SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
「ほうら、餌を持って来たわよぉ」
桜が丘高校の女性教師、山中さわ子は、音楽準備室で飼育中のスッポンモドキ、愛称トンちゃんに餌をあげていた。
生物というのは、空気や水分はもちろんの事、食べ物がなければ生存することができない不便な存在である。
特に、その恩恵を他人に依存しているペットはそれが顕著。もし、この準備室にさわ子が逐一見に来ていなかったとしたら、トンちゃんはすでに餓死していたことであろう。
ソレを考えると、彼女の貢献は著しく高いモノであると思う。
しかし、彼女は知っていた。本来、この役目をするはずだった女性がいるという事を。
そして、彼女は知っていた。本来だったらこの夕日が差し込む時間にも、皆で和気あいあいと集まっていたであろうという事を。
彼女は知っていた。最後に残った一人が、悲しみで打ちひしがれているという事を。
彼女は、知っていた。
でも、何もできない自分を恥じていた。
こんなことをするぐらいでしか、自分の心を埋めることのできない自分を。
「先生」
「あら……」
と、そこに現れたのは鈴木純。梓の、友達である。
「梓は、今日も……?」
「……えぇ」
さわ子は、悲し気な表情を浮かべながら、部屋の隅に置かれているバンドセットを見る。
そこには、全員の楽器が置かれていた。ギター&ボーカル、平沢唯が使っていたギター。
秋山澪の使っていたベース。
田井中律が使っていたドラム。
琴吹紬の使用していたキーボード。
そして、残った現メンバー、中野梓の使っているはずのギター。
彼女は、それを見るとどこからともなく手拭いを持ってきてそれらを拭き始めた。
これが、軽音楽部顧問、山中さわ子の、ある意味日課のようなものになっていた。
楽器じゃなくてもそうであるのだが、物というのは使わなければどんどんとホコリで汚れて行ってしまう物。それを防ぐためにこうして手入れをしなければならないのだ。
けど、本来手入れをしなければいけない人間たち、つまり、自分の教え子たちはここにはいない。
SAOという、ふざけたゲームの世界に閉じ込められてしまっているのだ。
だから、自分がこうして、楽器を綺麗にしたり、はたまた整備をしている。彼女たちの分まで、彼女たちが大切にしたいと願っている物を守るために。
「先生、梓は……どうなんですか?」
「……」
そんな、純の言葉にさわ子の手が止まった。
「心ここにあらず、って言った感じね」
「……」
彼女たちは、気にかけていた。軽音部に残されてしまった部員。中野梓を。
その彼女が、日を追うごとに笑顔を無くし、ただただ虚ろな抜け殻のようになってしまった姿をずっと見続けていた。
だから、色々とさわ子もアプローチを仕掛けていた。先生としてではなく、一人の女性として。
でも、梓はそれを一切聞こうとしなかった。いや、聞ける元気もなかった。
何を話しても上の空で、まるで穴の開いた箱のような心になってしまった彼女には、何を言っても無駄だったのだろう。
しかし、ソレを分かっていたとしても、それでも彼女は梓のことを見捨てようとはしなかった。
先生として、そして、人間として、それは当然のこと。でも、彼女はすでに失っていた。彼女に対するアプローチの方法を。
気分転換に山に登りに行ったり、季節外れだが海に行ってみようと誘ってみたことがあった。でも、そのどれもが断られ、彼女は病院に行き続けた。
まるで、病院そのものが彼女の活動場所であるかのように。梓は、毎日、授業が終わるとすぐさま病院に向かう。そう、プログラミングがされてあるロボットのように。
毎日、毎日、同じことの繰り返しだった。
純もまた同じだ。彼女に対して、色々と話しかけては見た物の、結果はさわ子と同じ、彼女の気持ちを病院、引いては軽音部の仲間たちから引き離すことはできなかった。
彼女にとって、それほど大きなものだったのだから、仕方がない。そう言われてしまえばそれまでだ。
でも、だからと言ってこのままあきらめきれない。このままの状態が続いていれば、きっと彼女の心は壊れてしまう。そう、純の心の中のサイレンがざわついていた。
「一応、一度は来ているみたいなんだけど……」
と、さわ子が目にしたのは梓が使っていたギター。何故、それが置いてあるのか。他の四人の楽器はともかくとして、どうしてSAOに囚われたわけでもない、梓のギターが、そこに置いていあるのか。
答えはシンプルだ。あの事件が起こった直後、梓は、この部屋に来たのだ。
彼女たちがいない間も、ギターを弾き続けるために。持ってきた、でも、弾くこともできず、持って帰ることもできない大切な、ギター。
「戻って、来ますよね。梓」
「……どうかしら」
意外なことに、ここで彼女は即答することができなかった。梓は、絶対にこの音楽準備室、軽音楽部の部室に戻ってくるのだと、自信を持って言うことがっできなかった。
さわ子は嫌な予感がしていた。
こんな直感、当たってもらいたくない。でも、とてもじゃないが否定できないある妄想。
もう、彼女がこの部屋に戻ってくることはない。そんな、絶望的な妄想。
信じたくはない。しかし、女の第六感という物の恐ろしさは女性である自分が一番よく知っている。
今更ながら、この音楽準備室の中には、紬が持ってきた高級なティーセットがタンスの中に山のように置かれ、それと同時にタンスの中にはこちらもとても上質なティーパックが置かれていた。
生徒の私物をこうして学校のいち教室の中に入れっぱなしというのもどうかと思うのだが、しかし自分が許可を出し、彼女たちが軽音楽部から卒業した後も、そのままおかしてもらっているのだ。
けど、もしも、彼女がこの場所に戻ってこないとしたら、ここにある楽器たちは、ここにある食器たちは、そしてこの部屋で培われた思い出はどうなるのだろう。
さわ子は、それが気がかりでならなかった。
「鈴木さん、中野さんは、今日も?」
「はい。私は、これから行こうと思ってます……」
「そう、分かったわ」
さわ子自身も、教え子たちのお見舞いに行きたい気持ちはあった。
けど、先生としての仕事や、社会のあれこれによって全くそんな時間が取れずに行けたとしても週に一度か二度が限界。
彼女は三十人以上のクラスの担任という立場であるのだから、ある特定の“四人”をひいきするのもどうかと思う。
けど、彼女にとってもその四人は、閉じ込められた四人は違うのだ。この、自分の教師生活直近三年間で、たくさんの思い出を、そしてたくさんの音楽を共有した仲間たち。
恐らく、そんな子供たちに今後一生をかけたとしても出会えるかどうかわからない。それほど個性的で、一緒に居ると楽しいと思える女の子たち。
自分にとって、彼女たちの存在は、他の女生徒たちに比べても大きなものとなっていた。
本来は吹奏楽部顧問である自分にとって、軽音部は兼任しているだけの部活動に過ぎない。でも、その兼任しているだけにすぎない部活動が、自分にとってもとてつもなく巨大な物になっていた。
彼女たちとの楽しかった思い出。ソレを思い出そうとしたらすぐにでも思い出すことのできる。それくらい、自分にとって大切な、大切な思い出を作ってくれた者たち。
ふと、さわ子は気が付いた。
なんだ、自分だって同じじゃないか、梓と。
自分もまた、追い続けているだけじゃないか。彼女たちの影を。
こうして食器や楽器の手入れをしているのも、そのためかもしれない。
自分は、彼女たちがいたという思い出を汚さないためにこうして一生懸命彼女たちが残した物たちを手入れしている。
そうすることで、彼女たちとの思い出が増えていくような、風化させたくないような、そんな気持ちが。
明日は、吹奏楽部を副顧問の先生に任せて、放課後、自分も、また、彼女たちのお見舞いに行こうか。
そう考えながらさわ子は、ギターを、梓のギターに手をかけ、グロスで丁寧に拭いた。
気のせいだろうか。ギターが悲し気な光を放ったと、思ったのは。
タイトル、また変えようと思ってます。今度はシンプルに。でもそんな頻繁に変えていいものかと思ったので、ちょっとアンケートとります。なお、前提としてSAO、あるいはソードアート・オンラインを頭につける事としてます。よろしければお答えください。
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ヴァルキリーズfeatボーイ
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プロジェクトSAO
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アルティメットカオス
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無への逃走
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肯定あるいは否定
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フィクションスターズ
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〜いろんな著作物から以降はいらない
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タイトルはそのままでいい