SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO   作:牢吏川波実

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メインシナリオ外伝 第二章 第46話

 めまいがする。

 頭も痛い。

 吐き気もする。けど、今自分の体の中には何も食べ物がないから、きっと吐いたとしても、出てくるのは胃液だけだろう。

 まるで、活火山の溶岩の中で動いているかのように、自分の体の節々が熱く、溶かされているかのようだ。

 もう、立っているのもやっとで、今すぐにでも倒れてもおかしくはなかった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 それでも、彼女には、中野梓にはやることがあった。やりたいことがあった。

 最期に、しておきたいことがあった。

 桜が丘高校、音楽準備室。つまり、彼女たち『四人』の軽音部の部室。その中で梓は、一人歩き回って、必要なものを集めていた。

 

「はぁ、はぁ、クッ……」

 

 鉄球がついているかのような腕を、なんとか伸ばしてタンスの≪取っ手≫を掴んだ梓は、ゆっくりとその戸を開くと、中に放置されていた先輩たちが置いていったティーカップを丁寧に、一つずつ、今にも崩れそうな卵黄を箸で持つかのような繊細さで戸棚から取り出しては、机の上に並べていく。

 途中、転けそうになることが何度もあったけど、けど、彼女たちの大切なものを壊してはならない。その気持ちだけで、信念だけで気が付けば何とか、机の上にティーカップを全部並べることができた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 分かっている。側から見て、自分が奇怪な行動をとっているのだと。自分は、いまだに眠り続けていると知っている。先輩たちのカップを並べてそれを見つめて、ただそれで満足して。

 

「これじゃ、ダメ……ですね……」

 

 呟いた梓は、再び朧げな眼で食器棚を見ると思い出す。

 

『ティーパックは、ここに入れておくわね』

 

 といった、彼女の言葉を。

 

「……」

 

 果たして、まだあるだろうか。先輩たちが向こうの世界に旅立ってからもう二週間が経とうとしている。その間、当然ながらティーパックを補給してくれる人なんていなかった。

 最後に自分があの人と会った時、もう残り少ない、なんてこと言っていた気がするし、望み薄かもしれない。

 そう考えながら、梓は座っていた椅子から立ちあがろうとする。と、その時だった。

 

「っ!」

 

 梓は、椅子から転がり落ちるかのようにその体躯を床に打ち付けてしまったのだ。

 一度倒れてしまえば二度と起き上がることができない。そう考えていた梓。

 けど、自分でも驚くべきことに、自分の手は、足は、しっかりと木で形作られた床に手をつき、その身体を起こそうとする。

 執念だった。あるいは、執着といってもいい。梓は一人での戦いを続ける。

 ゆっくりと、しかし確実に、軋む床を踏み締めて進む彼女を見て、滑稽だと笑う人間がどれだけいるのかわからない。

 しかし、彼女は大真面目だった。彼女が今一番したいことをする。そのために、彼女は、自分の生命を燃やすほどの覚悟と、足取りで、食器棚へと向かう。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 そして―――。

 

「あ、あった……」

 

 食器棚の一番下。そこには確かに、ムギが持ってきた高級な紅茶のティーパックがあった。その隣にあるのは、≪自分≫がいる日に出すことができるようにと茶葉だけが入った缶。

 確かにティーパックでも十分の匂いと味はする。でも、直接茶葉を通したソレの方が香ばしいのは梓も知っていた。けど、今の彼女にそこまでする力は無かった。だから、ティーパックを持ち出すと、ふとその隣に同じくムギの持ってきたお菓子のクッキーが入った缶が置いてあるのが目に入った。

 そして、驚くべきことに、そのクッキー缶の中に入っていたお菓子は『五つ』だけあった。

 

「先輩……」

 

 運命を、呪った。

 自分には、必要ないと言うのに。

 自分には、もう、彼女の紅茶を飲む資格がないと言うのに、どうしてその付け合わせのクッキーが五つちょうど入っているのだ。

 いや、ちょうどという言い方も良くない。だって、軽音部は、四人の先輩たちの部活。放課後ティータイムは四人で放課後ティータイム。

 四人が始めて。

 四人で笑い合って。

 四人で曲を形作って。

 四人で歌って。

 そこに、異物である自分が混入しただけ。

 本当は、ここにいるべきではなかった。

 彼女たちに出会うべきではなかった。

 そんな自分の分のお菓子が、さも当然のように置かれていた事が、彼女は悔しかった。

 

「……」

 

 それからの彼女の行動は、あまりにも辛いものだった。

 お湯を沸かして、そのお湯をティーポッドに注ぐ姿。

 立っているのもやっとのため、フラついて、うまく注ぎ入れることができなくて何度もこぼして、時にはそれが自分にかかることもお構いなしにお湯を入れる。まるで、地獄で責苦を受けている罪人のような姿を彼女たちが見たらどう思うのだろうか。

 いや、どう思うかなんて決まっている。嘲笑うに決まっている。

 嘲笑って、それから罵って、それから、それからもう一度淹れ直しに行けなんて言われて。

 それから、それから、それから。

 

『あずにゃん? 大丈夫?』

「え……」

 

 その言葉が聞こえてきた瞬間、梓は右側を見た。

 そして、彼女は見た。

 

「唯……先輩……」

 

 先輩の姿を。自分に向けて、にっこりと、“いつものように”優しい微笑みを浮かべる、唯の姿を。

 しかし、その姿はすぐに消え去ってしまい、残るのは暗がりの空虚な空間だけ。

 幻、なのだろう。自分には、そんなもの見る資格もないのに。

 そんなもの、自分には相応しくないのに。

 そう考えながらお湯を再び注ぎ入れる梓。

 不思議だった。少し、辛さが、重みが無くなったような気がする。

 まるで、夢から覚めた時のように体がふんわりと軽くて、そして心が暖かくて、そして―――。

 

「いい匂い……」

 

 いつもの、あの匂いが、彼女を包み込んで。

 その後、彼女はティーポットに入れた紅茶を、ゆっくりと『四つ』のティーカップに注ぎ入れ、その前に先ほど見つけた袋入りのクッキーをおく。

 まるで、お供物のようだと思ったのはそれを全部置き終わって、その机の上を見渡した時だった。

 だめだ、こんな事しては、縁起でもない。梓は、ゆっくりと、自分が座っている席に戻ろうとした。

 その時だ。

 

「え?」

 

 彼女は見た。自分の席、その机の上に自分の愛用の、この部室でいつも用意していた、猫の絵柄と、猫のしっぽの持ち手のある可愛いピンクのマグカップが置かれているのを。

 いつの間に、置いていたのだろう。意識が朦朧としていたから、きっと無意識のうちに出してしまっていたのだろう。

 こんなもの、必要ないのに。でも、梓はもう食器棚へと向かう気力は残っておらず、仕方なくマグカップの中にティーポッドの中に残っていた紅茶を入れた。

 ちょうど、一人分残っていた紅茶を。

 

「馬鹿みたい……」

 

 こんなことをして、先輩たちが戻ってくるわけないのに。

 紅茶を、ムギの様に用意して、それでどうとなるわけでもないのに。そうと知っておいてこんなことをするなんて、自己満足もいいところだ。

 そもそも、ここに来るべきではないと思っていた自分が、わけもわからずここにやってきて最初にする行動が、いつもムギがやっていた様に紅茶を用意するなんて。とんだ笑い話だ。

 ほんと、どうしてこんなことをしてしまったのだろう。

 本当に、どうして、こんな。

 

「どうして、こんなことに、なったの……」

 

 梓は、席に着くと真っ先にそう口走った。

 一ヶ月前まではいつも通りの放課後だったのに。

 いつも通りに、ムギ先輩が紅茶をいれて。

 律先輩がとても面白い話をしてくれて。

 澪先輩が、自分をとても気にかけてくれて。

 そして、唯先輩が朗らかな顔で笑いかけて、そう“さっき”のように。

 

『梓ちゃん、紅茶が入ったわよ』

「ムギ先輩……」

『やっぱり、ムギの淹れる紅茶はいつも美味しいな、梓』

「律先輩……」

『梓、大丈夫か? 顔色が悪いぞ』

「澪、先輩……」

『あずにゃん大丈夫?』

「……」

 

 また、彼女は幻視した。四人の先輩の姿を、もう二度とみることは叶わない。仲のいい四人の姿。

 その四人が、全員自分に笑いかけてくれる。

 いらないのに、そんな笑顔。

 いらないのに、そんな優しさ。

 自分が欲しいのは、嘲笑って、罵って、それから。

 それから、それから、それから―――。

 

「そんなこと、するはずないじゃないですか……」

 

 その時、ようやく気がついた。自分にとって都合のいい幻覚というものが、絶対に彼女たちがやらないであろう行為であることに。

 彼女たちだったら、絶対に、どんな時でも、何をしても自分に笑いかけてくれる。

 心配してくれる。

 励ましてくれる。

 そういう先輩たちだったから、自分は軽音部を好きになれた。軽音部の一員に、なれた時に、とても嬉しかった。

 そんな彼女たちが自分を罵るはずもない。嘲笑うはずもない。

 自分は、ただ苦しみたかっただけだ。彼女たちが絶対にしない行為を妄想して、それで自分が傷つきたかっただけだ。

 でもどうしても無理だった。出てくる幻想は全部。全部、同じもの。

 

「ッ……」

 

 自分に笑いかけてくれる、先輩たちの姿だけだった。

 そうだ。いつも、そうだったじゃないか。何を恐れていたのだろう。何を怖がっていたのだろう。

 彼女たちは、ずっとここにいてくれているじゃないか。心の中に、その笑顔を携えてくれる。

 その笑顔が、大切な宝物で、大事な贈り物で、そして。かけがえのない、思い出で。

 

「御免なさい……御免なさい……」

 

 梓は、大粒の涙をこぼしながら謝った。彼女たちに向けて、幻想の中にいる、心の中にいる先輩たちに向かって。

 

「私、怖かったんです。もし先輩たちが死んで、酷い姿になったら……この思い出も、この軽音部で作った思い出全部、無くなってしまう様な気がして」

 

 彼女たちの笑みを忘れてしまったらどうしよう。彼女たちと過ごした大切な時間が塗り潰されたらどうしよう。ただただ、それだけを考えてこの半月を生きてきた。その不安がついに昨晩表面化して、自分は、とんでもない行動をしでかしてしまった。そのストレスが頂点に達して、あんな恐ろしいことをして、とんでもない怪物を産み出して、いろんな人に迷惑をかけて。

 

「馬鹿ですよね私。勝手に絶望して、勝手に諦めて。先輩たちが戻ってくるって、信じることができなくて……本当に、私って……」

『馬鹿なんかじゃないよ、梓ちゃん』

「え……」

 

 その時、彼女は誰かに抱きしめられたような気がした。

 今度の幻想は、違う。ムギでも、律でも、澪でも、そして、唯でもない。

 

「憂……」

 

 振り向かなくても、声だけで分かる。そうだ。これは、憂の声だ。憂の温かさだ。いつも、もう一人の親友である純と一緒にいる時の、憂の温もりだ。

 

「憂も、ずっと一緒にいてくれたんですね……」

 

 梓は、その手をぎゅっと握ろうとする。当然、自分がつくりだした幻覚なのだからその手を掴むことなんてできはしない。

 でも、彼女は確かに掴んでいた。思い出のカケラという、この世で一番大切で、尊くて、そして決して忘れることのない記憶を。

 梓は、それを静かに、そしてゆっくりと噛み締めた後に再び呟き始めた。

 

「私、怖かったことがもう一つあるんです」

 

 自分自身の恐怖を。

 

「先輩たちがSAOに行ってしまって、一人ぼっちになって、ずっと、ずっと考えていた。私なんかが、軽音部にいたままでいいのかなって……みなさんが辛い思いをしているのに、それでもギターを弾いてていいのかって! それを考えたら、私……軽音部でいるのが怖くなって……」

 

 それが、彼女がギターを弾くことができない理由だった。四人が、そして憂がデスゲームの世界で辛い思いをしている。相棒の楽器に触れることもできないのに、それでも、自分一人がギターに触れていていいのかと。

 自分だけが、音を奏でて、楽しんでていいのかと。

 それがずっと、恐怖でしかなかった。

 けど、彼女たちは、幻想の中の彼女たちはやっぱり優しかった。

 ブワッ、と一筋の風が吹いたような気がした。その瞬間、彼女の目の前にあるのは、あの≪いつもの≫放課後のティータイムの光景。

 夕日が差し込む前の、朝と夜とが混在する不思議な光を受けながら和気藹々と話していた先輩たちが目の前にはいた。

 皆、梓に向って口々に言う。

 

『いいんだよ、あずにゃん』

『そんなこと気にしてたのか?』

『梓なら、きっと私たちが居なくても大丈夫』

『思いっきり楽しめれば、それでいいんじゃないかな?』

『梓ちゃんは、梓ちゃんだよ』

 

 分かっていた。

 分かっていた!

 分かっていた!!!

 そんなこと。いつかは必ず来る日が少しだけ早まっただけだと。

 でも、全部自分が悪いのだと思わないと、自分に責め具を与えないと、自分が自分を許せない様な気がした。

 優しい言葉をかけてもらうこと自体、恐れていた。

 恐怖でしかなかった。自分が、この世にまだ存在していることも。

 でも、でも―――。

 

「先輩たちに、会いたい……本物の先輩たちに、会いたかった。優しい言葉をかけてもらいたかった。笑いかけて欲しかった。もっともっと、一緒に、軽音部を続けたかった! いなくならないでください、先輩。どこにも、行かないで……私を、一人にしないでくださいよぉ……」

 

 梓は、消えるような叫びを発すると、下を向いてしまう。すると、目からこぼれ落ちる大粒の涙が、膝の上に乗せた手の上に強かに落ちていく。

 涙を流す権利だって本当は持ち合わせていないはずの自分が、涙を流している。泣けている。それが、何を意味するのか、彼女には分からない。

 でも、これだけは言いたかった。彼女たちに、最期に、言いたかった。

 

「私、幸せ者です。最期に先輩たちとお茶会ができて……こんな私にも、紅茶を淹れさせてもらえるなんて……ウッ!!」

 

 その時、全身を駆け巡るかのような激痛が彼女を襲った。

 思わず倒れ込みそうになる彼女。

 いや、ダメだ。もしここで倒れたら机の上にある先輩たちのコップを割ってしまうかもしれない。耐えないと、この激痛にも、耐えない、と。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 しばらくすると、痛みも徐々におさまってきた。でも、完全にというわけじゃない。まだ、あたかも電気椅子を受けているかのような痺れの様なものが残っている。

 ふと手を見てみると、先ほどまでより透明感が増している様にも見える。

 そう、か。ゲーム病が進行しているのだ。梓にも分かった。おぼろげな意識の中で、ハッキリと聞こえて来た医師の飛彩の言葉。自分は、今日か明日の命なのだと。

 もうすぐ、自分は消えてしまう。完全に。

 不思議と、恐怖はなかった。

 痛みに耐えながら、その身体を起こした梓は、ふと、先輩たちの残した楽器たちを、月の光に照らされて神々しく光を放っている楽器たちを見ながら言う。

 

「皆さん。私、今、幸せです……だって……」

 

 そして、彼女はそっと目を閉じた。思い出を、脳裏に焼き付けられるように。

 消えようとする彼女。痛みに身体を支配されようとしているはずの彼女。

 でも。

 その顔には、確かに笑みが溢れていた。いや、それも当然だろう。

 

―先輩たちとの思い出が、いっぱい詰まったこの部屋で、死ぬことができるんですから―

タイトル、また変えようと思ってます。今度はシンプルに。でもそんな頻繁に変えていいものかと思ったので、ちょっとアンケートとります。なお、前提としてSAO、あるいはソードアート・オンラインを頭につける事としてます。よろしければお答えください。

  • ヴァルキリーズfeatボーイ
  • プロジェクトSAO
  • アルティメットカオス
  • 無への逃走
  • 肯定あるいは否定
  • フィクションスターズ
  • 〜いろんな著作物から以降はいらない
  • タイトルはそのままでいい
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