SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
怪物は、咄嗟のさわ子の行動に身動き一つ取らず、まだ部屋の外にその目線を向けている。だが、その恐ろしい目が自分たちの方に向くのは時間の問題であるだろうと彼女は考えていた。
「ど、どこからでもかかってきなさい!」
さわ子の、やや上擦ったかのような声が教室中に響く。それに気がついたのだろう。怪物がゆっくりと、さわ子の方を向き始めた。
「ッ!」
覚悟はしていた。けど、実際にその場面に遭遇したらこれほど怖いものなのか。さわ子は一度深呼吸をして自分の体を落ち着かせる。
大丈夫、不審者撃退の講習を思い出せ。姿形が全く違っていたとしても、相手は人型。あの時と同じ対処をしていれば、絶対に大丈夫。のはず。
「せんせい、にげ、て……」
あまりにも自信のない強がりを見せたさわ子に、アナザーポッピーは迷わず向かっていくものだろうと誰もが思っていた。
梓もそう考えて、さわ子に逃げるよう促した。だが、彼女はアナザーポッピーから目を離さないように前をみながら、不敵に笑みを浮かべると言う。
「いいえ、逃げません。今度こそ、現実から……生徒から逃げたりなんかしない!」
「え……」
自分は逃げていた。目を背けていた。軽音部の四人が、あの子達がSAOに囚われてからずっとずっと、現実を直視することから逃げていた。
でも、今は違う。というより、違ってみたい。
自分は彼女を、今度こそ守りたい。そう願ったのだ。
誰かに強制されたことじゃない。これは、自分自身がくだした判断なのだ。
「たまには先生にも、格好つけさせてよね」
「せん、せい……」
これが、あのさわ子先生なのか。梓は、正直目を疑った。
確かに、さわ子先生は生徒思いで、頑張り屋の一面があって、ソレでストレスを抱え込んでよくそのストレス解消のためにと軽音部のお茶会に参加していた。
でも、自分も見ず知らずの怪物を前にここまでの威勢の良さを発揮できるなんて、はっきしいって異常、いや無謀だった。そう言える。
けど、同時に勇敢で頼もしかったとも言える。
彼女は守りたい。梓を、そして岩沢の事も。大人だから、先生だから、違う、一人の人間として戦いたかった。
それが、自分が今まで逃げてきた償いであると信じて。
しかし。
「え……」
「え?」
アナザーポッピーは二人には目もくれていなかった。
「ウゥ、ウゥゥ……」
言葉にもならない呻き声をあげながら、アナザーポッピーはゆっくりと、しかし重い足取りで入り口、すぐ近くの黒板に向かう。
そして、二人に悪寒が走った。
やめろ、それは、そこには。
「ッ! やめなさい!!」
つかさず、さわ子は走った。怪物を止めるために。そこには人なんていない。でも、彼女たちがいた、彼女たちの思い出が、この三年間の青春、苦楽を共にした相棒たちがいたから。
そう、五つの楽器、ベース、キーボード、ドラム、そして二つのギター。
さわ子は悟ったのだ。怪物が、彼女たちの楽器を壊そうとしていることに。なぜ、そのようなことをする必要があるのか、考える暇なんてない。
「ハァッ!!」
さわ子は、持っていたモップを思い切り振り上げて、怪物を殴った。
しかし、モップは怪物に当たりはしたものの、根本からポッキリと折れてしまう。
「ウゥゥ……」
「あ……」
はっきりいえば、彼女の行動は意味がなかった。いや、ソレどころか愚策だった。
そもそも、モップは愛する生徒を守るために、護身用で持っていたものだ。それで、敵に攻撃を仕掛けにいくなんて、どうかしている。
そう、自分はあまりの愚か者だった。教室の床を転がりながら、さわ子は自分に失笑した。
「せん、せい……」
梓は、目の前に吹き飛ばされてきたさわ子に目を向けた。幸いにして、岩沢とは違い床に強打したわけでもなく、彼女のように守るべきものを持っていなかったため受け身をとれたため軽い打撲で済んださわ子。
だが、並の人間である彼女が、これ以上立ち上がることはできなかった。
そんなことをしている間にも、再びアナザーポッピーは楽器の方に向き直る。
「そんな、やめて……」
梓は手を伸ばした。無駄と知っていながら、そんな手が、届かないと知っておきながら。
今の、ほとんどまともに動く事もできない彼女には、何もできないと知っておきながら。
それでも、彼女は手を伸ばした。そこに鎮座する楽器たちに向けて。
もう、これ以上自分から何も奪わないで。
先輩たちを奪われた、親友を奪われた。そして、今度は、先輩たちが大切にしていた、自分が大切にしていた、先輩たちと一緒に奏でた楽器が、狙われている。
「ギー太、エリザベス、キー坊、ドラ美……むったん」
梓は、先輩たちがつけた楽器の名前を呟いた。まるで、凶暴な動物の檻の中に入ったペットを呼ぶかのような声で。
「うっ!」
その時、梓に再び痛みが襲う。そう、楽器を破壊されようとしているというこの現状にストレス反応を起こして、彼女の中のバグスターウイルスの活性化がさらに進んでいるのである。
気がつけば、彼女の身体はこの場所に来た時よりももっと、透けていた。
「や、やめて……やめて、ください……」
しかし、そんな自分のことなんてどうでもいいとばかりに、彼女は懇願し続ける。
これ以上、思い出を壊さないで。先輩たちがいた。その記憶を、消さないでと。
でも。
「う゛あ、あ、あ、あ、あ!!」
無情にも、アナザーポッピーは止まらない。
怪物に、心のない怪物に、大切なものの、思い出という空虚なる存在、ありもしないものの価値なんて、分かるわけがない。
分かるわけが、ないのだ。
「やめてッ!」
「……それに」
「え?」
「?」
人は、大切なものが目の前にあると強くなれる。
例え、どのような傷を負っていたとしても、立ち直れないほど大きなものだったとしても、それでも、目の前の大切なものを守るためには足を踏ん張って、立ち上がることができる。
本来なら、立ち上がる事もできないはずだった。
本当なら、気絶していてもおかしくないほど痛かった。
いや、そもそも死んでいていもおかしくはないダメージを負っていた。
けど、それでも彼女は立ち上がった。
何故?
答えは決まっている。守りたかったからだ。
彼女たちの、大切な、思い出。
いや。
≪一番の宝物≫を。
岩沢はたちあがれた。そして、走った。怪物に向けて。
自分が敵うはずもない。そんなこと、知っていたのに。彼女はソレでもアナザーポッピーに立ち向かった。
振り上げられた腕を掴み、必死に力を入れてその腕を、そしてその体躯をなんとか楽器たちから離そうとする。
その時、奇跡が起こった。
彼女の精一杯の力は、アナザーポッピーの身体を動かすことに成功し、少しではあるが、楽器から離すことに成功したのである。
火事場の馬鹿力、とでも言うのだろうか。だが、そんな奇跡が長続きするはずもなかった。
「ぐッ!」
アナザーポッピーは、彼女の腹に蹴りを入れた。
その一撃に蹲る岩沢。まるで鉄球を豪速球で投げ込まれたかのような腹の痛みを感じる。
しかし、彼女が下を向いていた時間はほんの僅か、彼女は自分に向き直ったアナザーポッピーを見上げたのだった。
場違いもはなはなしいが、彼女は笑みを浮かべた。
そう、アナザーポッピーの興味を楽器から逸らすことに成功したのだ。それが、嬉しかったのだ。
「岩沢さん、なんで……」
梓は、目の前の岩沢の行動に理解できなかった。
どうして、そこまでして、自分が傷ついてもむったんたちを守ろうとしているのか。
何故、そこまで傷ついて上を向けるのか。それが、不思議でならなかった。
「わ、わたしには……アンタたちみたいな、えんそう、できないから……」
「え?」
岩沢は息も絶え絶えに言う。
「アンタらの演奏の動画……見た。酷いできだった」
「ッ……」
「ドラムのリズムも不正確で走り気味で、ギターの弾き損じもあったりして、とても、いい演奏じゃない。プロと比べればど素人、そんなバンドだった……でもッ」
その時、岩沢の目から涙が溢れた。きっと、彼女は思い出していたのだろう。
あの病室で見た。彼女たちの演奏の感激を。
「楽しそうだった……」
「え?」
「互いのミスを笑って流してフォローしあって、一つの音楽を作る姿は、感動した。歌詞だって、私じゃ書けないような独創的な物で、正直嫉妬すらもした。なにより、心から楽しんで音楽を奏でる姿は、私には絶対に真似できない……放課後ティータイムは……最高のバンドだ」
「岩沢さん……」
彼女の言う通り、放課後ティータイムの演奏は細かいところから大雑把なところまで見てもミスの多い演奏で、とてもプロと比較することもおこがましいと言えるようなものだった。
でも、それを補っても余るほど、彼女たちは音楽をしていた。
仲間同士で助け合って、作り上げた音楽。
一人だけで、一匹狼を気取って路上ミュージシャンなんてやっていた自分には決して辿り着くことのできない世界。
姉が、妹を思って作った歌。
姉妹兄弟のいない自分じゃ、到底思いつくことができない。いや、荒んだ家庭環境にいた自分には、あんな光に溢れた曲は作ることができない。
羨ましかった。あんな仲間がいてくれる梓が。そんな仲間が周りにいてくれる梓が。
そして、その梓の悲しみが、ようやく理解できた。
そりゃ悲しいだろう。苦しいだろう。辛いだろう。今は、立ち止まってしまう時があるだろう。
でも、立ち止まったらダメだ。今、ここで命を、希望を、彼女たちの未来を失ってはダメだ。
「はぁ、はぁ、怪物……そんな汚いで、彼女たちの楽器に、触るな……」
岩沢は歯を食いしばり、握り拳を作って叫ぶ。
「それは……彼女たちが、放課後ティータイムが帰ってきた時。梓と一緒に演奏するために必要な物だ! それに、手を出すなんて……私が許さない!!」
「岩沢さん……」
岩沢は信じていた。梓の仲間たちが、無事にSAOをクリアして戻ってくると言うことを。
そして、梓とまたバンドを組んで一緒に演奏してくれることを。
自分にはできないこと、できなかったことをやってくれると。
彼女の中の音を守れるのなら、自分の命なんて、惜しくはない。そんな心の叫びだったのだ。
しかし。
「あ、゛、あ、゛、あ……」
怪物には、そんなことを考える情も持ち合わせていない。アナザーポッピーは、再度腕を≪岩沢≫に向けて振り上げた。
「岩沢さん!」
「く……」
もう、彼女には何かをする気力も、体力も残されていなかった。
あるのは、ただ、怪物を睨み続けるという、死の間際まで自分は逃げなかったという矜持を守ることだけ。
けど、後悔はなかった。
彼女たちの音を守れるのなら。
「梓、私さ……」
「え?」
その言葉は、轟音と共に途切れてしまった。
タイトル、また変えようと思ってます。今度はシンプルに。でもそんな頻繁に変えていいものかと思ったので、ちょっとアンケートとります。なお、前提としてSAO、あるいはソードアート・オンラインを頭につける事としてます。よろしければお答えください。
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