SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
メインシナリオ外伝 第二章 プロローグ
「アレ……」
朧げな眼の私の前で、泡が溢れんばかりに入っていたビールの大ジョッキが床に落ち、甲高い音を立てて放射線状に砕け散った。
おかしい。自分は、頼まれた人数分のジョッキをもって、厨房から出たはずなのに、今では、私の手の中にあったのは居酒屋特有の空気だけだ。
「ちょっと、何やってんの!」
「す、すみま……せん……」
お客さんの怒号が、空虚な私の耳を通り過ぎて行った。けど、それも当然の話だ。
居酒屋の店員―自分はアルバイトだが―が、お客さんに持っていくはずだった商品を目の前で落としてしまったのだから。
ショートヘアの綺麗な女性が、クレーマーでないことを祈りながら、私はかがんで、割れたビールジョッキのガラスを集めようとする。
でも、無理だった。
「アレ?」
しゃがんだら、いや、正確に言うとしゃがむ前からなのかもしれない。私は、まるで船酔いを起こしたかのような感覚に陥った。その時、私がビールを渡すはずだった女性の顔が一瞬で変化したことに、私は気が付かなかった。
最初は何故、という言葉が頭の中を駆け巡り、そのすぐ後には今夜行うはずの路上ライブのことを頭に思い浮かべてしまった。
「おかしい、な……こんな状態じゃ、ギターも……」
彼女は、いわゆる路上ミュージシャンという物だった。道端で演奏して、自らの技量を向上させながら、プロのミュージシャンを目指す。
それ自体は、非常によくある物で、日本中どこでも見ることができる光景だ。でも、彼女の場合は少し特殊だった。
彼女には才能があった。確かな、ギターの技量も、まだアコースティックではあるのだが、しかし他の路上ミュージシャンと同じくらいの技量が備わっていた。
しかし、そこに彼女の歌唱力が加われば、凡庸なる存在が天才的な才能へと変化する。
さらに、そこに彼女が作り出す独創的な歌詞の世界が加われば、並みのアーティストの追随を許さない程のミュージシャンへと変貌する。
まだ、多くの人間は気が付いていないこと。しかし、いつかは彼女の才能に気が付いてくれる人間がいるはずだ。そう、彼女も願って、歌を歌い続けて、たくさんの事務所のオーディションにも参加をして。
このバイトが終われば、すぐにいつもの商店街の、閉店直後の店のシャッター前で、ギターを片手に弾き語る。そう、いつも通りに。
そのはずだった。なのに、こんな調子ではギターはおろか、歌を奏でることもできないだろう。残念だけども、今日の路上ライブは中止するしかない。
そう、彼女がある意味楽観的な予定を立てた時だった。
「おい、ちょっといいか?」
「え?」
突如として、目の前に現れたのは、自分より明らかに年上の、少し肌を焦がした男性。ややチャラい男に見えたのはその風貌のせいなのだろう。
男性は目線を彼女に合わせるとその頭に手を置いた。あまりにも突然のその行動に、周りにいたお客さんたちもみな、一様に男女に注目し始めて、何だか恥ずかしい気持ちになってくる。
しかし、その一方で、男性の方の顔つきは真剣そのものであり、そのギャップが、満席で客が埋まっている居酒屋の中に異様な雰囲気を作り出した一つの要因であるともいえる。
「ッ!」
刹那、男性の顔つきがより一層険しい顔に変わった。
「こいつはやべぇ……」
「ヤバイ……って」
「動くんじゃねぇ!」
「え?」
かがんでいた女性は、ゆっくりと立ち上がろうとした。しかし、男性の一喝によってすぐさましゃがみなおした。
男性は、床で粉々に割れているジョッキを見ると≪チッ≫と誰からも分かるような舌打ちをし、大まかなガラスは足で蹴とばして、羽織っていた上物のコートで完全に処分できなかったガラス片を隠すように敷いた。
男性は、女性をその上に寝かせると言う。
「アンタの頭、脳の血管が破れかかって、いや破れちまっている箇所もある……いわゆる、脳出血だ!」
「え……」
脳出血。それは、世間的には脳卒中と呼ばれる脳の病気の一つである。
原因は、強い衝撃によって脳が損傷する外部要因だったり、遺伝的なものであったりと様々であるが、少なくともこれだけはハッキリとしていることがある。
脳出血は、致死率の高い病気であり、並びに、後遺症として麻痺が残る可能性が非常に高い病気であるという事だ。
まだ高校生の彼女ですらも、その怖さは分かりきっていた。
「とりあえずそのまま横になってろ。救急車を手配してやるから」
「う、そ……」
自分が、脳出血。突然言われて意味が分からなかった。第一、一体彼はどこでソレを判断したというのだ。
だって、男がしたことはたった一つ。自分の頭に手を置いただけ。ただ、ソレだけなのに、何故病の診断ができた。
そうだ、ただの藪医者なのかもしれない。適当な病気を言いつくろって、多額の手術料を取る闇医者みたいなものかもしれない。そう思いたかった。
でも、きっと違う。多分、この人は―――。
「けど、この時間だ。急患で脳の外科手術ができる人間がいるかどうか……」
自分だったら、確実にできるはずの手術だ。難しいかもしれないが、それでもまだ完全に破れ切っていない血管が多い今ならなんとかできる。
が、泥酔とまではいかないが酒をまぁまぁの量飲んでいる状態で手術なんてできるわけがない。それに、もし手術ができたとしても、後遺症なく彼女を完璧にオペする自信が、あいにく彼にはなかった。少なくとも、“彼女の愛している音楽”を救える自信は。
「その手術。あたしがやる」
「はぁ?」
そう、突然言ってきたのは、女性が運んでいたはずのジョッキを持っていくはずだったテーブルに座っていた、一人の女性だった。
とてもド派手な衣装だ。まるでバブル時代をほうふつとさせるようなゴージャスな装いで、女性は男性を押しのけながら言った。
「どいて」
と。随分と強引な性格である様子だ。
「おい、アンタ何を……」
当然、男性も抗議のために彼女の肩に手を置いた。その瞬間だった。“彼女の情報”が、意図的に頭の中に流れて来た。
「ッ!? なるほど、アンタが噂の……」
女性の正体を知った男性は、彼女ならば任せられると考え、一人、救急車を呼ぶために店の外に出て行った。
「両手、握ってみて」
「え? あ、はい……」
一方で、男のことを一瞥した女性は、少女の手をもってそんな会話をしていた。
少女は、女性に言われた通りに彼女の手を思いっきりの力を入れて握ろうとした。
「アレ?」
だが、無理だった。手は、上手いこと自分の指令を受け付けず、その手に力を入れることができなかった。特に右手が、まるで自分の手ではないかのように体が思う様に力を伝達しない。
いったい、これはどういうことなのだろう。
「アンタ、名前は?」
「えっと……え、あ……」
私は、≪岩沢≫。そう、言おうとする。言おうとしているはずなのに、どうしてもその言葉が口から出て行かない。あたかも、コンクリートの壁でせき止められたダムのように。
「いい。あの男のいう通り、脳出血が起こってるみたいね」
「そん……な……」
「とりあえず、そのまま横になってて……救急車が来るまできるだけ頭を動かさないこと、分かった?」
「は、い……」
ここまで言われて無理をするほど彼女は馬鹿ではなかった。少女は、おとなしくそのまま居酒屋の床で横になることになった。
途中、外に出て来た最初に彼女を診察した男性が返ってくると、女性は聞いた。
「アンタ、エスパー?」
と。男性は、口角をやんわりと上げると言った。
「あぁ、
ピクッ、と女性の顔つきが一瞬だけ変化したような気がした。
「もしかして……さっき触ったときに……」
「気に食わなかったか?」
「少なくとも、いい気分じゃない」
「だろうな」
アンタの性格ならな、と男性改め賢木はそうつぶやいた。
彼は、その力を医療の分野に用いて、通常では不可能な治療、実現不可能な難しい手術を成功に導いてきたのだ。
今回、彼が所属している国家機関の出張の一つでこの町に来ており、その中でこの日、SAOの正式リリース日から換算して“一週間後”の日に偶然この居酒屋にのみに来ていた。
そして、女性、女医の方もまた、羽休み期間であるこの時を狙って、居酒屋に来ていただけ。果たして、この出会いはただの偶然なのだろうか。
いや、運命といってもいいだろう。少なくとも、今脳出血で倒れている少女にとっては。
「で……」
女医は、賢木に問うた。
「大体どの位置から出血してるの?」
「左側頭葉と前頭葉だな……手術になるとかなり大がかりなものになる」
「みたいね……」
言わずもなが、脳は人間を構成するパーツの中でも最も重要な器官である。
そこが損傷を受けたとなれば、後遺症はもちろん、最悪の場合死に至る可能性がある
いや、彼女の場合は後遺症の一つでも残った物なら、きっと死に等しいものとなるだろう。そう賢木は考えていた。
特に、彼女の出血している部位から鑑みればその可能性はかなり高くなる。もはや、一刻の猶予もないであろう。
「脳出血……か」
と、少女がまるで命短いカラスの鳴き声のようにか細く呟いた。
賢木は、彼女の肩に触れながら言う。
「少しでも血圧は上げない方がいい。言葉なら、俺が中継してやるから」
というと、彼は能力を使用し始める。そして、あたかもテレパシーで話しているかのように彼女の言葉が鮮明に頭の中に入ってきた。
彼は、それをすぐ隣にいる女医にも聞こえるように言葉に出す。
『弱ったな……脳出血って、麻痺とかが残るんだろ?』
「……あぁ、適切な処置をしなければな……それに……」
あの事を言うべきか、それとも言わざるべきか。賢木は一瞬だけ戸惑った。
「失語症、ね。確かに、それも脳出血の症状の一つ。言葉が出にくかったのも、そのせいかも」
「おいッ……」
だが隣にいる女医はあまりにも残酷に、きっぱりと賢木の躊躇もお構いなしに言ってのけた。
だが、確かに彼女には失語が発生している兆候が存在していた。それは、彼女自身がよくわかっていた。
『自分の身体は、自分が一番よく知ってる……言葉が、出にくくなってたから……』
そう、彼女は確かに、自分の名前を女医に伝えようとした。でも、ソレが言葉として出ることはなかった。考えている言葉が出にくくなること、それは、ブローカ領域と呼ばれる場所にダメージを受けたことによる影響だ。
脳は、それぞれの箇所でそれぞれの役割を持っている。前頭葉が運動機能を、後頭葉が視力を司っているように。彼女がダメージを受けた左側頭葉は、主に言語を司るブローカ野やウェルニッケ野と言った部位が存在している。
今はまだ出血の量が多くないため、たどたどしくはあるが会話をすることはできる。けど、もしこれ以上出血が増え、脳を圧迫してしまえば、その内彼女は全失語、という、最も最悪の後遺症を持ったまま生きていくことになる。
いや、そうなってしまえば、もはや彼女は生きながらにして死んでいるのも同じことになるだろう。
『……私には、歌しかないんだ。それなのに、言葉も失って、ギターを弾く手もなくなったら、私は……』
不安。それが、今の彼女を支配していた。
自分に生きる意味を教えてくれた歌。
自分が今ここに存在している意味を教えてくれた歌。
その歌で、誰かを救えたら、それがどれだけ素晴らしいことなのかと、考えながら、自分は歌を作り、そして奏でて来た。
でも、それがこんな、たった一つの病気で、その夢を終わらせてしまうなんて。
彼女は、自分の運命を呪うしかなかった。
「大丈夫」
「え?」
そして、彼女は自分が誰よりも幸運であったことを、この時点では知らなかったのだ。
「アンタの歌も、ギターも、アタシが絶対に奪わせたりしないから」
そして、女性は自信たっぷりの表情を浮かべて、ハッキリと言ってのけたのだった。
大学病院の医局は弱体化し、命のやり取りをする医療も、ついに弱肉強食の時代に突入した。
その、危機的な医療現場の穴埋めに現れたのはフリーランス。すなわち、一匹狼のドクターである。
例えば、この女。群れを嫌い、権威を嫌い、専門医のライセンスとたたき上げのスキルだけが彼女の武器だ。
外科医、大門未知子。またの名を―――。
「私、失敗しないので」
ドクターX。
タイトル、また変えようと思ってます。今度はシンプルに。でもそんな頻繁に変えていいものかと思ったので、ちょっとアンケートとります。なお、前提としてSAO、あるいはソードアート・オンラインを頭につける事としてます。よろしければお答えください。
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タイトルはそのままでいい