SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO   作:牢吏川波実

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はじまり!(元タイトル:SAO×けいおん! (その2))

 11月6日。その日、軽音部の部室は久しぶりに心地の良い騒がしさがあふれ出ていた。

 

♪ふわふわ時間(タイム) ふわふわ時間(タイム) ふわふわ時間(タイム)♪

 

 放課後ティータイムオリジナル楽曲の一つ≪ふわふわ時間≫。演奏するのも文化祭以来二か月ぶり、『四人』で演奏するなんて1年ぶりくらいだろう。

 

「ふぅ……何とか最後までできたぁ」

「久しぶりだったけれど弾けて良かったわ」

「よし、もう一曲!」

「ダメだ。もうサービス開始一時間前、そろそろ準備しないと」

 

 そう言いながらベース担当の澪は自分のベース、通称エリザベスをいつも置いていた場所にゆっくりと置いた。

 それを見てドラム担当の律はドラムスティックを、そして唯も渋々といった顔付きながらギー太をいつもの場所に置いた。

 受験勉強に忙しかったはずの彼女たちが何故再び楽器を持ち合わせたのか、それにはその日付に関係がある。

 久しぶりに唯がギー太を軽音部の部室に持ってきたあの日、キーボード担当でありお嬢様でもある琴吹紬が集合時間に遅れまで持ってきた物があった。それが、最新ゲーム機であるナーヴギアと限定一万本のゲームソフトであるソード・アートオンラインのセット5つであった。

 案の定彼女の父親の会社がSAOの開発に資金提供していた縁で手にいれた物で、まだ発売まで一月近くあったのだが特別に学校に持ってきたらしい。

 五つ貰ったのは当然のように軽音部の部員五人で遊ぶためではあるが、知っての通り五人中四人が受験シーズン真っただ中で、当然そんな物している時間はないと澪と二年生の梓に怒られた。下級生の方がしっかりしているというのは上級生的にはどうなのかと思わないでもないが、しかし正論なので仕方がない。

 だが、部長の律、そして唯がたまには息抜きできていいじゃないかという方向に持っていかれ、結果紬も含めた三人のペースに巻き込まれる形で一日だけという期限付きでプレイするということが決まった。おそらく、一日だけじゃすまないのだろう。ともかく根を詰めすぎるというのも悪い方向にすすむ原因となってしまうため息抜きをするというのは間違ってはいない。

 その代わりとしてゲームのサービス開始日までの勉強はそれまでよりも厳しめでということで話は終わった。

 SAO、それまでのゲームジャンルのすべてと一線を画す革新的なそのゲームの噂に関しては唯も耳にはしたことがあった。しかし、初回販売本数一万本という狭き門を突破する自信も気力もないだろうと分かり切っていたため、挑戦することなく競争からは離脱、受験勉強一直線で頑張ることにしていた。ところがここにきて紬から差し伸べられたゲームの手、いや救いの手、これに乗らない手はなかった。

 それからの一か月、唯含めた軽音部の面々はSAOをプレイできるようにそれまで以上に勉強を頑張った。何故か当然のようにお茶会の時間も増えて行ったのだがそれはいつも通りなので置いておこう。

 梓もまた、それに付き合ってギター練習だけでなく学校の授業の予習復習を行い、結果的に梓の成績が良くなったのは余談としてこちらも置いておこう。

 また、このネット社会に合わせて軽音部の部室についこの間ネット設備が整ったということ、さらに休日でほとんど生徒がいないということもあって、個々に家でゲームに接続するのでなくみんなで集まってプレイしようということになり、さらにどうせなら久しぶりに軽音部みんなで一曲弾こうという話になりそれぞれ家に持って帰っていた相棒を持ち寄ったのだ。

 そんなこんなでSAOサービス開始日がやってきた。のだが、ここに大事な仲間の一人の姿はない。

 

「でもあずにゃんを置いてけぼりにしていいのかな?」

「風邪なんだから仕方ないだろ。それに今日じゃなくても梓一人だったらいつでもSAOプレイできるんだから」

「でもいつもいつも仲間外れにしてあずにゃんがかわいそうだよぉ」

「まぁ、受験が終わったら私たちもいつでもゲームできるんだし、それまでの辛抱だな」

「は~い」

 

 中野梓、唯たちとまた演奏ができるということでなんとしてでも学校に来たがったのだが、あいにく風邪を引いてしまったためこのサービス開始の日に合わせて学校に来ることが出来なかった。一説によるとこの日が楽しみで仕方なくて夜も眠れなかったことが影響しているとも言われている。

 

「皆、ゲームの前にお茶どう? お菓子もあるわよ」

「食べる食べる!」

 

 紬、通称ムギはそう言いながら机の上にティーカップとティーポット、そしてクッキーの詰め合わせを皿の上に乗せる。

 この軽音部ではもはやおなじみとなっている光景だ。彼女たちは確かに軽音部であるが、放課後毎日のようにこの教室に集まりすることと言ったらお茶会ぐらいで練習することは極々稀であった。

 もちろん、練習はしていたにはしていたのだが、その時間よりもお茶会の方がはるかに長かったのは言うまでもない。

 と、ここで秋山澪がふと思い出す。

 

「そういえばナーブギアが感覚を遮断するんなら、尿意も遮断するんじゃないか?」

 

 今回使用するナーヴギアの説明書に、脳から身体に伝達するすべての情報が延髄の部分で遮断されると書かれていた。と、いうことは逆に身体から脳にいきわたる情報、つまり尿意や痛覚といったものも遮断されてしまうのではないだろうか。

 

「えぇ!? それじゃ、おもらししちゃうかもってこと!?」

「大丈夫。こんなこともあろうかと、おむつ用意してきたから」

 

 笑顔でムギはそういったがそういう問題ではない。

 

「漏らすこと前提かよ!?」

「そっか! なら安心」

「なわけないだろ! 高校生になって漏らすなんてそんなの恥ずかしすぎる……」

 

 これには恥ずかしがり屋の澪、のみならずとも高校生ならば誰もが忌避したいものだ。

 ムギにしてはかなりトゲのある差し入れではあるが、これには理由がある。

 実は、ムギの知り合いにSAOのβテスターがいて、その少女からSAOプレイ中は尿意を感じないからプレイの前にはトイレに行ったほうがいい、ゲーム内で知り合ったβテスターの中にはおむつをしてまでプレイしていた強者までいたと聞いていたのだ。因みに、その知り合いとは休日にムギが一人で神戸に紅茶を買いに行ったときに、同じく紅茶を買いに来ていた女の子であったそうな。

 とにかく、水分関係はちゃんと管理していれば問題ないのではないかということになり、結局紅茶は飲まないことにしてクッキーだけを食べることにした元軽音部の面々、だが尿意が遮断されるのであれば便意も遮断されるんじゃないかということに気が付いたのは皿の上にあったクッキー全てを食べ終えたころであった。

 全員がお手洗いも済ませ、またパソコンの電源を入れて準備が整い、後はSAOのサービス開始時間を待つのみとなった頃、一人の少女が部室のドアを開け現れた。その顔は、唯とそっくりである。

 

「お姉ちゃん?」

「あ、憂!」

 

 少女は、できる妹こと平沢憂。唯の妹である。

 彼女は天然でいつもいつもぐーたらしている唯の妹とは思えないほどにしっかりとし、礼儀正しい妹で、料理、勉学共に万能。ギターも少し練習するだけで弾けるようになるという完璧超人に近い印象を持った女の子、そして以前にも説明したとおりに梓の同級生でもある。

 

「よかった、間に合って」

「憂ちゃん、どうしたの? 今日は、純ちゃんと一緒に梓ちゃんのお見舞いに行くって言ってたのに」

 

 純、というのは憂と梓の同級生の女の子で、共通の友達である。そして、軽音部に関係のある二人と仲がいいということから軽音部の四人とも付き合いがあるのだ。そんな彼女こそこれまた以前説明した、来年もし軽音部に部員が一人も入ってこなかったら入部すると言ってくれた優しい女の子である。だが、彼女は現在ジャズ研というものに所属しているのだがその点はいいのだろうかとも思わなくもない。

 それはともかく、憂と純の二人は、風邪を引いてしまった梓のお見舞いのために彼女の家に行っていたはずなのだが、どうして憂がここにいるのだろう。

 

「実はね、その梓ちゃんから、SAOをプレイしてもいいって言われたの」

「え?」

 

 憂曰く、梓の方は一日中寝ていたおかげでベッドから起き上がれるぐらいによくなっており、意外と元気に対応してくれていたそうだ。

 そして、限定販売されたゲームを初日にプレイできる。そんな機会はめったにないから逃すのはもったいないということで自分か純のどちらかに学校に行ってもらいたいとお願いされたのだ。

 確かに、一万人しかプレイできないゲームが一本だけ余っているというのはとてももったいないように思う。だが、病人である梓を放っては置けないと二人は固辞した。それでも、梓の強い希望ということもあって、純と話し合い、結果憂が来たというわけだ。

 これには、ただ友達繋がりで軽音部と仲がいいというだけの純とは違い、姉の唯が軽音部に所属しているから憂の方がふさわしいという純の後押しもあった。

 

「本当! それじゃ、憂と一緒にゲームできるんだ!」

「そうだよ! お姉ちゃん!」

「けど、それじゃ純に悪くないか?」

「大丈夫です。明日からは三人で順番にSAOをプレイしようってことになりましたから」

 

 SAOにはセーブスロットという物がなく、一つのSAOに付き一つのデータしか作れない。そのため、SAOが第二次第三次出荷で大量に出回らない限り三人で一つのデータを共有する形となる。

 データの共有というのは一歩間違えれば友情が破綻する原因にもなりえるのだが、彼女たち三人はゲーム好きの面がある物のゲーマーという程ではないため、色々と自分勝手にプレイして他の二人を怒らせるようなことはしないだろう。

 ふと、紬が時計を見て言った。

 

「あ、後十分でサービス開始よ」

「なに!?」

「急がなくちゃ。はい憂」

「え? こ、これって」

 

 ムギの言葉を聞いた唯は、ソファの上の袋からある物を憂に手渡す。

 これまで、姉の行動はかなり奇々怪々ぶりをみせ、このような場面で手渡す物もたぶんおかしなものになるのだろなという想像は確かにあった。しかし、彼女が見せた物はその想像をはるかにしのぐくらい奇怪な物体である。何故、自分にそんな物を渡すのか、憂は理解が追い付かず、顔を赤面させる。

 

「唯、それって!?」

 

 そして、その周りで見ていた澪たち元軽音部の三人もまた唯が手渡したものをみて顔を青ざめる。

 確かに、先ほどそのような話をしていた。それは事実であるが、まさかあの唯が妹を辱める行動をとるとは思えなかった。

 

「オムツだよ? ゲームしてるとおしっこしたくなってもわからないからつけたほうがいいんだって」

「え? えっと、でも……」

 

 そう、先ほどムギが持ってきたオムツである。結局誰もソレを穿いてくれなかったし、そもそも自分ですら最終的には羞恥心の方が勝って穿く気にはなれずソファの上に置いたままとなっていたそれを、唯は妹に手渡したのだ。

 どう考えても誰かを辱める結果にしかならなそうなソレを妹に穿かせようとするなんて、彼女と付き合って三年目にして初めて彼女の腹黒い部分を見た気がする。

 

「大丈夫。ちょっとモコモコしてるけどすぐ慣れるから、ってあれ?」

「唯、まさかお前……」

「え?」

 

 と思ったのは三人の勘違いのようだ。やはり唯は唯であった。この何も考えていないような表情は、まさしく天然な彼女そのものだ。

 彼女は妹に恥ずかしい思いをさせようとしているのではない。妹『にも』恥ずかしい思いをさせようとしているのだ。

 

「もしかして、皆穿いてないの?」

「……」

「……」

「……」

 

 彼女は穿いてるのだ。オムツを。

 そう、唯は先ほど全員でトイレに行った際一人だけオムツをソファの上からちゃっかりと失敬して、トイレの中で穿いてきていたのだ。因みにその際脱いだ下着の方は現在スカートのポケットの中に入っていたりする。

 周りの反応に逆に唯はびっくりしていた。あの話の後一緒に手洗いに行ったのだから、てっきり皆もおむつを穿きに行くものと思っていたのだから。というか、あのような話があった後ならもれることを心配して穿くのだろうと当たり前のように思っていた自分が恥ずかしくなってきた。

 高校生にもなって、友達三人と、妹の前でただ一人オムツを穿いている自分。天然ガールの唯であっても流石に徐々に徐々に自分のしていることの恥ずかしさに気が付き顔付きが真っ赤になっていく。

 それを見た憂。彼女にとってみれば、そもそも何故SAOプレイ前にオムツを穿かなければならないのかという理由すらも全く知らないのだが、しかし姉にとってはソレがとても大事なことで普通の事なのだと思っていたということ、そして友達みんなも同じことをするものだとばかり思っていたのだと少しのやり取りの中で判断した。

 どうすればいいのだろう。このままでは姉一人だけが奇異な格好のままでゲームをプレイするということになってしまう。一番簡単なのは姉にオムツを脱いでもらうということなのだが、一度オムツを穿いてしまったという事実は消えることなく、それを知っているのが誰かにいい回すことがないであろう親友と妹だけとはいえ、この羞恥心が消えることは無いだろ。と、いうことは取れる手段はたった一つだけだ。

 

「わ、分かったよお姉ちゃん! お姉ちゃんだけに恥ずかしい思いはさせないからちょっと待ってて!」

 

 それは、自分も穿くということ。憂は意を決したようにそう言うと唯から掠め取るかのようにおむつを受け取ると、そのままトイレへと走り出していく。別にここにいるのは全員女の子なのでここで着替えても何の問題もないと思うのだが、羞恥心に対する最後の抵抗なのだろうか。

 

「わ、私も! 元はと言えば私がオムツを持ってきたのが悪いんだから!」

「ちょっ憂! ムギ!?」

 

 そして、それを見たオムツを持ってきた張本人であるムギもまた、ソファの上にあるオムツを一枚持つとトイレへと向かっていく。友達が恥ずかしげもなく穿いていたのだ、なら、自分だって穿けるはずだと、唯からいらぬ勇気をもらった結果である。

 あれよあれよという間に二人もおむつを穿くという決断を下したという事実に、澪は二人に向けた手をそのままに固まっていた。どうしよう。この流れは自分もおむつを穿かなければならないのではないだろうか。いや、しかし、オムツだぞ。齢18にもなってオムツを穿くなんて、そんなの世間体的に大丈夫なのか。でも、一人だけ仲間から外れるのは。いや律、そうだ律もいた。彼女もまた自分と同じオムツを穿かないはずだ。

 

「五人中三人オムツか……なら別に恥ずかしくも無いかもな」

「えぇ!?」

 

 最後の希望は打ち砕かれた。だが、冷静に考えるとこれは多勢に無勢。天然娘唯と唯を溺愛する妹、おっとり系でお嬢様であるゆえに少し周りの感性とは少しずれているムギ、そして律。梓がいない今この時、この軽音部の中でしっかりと物事が判断できるのは自分ただ一人。この流れになるのは予想できたことだったはずだ。

 結局のところ唯ただ一人だったオムツ穿く派閥は、他の三人も加わり逆に穿かない派は自分ただ一人となってしまった。今まで通りだと、自分もまた穿く流れとなるのだが、しかしやはり友情よりも恥ずかしさの方が勝ってしまって完全に固まってしまった。

 そんな澪を見かねた、というよりも面白がった律は言う。

 

「あ、澪。どうせならあたしが穿かせようか?」

「ば、馬鹿言うな! 穿くのだって恥ずかしいというのに! 律とはいえ、誰かに穿かせてもらうなんて……って違う! そもそもそんなの穿きたくなんてないんだ!!」

「ほほぅいいのかなぁ~」

「え?」

「ここの床は木造だからもし漏らしたりなんてしたらシミになって残るだろうなぁ〜」

「ッ!」

 

 彼女たちが通っている桜が丘女子高等学校は意外と歴史のある学校で、その造りも古い。そのため、ほとんどの教室の床は木張りであり、当然この部室の床も木で作られている。

 

「それで、来年新しく入部した生徒が梓に聞くんだ。あれ? あそこにあるシミって何ですか? って、それで梓は苦笑いして言うんだ。あれは偉大なる先輩の秋山澪がここでお漏らしを」

「わ、私も穿きに行く!!」

 

 澪、陥落。目に涙を浮かべながらトイレへと向かっていった。こうして軽音部の四人+一名は、オムツを穿いてプレイするというごくまれなプレイヤーになることが決定した。日本全国のゲーマーの中には確かにオムツ穿いてまでプレイしようとしている人間たちがいるであろう。しかし、年頃の女の子で、さらに集団でオムツを穿いてまでプレイするというのは彼女たちだけだと思われる。

 

「本当、澪はからかいがいがあるなぁ。おばあちゃんになったらどうせ穿くことになるだろうし、いい経験って事で。そんじゃ、あたしも……唯、ちょっと待ってろよ」

「あ、うん、分かった」

 

 こうして律もまた出て行ってしまう。こうして、部室の中には唯ただ一人だけ残されてしまった。

 

「一人になっちゃったなぁ……」

 

 唯は教室の中を見渡してみて改めて思う。この教室ってこんなに広かったんだなと。思えば、この学校に入学してからという物朝一番で来た時等を除けばほとんどこの部室で過ごすときには誰かがいてくれたからそんなことを感じたこともなかったし、考える気分もなかったような気がする。

 

「あずにゃん、あずにゃんだったら大丈夫。きっと、いい後輩さんが入ってきてくれるよ」

 

 唯は、今はこの場所にいない梓に向けてそうつぶやいた。自分よりもしっかりとしてて、音楽の知識もあって、そして人にも好かれる梓だったら、きっと来年後輩が入部してくれる。そして、自分たち以上の演奏をしてくれる。なんなら、もう一度、梓の後輩としてこの部に入部して、もっともっと一緒に演奏をしたい。

 

「あ、でもそれだったらあずにゃんは来年三年生だから今度は私が取り残されることになるのか」

 

 それはそれでやっぱり嫌だな。唯は、フッと、笑顔でつぶやいた。

 

「あっ、そうだ」

 

 ふと、唯はなにかに気が付いたように後ろを振り向いた。そこにいたのはトンちゃん、来年以降も梓が独りぼっちにならないように一緒にいてくれる軽音部六人目の部員だ。

 唯は、そのトンちゃんの水槽の中にトントン、と餌を少しだけいれる。それに気が付いたトンちゃんは水中を漂っている餌に向けて進み、一つ、二つと餌を食べていく。

 

「行ってきます、トンちゃん」

 

 次に唯が行ったのは、自分たちの楽器を見て回るということ。

 

「ギー太、エリザベス、ドラ美、キー坊も、ちょっとだけ行って来るだけだから待っててね」

 

 自分の楽器であるギー太のみならず、澪、律、そしてムギの楽器にもそれぞれ挨拶回りをする唯。ただゲームをプレイするだけなのだから何を大層なことをしているのか、しかし彼女は何かを予感していたのかもしれない。一度プレイし始めたら、しばらくこの楽器たちと逢うことが出来なくなるそんな悪い予感が。

 しばらくして、憂とムギ、そして律に連れられた赤い顔をして顔を隠している澪の四人が帰ってきた。

 澪は、早く始めるぞと急かすようにナーヴギアをかぶった。早くゲーム世界に行って現実での状況を忘れたいのだろう。

 それに続くように他の四人もそれぞれにナーヴギアをかぶりSAOを起動させる。説明書によると後はある言葉を発するだけでゲームが起動するはずなのだが、ここで憂にのみ小さなアクシデントが発生する。

 

「あれ?」

「どうしたの憂」

「なんだか、パーソナルデータエラーって画面に表示されて、キャリブレーションをやり直してくださいって出たの」

「きゃりぶれーしょん? ってナーヴギアを作動させたときの?」

 

 キャリブレーションとは、装着者の体表面感覚を再現するため、≪手をどれだけ動かしたら自分の身体に触れるか≫の基準値を測る作業のことだ。憂の使用しているナーヴギアは、本来は梓が使用する予定となっていたため梓のパーソナルデータが登録されていた。そのデータと差異が生じたためエラーが出たのだろう。

 

「どうする? 確かキャリブレーションを始めると時間をとられることになるんだが」

 

 そう、キャリブレーションは正確な数値を算出するために五分から十分程の時間を取られることになる。だが、そうするとサービス開始時刻を過ぎてしまうことになる。別に開始時刻ちょうどにプレイし始めなければならないという決まりはないため少しくらい時間がズレてもいいのだが、実はムギの知り合いのβテスターにゲームの指南の約束を取り付けいているのだ。

 βテスターの彼女なら、いち早くプレイを開始するはずなので、彼女に合わせるためにもサービス開始と一緒にプレイし始めたほうが良いのだが。

 

「それじゃ、お姉ちゃんたちは先に始めていてください。私は、キャリブレーションが終わったらすぐに行きますから」

「あ、それなら私も憂が終わるのを待ってる」

「え? でも……」

 

 憂の言葉に異を唱えたのは唯だ。

 

「大丈夫。みんなは先に行ってベータテスターって人に会ってて」

「分かったわ」

「唯一人だけじゃ心配だけど、憂もいるんなら大丈夫だろう」

「先に行って待ってるからな」

 

 と、他の三人もその案に賛成した。唯一人だけなら心配だが、憂も一緒にいるから大丈夫というのは、唯にとってはやや気になるところなのだが、とりあえずそれで安心しているのであればいいことなのだろう。

 澪、律、ムギの三人は床に敷いたバスタオルの上、川の字になって横たわると、目をつぶって言う。

 

「「「リンク・スタート!」」」

 

 ナーヴギアはその言葉を待っていたかのように稼働し始め、三人の意識はゲームの世界へと吸い込まれていく。外からはそうは見えず、ただ眠っているだけのように見える。しかし実際に今彼女たちの意識は仮想空間の中に入ってしまっているのだ。

 

「それじゃ、お姉ちゃん。キャリブレーション始めるから、少しだけ離れてて」

「うん!」

 

 キャリブレーションは身体のあちこちを触るために少しだけ場所が必要となる。そのため、唯は少しだけ憂から離れた。

 ふと、その手が澪に触れた。何を思ったのか、唯は、澪の頬をツンツン、と二回ほどつつく。しかし、反応は何もない。

 本当に眠っているみたいだ。これから自分たちもこうなるんだ。というなんだかよく分からないような感想を抱く唯。

 考えてみればここが女子高であるとはいえ自分たちはこれから完全に無防備となって、外で何が起こっても、自分たちの身体に何が起こっても分からないのだ。もしかしたら誰かが侵入してきて自分たちのことを襲うなんてこともあるんじゃないか。

 

「あ、憂。ちょっと戸締りを」

「大丈夫だよ。ドアも窓も鍵をかけたし、今日職員室にいるのは皆女の先生で、何かあったら直知らせてくれるよう頼んであるから」

 

 しかし、憂はすでにそのことを予測済みだったらしく、防犯の準備は全てできているとキャリブレーションをつづけながら言う。

 

「そっか、ありがと憂」

「お姉ちゃんは、私が守るから」

 

 自分はいつも憂に守られて生きてきた。しかし、それは憂もまた同じこと。彼女もまたいつも唯に助けてもらってきた。彼女たちはそれぞれがそれぞれに助けてもらってきたと感じているのだ。それは、はた目からは共依存の関係であると思われてもおかしくはない状況。しかし、二人はそれを恥ずかしいと思ったこともない。オムツの件を恥ずかしいと思った憂ですら助け、助けられという関係性が恥ずかしいことであると思ったことはただの一度もなかったのだ。きっとそれが人間として、そして姉妹として正しい姿だと思うから。そう思うから、憂はどれだけダメな姉であったとしても、どれだけ周りからおかしな子だと思われようとも、それ以上に優しくて、思いやりがあって、いろんな人たちとすぐに仲良くなれる唯のことが好きなのだ。だから、憂は彼女のことを、唯のことを絶対に守る。何があろうとも、絶対に。

 

「よし、終わったよ。お姉ちゃん」

「うん! あ、ねぇ憂」

「なに?」

「あの……手を繋いでもいいかな?」

「え?」

「あ、嫌だったらいいんだよ! でも……」

 

 別にその言葉に深い意味はなかった。でも世の中意味ある行動というほうが少ないのかもしれない。それでも、唯のとった行動に意味を考えるとしたら、それはたぶん安心が欲しかったのだろうと思う。プレイし始めて、自分の意識が今いるこの世界と離れる直前まで、人肌という物を感じていたかったのかもしれない。

 そして、この提案に対してお姉ちゃん大好き人間である憂が断るはずもなく。

 

「ううん! いいよ、お姉ちゃん!」

「ッ! ありがとう、憂!」

 

 二人は、満面の笑みで言葉を交わし、手を繋ぐ。故意か偶然が重なったのか、その二人の手は何故か恋人繋ぎと俗に言われる物だったそうだ。

 そして、二人は他の三人のように寝転ぶと目をつぶる。そして、言うのだ。

 

「「リンク・スタート!!」」

 

 後に、悪魔の呪文と揶揄されることとなるそのキーワードを。




 ある意味で、本小説群のお馴染みの展開となってしまっているアレ、を防ぐための手段。
 いや、その描写自体がソレなのか?

この小説、本編と外伝を……(希望する方を選んでください)

  • 一つの小説でやってもらいたい
  • 本編と外伝を分けて投稿してもらいたい
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