SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO   作:牢吏川波実

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メインシナリオ外伝 第二章 第7話

 結果的に、あの日、私は言葉を失うことはなかった。手術後に、看護師や他の医師の話を聞くに、とても大きな血種が病院に着くまでにできてたらしく、それが脳を圧迫してたらしい。にも関わらず、失語という後遺症を残さなかったのは奇跡的であると言われた。

 それから、一週間。私はベッドの上で過ごして、いろんな説明をされた。

 曰く、今回の手術のために髪を全部切らせてもらったとか。

 曰く、しばらくは入院生活を送り、リハビリには数か月かかるとか。

 曰く、父と母は児童虐待の疑いで警察に事情聴取をされているとか。

 そして、しばらくは満足に音を奏でることができない、と。

 髪の事、それから親の事なんてどうでもよかった。

 髪の毛なんて、いくらでも生えてくるものだし、親だって自分の方から切り捨てたいと願っていたことなのだから。

 でも、それ以上に自分にとってショックだったのは、しばらく音楽から離れなければならないという事。

 確かに、病院なのだから歌を歌う事も、ギターを弾くこともできないのは分かっている。でも、だからって、自分から音楽をとったら何が残る。

 決まっている。何も残らない。

 自分には音楽しかないのだ。自分の気持ちをしっかりと乗せることのできる、この音楽しか。

 手術から一週間後、自宅から私のところに届いた愛用のギター。いや、相棒のギター。

 あの日、出会った時から一緒にたくさんの音楽を奏でて来た、私の唯一の友。心の癒し。

 どうやら、私に聞き取り調査に来ていた警察官―確か伊丹、だったか―に頼んだことが功を奏したようだ。

 病院の中で大きな音を立てるのはダメだ。そう言われている。

 でも、彼女は己の中にある大きな、とても大きな音楽を奏でたいという欲求を抑えることはできなかった。

 幸か不幸か、その部屋は個室であり、もしここで少し音楽を奏でたとしても、少なくとも隣の部屋の人以外には迷惑にはならないだろう。

 彼女は、置かれていたギターケースを開け、ベルトを肩にかけて、いつものように弦を抑えた。

 

「え……」

 

 その時だ。若干の違和感を感じ取った。何だろう、まるで自分の手が自分の物じゃないような、そんな気がする。

 一体、これは。

 雅美は、なにか嫌な予感を感じ取りながらも震える手で同じくギターケースの中に入っていたピックを取った。

 いや、取ろうとした。

 けど。

 

「あ……」

 

 無情にも、ピックは指先から零れ落ちてしまった。ワナワナと震える手を見つめて、彼女は恐る恐るつぶやく。

 

「ピックが、上手く持てない……それに、ギターの弦もうまく抑えられない……」

 

 これは、いわゆる麻痺、と呼ばれるものなのか。

 なら、自分の手術は。誰もが、成功だったと言っていた手術は。

 

「失敗、だったの?」

「言ったでしょ? 私、失敗しないって」

「え?」

 

 と、言いながら彼女の病室に入ってきたのは、彼女の手術を執刀した女医、大門美智子である。

 その時は、プライベートの事だったので私服だったのだが、今日は白衣を着ていた。つまり、彼女は仕事をしに来ているのだ。

 少女は、岩沢は聞こうとした。

 

「でも、私……」

「失語にだって、なってないでしょ? それは後遺症が出ていない証拠」

「……」

 

 確かにそうだ。自分に説明をした医師―大門ではない―の説明によると、自分が損傷した脳の部位は言語中枢と呼ばれるものがあるところ。

 そこにダメージがあれば、本来は手術をしたとしても、後遺症が残っているはずなのだと。

 けど、自分は言葉を失うことはなかった。こうして、今彼女と話ができているというのがその証拠だ。つまり、その血種と呼ばれるものが脳に障害を与える直前になんとか手術が間に合い、後遺症も残すことなく手術が終わったという事。それが、真実だ。

 なら、どうして自分はピックを持てないのか。その疑問に答えたのは、新しく部屋に現れた一人の男性だ。

 

「どんな手術にもリハビリはつきものだ。手術の成否を決めるには、まだ早すぎる」

「え……」

 

 男性はただそれだけを言うと、大門の前に立った。

 大門がけげんな顔をして聞く。

 

「アンタ、この病院の医者?」

「鏡飛彩。うわさは聞いている。腕のいいフリーランスのドクターがいるというな……」

 

 と言いながら、飛彩は手を差し出した。さしずめ、握手のつもりなのだろう。

 が、大門は顔を背け、逆に手をポケットの中に入れて言った。

 

「……いたしません」

「ん?」

「あたし、免許がなくてもできることは、一切しないので」

 

 と。

 フリーランスのドクター大門美智子。その彼女との契約の際にはその病院に所属しているドクター全員にとある誓約書が配られる。

 その記述は多岐にわたるのだが、簡単に一言でいうのならば、『自分は医師免許がなくてもできることは一切しない』という事。

 故に、彼女は握手を拒んだのだ。普通の人間だったら、この無粋な態度に怒りを表すかもしれない。

 しかし、飛彩は違った。彼は、出した手を引っ込めるという。

 

「そうか、いい心がけだ」

 

 彼にとっても、手は医師にとって患者を治すために必要な物、おいそれと他人に差し出すのを拒むのにも、彼は理解があったのだ。

 だが、その言い方に内心どこか気に入らない大門。おそらく、上から目線で自分を試すような言動と行動が気に入らなかったのだろう。

 そういう自分も上から目線で言葉を交わしているのだが。

 

「あの……」

 

 一人蚊帳の外に置かれてしまった岩沢は、二人のけげんそうな関係の間に入るべきか一瞬悩んだ。

 が、今は自分のことが一番大切。今後も音楽を続けることができるのか、それを知りたい欲求を抑えることができなかった。

 そんな彼女に対して、飛彩は改めてカルテを見ながら言う。

 

「岩沢雅美……リハビリに関しては、これから担当の術後リハビリテーションに関わる人間から説明がある。それまで、待っていることだ」

「……」

 

 確かに、それも説明があった。

 考えてみれば、自分は一週間程度だったとはいえ色々な機械につながれていた結果身動きがほとんど取れずに筋力が低下しているのだ。

 だから、その筋力を取り戻すためのリハビリを行う必要があるのだろう。

 自分はまだ若いのだから、すぐに筋力はつくのだろうが、しかし不安な面はある。

 

「だったら、これだけは聞かせて」

 

 確かに、言葉を失わなかった。また、歌を歌うことができるかもしれない。でも、それだけじゃダメ。一緒にその歌を奏でてくれる相棒がいなければ。

 

「私、またギターを弾ける?」

 

 このギターと一緒じゃなければ、自分は自分の音楽を表現することができない。

 悲しいことだが、事実だった。

 その言葉に、飛彩は少しだけタメを付けてから言う。

 

「……それは、自分次第だ」

「……」

「私、次第……」

 

 どうやら、大門も同意見である様子で、飛彩の言葉に付け加えることもない様子でその場から立ち去って行った。

 まるで興味を無くしてしまったかのように、まるで、他の医者と一緒に居るのが嫌であるかのように。

 

「あの……」

「なんだ?」

「少しだけでいいから……ギター、弾いてもいいか?」

 

 岩沢の言葉に、少しだけ眉が上がった飛彩。この女性、どこまで―――。という驚きがあったのだろうか。その表情一つで読み取ることができない何かがあった。

 

「さっきも言ったはずだ。リハビリなしに満足に弾くことは」

「でも、弾けるんでしょ?」

「……」

「少しでもいい。少しずつでも、私は……」

 

 なるほど、と飛彩は思った。だから彼女はあんなことをしたのかと。

 自分にも分かる。彼女のこの破滅的願望の持ち主とも言えるような顔つき、そして言葉遣い。音楽のためならたとえどのような状態になったとしても続けようとするという意志。

 厄介な患者だ。あきらめたようなため息をついた飛彩は、言う。

 

「他の患者の迷惑にならない程度ならな」

「はい……」

「それから、この部屋は防音壁を使用している。大門未知子の要求で、な」

 

 そう言うや否や、そそくさと立ち去っていく飛彩。

 一人取り残された岩沢は、ゆっくりと、しかし確実に基本コードの代表格であるCを抑える。

 やはり、指の筋力は衰えているようで、上手く抑え込むことができない。しかし、それでも、めいっぱいの力を込めて抑え込み、そして。

 

「……」

 

 右手を、下に振り下ろした。

 

「ッ!」

 

 瞬間、はじけ飛ぶように飛んでいったピック。今の自分には、弦をはじく力もない。

 

「ッ……」

 

 でも、弾けた。いや、弾く。絶対に、自分は。ピックを拾った彼女は、もう一度、もう一度、何度でも、何度でも同じコードを弾く。

 そのたびにピックを落として、そのたびに拾いに行って、同じ行為の繰り返し。

 それでも、彼女は弾く。

 何度でも、何度でも、何度でも、何度でも。

 上から下に、下から上に。上から下に、下から上に。

 何故だか、それだけで彼女はうれしかった。満足していた。

 ただ、少しだけ弾けた。それだけで満足してはならないというのに、どうしてなのか。今の彼女にはわからない。

 ただ一つ言えることがあるとするのなら、彼女の音楽が、ある場所に届いていたという事。

 そして、もう一つ。

 

「あの……」

「え?」

 

 それが、二人の音楽を奏でる者を引き合わせたという事。

 彼女は気が付いていなかった。飛彩がドアを開けた後、そのドアが少しだけ≪何者かの手によって≫開かれていたという事。

 そしてその結果、その音が、音色が、彼女の個室のすぐそばにあった特別室にまで聞こえていたという事。

 運命の音色は、まるでその多彩な感性で彼女たちの事を取り囲んでいるかのように、二人を引き合わせたのである。




Angel Beats!
       参戦

タイトル、また変えようと思ってます。今度はシンプルに。でもそんな頻繁に変えていいものかと思ったので、ちょっとアンケートとります。なお、前提としてSAO、あるいはソードアート・オンラインを頭につける事としてます。よろしければお答えください。

  • ヴァルキリーズfeatボーイ
  • プロジェクトSAO
  • アルティメットカオス
  • 無への逃走
  • 肯定あるいは否定
  • フィクションスターズ
  • 〜いろんな著作物から以降はいらない
  • タイトルはそのままでいい
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