妖魔世界図   作:オンドゥル大使

24 / 26
第24話「振るう拳に翳りはなく」怨霊調伏篇

 

 鉄甲の説明に関しては大したことは教えてもらえなかった。

 

 ただ、ミヤビからしても意外な言葉が、春日と名乗る男から発せられた。

 

「あなたには法力はあります。しかし、見えない体質という極めて稀な例なのです。ミヤビさん。僕の言う通りに動いてください。そうすれば、レン君の助けになります」

 

 鉄甲をはめながらミヤビはその言葉を聞いていた。妙に手に馴染む武器だった。それと同時に確かな安心感が鉄甲から伝わってきた。これに比べれば今まで手にしていた小道具が玩具に思える。

 

「いきなりあなたの言う通りっていうのが気に入らないわね」

 

 その言葉に春日は苦笑しながら眼鏡のブリッジを上げて、ミヤビに続けた。

 

「それでもそうしていただくのが一番です。あの鬼は、レン君一人では難しいでしょう。あなたの法力ならば、充分にレン君の助けになる。我々を助けると思って、協力してください。レン君を失うのは惜しいですから」

 

 何度か拳を握り締めて感触を確かめながら、ミヤビは思う。少年――レンを助ける力になれるのだろうか。今まで偽りに甘んじてきたこの身で何かをなすことができるのだろうか。その考えを見透かしたように春日が呟く。

 

「成そうとして結果を出すのは難しいですが、成すことを思い描くのは容易ですし、それが入り口です。ミヤビさん、入り口に立つ権利を僕は与えただけだ。あとは、あなた次第です」

 

 どうとでも取れる言葉だと思いながらも、ミヤビは内側から湧いてくる熱を感じていた。今までにないものだった。これが使命感というものなのだろうか。その感触に対する明確な答えを得ぬままに、ミヤビは春日と共に講堂へと立ち入っていた。巫女服の裾を千切り、足を出す。見ると、レンが粉塵の巻き上がった場所で倒れていた。春日の命じる声に応じて、ミヤビが駆け出し、その拳を突き出した。瞬間、黄金の電流が走りミヤビの拳の当たった空間を黄金の光が弾き飛ばした。レンが気づいてミヤビの名を呼ぶ。

 

「ミヤビお姉さん、でしょ」と返すと、レンは薄く笑った。棒を支えにして立ち上がると、左肩を負傷しているのが分かった。ミヤビは、「肩に傷が」と言いかけると、レンは険しい声で、「俺のことは気にするな」と言った。

 

「それよりも裾だけじゃなく、袖も千切っておけ。いざ拳を突き出す段階で邪魔になっちゃ仕方ねぇだろ」

 

 レンの言葉にミヤビは袖に手をかけた。今までの自分の装束。変われなかった自分の象徴。それを解き放つかのようにミヤビは袖を引き千切った。レンが右手に棒を構え、ミヤビと視線を合わせて頷く。ミヤビは両拳を突き出してファイティングポーズを取った。習ったことなどないし、喧嘩もしたことがない。全て真似事だ。偽りには違いなかったが、今までやってきたどのことよりもリアルに感じられた。突き出した鉄の部分に刻まれた文字が黄金に煌き、ミヤビの意思に呼応する。そこから流れ込む鼓動が声となってミヤビの脳裏を突き抜けた。

 

 ――魔を討て、と。

 

「言われなくても、そのつもりよ」

 

 言葉尻を裂くように椅子が砕け散った。埃が舞い上がり、その場所に何かがいるのを伝える。しかし、どこから向かってくるのかが全く分からない。視線を右往左往させていると、レンが小さく口にした。

 

「迷う挙動を見せるな」

 

 その声に目を向けると、レンはミヤビへと視線を向けることなく動く鬼を目で追っている。

 

「奴に気取られれば一瞬で首を刈り取られる。お前は前だけ見ていろ。春日が指示をくれるんだろ」

 

 レンの言葉にミヤビは講堂の入り口に立つ春日へと肩越しに視線を向ける。春日はその視線に応じるように一つ頷いた。ミヤビはフッと口元に笑みを浮かべた。

 

「背中を任せられる人なんて今までいなかった」

 

「これからだろうが。行くぞ」

 

「うん」と応じ、ミヤビは拳を握り締める。埃が位相を変え、椅子が不可視の風圧で薙ぎ倒される。レンが走り込み、構えた棒を振りかぶって風圧の発生源へと飛び込んでいく。棒を振り落とすと黄金の光が舞い散った。その光が弾かれ、レンが大きく仰け反る。

 

「ミヤビ!」とレンが呼んだ。その声にミヤビは走り出す。身体が今までにない熱で満たされていた。衝き動かす衝動が拳の力として伝わり、黄金の電流が鉄甲に纏いつく。春日の声が弾けた。

 

「ミヤビさん! レン君から見て左側、三十度の位置!」

 

 指示されたポイントへと寸分狂わぬ拳が振るわれる。黄金の電流が巨大な力の塊となって走り、一挙に集まって弾け飛んだ。光に照らされ、一瞬だけ鬼の姿が露になる。拳は鬼の顔面へとめり込んでいた。椅子が砕け、木片が粉々に舞い散る。レンがすぐに鬼へと駆け、追撃の一閃を放った。黄金の軌跡が扇状に広がり、密着して身体ごと放たれた一撃が何もない空に食い込んだ。浄化する光が鬼の姿を映し出す。

 

 鬼の左手が折れ、紫色の血を撒き散らしていた。「ミヤビ! もう一度だ!」と呼ぶ声にミヤビは姿勢を沈ませ、まだ消えていない鬼の像へと突っ込んだ。拳を脇に握り締め、ありったけの思惟を込める。鉄甲から黄金の光が迸り、握った五指の間から刃のように光が漏れた。瞬く光を拳の中に凝縮し、一気に放つ。それだけを考え、ミヤビは消えかけている鬼へと突き出した拳を放った。一撃が鬼の腹腔を捉え、鬼の背後の空間がびりびりと震えた。埃が爆発のように吹き飛び、渦を巻き上げる。鬼の呻き声が耳に聞こえた気がした。照らし出された鬼は右腕を振るい上げた。筋肉が脈動し、右手の鎌がミヤビの脳天へと打ち下ろされる。ミヤビは死を覚悟した。思わず目を閉じる。

 

「させるかよ!」

 

 レンの声が頭上で弾けたかと思うと、ミヤビの右肩を支点としてレンが躍り上がり、棒を突き出して鎌へと突っ込んでいた。鎌が弾かれ鬼とレンはもつれ合うように転がり落ちる。ミヤビは拳を突き出した姿勢のまま硬直していた。レンは立ち上がったかと思うと、すかさず振り落とされた鬼の鎌と打ち合っていた。レンの持っている棒が一際強く輝き、鬼の姿を照らし出す。今のミヤビにも鬼の姿は見えていた。

 

 闇を照らす黄金の血脈が邪悪な妖怪の姿を暴いている。レンの棒が鬼の鎌を弾き返し、鬼が仰け反った。今だ、と感じると同時に身体が動き出していた。春日の指示を待つまでもなく動き出した身体が両手の拳へと力を促す。両拳を握り締め、ミヤビは鬼へと猪突した。鬼がこちらに気づいて赤い目を向けるが、既に遅い。ミヤビは脇に構えた両方の拳を弾丸のように鬼の胸部へと突き出していた。鉄甲から溢れ出した黄金の光が鬼を貫き、その身体が宙を舞う。無防備に開かれた鬼の身体へとレンが柄を突き出して叫んだ。

 

「とどめだ! 伸びろ、如意棒!」

 

 その言葉に呼応するように光が数段階に渡って弾け、伸長した棒が拳を撃ち込んだ箇所へと突き刺さる。鬼の身体が押し出され、甲高い断末魔の叫びが上がる。その声が響き渡る前に、鬼の身体は天井へと突き刺さった。パラパラと破片が舞い散り、蓄積していた埃が落ちてくる。レンとミヤビは固唾を呑んで、鬼の動向を見つめていた。鬼はハイエナのような口を開いてしばらく呻いていたがやがて動かなくなった。棒から流れ込むような血脈が鬼へと達し、鬼の身体を袈裟のような黄金の文字の群れが包み込む。鬼の姿は光の中へと溶けるように消えていった。レンが詰めていた息を吐き、「戻れ」と口にすると棒は元の大きさへと戻った。ミヤビはしばらく放心していた。自分のなしたことの意味を汲み取りきれずに意識だけが遊離する。レンが肩を叩いてようやくミヤビは我に帰った。

 

「あんたのおかげだ。助かった」

 

 その声にようやく実感が伴ってきて、ミヤビは情けなくその場にへたり込んだ。緊張の糸が解けたのだろう。力がまるで入らなかった。レンは左肩を指差して、「大丈夫か」と尋ねる。ミヤビは力なく笑いながら返した。

 

「あんただって左肩、怪我しているじゃない」

 

「俺は我慢できるけど、あんたがどうか心配だ。温室育ちなんだろ」

 

「私だって大丈夫よ。お互い、同じ場所に怪我しているのに心配しあうなんて」

 

「お互い様だな」

 

 その言葉にミヤビは笑った。レンもつられたように笑みをこぼす。ミヤビの笑顔にはいつの間にか涙が混ざっていた。どうして泣いているのか分からずに何度も目元を拭うがとめどなく溢れてくる。その時になって、ようやく気づいた。

 

 ――こんな風に心の底から笑えたことが嬉しくって、泣いているんだ。

 

 それは「桐坂ミヤビ」として初めて流す涙と笑顔だった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。