SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO   作:牢吏川波実

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メインシナリオ第三章 外伝 第四十五話

 ≪神田桃≫。その名前を聞いてようやく頭の中にあった彼女のその名称と顔が一致した。どおりで、見覚えがあるはずだ。

 

「き、聞いたことがある!!」

「神田桃って、確かナムコシアターで上演されている『ワンダーモモ』の主役の……」

「そして社長の……」

 

 初めて担当したアイドル。それが目の前の少女神田桃である。彼女は、現在はワンダーモモという名前の舞台の主演として表舞台に立っている、いわゆる舞台女優のようなものだ。

 けど、ただの舞台女優ではない。それは、彼女が主演をしているその劇の手法に理由がある。

 ワンダーモモは通称バトルミュージカルと呼ばれている物で、普通の劇とは全然違う物。台本通りに台詞をぶつけたり、行動するなんてことは一切ない。なぜなら、舞台の上に出る人間は全員がアドリブで動くからだ。

 敵役も、舞台装置も、そして桃自身も、自由に動き、まるで本当に戦っているかのように見た物を幻視させると言う。同じ内容の劇なんて一つも存在しない。まるでワンダーモモという少女が舞台の上で本当に生きているかのように演じて見せる。そんな難しい役柄を桃はまだ二十歳にも満たないと言うのにやってのけているのだ。

 しかし、確か彼女は―――。

 

「でも、二カ月ほど前に行方不明になったと……」

 

 そう、ニュースで言っていた。

 二か月前、つまり自分たちがプロジェクトSAOで奔走していた時にトップニュース扱いで報道された事件、それが神田桃失踪事件だった。

 その日の劇が終わった直後、自分の楽屋に戻った桃と最後に話した言うある女性スタッフの証言があった。そのスタッフが言うには桃と一緒に楽屋に行き、舞台衣装から着替えようとしていた時の事、突然目の前の空間に亀裂が走ったと思ったら、その中に、彼女が吸い込まれてしまったそうだ。その後、多くの人間で捜索したが、結局彼女は見つからず行方不明となった。

 勿論、この話を多くの人間は信じようとしなかった。だが、それはありもしない現象だから信じない、という意味じゃない。なぜなら、この世界はトランプ共和国という一つの異世界と、亀裂でつながっているのだから。

 だから、誰もが思ったと言う。桃は、その亀裂に巻き込まれて異世界に飛ばされてしまったのだと。その≪事実≫の方が信じられなかったのだ。

 当然のことながら、警察もまた彼女の事を探した。しかし、桃が見つかることはなく、おまけに件のSAO事件が発生したことによって捜査は中止、となってしまっていた。

 だから、彼女は行方不明者の中に今でも入っている。はずだった。

 

「え、えっと……その色々とありまして」

「色々と?」

「はい、まぁそれ以前にも似たようなことがあったんですけど、詳細な話は口止めされてて……」

 

 とほほを掻きながら言った桃。言っても信じてもらえないはずだ。だって、自分自身びっくりしているのだから。

 まさか、異世界から帰って来たら特務機関に身体中色々なところを検査され、さらに自分の後輩ともいえる娘達がデスゲームと呼ばれている世界に閉じ込められているなんて。

 異世界に行ったことについて驚かないのかという疑問はさておき、問題は765プロのアイドル達の事だった。

 

「神田さん……今の、765プロの代表者となるのは……つまり」

「はい。私が、SAOに行きます。そう言う事です」

「え……」

 

 プロデューサーの言葉に付け加えた桃の言葉に、その場にいたアイドル達全員の顔が曇った。どう反応していいのか、分からないと言う様子だ。

 桃はそれも当たり前かと、思いながらに朗らかな笑みを浮かべる。

 

「私は高木社長にプロデュースしてもらいました。この会社とは、いわば姉妹みたいな物です。所属している会社からも許可を貰いましたし、今日から私の所属はこの765プロです」

 

 どうやら、彼女は高木社長から離れた後は一人独立して、765プロとはまた違った事務所に入っていたそうだ。しかし、その会社の人間も話が分かる人間だったらしく、自分がかつての恩人たる高木が窮地に陥っていることと、デスゲームの中に入ることを伝えると、ただ一言、≪気をつけて≫の一言で送り出してもらったらしい。

 こうして、彼女は大手のアイドル事務所での立場を放棄して、中小企業の765プロへと完全移籍したのである。

 だとしても、解せない。

 

「で、でもどうして神田さんがSAOに行く必要があるんですか!?」

 

 やよいの言葉ももっともだ。765プロのアイドルとして、テレビに出る、等であれば話は別だが、どうしてわざわざ765プロの所属となってSAOをプレイする必要があるのか。

 しかし、桃はその質問に対して。

 

「……多分、この中で戦うのに一番慣れているのは、私だから。です」

「た……戦うのに一番慣れている?」

「確かにミュージカル『ワンダーモモ』は、バトルミュージカルだが……」

「って、そう言う事じゃないゾ!!」

「何故、765プロにわざわざ移籍してまで……」

「ここに届いたSAOの使用条件が、765プロのアイドルである事……だからです」

「え?」

 

 プロデューサーは、その桃の言葉に、なにか手の中で大事に育てていた虫が羽化して飛び立って、その殻だけを持つような気分に陥った。

 765プロのアイドルであることが、プレイの条件。そんな事、自分は聞いていない。プロデューサーは社長を見た。

 

「……すまない。君にこのことを話してしまうとより一層責任感に囚われると思って黙っていたのだ」

「そんな……」

 

 それじゃ、自分は最初からSAOに行くことができなかったのか。自分は、最初から傍観者として、旅立つ人間を送るしかできない人間だったのか。彼は、悔しさに手を握りしめた。

 すると、桃はそんな彼の手を持つ。まるで、聖母のような表情を浮かべて、囁くように言うのだ。

 

「私はたくさんの死線を潜り抜けて来た。その経験があります。だから、今更デスゲームくらい何ともありません」

「けど、もしゲームオーバーになったら君は! いや、そうじゃなくても、君の芸能人生は!」

「もとより二か月前から行方不明になっていた人間です。今更何年ゲームの中に閉じ込められても……それに……」

 

 それに。その言葉を呟いた後、桃は自分の手をそっと胸に当てて目を閉じて思い返す。

 あの、ワンダーモモの舞台の上から見た景色を。

 ワンダーモモの舞台を飛び出した、果てしなき世界で見たたくさんの世界の景色を。

 そして、765プロの人間が感じている虚無感、SAOという一人の人間の悪意によってその輝きを失われた少女たちを救いたいと言う自分勝手な願い。

 分かっている、自分がいかに愚かな選択肢を取ろうとしているのかを。でも、それでも彼女は救いたかったのだ。面識もないはずの少女たちを、死の世界から、救いたい、そう思えるほど酔狂な人間になることができたのは、お人よしに慣れたのは、高木プロデューサーのおかげだから。

 今が、その恩返しの時だから。

 

「……目を瞑れば、聞こえてきます。お客さんの声が、お客さんたちが私……私たちの帰りを祝福してくれる声が……」

「桃さん……」

「だから、またいつか……またいつか、あの場所に帰ってきます! 私たちの、ナムコシアターに……その時は」

 

 ナムコシアター。それは、ワンダーモモを常時上演することが可能な施設。むろんワンダーモモに限らず他の舞台もやっているのだが、ワンダーモモがすぐに上演することができる施設はナムコシアター以外に存在しない。そう言われているほど、ワンダーモモオタクにとっての聖地。

 それが、ナムコシアター。その情景を思い浮かべて、そして微笑んで言うのだ。

 

「765プロの皆さん総出で、出演してください」

 

 と。

 ズルイな、彼女は。プロデューサーはそう思いながら言う。

 

「……あぁ! 分かった!!」

 

 論証なんて何もない、でもそれでも彼女を信頼すると決めた。その一言は、桃の垣間見せた笑みが生み出した言葉だと言えるのだろう。

 それほどまでに、大きな成長を遂げた桃を否定することも止めることもできない。

 できるのは、デスゲームの世界に笑顔で送り出すという一人の大人としてはあまりにも無謀な、しかしそれよりも大きな友情を持った一言を言うだけ。

 こうして、神田桃は765プロのアイドルとして、デスゲームの世界に向かう事となった。

 果たして、彼女が帰ってきたとき765プロがどのような変貌を遂げるのか、楽しみだ。

 

「さて、桃君の紹介が終わったところで、実は更に……皆に発表がある」

「発表……ですか?」

 

 突然だった。高木はそう言葉を発するとこの事務所の入り口の方に向かい、姿を消した。

 そして、それからわずか数秒後の事。その場にいたプロデューサーやアイドル達が桃の決断に対してほとんど正常な反応もすることができなかったわずかな時間が過ぎた後の事。

 

「さぁ、入ってきてくれ」

「……」

「き、君たちは!」

 

 高木は、数名の人間を連れて入って来た。その内二名―と一匹―は、プロデューサーが知っている人間であった。

 次々とあらわになる情報量に、プロデューサーの脳はパンク寸前となっていたそうな。

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