SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
「あれが……」
驚愕する皆本のはるか後方で、柏木はまた別の意味で驚いていた。まさか、ここまではと。それと同時に自分が彼女たちに課すことになる宿命、運命、残酷な選択に心が押しつぶされそうになる。
自分の選択は、本当に間違っていなかったのか。彼らから話を聞いたときから心の中でずっと思い悩んでいたソレを沢山の次世代を生きる若者―彼女もその若者の部類には入っているが―達に強いていいのだろうか。
だが、そんなことを考え出すとそもそもバベルという存在そのものに懐疑的な物を持ってしまう。だからこれまで悩むことすらも放棄していたのかもしれない。でも、それがあまりにも身勝手な行いなのだと、皆本のソレをみた結果改めて思い知らされてしまった。
もう、今更後戻りなんてできない。これが、自分の選択なのだから。
今は、ただ見守ろう。自分たちが考えるのを放棄した結果、彼女たちが辿る道が例えどんなものであったとしても、その積み重ねの先に見えるはずだった、たくさんの未来を狭めた結果残った、少しの希望を、見守ることにしよう。
自分たちが、縛ってこなかった人間と、自分たちが縛ってしまった人間の、その戦いを。
「なんだ、あれ……」
薫は衝撃を隠せなかった。確かに、自分が戦っていたのは少し汚れた茶色い怪物だったはず。
なのに、今目の前にいるのは。
「ハァァァ……」
神秘的なほどの光を発する、青い怪人。神々しさすらも感じるほどの異形の姿は、先ほどまで戦っていた怪物の中からヒビが入るとともに出てきた怪人だ。そう、まるで先ほどまでの敵がサナギであるのならば、目の前にいるのはそのサナギから羽化した蝶のよう、それほどまでに美しい姿に、つい薫は見惚れてしまった。
「油断するな薫!」
「ッ! あぁ!!!」
その皆本の言葉に我に返った薫。そうだ。今はそんなことをしている場合じゃない。例えどんな敵が相手であろうと、自分は勝つ。勝たなければならないのだ。
何のためか、それは。
それは。
何の、ため?
「はぁぁぁ!!」
「ッ!」
一瞬、ふと沸いた疑問。それに気を取られてしまったのだろう。薫はその怪物が飛んできているのにも気がつかなかった。
とんでもない跳躍力、恐らく念動力を使用したのだろうが、この力量、ともすれば自分に、超度7の自分に匹敵するかもしれない。
もしも、この怪物が、自分たちの仲間になってくれれば。
(なんだ、さっきから私、何を考えて……!?)
戦いの中であると言うのに、戦いを忘れて薫は考えていた。もしもこの自分と同じような力、超度7に近しい力を持った人物がバベルに入ってくれれば、と。いや、あり得ない。この日本にいる超度7のエスパーは自分と葵、紫穂、この三人だけだ。なのに、それなのにもう一人の超度7のエスパーの存在を信じるなんて。どうかしている。
違う、もしかしたら。彼女は。
「ッ! ハァ!!」
「フッ!」
薫は最大限の力を込めた念動力で怪物を地面に吹き飛ばした。しかし、地面に着陸した瞬間に怪物はその力を拡散、薫の念動力を吹き飛ばしてしまう。
「ッ!」
直感的に悟った。この敵相手に、念動力で力任せに戦っても無意味だと。ならば、合わせ技ならどうだ。
「念動! 岩石飛ばし!!」
薫は、降り立つと地面を念動力によって引きはがして巨大な岩石を作り出して敵に向けて投げた。普通の敵だったら死んでしまうくらいにでかい岩石。しかし、怪物はそんな事意にも返すことなくその場に鎮座し、そして。
「逆転チェスト!」
「え!?」
その言葉と同時に、薫のもとに自分が繰り出した岩石がそのまま跳ね返ってきたのである。念動力を念動力で返したのか。だとすれば、やはりこの敵。
「超度7の薫の攻撃を跳ね返した!? という事は、あの怪物も……」
どうやら、後方で戦いを見守っていた皆本も同じ意見の様だ。薫はその岩石を砕きながら思う。
そう、自分の念動力による攻撃を跳ね返すことができるのは、同じ超度7くらいな物だ。つまり、彼がもしも日本人であるのならば、そしてちゃんと測定検査を受けたのならば、その超度は―――。
「アンタ! バベルに入らない!!」
「薫!?」
「ッ!?」
薫は、思わずそう叫んでいた。薫はさらに言う。
「新人類だとかなんだとか私にはよく分からない! でも、その力があれば、アンタは何でもできる、どこにだって行ける。こんな悪さしないでも、どんな自分にだってなれる!!」
「薫……」
「……」
怪物は、その言葉を黙って聞くだけだった。だが、それも数秒だけ、怪物は意を決したように薫に近づくと、その手に雷の力をため込んだ。
ソレを見た薫もまた、自分の手に念動力を込める。そして、互いの力がぶつかり合ったり、攻撃を交わし合ったりしながら叫んだ。
「皆本は教えてくれた。私たちに、どんな自分にだってなれるんだって、私たちには無限の可能性があるんだって、バベルの皆から教わった! だから、アンタも、アンタにどんな事情があるか分からない! でも!!」
そう言うと、薫は一瞬の隙をつき怪物の身体に念動力を放つ。そして、言った。
「アンタにだって、やり直すチャンスがある。誰にでも、どんな人間にでも! だから、その力を私たちに貸して……紫穂や、葵や皆本……そして、私がいない間にも!!」
「薫! 何を言って!!」
「皆本さん」
「柏木さん!」
と、その時だ。後方で待機をしていた柏木が皆本のすぐ近くに来て言った。
「貴方なら知っているでしょ? 彼女が、≪最初に≫ナーヴギアが届いたときからずっと悩んでいたことを……」
「……」
確かに、知っていた。彼女があの世界に、SAOの世界に行きたいと、心の中でずっと望んでいるのだと。もしもこんな能力がなかったら、どんな人生を送っていたのだろうかと、ソレを確かめたい言わんばかりの苛立ち。
ソレ自体分かっていた。そして、≪二回目≫に送られたとも、今度は仲間を助けに行きたいのだと、皆本は確信に近い物を感じ取っていた。だからこそ、自分は己の家にソレらが届いた瞬間に薫の下に行き、彼女の事を止めたのだから。
でも。
「けど、確率変動値7の事件が発生した時に、ザ・チルドレンで唯一残ったあの子までSAOにいたら予知を覆すことができない。そんな建前で、貴方は彼女をこの世界に残そうとした。それで、あの子の事を守ろうと」
「……はい」
そう。彼女が超度7だから。彼女にしか変えることができない予知があるから。そんな事関係ない。自分は彼女を守りたかったのだ。守りたかったからこそ、自分は彼女をデスゲームの世界にいかせないようにした。徹底的に建前を重ねていって、彼女を何とかこの世界に残そうとした。
例え、それで彼女自身が傷つくことになると、分かっていても。
「分かってるんですよ。それで薫が傷つくことになることくらい……親しい人間が、何人も自分の手の届かない世界に行くこと、それがどれだけアイツを苦しめているか……」
既に葵、紫穂、小鹿、初音、ナオミといったバベルの仲間たち。小学校から仲の良かった一般人の千里や、それから学友として親しくなったパティと言った大事な人をデスゲームの世界に囚われた薫。それに加えて、自分や、ついさっき知ったこととはいえ澪とカズラの二人までデスゲームの世界に赴くことになる。
自分の、親しい人間がどんどんといなくなる現状は、薫にとってどれだけストレスになることか、でも。
「確率変動値7の事件が起こった時、アイツの力が必要なのは確かな事です……だから」
そう、確かに建前の一つであった。でも、事実でもある。彼女がいなければ、確率変動値7の事件を覆せない。だから、彼女の思いを汲んだとしても、彼女をデスゲームの世界に連れていくことがどうしてもできなかった。例え、彼女からなんて思われようとも、自分には彼女を引き留める義務があった。この世界のために、この日本の、未来のために。彼女の小さな心を犠牲にするしか、方法は。
「でも、あの子と戦っている目の前の彼、結構強いわよ」
「えぇ……まるで……ッ!?」
其の時だ。皆本の顔つきが変わった。
何かがおかしい。そもそも自分たちがここに来たのは確率変動値7の事件が起こるから、薫の力が必要だと柏木に言われたからだ。でも、この採石場を見渡してみても、当然民家があるわけでもないし、超度7でなければ解決しようがない事件が発生するような場所でもない。
なのにどうしてこんなところで確率変動値7の事件が起こると予知が出たのか。そもそも、だ。
どうして、こんなところに新人類なんて敵が、都合よく待ち伏せていたのか。考えてみれば、カガリやバレット、ティムの三人が廃工場の中におびき出されたのも、相手が三人の力を知っていたから、そう考えれば不思議ではない。
何かが、おかしい。まるで、こうなることを、促されていたみたいだ。
「まさか、柏木さん!?」
「……」
なんで自分はこんな簡単な事を思いつかなかったのか、皆本の叫びにも似た言葉に、柏木はしかし、何も言わなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
一方で、薫ともう一体の怪物との戦いは熾烈な様相を呈していた。力は互角、故に双方ともに全力を出さなければどちらかが倒れてしまう。そんな予感があったから常に全エネルギーを相手に向けていた。
だからこそ、二人共に体力の消耗が激しかった。この勝負、次の一撃で決めなければ。それが二人の共通認識であった。
「これが、私の今出せる全ての力……それを、ぶつける!」
「ッ! なら……」
と言って、怪物もまた、自分の力、雷の力を腕に集中させた。双方ともこれで決着をつけるつもりなのは誰の目に見ても明らかだった。
そして―――。
「全力全開! 念動ギガトンパンチ!!」
「稲妻拳法電撃!! チェストォォォォォ!!!!」
二人の技が、交差しようとした―――。
「そこまでだ!」
刹那、二人の間に一本の剣が挟まり、二人は自分たちの攻撃を寸止めした。
「アンタ! 確か宇宙警察の!!!」
「ドギーさん!」
「二人とも、互いの力が分かったようだな」
というと、犬人間、アヌビス星人ドギー・クルーガーは愛刀のティーソード・ベガを収めると言った。
「特務エスパーザ・チルドレン。明石薫君、並びにその運用主任である皆本光一君。今の今まですまなかった。宇宙警察本部を説得するのに、少々時間を要した物でな」
「説得?」
説得とは、どういう事だろうか。そう考える皆本の前に別の場所で闘っていた五人と、そしてその五人と敵対していた者たちが現れた。
そして―――。
「彼らは君たちの代わりにバベルにて戦ってもらう戦士たちだ」
「え……?」