SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
「キンジ、話は終わったわ」
そう、声がかかったのは彼女の家から出されて十数分後の事だった。どうやら、気持ちの整理ができたようだ。と言っても、まだ一時的にかもしれないし、今後さらに悩まされる可能性だってあるのは理解している。
けど、それでも一瞬とはいえたった十数分で気持ちを切り替えることができる。それが、マミの強さを物語っていた。そうキンジは思っている。
「……」
部屋の中に入ったキンジ。初めて、マミの家の中に入る。紅茶の匂いに溢れていて、窓の外には高層ビルの全景が見えて、そしてとても湿っぽい感じがした。孤独感、というのだろうか。こんなに大きな家にたった一人で、それも毎日のように魔法少女として命の危険の最前線に立ちながら過ごしていたと思うと、同情してしまうのが人間の悲しい性なのだろう。
キンジは、マミの泣き腫らした顔を見るなりどう話をしようかと考えてしまった。今の彼女にとっては、どんな言葉かけですらも地雷になりうるから。
「マミ、その……」
「キンジさん、私を案じてくれているんですね……」
「……」
どうやら、マミもその事には気がついてくれているようだった。逆に自分の事を案じてくれている、そんなマミに対して、キンジは頭を掻きながら言う。
「正直な話、まだ頭がこんがらがっているようなものだ。けど……」
そう、確かにたくさんの情報が集まって頭がこんがらがっている。魔法少女だソウルジェムだグリーフシードだ魔女だ抜け殻だ等、そんな固有名詞を沢山聞かされて、頭の整理がついていない。いや、逆に言えば彼だからこそそれだけで済んだのかもしれない。しかし、アリアと共に様々な事件を追って、様々な人に出会ってきて、いろんな経験をしたからこそ、彼はすぐさま頭の切り替えが出来たのだろう。
≪けど≫、そうけどなのだ。
「当事者であるマミが一番混乱していることは、分かっている」
「キンジさん……」
当事者でもなんでもない自分が混乱しているのだ。彼女自身が混乱していないはずがない。頭を掻いていた手を下に降ろしたキンジは微笑んで言った。
「マミ、例え魂が石ころになったとしても、未来で怪物になる可能性があったとしても、貴方が人間である事には変わらない。これからも、俺は……俺と、アリアは、マミの事を同じ人間として接する……きっと、あかりも」
「……ありがとうございます」
マミは、そんなキンジの言葉に感謝を述べるしかなかった。こんな体になってしまった、いやなっていた自分をそれでも人間であると言ってくれること、それがどれほど頼もしいか、そしてどれほど優しい言葉なのか。けど、その優しさが余計に彼女の中に葛藤を産んでしまう。
そう。
「……」
隣で、今もなお険しい顔つきをしているアリアを案ずる葛藤が、だ。
「それで、アリアは……どうするんだ?」
「私は……」
と、問うたキンジ。果たして、魔法少女の真実。ソレを知ってなお、契約するのか、それともあかり達を助けるためにSAOの世界に行くのか、と。
アリアもまた悩んでいた。母の命と仲間たちの命、そのどちらを取るのか。自分の命と他人の命、そのどちらを取るのか。とても重い、重い天秤が目の前にぶら下がっているような、そんな気がした。
選択してはならない選択肢。選択肢にしてはならないような物。ソレを胸に秘めて、彼女はどんな答えを見出すのか。
「アリア先輩、お願いがあります……」
その前に、であった。マミが口を開いたのは。マミは、アリアに向き直ると、泣きそうな声と顔色で、言った。
「先輩は……先輩は……ッ……」
何度も、何度も同じ言葉を。しかし、それ以降の言葉が出ることはなかった。
それは、彼女にとっても苦渋の選択だったから。彼女にとっても、非情ともいえる言葉だったから。それが、自分自身の首を絞めると、分かりきっていたから。
「マミ……」
「ダメですね、私。本当は言わなきゃいけない言葉があるのに、それが喉の奥で詰まって出てこようとしない……」
そう言うと、また、マミは涙の雫を床にこぼし始めた。そうだ、言わなければならないのだ。魔法少女にならないでと、貴方にはこっちの世界に来てもらいたくないのだと、そう懇願しなければならないのだ。なのに、その言葉が出てこない。それは、きっと。
「きっと、怖いから……また、一人で戦うことになるのが怖いから、心細いから……だから、その言葉を出すことができない……私って、弱い人間だったんですね」
と、呟いた瞬間だった。彼女の指にはめ込まれている。指輪の色が、少しだけ濁った様な気がした。ソレを見たアリアは、すぐさま彼女の手を取って叫ぶ。
「マミは決して弱くなんかないわ!」
「ッ!」
「それは……一緒に武偵として戦った私が、良く知っていることよ! 仲間を求める事の何が悪いの? 一人ぼっちになりたくないって気持ちを吐露することの何がおかしいって言うの? それは、人間として当たり前の感情じゃない! マミ一人が抱えていい物じゃないでしょ!」
「先輩……」
それは、アリアがこれまでの武偵としての人生で得た経験であると言ってもいいだろう。彼女が、知った仲間の大切さ、仲間がいることの心強さを端的に表した言葉であると言える。彼女は知っている。一人ぼっちの寂しさも、死への恐怖も。
だから、そうだからだ。
「……マミが言えないなら、私が言うわ」
そんな理由を付けないと決心がつかなかったのは。まったくもって滑稽である。少し前に行動に疾くあれと言った自分が、こんなにも悩んでしまっているなんて、そんな姿を見せるなんて、先輩として恥ずべきことだ。
だからこそ、そんな罪もひっくるめて彼女は言った。
「私は……」
言おうとした。
その時である。
「え?」
アリアとキンジの携帯から、音楽が流れて来た。
「メール?」
彼女たちはまだ知らない。それが、自分たちの行動と決断を左右する、とても重要な物であると言う事を。
紅茶の香りが、彼女たちをあざ笑うかのように鼻の奥に抜けていく。
それは、これから起こるであろう出来事を暗示しているかのように鋭く、そしてこれまでのソレが全て幻想だと思えるくらいに日常的な香りであった。