SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
きっと、それは必然的な事、当たり前の判断だと賞賛を浴びせられることだろう。彼女が魔法少女となる事を選択すると、そう、二人も思っていた。けど、それと同時に違和感のようなものを感じ取っていた。
アリアの背後に見えるビルの灯りは、夜が深まるにつれて更にその強さを増して、なおかつ彼女を貫いて地面に映る影は、まるで彼女の内面を映し出しているかのように真っ黒であった。
それを前にして彼女は改めて言う。
「魔法少女になって、その願いでママの死刑を取り消してもらう」
アリアの目は、まるで鋭いナイフのようにとがり、その視線だけで相手を殺すことができるだろうと、そう思えるような決意に満ちた表情。キンジとマミは、しかしそんな彼女の顔にどこか哀れみのようなものを感じてしまった。そして、そんな自分たちを恥じた。
キンジは、横目で自分の隣にいるマミを見る。彼女は、唇を噛みして言葉を発しないようにと自重するので精いっぱいの様子。どうやら聞く勇気が、もてていなかったようだ。当たり前だ。彼女にとってその決断は、悲しみであるのと同時に喜びである。そんな矛盾した感情でアリアの決断を揺るがしてはならないと、そう思っているのかもしれない。
だから、キンジが聞いた。
「アリア、本当にいいのか、それで」
「確かに危険な事なのかもしれないけど、でも、ママを助けるためなら私は」
「そういう事じゃなくて」
と、さらに異議を唱えようとしたキンジに対して、アリアが揺れた瞳で言った。
「依頼の事……でしょ?」
「……」
「武偵にだって、拒否権はある。今回の依頼、私は断るつもりよ」
「……」
「大体、拳銃を使って戦ってる私が剣の世界に行ったところで何が変わるっていうのよ?」
正論だ。確かに彼女は戦闘時には銃だけではなくナイフを使うことがあった。これは、接近戦、あるいは狭い場所での跳弾による自分への被害を避けるためであり、使ってしかるべきもの。しかし、やはり武器の一番手は拳銃だった。
遠距離から攻撃でき、なおかつ瞬間的に相手を制圧することも、その光沢を見せるだけでも威嚇することが可能な武器。きっと、その輝きは相手にとって恐れの象徴のような物。
そんな武器を使用できたところで、剣でしか戦う事の出来ない世界に行って果たして自分が役に立つのか。そう、言葉の中に孕んだ思いを汲み取った二人。しかし、その心のどこかにやりきれない思いがあった。
そんな二人の事を知ってか知らずか、ゆっくりと二人がいる川の鉄柵の近くに寄ったアリア。そして、ある一点を見つめる。それは、先ほどのマミとほとんど同じ場所。きっと、そこにはやはり彼がいるのだろう。
「だいたい、ゲームの世界に行ったところであかり達を救う事ができるとは限らないし、≪私が≫ゲームクリアできる保証もない。いつまでゲームの世界に囚われるか分かったものじゃないし、魔法少女になったらSAOをプレイできない、だから……」
「アリア、お前らしくないな」
「え?」
その瞬間、フッ、と風が吹いて、アリアの桃色の髪を揺らした。マミもまた、その風で髪が乱れたのだろう。黄色のソレを一度解すと、その後のキンジの言葉を待っていた。
アリアらしくない。そう、キンジは感じていたのだ。ある違和感に。いつもの彼女だったら絶対にしないであろう矛盾に、気がついた。
キンジは続ける。
「そうやって理屈をこねて言い訳をするのが、いつものお前か?」
「……」
「違うだろ。いつものアリアなら、理屈や論理をすっ飛ばして直感で決めていたずだ。いつものアリアなら、どんな判断をしていた?」
そう言われてアリアもふと思い出す。確かにいつもの自分だったら、≪先ほどの悩んでいた時間≫と言うものはなかったはずだ。論理的な思考や、理屈、証拠などの武偵として、というか、普通の探偵としても事件の犯人を断定するうえで必要な条件を全てすっ飛ばして答えを導き出す。それが、彼女だった。
そう、それこそアリアの先祖である、≪アノシャーロック・ホームズ≫氏と同じように。いや、正確に言うと遊びに付き合っていたホームズ氏、であると言った方が適切だろう。
そう、彼女は迷っていた。分かっていたのだ。自分は、あかり達を見捨てることができないのだと。例え、母の命と天秤にかけられていたとしても、それが、武偵だから。分かっていた。分かっていたからこそ目を逸らしていたのだ。その事実に。
「それでも、私は魔法少女の道を選んだわ」
「アリア……」
痛々しい表情を一瞬だけ見せたアリアは、その顔を見せたくないと言わんばかりに俯き、拳を握りしめ振り絞るかのように言った。
「武偵憲章にもあるでしょ? 仲間を信じよって。もし今、私があの子達を助けにSAOにはいったら、あの子達を信じていないことになる。だから」
たしかにそうだ。やはり、違和感が大きくなるばかりだった。一方で、アリアと同じように迷っていた、悩んでいたマミはしかし、その言葉に思わず叫んでしまった。
「アリア先輩! でもその憲章には続きがあったはずです!」
そう、続きがある。なのに、アリアはソレを無視して、いや、見ないようにして耳を塞ぐかのように言葉を紡いだ。
そんな決断で、簡単に魔法少女の道に入ってもらいたくない。自分が、悩む時間も、考える時間も与えられなかったのと違って、彼女にはまだ、ほんの少しだけ時間があるのだから。
マミは続ける。
「仲間を信じ……」
「仲間を助けよ……アリア、確かに信じることは大事だが、助けないのも、武偵失格じゃないのか?」
アリアはあえて武偵憲章を無視した。仲間を信じ、仲間を助けよ。その武偵にとって一番大切で、なおかつ忘れてはいけない物を。しかし、そうでもしなかったら彼女はその決断を下すことができなかった。下せるはずもなかった。だって、彼女にとってあかりは、彼女たちは―――。
アリアはさらに俯き、もはや顔の輪郭すらも見えなくなる程の角度に至った時に言う。
「……なら、どうすればいいのよ」
「……」
と。その言葉が、川を流れる水のように一瞬で過ぎ去った。彼女の不安を表すかのように。そして、次の瞬間には爆竹の導火線に火がついたかのように、アリアは叫ぶ。
「ママが死刑になる代わりにあかりたちを助けに行く。あかり達が無事に帰ることを信じて、ママの死刑を回避する。そのどっちを選べばいいわけ!?」
「それは……」
「ママには、確実な死が待ってるの! もう時間はない、ママを助けられるチャンスは今しかないの! 肉親を救いたいから自分を犠牲にする。今までと同じ、だから!!」
正論だ。確かに筋が通っている。目の前にある肉親の命か、自分が大切に育て、そして死ぬか生きるか分からない世界に落とされた仲間の命、どっちを取るか。
どっちを見捨てるのか。
まるで懸賞ハガキの応募欄のよう。どちらかを選ばなければならないけれど、どっちも選びたい。だから、逃げて、逃げて、逃げ続けて、その結果出した結論。
勿論簡単な答えであるわけがない。あっていいわけない。彼女だけじゃない。全ての人間にとって命とはすべからく平等な物、そんな綺麗事で回ることができる世界だから。
残念なことに、彼女の決断は間違っていない。はたから見れば、すぐにでも死んでしまいそうな命を救うことに何の疑念がある。何の問題があると、そう言わざるを得ない。そう、彼女は間違っていない。
だからこそ。
「なら、どうして迷ってるんですか、先輩……」
「え……」
彼女らしくない。それが、マミの感想であった。