SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
この場所に来るのもこれで何度目であろうか。数えたくない程、その場所に訪れていた。いつも、同じ人を訪ねて、同じことを話して、そして彼女からはこれ以上≪イ・ウー≫には関わるなと何度も何度も言われて。
それでも、≪私は≫彼女のためにと努力してきた。危険を承知でも、それでも戦ってこれたのは、彼女の、母のため。
冷たい、無機質な箱状の部屋の中。四方を壁で囲まれていて、その部屋の中心部には、強化ガラスで遮られた面会窓があり、そこについている無数の円状の丸の集合体を通して、これまで何度母の事を見舞って来たのか分からない。
でも、もうそれもこれで最後になるかもしれない。そう思いながら、彼女は待った。母が、来るのを。
そして。向こう側に設置された扉が開かれた瞬間である。刑務官であろう人間二人と一緒に一人の女性が、現れた。
「ママ!」
「……」
その姿を見た瞬間、彼女は、アリアは跳ね上がるかのような勢いで立ち上がった。
あれが、アリアの母親である神崎かなえ、なのか。マミはアリアの後ろ側でその女性に対して軽く会釈をした。その隣にいた男子生徒もまた同じく。
「……アリア、今日は女の子の友達も一緒に連れて来てくれたのね。大学生、かしら?」
「いえ、私はまだ、中学生……です」
「まぁ、それじゃアリアより年下なのね……フフ」
何とも、おっとりとしたしゃべり方をするものだ。マミはそう思ったと言う。つい先日≪死刑判決≫を受けたとは思えない挙動に、マミは、どこか彼女が覚悟をしているのを感じ取っていた。なぜなら、その姿はまるで魔女と戦いに行く自分と似ていたから。
マミは、そんな彼女に向って言う。
「アリア先輩には、いつもお世話になっています……」
「貴方も武偵なの?」
「いえそうではないですが……でも、来年は武偵高を受けようと」
「そう……」
その言葉を聞いて、かなえは少し残念そうな返答をする。多分、武偵という物にいい思い出がないのだろう。あるいは、娘と同じ危険な道に歩んでいくその様を嘆いているのかも。
しかし、彼女は知らないことだがマミは既にその危険な道を突き進んでいるのだ。そして、隣にいる男子生徒も、キンジも、魔法少女や魔女の事を一切知らない。
遠山キンジ、東京武偵高校二年生。ちょっとした出来事、というには少し物騒な話になるのだが≪武偵殺し≫によって狙われた時、互いに助けて助かりあったことによってアリアと縁ができた男性だ。かなえは、彼の事をアリアの彼氏だと認識しているようで、何度も否定しているのだが全然話を聞いてくれないのが玉に瑕。
「これが、貴方たちに会う最期になるかもしれないわね」
「ッ!」
「かなえさん……」
かなえは、儚げに言った。やはり、彼女も感じているのだろう。もしかしたら、明日にでも自分の命は絶たれてしまうのではないかと。
以前にも言った通り、彼女は最高裁判所の判決で死刑を受けてしまった。もう覆ることはない。
いや、そもそも有罪判決を受けた時点でほとんど覆る余地はなかったのかもしれない。
世紀が変わっても、相変わらず犯罪は増加の一途をたどり、時間のかかる法廷のシステムでは処理しきれなくなってしまった。そのため、数年前から設置された序審法廷の期間は、最長でも三日。たいていは一日で終了してしまう。もちろん、有罪判決で、だ。
しかし、この時間を優先させた結果できたシステムによって多くの冤罪が産まれて来た。多くの、罪なき人間が裁かれてきたと言っても過言ではないだろう。
判決を急ぐばかりに証拠を十二分に精査する時間もなく、検事側の一方的なペースで事件の審理が進み、最後には有罪判決を受ける。
彼女も、その序審法廷システムの被害者だった。数年前、彼女が受けた判決は勿論有罪。そして、その後に行われた高等裁判所による刑罰を決める裁判に置いて、ついに彼女はこの国における一番の罰である死刑判決を受けてしまった。
その後上告して、最高裁判所にまでもつれ込んだ裁判にも、彼女は敗訴してしまい、結果一昨日の有罪決定につながってしまったのである。その瞬間から、彼女はもう被告人でも容疑者でもなんでもない、死刑囚として過ごすことにななってしまった。
そして、当然であるが死刑囚は、自分がいつ死刑になるのか分からない。
明日かもしれない、明後日かもしれない。これまでの事例から察するに遅くて十数年、早くて、一年。何にせよアリアはこれからこれが最後かもしれない、そう思いながらかなえに会うことになるのだ。
毎日、毎日、ずっと、ずっと。
「ごめんなさい……ママ」
「アリア……」
「……」
そんな日々が続くのだと思ったら、アリアは涙をこぼさずにはいられなかった。どうして、何もしていないママがこんな目に合うのか、どうして直にに触れあう事もできないのか。何故、自分は彼女の無実を立証する証拠を集めることができなかったのか。どうして、何故、何故。
様々な何故が頭の中をめぐる中で、かなえはやはり儚い微笑みを浮かべて言う。
「お疲れさま、アリア。いままでよく頑張ったわね」
「ッ!」
と、彼女に対してねぎらいの言葉を。これが、最後になるかもしれない言葉を、呟いたのだった。
それから、アリアとかなえは一言二言話をしてから、面会時間が終了となった。
拘置所から出てくるとき、三人の足取りはとても重い物であった。夕焼け空に厚く焼かれた、アリアの背中を見ていると特に、だ。キンジは言う。
「アリア……これから、どうするんだ?」
「……」
しかし、彼女は何も答えなかった。
答えられなかった。
目標となる物を、失ったから。
守りたいものを、失ったから
支えになる物を、いっぺんに≪二つ≫、失ったから。
「あかりは、今……どうしてるのかしらね……」
「……」
まるで、話を逸らすかのように彼女は、自分の
「あかりだけじゃない。あの子のパーティーも、ののかも、どうしていることか……危ない目にあってなければいいけど……」
「アリア先輩……」
どこか、現実逃避にも似た言葉。でも、彼女の中では母の次に心配していた少女たちの話。
まだ、あかりには自分のすべてを教え切っていない。ドジっ子で、抜けたところがあって、まだまだ独り立ちするには時間のかかる女の子。でも、もしかしたら将来的にはその潜在能力が目覚めるかもしれない、そう心の中では思っていた女の子。
「私、どうしたらいいの……これから……」
「……」
「ママを救う手段を無くして……
神は残酷である。一人の少女に対して多くの試練を与えるのだから。
それも、絶望的なほどに許容することのできない大きさの試練を、与える者だから胸糞悪すぎる。
母親を救うという目標も奪われた。
後輩を育てるという目標も奪われた。
そんな女の子に、果たして神はどのような選択肢を与えるのか。
『方法はないわけじゃないよ』
「え?」
恐らく、その選択肢の中でも最も最悪であろう物が、彼女の前に現れた。
猫のような外見をした白い毛に包まれた動物。耳を中心として浮いているリング状の何かが特徴的な、一匹の白い猫。今までに見たことのない種類の猫だ。いや、猫と言っていいのかもわからない。そんな生物を前にして固まっていた時だった。
「QB、どうしてここに?」
「QB、この子が……?」
マミのつぶやきが聞こえた。そうか、コレがマミを魔法少女としたというQB。魔法少女になる代わりに≪一つだけ願いをかなえてくれる≫という、生物。
その言葉が頭を駆け巡った瞬間だった。アリアは血相を変えてQBに問うた。
「ねぇ、貴方の力ならママの死刑を辞めさせることができるの!?」
と。そんなアリアの姿を見たキンジは不思議な顔をしていた。当然だ。QBは、魔法少女、あるいはその素質がある物以外には見えないのだから。例外があるとしたら、QB自身が姿を見せる時くらいだろう。
そんな彼に対してのアリアの質問に、QBは当たり前のように返答した。
『勿論さ。君にはそれくらいの素質が備わっている。だから……』
刹那、アリアの携帯電話に一通のメールが届いていた。こんな時に一体だれが、そう考えながら携帯を開いたアリア。
その、瞬間だった。彼女の表情がこわばったのは。
そこにあったのは、いわゆる武偵としての依頼だった。内容は、色々と長文で書いてあったが、しかし簡単に言えばこうである。
≪SAOとナーヴギアを送ったから、ソレを使ってSAOの世界に行って、戦ってもらいたい≫
と。
やはり、世界という物は残酷だ。とてつもなく、理不尽な物である。
全てを奪われたと言ってもいい彼女にとって、両極端な二つの道を、示すのだから。
一つは、肉親を守れるが、友達を見捨てることになる道。
一つは、友達を守れるがその代わりに肉親を、そして自らの人生を犠牲とする道。
一体どっちの道が正しいと信じられるのだろう。
一体、この世界の何が間違っているのだろう。
一体、どっちの道を歩けばいいのか。
『僕と契約して、魔法少女になってよ!』
彼女はついに、その選択を強いられることとなった。
信じられますか? この展開のための布石としてあった
≪今ここに、二つの残酷な道を示されることになる少女がいる〜≫
という台詞、もう三年前の台詞なんですよ。