妖魔世界図   作:オンドゥル大使

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第15話「力の振るい方」怨霊調伏篇

 

「持ってきたか?」

 

 高畑に尋ねられ、レンは如意棒を取り出した。右手で掴み、まずは身の丈ほどに伸長する。目を閉じるまでもなく、伸びろという思惟が指を動かすように容易く如意棒に送り込まれたのが分かった。その証拠に如意棒は一瞬で光を纏い、弾けさせてその身を伸ばしていた。レンが目をしばたたいていると、高畑が「よし」と声を出した。

 

「じゃあ、今度は縮ませろ。昨日と同じ、サバイバルナイフくらいの長さにだ」

 

 レンは目を閉じた。右手へと意識を集中させ、脳裏にナイフの長さを思い描く。描いた像が崩れ、螺旋を描いてレンの内奥へと落ちていく。その螺旋が腕を伝い、右手首に至った瞬間、レンは目を開いた。

 

「縮め!」

 

 その言葉に呼応したように如意棒が光を纏い、一気に収縮した。レンの手にナイフ程度の長さに落ち着いた如意棒が握られている。それを見た高畑は鼻を鳴らした。

 

「目を閉じなきゃできねぇのか?」

 

 レンはその言葉にむっとして何か言い返そうとしたが、確かに目を閉じていたのでは実戦では使えない。至らない点だと思いつつ顔を伏せていると、「だが」と高畑が立ち上がった。その口元には笑みが浮かんでいる。レンへと歩み寄ると、如意棒に手をやった。

 

「少しはマシになったじゃねぇか。法力制御もまずまずのところで安定している。あとは実戦でどれだけ使えるかだな。今のイメージをすぐに頭から引き出せるようにしておけ。必死にならなきゃ出せねぇ技なんて意味ないんだからな」

 

 高畑が如意棒の法力を崩し、如意棒は元の長さに戻った。レンは如意棒を画材ケースに戻しながら高畑に尋ねる。

 

「あんた、どうしてこんなことを俺に教える?」

 

 高畑はカウンターに戻り、レンへと顔を向け直して、「あん?」と応じた。

 

「そりゃ、俺の作った武器だからな。使えない奴に使われるよりかは、使える奴が使ってくれたほうがいい。お前は初日はいけすかねぇし下らねぇガキだったが、今は使えるガキにはなってきた」

 

「どっちにしろ、ガキ扱いかよ」

 

 レンが不満を漏らすと、高畑は肩を揺らして笑った。羊羹を爪楊枝で切り分けて、「ならよ」とレンを指差した。

 

「お前、名前教えろよ。ガキ呼ばわりされるのが嫌ならな」

 

 レンは今更名乗るのも気が引けたが、ガキ呼ばわりされるよりかはマシだと小さく呟いた。

 

「……帷、レン」

 

「レン、か。じゃあ今日からレン坊だ」

 

 高畑が羊羹を口に放り込んで笑みを浮かべた。レンはその呼び名に抗議の声を漏らす。

 

「坊って何だよ。結局、ガキ扱いじゃねぇか」

 

 いきり立って反発するレンを意に介さずに高畑は湯飲みを口に運ぶ。羊羹を頬張り、鼻を鳴らした。

 

「心の背丈まで小さいのか? それぐらい流せよ、男らしくねぇな」

 

「いい気分じゃねぇだろうが、坊って呼ばれるのは」

 

 レンが言い返すと、高畑はふぅと息をついた。

 

「一端の口が利けるようになりたけりゃ、うちの春画を買えるくらいに金を貯めるか、如意棒をもうちょい使いこなすんだな」

 

「春画はお断りだ。春日にでも言ってやれ。あいつはきっと喜ぶ」

 

 レンの言葉に高畑は手を叩き、「そうだ」と思い出したように立ち上がった。奥へと引き返し、戻ってくると黒い箱を持っていた。その箱をレンへと差し出す。レンが怪訝そうな目を向けていると、高畑が口を開いた。

 

「手土産だ。持っていけ」

 

 レンは高畑と箱を交互に見やってから、受け取りつつ、どういう風の吹き回しだと考える。

 

「中に何が入っているんだ?」

 

「事務所に戻ってから開けるといい。三日分の金海羊羹の礼だ。トオルによろしく言ってくれ」

 

「春日に渡せばいいのか?」

 

「お前にゃ、多分、価値は分からねぇよ」

 

 どんな代物が入っているのか、レンは気になったがそれ以上追求はしなかった。高畑が時計を見やり、「今日はもういい」と手を払う。レンはそれに従い、踵を返した。その背中に、高畑の声がかかる。

 

「明日からのことだが」

 

 レンが振り返ると、高畑は羊羹を口に含んでレンの顔を見ずに言った。

 

「来ても来なくてもどっちでもいい」

 

 その言葉にレンは身体を向き直った。

 

「そういうわけにはいかねぇ。春日から一週間あんたのことは任されている」

 

「そのトオルから今朝、連絡が来たんだよ。今日中に予定は終わりそうだから明日にでも顔を出すってな」

 

 レンの元にはそのような連絡は来ていないだけに、高畑の言っていることが事実かどうかは疑わしかったが、高畑がわざわざそのような嘘をついてまでレンを追い払う理由もない。春日が戻ってくるのならばそれに越したことはなかった。

 

「そうか。じゃああんたと会うのも今日で最後か」

 

「そうなるな。せいせいしたか?」

 

「まぁな」

 

 レンはそう返すと、扉に向かって歩いた。その時、高畑が小さく言葉を発した。

 

「俺は少しばかり面白かったぜ。自分の武器の使い手と会えてよ」

 

 レンはその言葉には応じずに、扉を開けて店から出た。何故だか知らないが、もう一度高畑と喋ってみたい気になったのは、一種の気の迷いだったのだろうか。如意棒一つで繋がっていた関係が断絶されて、どこかしら虚無感を覚えないでもなかった。初日はこんなに斥力を感じる人間がいるのだろうかと思ったが、いつの間にか高畑との関係はよくなっていたのだろうか。扉にかけた指に力を込め、レンは呟いた。

 

「それでも、今日で最後だ」

 

 レンは身を翻し、店の外から高畑へと向き直った。高畑がカウンターの中からレンを見つめる。レンはその場で頭を下げた。三日間とはいえ、教えを乞うたせめてもの礼儀だった。顔を上げると高畑は面食らったように目を丸くしていたが、やがて顔を背けて小さく言った。

 

「……そういうのは似合わねぇぞ、レン坊」

 

「俺も、そう思っている」

 

 その言葉を潮にして、レンは店の扉を閉めた。最後に垣間見た高畑は気のせいか微笑んでいるように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レンが事務所に戻ろうと裏通りを行くと、今日もアカリがミャオに猫缶をやっていた。そのまま素通りするわけにもいかず、アカリへとレンは声をかけた。

 

「よお」

 

 片手を上げて挨拶すると、気づいたアカリが同じように片手を上げた。

 

「今日もテストで早めに終わったから来たんだ」

 

「毎日来る必要もないだろ。ミャオだってそこら辺で飯食っているだろうし、お前の出費だって馬鹿にならないんだから」

 

「そうだけど、なんか気になっちゃうんだよね。この子のこと」

 

 アカリがミャオの頭を撫でる。ミャオは小さく鳴き声を上げて、喉を鳴らした。ミャオ自身はどう思っているのかは知らないが、迷惑とまでは考えていないだろう。レンが屈み込むと、アカリがレンの持つ黒い箱を指差して尋ねた。

 

「レン君。それ、なに?」

 

「ん。ああ、これは」

 

 実のところ中身は分からないのでレンにも説明しようがなかった。しかし高畑がこの三日間を労ってくれたものだから悪い物ではないのだろうとレンは思っていた。

 

「仕事の関係でもらった。手土産とか何とか。開けてみるか?」

 

 事務所で開けろと言われていたがミャオが確か事務所の鍵を隠し持っているはずなのでどちらにせよ今は行けない。ならば、ここで開けてもいいだろう。

 

「うん。何だか気になるし」

 

 アカリの声にレンは箱を開いた。金海羊羹のお返しならば菓子だろうか、と考えていると、目に飛び込んできたのは紙だった。菓子の包みか、と思ったがそれにしては薄っぺらい。菓子を包んでいるようには見えなかった。一枚目は白紙で、レンとアカリは不思議そうな顔を見合わせてから、紙を捲った。

 

 その瞬間、視界に入ったものにレンとアカリは目を点にした。箱に入っていたのは一枚の絵だった。それもただの絵ではない。男と女が複雑に絡み合う様を描写した淫猥な春画だった。レンの顔がカッと熱くなる。アカリに視線を転じると、アカリも顔を赤くしてまともに春画を見られないようだった。

 

「……えっと、レン君がそういうのが好きなら別にいいよ。だって、男の子だし。うん。わたしは、別にいいと思う」

 

 レンは抗弁の口を開こうとしたが、目の前に現物があってはどうにも始末が悪い。レンは一度箱の蓋を閉じてから、言い訳を作ろうとするとアカリは立ち上がった。レンは箱を抱えたまま、アカリを見上げる。

 

「ちょっと熱っぽいから、今日は帰るね。レン君、じゃあね」

 

 そう言い残し、アカリは裏通りを駆けていった。取り残されたレンとミャオはしばらく沈黙していたが、やがてミャオが吹き出した。

 

「レン君、やっちゃったねー」

 

 レンはぷるぷると手を震わせながら拳を固く握り、「高畑のジジィめ……」と呟いた。

 

「頭下げたの取り消せ! このやろー!」

 

 叫びは虚しく裏通りに響き渡った。ミャオが一つくしゃみをした。

 

 

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