妖魔世界図   作:オンドゥル大使

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第20話「個人の価値」怨霊調伏篇

 

 アパートに帰り着くと西垣が変わった風貌で出迎えた。長髪を流したホストのような髪型でストライプのスーツを着込んでいる。まるでシマウマのように見えた。西垣はその姿を凝視していたレンの視線に気づいたのか、「ああ、これ?」と応じた。

 

「明日のコスプレイベントで着るんだよ。俺は魔法少女がいいって言ったんだが、女性陣が聞かなくってな。仕方なくバーテンダーとホストの混じったみたいな格好をすることになっちまった」

 

 面目ないとでも言うような口調で西垣が言う。レンは女性陣の意見は恐らく正解だと内心に思いながら感想を口にした。

 

「なんか、イケメンの真似事みたいだな」

 

 レンの言葉に西垣は人差し指をびしりと向ける。

 

「ホント、それだよ。俺、そういうのはしない主義だったんだが、今回はうるさくってな。仕方がないからせめてもの抵抗に、これ着たまま夜を明かすことにしたんだ」

 

「髪型のセットとか面倒くさいからか?」

 

 レンの質問に西垣は指し示していた指を立てて左右に振った。

 

「いやいや。その程度を面倒くさがっていては二流だな。セットとかメイクとかは構わないんだが、俺をこんな格好に仕立て上げた奴らへのささやかなる復讐かな。当日臭いとか言われても、俺のせいじゃないと言い張れる」

 

 西垣が腕を組んで憮然とした態度で言い放つ。レンは西垣の根性に舌を巻いていた。これほど言うのだから相当魔法少女とやらをやりたかったのだろう。そのこだわりを崩されて今の西垣はご立腹のようだった。

 

「まぁ、確かに。こだわりとかを否定された挙句に押し付けられたら堪ったもんじゃないよな」

 

「だろ。さすが帷。話が分かるな」

 

 レンの肩を叩いて西垣は微笑んだ。学校でもこんな調子なのだろうか。だとしたら、きっと好かれているのだろうと思う。

 

「そういや聞いたか。明日、テレビが来るんだと」

 

「ああ、バイト先で聞いた。有名なのか?」

 

「俺もその筋から聞いただけだから確定情報かどうかは分からないが、ある程度信頼はできる。噂では特報班の撮影だって言ってたな」

 

「特報班? 何だ、それ」

 

 レンの言葉に西垣は信じられないとでも言うように目を見開いた。震える指先でレンを指差し、「まさか」と喉の奥からの呻きを発した。

 

「帷。お前、『情報ハンティング! 特報班』知らないの?」

 

「聞いたこともない」

 

「最近話題のバラエティだろうが。学校でもよく話題に……あ、いや、悪い」

 

 レンが学校を辞めたことを思い出したのだろう。西垣はばつが悪そうに顔を伏せた。レンは、「いいって」と返す。それでも気にするのが西垣という人間で、「でもよ」と煮え切らない様子だった。空気を変えるためにレンから話を振る。

 

「そんなに面白いのか?」

 

「面白いも何も、高視聴率だぜ。ここ数週で一位何度も獲っているんだ。本当に知らないのか? あの桐坂ミヤビも出ているのに」

 

「桐坂、ミヤビ?」

 

 聞いたことがあった。どこでだろうと記憶を探ると、アカリの話と昨日の女性の名前だったことを思い出す。西垣が、「ミヤビ様も知らねぇのか?」と訊いた。その呼称は初めて聞いたので、「ミヤビ様?」と尋ね返した。

 

「とんでもない美人だろうが。噂じゃモデル事務所のスカウトもあるらしいが、本業である新興宗教の巫女としての役割は捨てられないから無理なんだと。勿体無いよなぁ」

 

「新興宗教って、何だ? そんなもんの関係者がテレビ出てんのか?」

 

 レンはテレビを点ける習慣がないので、バラエティなんてものは芸人やタレントだけが出るものだと思い込んでいた。

 

「知らないのかよ。これも有名だぜ? 宗教法人、桐宗。そこの巫女をやっているんだと。ミヤビ様の舞なんかも入信したら見られるらしいけど、それを見るのにも莫大なお布施がいるんだ。世の中、何でも金だよな。嫌になっちまう」

 

「何で、様なんて呼ばれているんだ?」

 

「桐宗の呼び名だってよ。いつの間にか一般化したのはワイドショーなんかで取り上げられ始めてからだな。悪霊退散し、浄の力で祓い清める、っていう感じで、神聖な感じがすごいすんだよ。特報班でもそのコーナーがほとんどレギュラー化してさ。おかげで高視聴率マークしているようなところはあるよな」

 

 レンは「ふぅん」と聞き流しながら、ミヤビのことを思い返した。同一人物ならば見えていないはずだ。それなのにどうやって祓い清めるというのか。インチキと本物の違いを知っているだけに、レンはその方法が気になった。

 

「どうやるんだ? それ」

 

「どうって。こんな感じで鈴とか紙のひらひらがついた棒を持ってだな」

 

 西垣が両手に何かを持つ仕草をして頭を振って怪しい踊りをする。そんなもので祓えれば苦労しない、とレンは知れず如意棒の入っている画材ケースへと手が行っていた。ミヤビというのが自分を超える本物とは思えない。何か裏があるのか、それとも――。

 

「西垣。そのバラエティ番組、録画しているのか?」

 

「ああ。毎週録っているけど。まぁ、録るようになったのはミヤビ様が出てからの回ばかりだが、それがどうした?」

 

「よかったら見せてくれないか。少し興味が湧いてきた」

 

 レンの言葉に西垣は面食らったように目をぱちくりとさせていたが、やがて笑みを浮かべた。

 

「どうかしたのか?」

 

 西垣の様子にレンが首を傾げる。西垣は、「いや」と顎に手を添えた。

 

「そうか。帷が俺の好きなものに興味示してくれるのって初めてだからな。少し嬉しいんだ」

 

 レンは西垣に招かれ、部屋へと入った。六畳間なのはレンの部屋と同じだが、大きなクローゼットがあり、綺麗に掃除されていた。勉強机の類はなく、中央にあるテーブルにノートパソコンが置かれている。西垣はテレビを点けて、録画してある番組を選択した。レンが所在なさげに立っていると、西垣が座布団を出して座るように促す。レンは座布団に座り、テレビに視線を向けた。番組が選択され、テレビに映し出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前回撮影した『情報ハンティング! 特報班』のVTRを見ていると、不意に扉をノックする音が響いた。ミヤビは映像を一時停止して、扉へと向かう。鍵を開けるとマネージャーが入ってきた。

 

「すまないね。夜分に」とマネージャーは口にするが、本気でそう思っているわけではないのだろう。ミヤビの時間はほとんど誰かや何かのためのあるようなもので、完全なプライベートなどなかった。だから、いつ訪ねてこられようが文句は言えないのだ。

 

 ミヤビの表情を察したのか、マネージャーが、「迷惑だったかな」と尋ねる。「別に」と無感情に返し、ミヤビは部屋の中へとマネージャーを通した。テレビ画面に映し出されている映像を観て、マネージャーは訳知り顔でミヤビへと振り返る。

 

「事前の予習でもしていたのかい?」

 

 ミヤビは応じずに椅子を差し出した。マネージャーは肩を竦めて椅子に座り込む。ミヤビはテーブルを挟んで自分の椅子を引き寄せて座った。

 

「座ってまで言う用事じゃないんだが、衣装ができたと連絡があった。いつもの巫女服の衣装だ」

 

「その用事だけで訪ねてきたわけじゃないんでしょう」

 

「そうだね。それだけならば電話で伝えればいい。僕はね、君に今一度確認しておかなければならないんだ」

 

 マネージャーは立ち上がった。そのままテレビのリモコンを手に取り、操作して映像を再生する。映像の中のミヤビが舞を始め、手に持った鈴の音が暗い一室の中に鳴り響く。

 

「君は力を持っている。見えざる者と対峙し、それを祓い清める力。そうだね?」

 

「今更、何を言っているの? 私は今までもちゃんとやってきたじゃない。そんなの確認するまでもないでしょう」

 

 ミヤビの言葉にマネージャーはテレビの映像へと目を向ける。スタジオの様子が左上に四角く表示され、ミヤビの行動に驚嘆しているようだった。

 

「スタジオの人たちはお金を払っているから、君の仕事に感心もする。テレビは大衆娯楽だ。スタジオの様子がそのまま世間の反応と見てもいい。言うなればお茶の間の人々は君に感情移入しているのではなく、君を見るスタジオのタレントに感情移入しているんだ」

 

「……何が言いたいの」

 

 マネージャーの言葉にミヤビは苛立ちを募らせる。マネージャーは映像を一時停止させて、ミヤビへと振り返った。テレビから投げられた光がマネージャーの顔の半分を照らし出しているが、もう半分は陰になっていた。

 

「君は、自分の存在意義に懐疑しているようだが、そんなのは意味がないし、世間の理解も得られないと言っているんだ。逃げたのはそこら辺が原因なのだろう。でも、君に感情移入できる人間なんていない。見えているものが違うんだ。僕だって君の全ては分からない。長い時間、一緒にいてもね。それなのに、どうして一般人に肩入れしたんだい?」

 

 マネージャーの言葉はミヤビの出会った少年のことを言っているのだと分かった。昨日はそのようなことを言わなかったのに前日に言うということは恐らくミヤビに揺さぶりをかけているのだ。

 

「見ていたみたいな言い方をするのね」

 

「君は撒いたと思っていたみたいだけど、そう簡単に撒けるほど桐宗の護衛はやわじゃないからね」

 

「実際、見ていたってわけね」

 

 その護衛から聞いた話なのだろう。ミヤビは少年の身の安全を心配したが、それも意味がない。全ての事態はミヤビの与り知らぬところで起こっているのだ。

 

「趣味が悪い」と吐き捨てると、マネージャーは屈んでミヤビの顔を覗き込んだ。

 

「誤解だなぁ。マネージャーとしての責務という奴だよ。君はもうタレントと言ってもいい。そんな君が不用意に自分のことを一般人に話していると分かれば警戒するのは当然だろう。まぁ、詮索はしないし、その少年をどうこうしようってわけじゃない。ただ、これから気をつけてもらいたいんだ。君自身の待遇のためにもね」

 

「脅しているの?」

 

「まさか」とマネージャーは首を横に振り、笑顔を振り向けた。しかし、ミヤビにはその笑顔が精緻な仮面であることは容易に分かった。この男も仮面で身を飾る術を心得ているのだ。だからこそ、桐宗のマネージャーなんてものができる。

 

「お互いにいい思いができればいいじゃないか。それ以上を望んでいるわけじゃないよ」

 

 どちらにせよ、ある程度の待遇の向上はすべきだろう。そうでなければ、このマネージャーはきっと敵に回る。そうなればミヤビの居場所は桐宗にはなくなるのだ。それだけはなんとしても避けなければならなかった。拳をぎゅっと握り締め、ミヤビが言葉を発する。

 

「そうね。考えておくわ」

 

「そうしてもらえると助かる。じゃあ、僕はこれで。明日、頑張ってくれよ」

 

 期待している、などと嘘くさい言葉を付け加えてマネージャーは部屋を出て行った。ミヤビは部屋に取り残されテレビへと視線を向けた。舞を踊る自分の顔が映っている。その顔が自分のものとは思えずに、ミヤビはテレビの電源を切った。

 

 ベッドに横になり、ミヤビは天井へと手を伸ばした。無辺の闇の中に浮かぶ白い腕。寄る辺などない。頼れる人間もいない。暗闇の中で赤子のように泣き喚いて、手を伸ばすしかない。それが自分なのだと、ミヤビは感じて目を閉じた。眠りの中に全てを忘れていきたかったが、睡魔はなかなか迎えにきてくれなかった。

 

 

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