妖魔世界図   作:オンドゥル大使

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第21話「そして、邂逅の時」怨霊調伏篇

 

 事務所に顔を出したレンを見て、春日が、「うわっ」と声を上げた。

 

「どうしたんです? その目」

 

 春日の言葉にレンは目元に手をやって、「ああ」と応じた。

 

「今日撮影があるって言う番組、毎週録っている奴がいたから観させてもらっていた。んで、ほとんど一晩中、気づいたら朝になっていた。そいつも寝る気はなかったからちょうどよかったって言っていたけどな」

 

 春日は外出の準備を進めながら、「はぁ」と曖昧に頷く。

 

「レン君。その顔でテレビの前に行く気ですか?」

 

 春日の言葉にレンは眉をひそめた。

 

「そんなにひどいか?」

 

「そこそこは。まぁ、今日はカメラが来るといっても下調べの我々を写そうとはしないでしょう。心配はいらないかもしれませんね」

 

 レンは欠伸を噛み殺して春日の格好に目を向けた。ボーダーのシャツにジーンズといういつもの格好だった。鞄へとファイルと書類を詰め込んでいる。その中に鉄甲が見えたので、レンは指差した。

 

「鉄甲、持っていくのか?」

 

「ええ、一応。しばらく持ち歩いてみて、どういう反応があるか試さないといけませんから」

 

「ふぅん」と返して、レンは画材ケースを見やり、右手首の数珠に視線を落とした。たとえ何が出てきたとしても大丈夫な対策はしてある。今回は春日もいるので心配はないだろう。

 

「それでは行きますか」

 

 春日が準備を終えてすくっと立ち上がる。レンは事務室を見渡して尋ねた。

 

「ミャオは?」

 

「ミャオさんは我々が出かけることを知っているので今日は来ません。猫の姿で気ままに散歩でもするそうです」

 

「あいつはいつでも気ままだけどな」

 

 レンの言葉に春日は微笑みを返した。事務所を出て高畑の家に向かうのと同じバスに乗り、高級住宅街で降りる。違うのは高畑の家とは正反対の方向だということだ。小高い丘の上に森林のような木々の生い茂る区域がある。高畑の家ほどではないがそれなりの坂道を上ると、二十分ほどで辿り着いた。古めかしい洋館だった。高い塀や門扉があり、観音開きの門の片方が壊れてなくなっていた。門をくぐった瞬間、レンは地鳴りのような音を聞いた。身体を揺さぶられるような感覚と共に右手首から鈴の音が鳴る。レンは数珠が光り始めているのを目にしてから、春日へと言葉を発した。

 

「いるみたいだな」

 

「ですね」と春日は短く返し、庭を抜けて本館へと入っていく。本館の扉は既に開け放たれており、中でテレビ局のスタッフが照明の確認を行っていた。数人のスタッフが歩き回っている。タレントが入る前に安全確認をしているのだろう。レンは入ってすぐに周囲を見渡した。

 

 大理石でできたエントランスはところどころ罅割れており、二本の大きな柱が入ってすぐに視界に入る。柱の奥には階段があり、中央から左右へと伸びていた。階段をまっすぐに上ると大きな扉がある。天井に視線を転じると豪奢なシャンデリアが明かりを灯していた。どうやら電気設備はまだ生きているらしい。年数や手入れが行き届いていないこと以外は特に気になるところはない。しかし、先ほどから鈴の音が鳴り響いている。ここに何かがいることは疑いようがなかった。レンが画材ケースに手を伸ばそうとすると、二人へと駆け寄ってくる人影があった。慌てて画材ケースを戻して視線を向けると、帽子を被った若いスタッフだった。『特報班』と書かれた赤い腕章をつけている。スタッフは春日へと気さくな様子で話しかけた。

 

「春日さん。来てくれましたか」

 

「ああ、どうも。本日はお世話になります」

 

 春日が頭を下げるのでレンもつられて頭を下げた。スタッフも「こちらこそ」と笑顔で挨拶しながらレンへと怪訝そうな目を向ける。

 

「こちらの方は?」

 

「僕の助手です。帷レン君といいます。今回の仕事は主に彼が役立ってくれると思ったので連れてきました」

 

「そうですか」と返しつつもスタッフはレンをちらちらと不安そうな目で見つめた。レンのような子供が何の役に立つのかと思っているのだろう。当然の疑問だったので、レンは腹を立てなかった。

 

「自由に見てもらって構いませんが、周辺の機材には触らないでください。でも、呼んでおいてなんですが多分、春日さんの出番はあまりないと思いますよ」

 

「それはまた、どうして?」

 

 スタッフが声を潜めて春日へと顔を近づけた。

 

「メインキャストの桐坂ミヤビさんも来ていますから。彼女にかかれば下調べなんて必要ないかもしれません。もし祓っちゃっても、演出で何とかしないといけないんですけどね」

 

 そのようなことを部外者に話していいのだろうかとレンは思ったが、春日がそれだけ信頼されているということなのだろう。しかしスタッフはレンの視線に気づくとばつが悪そうな顔をした。やはり言ってはならないことだったらしい。

 

「鈴木ー! 照明スタッフの手伝いが終わってねぇぞ!」

 

 怒声が飛び、目の前のスタッフが身体を固くして他のスタッフの人々の下へと戻っていく。鈴木というのか、と思いながらレンは辺りを見渡した。その視線に気づいた春日が声をかける。

 

「誰かを探しているんですか?」

 

 びくりと肩を震わせてレンが春日へと振り返った。春日はお見通しだというように眼鏡のブリッジを上げる。

 

「違うっての。物珍しいから見ているだけだ」

 

 実際、テレビの製作現場など滅多に来られるものではない。照明やマイク、カメラなどを見ながら、そういえばとレンは思い返した。

 

「人気番組だって聞いたのに、誰も来てねぇんだな」

 

 周囲に野次馬の一人も見えないのは意外だった。春日が、「それはですね」と理由を聞かせる。

 

「この番組、徹底したかん口令が敷かれていまして。ロケ地などがほとんど分からないんですよ。逆にデマの情報を流したりして、そちら側に野次馬を誘導したりもします。予告では金海神社が映っていたのでそっちに行っている人もいるんじゃないですかね」

 

 なるほど、とレンは思いながらそこいらを見ているとスタッフの鈴木が手に紙を持って駆けてきた。

 

「いやー、すいません。これがないと話になりませんよね」

 

 レンと春日に一枚ずつそれを手渡す。この洋館の見取り図だった。大雑把ではあるが、ある程度の位置関係や部屋割りが書き込んである。どうやら自分たちが下調べをする前にスタッフが一度見取り図を作るために回ったらしい。レンは見取り図に視線を落とした。

 

 エントランスから入って真っ直ぐ行くと階段があり、二階部分へと繋がっている。二階の中央の扉を開くと大広間があり、その奥が講堂となっている。中央の扉をくぐらずに左右に伸びる廊下を行くとそれぞれ部屋が三つずつあり、寝室となっている。中央階段を上らずに一階の両端にある廊下を行くと、そこも寝室が三つずつあり、それぞれの廊下は奥で繋がって食堂へと出るらしい。食堂から伸びた廊下は厨房に繋がっている。寝室は計十二部屋。食堂は一つで大広間が一つ。講堂が大広間の奥に一つ。倉庫や厨房、トイレや使用人の部屋も入れても複雑な構造ではないがいかんせん部屋数が多い。レンは一つ一つ確認していくしかないと思い、春日へと目配せした。春日も頷き、鈴木へと言葉を発する。

 

「では、僕らは下調べを始めますので、鈴木さんはスタッフの方々に僕らが下調べを行っていることを伝えてください」

 

「あ、はい。もう伝えていますが、これから始めると言っておきます」

 

「よろしくお願いします」

 

 鈴木がスタッフたちの下へと駆け戻っていく。レンは見取り図を見ながら、「とりあえず上から調べるか」と提案した。

 

「中央階段以外で二階に上がろうとするのは無理そうだし。左右の寝室を順番に調べてから、また中央の扉の前で落ち合おう」

 

 レンの言葉に春日は首肯した。春日と共にレンは中央の階段へと歩を進める。階段は丈夫にできており、固い足音が響き渡った。天井を仰ぐとシャンデリアが雄大な光を発している。レンは右側を、春日は左側へと分かれた。画材ケースの蓋を外し、中から如意棒を取り出す。右手に握り、レンは寝室を一つずつ調べた。寝室には埃が積もっており、歩くたびに埃が舞った。レンの部屋の二倍以上はあろうという寝室にはベッドがあったが、埃だらけでとてもではないが寝転ぶ気にはなれない。ベッドには天蓋があり、カーテンも設えてあったが、それでも綺麗なものではなかった。レンは右手の数珠を確かめる。

 

 鈴の音が弱い。ここには恐らくはいないだろう。窓へと歩み寄り、カーテンに手をかけると、埃が舞い散った。レンが咳き込みながら窓を開ける。ガタガタと揺れる窓を無理やり開き、下階を見下ろした。下に窓はなく、湿った地面に葉っぱが降り積もっている。窓を閉めてレンはその寝室を去った。他の二部屋も調べたが同じ調子だった。廊下を行き、中央に戻ると既に調査を終えた春日がいた。

 

「どうだった?」と尋ねると、春日は首を振った。

 

「いませんね。だからといって数珠が反応している以上、気のせいということはないでしょうし、他の部屋でしょうか」

 

「調べる価値はあるな」とレンは言いながら、下階にいるスタッフへと視線を向けた。そのスタッフの一団に一際浮いた格好をしている人影があった。巫女服を着込んでおり、髪を白い布で縛ってはいるが間違いはなかった。

 

「桐坂、ミヤビか」

 

 レンは西垣の部屋で観た映像と実際に会った時とを思い返す。ミヤビの傍らにはスーツ姿の背の高い男性がいた。マネージャーか何かなのだろうか。ミヤビは片手に呪符のついた棒を握り、もう片手に鈴が束になった道具を握っていた。テレビで観たのと同じだった。レンの視線に気づいたのか、ミヤビは顔を振り向けた。レンは視線を外さなかったがミヤビが視線を外した。

 

「お知り合いですか?」と春日が尋ねる。レンは、「何でもねぇ」と返して身体を扉へと向けた。

 

「いるとしたらこの先だろうな。行こうぜ、春日」

 

 その言葉を発した、直後のことだった。

 

「おい! 何だ!」

 

 突然に弾けた声に、春日とレンは振り返っていた。

 

 

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