください」

 

 その言葉にレンはぎょっとした。

 

「まだ食うのか?」

 

「言ったでしょ、レン君」

 

 ミャオはふっふっと不敵な笑みを浮かべながら指を振った。

 

「女の子は別腹だって」

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