SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
その、澄み渡るような旋律は、その場にいたすべての、傷ついた人間達を心の底から癒していた。
当然、それで体の傷が癒えるわけではない。けどそれでもその音の波を聴いていると、本当は治っていないはずの身体が、徐々に傷が塞がっていくかのように感じる。
これが、音楽の、本当の、力。そう、感じてしまうほどに綺麗な旋律を奏でられるもの。この世界に残っている人間で、そして今回の事件に関係した人間の中で、たった一人しかいないだろう。
「あれは……」
「全く、お前らしい派手な登場の仕方だな」
鏡夜は知っていた。天草シノは知っていた。他の、多くの人間も知っていた。そこに現れた金髪の美男子を、しかし、シノが知らない、かつて自信に溢れ、そして自意識過剰とまで言えるほどの性格をした男。
「……」
須王環、である。
それは、鏡夜があの日、環の家に訪問したその日の夜の事だった。
「……」
まるで、何かにとりつかれたかのようにピアノを弾いていた環は、しかし、何も手に入れることができなかった。
それもそうだろう。音を楽しむと書いて音楽。今の環は、そのハーモニーを楽しめていない。ただ自分の怒りの矛先を音魂に乗せて、かき鳴らしているだけなのだから。
人は、音によってストレスを無くすことができる事がある。それが、いわゆる音楽セラピーの効果なのだ。
しかし、それを生で、しかもストレスによって身も心もボロボロの人間が行っても何の意味もないただの雑音に成り下がってしまう。
やはり、自分には無理だったのだろうか。音楽の世界に没頭するという事が。
音楽の世界に入り込むことで、自分の中の苛立ちや、罪から、逃れられると、本当にそう思っていたのだろうか。
やはり、自分は罪を心の中に受け止めまま生きなければならないのだろう。友を、仲間を、家族を、学友を。そして、恋人を地獄に送り込んだという罪を背負ったまま、これからも、ずっと、ずっと。
「……」
再び力尽きようとしていた環は、徐にベッドの方へと足を向けた。もちろん、就寝用の寝巻なんて物に着替えずに、そのままの、格好で、ベッドの上に転がり落ちようとしていた。
その時だった。
「え?」
ベッドの上に薄い≪ナニカ≫が置かれていることに気が付いた。
「これは、タブレット? 鏡夜が持っていた」
手に取って調べてみた。薄い長方形で、月明かりに照らされて銀色に光る外装は、まさしく昼間に鏡夜が自分のところに持ってきたソレと同じだった。
何かに引き寄せられたのか。環は、そのタブレットのボタンを押してみる。すると。
「! これは……」
環は、驚きの声を上げた。その理由はいろいろとあるが、まず最初に彼を驚かせたのは、そのタブレット端末には≪ロック≫がかかっていなかったという事だ。
本来こういった端末は、他者によって情報を盗まれないために、パスワードや、顔認証、指紋認証と言ったロックがかかっているはずなのだ。
なのに、それがない。これは、明らかに不自然だ。特に情報管理や統制に重きを置いているはずの鏡夜にしては、あってはならないミス。
いや、違う。これは意図的だ。でなければ、こんなことは絶対にしない。環は確信にも近い何かを感じた。それは、二つ目の理由を見ても明らかだ。
タブレット端末の中には、アプリが≪二つ≫しか入っていなかった。これもまた、意図的に他のアプリを消していかなければ絶対にありえないような出来事だ。
つまり、鏡夜は≪わざと≫このタブレット端末を残していったのだ。この、≪二つ≫のアプリの中身を環に見せるために。
環は息をのんだ。鏡夜が自分に見せようとしている物。それが一体何なのか、月の光に金色の髪をなびかせた少年は、深呼吸をしながらまず、一番上の一番左に乗っているアプリを開いてみる。≪MOVIE≫と書かれていたことから、まず動画であることは間違いないだろうが。一体、何の、動画なのか。
「ッ!」
動画を再生した瞬間、環は息をのんだ。それもそうだろう。なぜなら、画面の向こうに現れたのは、一人の、≪女装をした男性≫だったから。
どうして、女装をした、と分かるのか。それは、至極簡単な事。
知っていたからだ。環は、彼の事を。厚化粧に顔を包み、キリッとした表情でこちらを見ている男性。それは―――。
「蘭花さん……」
藤岡ハルヒの父親、源氏名蘭花、であった。
『……ゴホン、えぇ、須王環。アンタが、いつ、この動画を見ているか分からないけど……』
と、彼と、そして彼女が住んでいたアパートを背景にして、彼は語り出した。
『正直な話、アタシはアンタの事、まだ許してないからね』
「ッ!」
やっぱり、蘭花さんは、自分の事を―――。自嘲するように笑った環だが、しかし動画内の蘭花は言う。
『ハルヒの恋人だなんて!』
「え……」
全然違う話だった。自分はてっきり、SAOの話をされると思って身構えていたのに、ある意味で拍子抜けと言うかなんというか、とにかく、話をよく聞いてみよう。
『大体他人のやったことの尻拭いでおかしな行動するようなの、恋人にはできないでしょ?』
「おかしな、事……」
それはきっと、自分が行っていたあの謝罪行脚の事なのだろう。そして、それと同時に、藤岡家のあるアパートの前での座り込みの事。彼は、それが許せなかったのかもしれない。
『まぁ、アタシも、しばらくはハルヒに会えないのはすっごく嫌だし、SAOを作った茅場って奴の事はすっごく嫌いだわ。けどね……』
「あっ……」
その時、環は画面の奥から頭を撫でられているように感じた。まるで、本当の母親のように、自分の事を心配してくれる母親のように、そして、蘭花は言った。
『だからって、アンタが後悔してどうすんのよ』
「蘭花さん……」
『アンタは、アンタらしくいればいいの。それが、アンタが今できるあの子への応援になるんだから』
「……」
その言葉は、これまでの誰の言葉よりも優しいものだった。誰の言葉よりも心に響いた。直接目の前にいないはずなのに、それなのに、まるで直に語ってくれているような蘭花の言葉は、彼の冷え切った心を溶かすのに十分すぎる物だった。
動画は、それで終わりではない。
「これは……」
その後映ったのは、桜蘭高校の生徒たちの画だ。誰もかれもが、自分の事を心配していて、応援してくれていた。中には、ご令嬢にはふさわしくないような横断幕のような物を持った女生徒たちの姿も。いや、ご令嬢だからこそ、ソレを作れたのかもしれない。
ともかく、誰もが自分に対して負の感情を向けてこなかった。彼彼女たちだって、自分の大切な友人を失ったはずなのに、それでも怨嗟の声も聞こえてこない。
建前でもなんでもない。本当に、ただただ環の事を心配する人間たちの声が、環の中に音楽のように響き渡る。
そして、最後に―――。
『環』
「ッ!」
動画の最後に映った女性に、環は再び息をのんだ。
「母さん……」
それは、今はフランスに帰った、アンヌ=ソフィー。環の、母親であった。
彼女は、環の父親である譲と相思相愛の仲ではあったが、いわゆる譲の不倫相手と言ってもよい関係であったがために環の祖母であり当時須王財閥の会長にあった静江からは環が日本に来てからは連絡を取ることすらも禁止されていた。
しかし、ホスト部が築いてきた数々の宝物のおかげもあり、現在では静江とも和解し、そのため連絡を取ることも会いに行くことも自由となっていた。
とはいえ、学業の事やホスト部の事、なおかつ須王財閥の跡取りとしての雑務が忙しすぎてその時間すら取れていなかった。だから、こうして面として話すのは、きっと、≪あの時≫以来。ハルヒやホスト部の仲間たち。そして、そのホスト部の常連客の学友たちが、繋げてくれた空港での再会。それ以来だろう。
話すと言っても、向こうはビデオであるので自分はただ母の声を聞くだけなのだが。
『久しぶりね。元気してた?』
「……」
その言葉を聞いた環は、再び罪悪感にのまれてしまった。
元気じゃない。むしろ、今の自分は壊れかけのラジオそのものなのだから。ただただ無秩序に音を奏で続けて、それじゃなきゃ何も考えが付かないでくの坊も同じなのだから。
『……SAO事件の事は、こっちにも届いているわ。ハルヒさんたちの事も……』
「ッ……」
今回の事件。世界初のVRMMORPGという世界各国のゲーマーも注目していたこと、さらに茅場晶彦という人間が量子物理学者として著名であったことから日本以外の各国でも報道されるほどの大事件となっていた。だから、彼女がSAO事件の事を知れたのはそのためなのかもしれない。だが、どうしてハルヒの事を。
母は、そのことについては何も語らなかった。
『環、あなたきっとショックを受けてるわよね。あんな、かわいい恋人さんやお友達と会えなくなるなんて』
そう言えば、自分は母に、ハルヒの事を恋人であると、そう紹介していた。いつの事だったかは、覚えていないのだが。
『でもね、環なら大丈夫』
「え?」
『だって、環は……私の事を、三年間も待ってくれたでしょ?』
「ッ!」
そう、だった。自分は、かつて、というよりも三年前まではフランスの母のところで暮らしていた。
それを、須王財閥の跡取りがいないという理由で無理やり連れて来られて、更には前述した通り祖母からは母と連絡を取ることを禁止された。
つまり、自分と母が別れて、そして再開するときまでの年月は、≪三年≫。
今はこうして元気な母の姿を見ているが、かつての母は病弱で、自分が幼いころやよく熱を出して寝込んでいた。
しかし、その病弱の理由が難病の≪シスレーゼ症候群≫であるという事が判明し、それを治療するための新薬の臨床試験の被験者となったことで体調は回復し、そして今はこうして、自分に、元気な姿を見せている。
『環、貴方は強い子よ。だから、貴方にはたくさんのお友達ができたんでしょ?』
「母さん……」
『環ならきっと、立ち直ることができる。だから、貴方は今できる事を精一杯やって』
「……はい」
『また会いましょう。その時は、ハルヒさんたちと一緒にコタツに入って、ね』
その言葉を最後に、母からのビデオメッセージは終了し、全てのビデオは終わったようだ。
先ほど、蘭花の時は母に頭を撫でてもらった時のような感覚だった。でも、今回はまるで、母に、本当に母に抱きしめられたかのように暖かい感覚を感じる。
母は信じてくれている。自分が、立ち直るという事を、友人たちは信じてくれている、自分が元気を取り戻すという事を。ハルヒの父親は信じてくれている。自分に、何の責任もないという事を。
そして、今自分ができる事が何なのかを、示してくれている。
それが、そのタブレット端末の中に入っている≪もう一つのアプリ≫だ。
環は、それを恐る恐るタップしてみる。すると―――。
「楽譜?」
出てきたのは、楽譜だった。それも何枚も何枚も連なった、たくさんの楽譜たち。どうやら、複数の曲を一つのメドレーとしているらしく、表題にはちんちくりんと言うべきタイトルがいくつも並んでいた。
けど、その曲たちの歌詞は、とてもやさしくて、朗らかとしていて、ただ見ているだけでも顔がほころんでしまうほどの言葉たち。
そして、その楽譜の最後にはこう記されていた。
≪これは、絶対音感を持った作曲家に作らせた楽譜だ。これをどう使うかは、お前の自由だ。好きに使え 鏡夜≫
「鏡夜……」
そうか、この楽譜は鏡夜が用意したのか。わざわざ絶対音感、つまり耳で聞いただけでその音階を理解し言い当てることのできる特殊能力を持った人間を用意して、≪ある人間たち≫の作った楽曲を丸々コピーしたのだ。
この、温まる楽曲を作った人間たちの曲を。
「……」
徐にピアノに向かった環は、そのタブレット端末をピアノの楽譜台の上に乗せると、ソレに記された通りに曲を弾き始めた。
ポーン……
その音色は、それまでの彼の演奏とは全く違う。優しくて、そして暖かい物であった。
本小説、見てわかる通り参戦作品にあまりに年代的に幅を持たせすぎてる上になかなか読者に知られてない作品が今後も増えていくと思います。そこで、素朴な疑問ですが、そもそもこの小説見てる層がどこなのか、どの層に需要があるのか知りたいため質問したいと思います。質問は、大雑把ですが、気楽にお答えください。では、あなたはーーー。
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