SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO   作:牢吏川波実

326 / 361
メインシナリオ第三章 外伝 第四十八話

 こんな愚かな判断をする俺を、許してくれるか。彼は、とある豪邸の一室に通されて鼻の奥に抜けるとても香ばしい紅茶を飲みながらある女性の事を待っていた。

 大金持ちという物は皆豪邸という物に住みたがる。それは、その権力を示すため、というだけではない。身の安全を確保するためでもある。この家の主も、きっとそうなのだろう。そう考えながら飲んだ紅茶の味は、いつも自分が家で飲んでいるソレと全く同じ、とても品の良い味わいをしていた。

 目で、紅茶の夕暮れの空のような赤を感じ。鼻で、香しい脳にも抜ける感覚を味わい。そして舌で、全体に広がるほのかな苦みと甘味を感じ取る。そう、これがいつも自分が飲んでいる紅茶、だ。

 でも、どこか心寂しい物があった。

 知ってしまったからなのだろう。庶民が淹れる紅茶もまた、どれほどおいしい物であるのかを。市販の、安物で、どこの国原産の茶葉を使っているのかも分からないような紅茶。でも、それがとても美味しくて、いつもとは違う新鮮な気持ちを毎日くれて、そしてそれがどれほど尊い時間だったのか、彼はソレを改めて知った様な気がした。

 と、その時だ。この家の家主、いや正確に言うと家主の令嬢が執事を伴って現れた。彼は立ち上がり、一度礼をして女性を迎える。

 

「かれん嬢、お久しぶりです……というほどでもないですね」

「えぇ、この間の戦いでは、お世話になりました……須王環さん」

 

 水無月かれん、である。須王環は少し前にあったあの戦いの事を思い出しながら言う。

 

「あの時は、君に戦いだけを求めて申し訳ないと思っている。君のように可憐な少女たちを戦わせて、俺はキーボードを弾くだけで……」

 

 そう、あの時彼は中野梓を救うためにキーボード、それからピアノを担当していた。戦いの最中にあって、彼は安全、ともいえない場所でただひたすらに音楽だけを求める時間を作れていた。

 対して、かれんはそんな彼とは違って前線で命がけの戦いをしていた。かれんが、そしてあの場で戦っていたプリキュアの面々の素性については良く知っている。須王の家の力を使えば、プリキュアや仮面ライダーの素性は簡単に探り出すことができるからだ。

 だから、環はかれんがプリキュアであることを知っていた。そして、自分が呑気にお金持ちとして過ごしていた一年前も、自分が≪彼女≫と出会った今年に入っても、戦い続けていたと言う事も。

 女性を前線に立たせておきながら男である自分は後方で自分のやりたいことだけをやって、何と愚かな人間であろうか、環はそう思っていたのかもしれない。

 しかし、かれんはそんな彼の後悔を笑みで返すと言った。

 

「それが、その時の貴方の役割だったんです。だから、それでいいじゃないですか」

 

 と。そう、環は戦う力を持っていなかった。だから後方でサポートに回っていた。かれんは戦う力を持っていた。だから、前線で演奏をするメンバーに敵が集まらないようにとサポートをしていた。

 持たざる者と持っている者それぞれにそれぞれの役割があることを、かれんはちゃんと理解していた。

 

「……そうだな。そう言ってもらえれば、助かる」

「それで、今回はどのようなご用件で」

 

 といって、執事が持ってきた紅茶をたしなむかれん。なんというおしとやかさなのだろうかと、環は思っていた。見ているだけでも気品の溢れる飲み方をする。相当の英才教育を受けて来たのだろうと言うのがその所作を見るだけで分かるほどだ。

 大金持ちというのは皆が皆他人に良い人間であるように見られたいと願う。家柄を与えらえた者の義務、とでもいうのかもしれない。よく、大金持ちはいいなと庶民からの尊敬のまなざしで見られることがあるが、しかし大金持ちには大金持ちなりの苦労があるのだと言うのがこの二人の動きからしてもよく分かる。

 かれんの所作もそうだが、環が感じた紅茶の品評。あれだって、考えてみればおかしな話だ。他人の家の紅茶の美味しさを、事細かく評価していくなんて、普通の人間は絶対にしないこと。彼らは、もう普通の人間ではなくなってしまっているのだ。身体はともかく、心は。

 ハルヒに出会って、少しは改善された、庶民の生活に寄り添う事ができるようになった。でも、それでもまだ自分には理解できない心がある。まだ、成し遂げたいことがある。

 例え、そのためにすべてを失おうとも、守りたいものがある。環は、決意を込めた瞳で言った。

 

「……俺は、SAOをプレイしようと思う」

「……」

 

 数舜、かれんは口に運んでいたカップの手を止めた。そして、ゆっくりとティーカップを置くと、言う。

 

「桜蘭高校の、自分の罪の清算をするためですか?」

「……ないと言えば、嘘になるな」

 

 環は自嘲するように言った。そう、少なからず自分は負い目を感じている。贖罪をしなければならないと、そう感じていた。ハルヒや双子たち、ホスト部の常連。自分がいたから、デスゲームの世界に閉じ込められてしまった人々を救わなければならない。そういった使命感があったのかもしれない。

 だが、ソレがすべてではなかった。

 

「だが、また別の人間のためでもある」

「別の人間?」

「あぁ……」

 

 誰の事だろうか、かれんは一言一言にダンベルを持ち上げるがごとく沈黙を挟む環の言葉を待つ。

 そして、ようやく彼はその重い口を開いたのだ。

 

「天草シノ……嬢だ」

「シノさんですか……あの戦いの後も少しだけ話をしましたけれど……随分個性的な人みたいですね」

「あぁ、同じバンドを組むメンバー同士、頻繁に電話でやり取りをしているが、色々と苦労している」

 

 かれんと環は互いに苦笑いをしながらそう言った。

 そう、天草シノは今まで自分たちが相対したことがないタイプの人間。女の子としてはちょっとふしだらな言葉を使ったり、変な知識を教え込まれそうになったり、その対応にいちいち困る人間だった。

 最も、かれんも環もそんな人間にこれまで会ったことがなかったことが幸いして、意外と話がはずんだりしているのは彼らの社交性がいいのか、あるいは新鮮味を感じていいのか、どちらかは分からない。

 少なくとも、彼女の何か月、何年もの間一緒にいる人間というのは苦労しそうだ、というのが二人の共通認識であった。

 

「それで、彼女がどうかしたんですか?」

「知らないのか? 彼女はSAOとナーヴギアを持っているんだ。俺と同じでな」

 

 その言葉に、かれんは深いため息をついた後に言う。

 

「そうだったんですか……彼女も大切な人を?」

「同じ学校の同級生や後輩を七人、別の学校の知り合いを一人、SAOに持っていかれたそうだ」

「そうですか……」

 

 合計八人、大事な人間を連れていかれたと言うわけか。書くいう自分だって、大事な友達を四人、そして他にも大切な友達を何十人もSAOに連れていかれた。この世界ではもはやそうでない人間を探す方が難しいと言えるかもしれないが、その痛みは今もなお残っている。

 

「似てますね、お二人は……」

「あぁ、似てないところと言えば性格くらいだ……」

「むしろ、男性であの性格にならなかった時点で御の字だと思いますよ」

「そう言ってもらえれば助かる……」

 

 と、ここでまた苦笑いを浮かべてしまった二人。どこか失礼な印象を受けてしまうが、シノの性格が性格故に致し方なし、と言ったところかもしれない。ちょっと不憫かもしれないが。

 と、ここでかれんは話の全容が完全に理解できた。

 

「環さん、貴方の話を聞いて分かりました……シノさんがSAOに行かないために、貴方がSAOに行くんですね」

「そうだ」

 

 環は、自信を持ってそう言った。彼は続ける。

 

「うちのバンドには、ボーカルが三人もいる。シノ嬢にまさみ嬢……そして梓嬢だ」

「その、嬢と付けるのやめて差し上げたらどうですか? 彼女たちも恐れ多くなると思いますよ。私も、少しだけかれん嬢と呼ばれるのはよっと……」

 

 癖、という物なのだろう。環は女性の名前を語る時には必ずお嬢様を意味する嬢を付ける。それが、彼がホスト部の人間であるが故の物なのか、それともお金持ちの家に生まれたから故についてしまった悪癖なのかは、はっきりとしないが。

 

「……そうだな。そうしよう。知っていると思うが、三人の歌唱力は相当なものだ」

 

 そんな環の言葉に、かれんも思い出す。あの、ライブ。そして、車内で聞いていた岩沢の歌を。

 岩沢雅美の、魂のこもった歌。

 中野梓の、命を懸けるほどの熱唱。

 そして、シノの突き抜けるような清々しく、そして綺麗な歌声。

 

「えぇ、梓さんも本来はボーカルではないのに、お友達の音楽を終わらせることはできないと……ボーカルにも熱を入れているそうですね」

「そう言う話はしているのか?」

「彼女の方からそんな話を持ち掛けてきました」

「話を戻そう。ともかく、そんな三人の中で、シノじ……シノさんだけが、少し事情が違う」

「事情?」

「そうだ。シノさんはボーカル三人の中で、唯一音楽をしてこなかった人間だ」

 

 確かに、そうだ。かれんは目の前に置かれているクッキーに手を付け乍ら彼の話を聞く。

 

「まさみさんは、言わずもなが、シンガーソングライターを目指して色々な場所で弾き語りをしていた。梓もまた、学校で放課後ティータイムのメンバーの一人だった。しかし……」

「シノさんだけは違う。最初は、まさみさんがいない穴を埋めるための突貫的な役割だった」

「そうだ。三人の中で彼女だけが音楽という世界から切り離されて生きて来たと言っても過言ではない」

 

 彼の言う言葉にも一理ある。確かに、あの時ボーカルとしてあのステージに立つことができる人間は、天草シノ一人だけだった。というより、彼女にはそれ以外の役割を与えることができなかった。だから彼女を突貫的にボーカルの役目に添えるしかなかったのだ。

 けど、今は違う。梓が帰ってきて、雅美のリハビリも順調に推移している。あともう少ししたらボーカルとしての天草シノの必要性は無くなってしまう可能性があるのだ。

 

「きっと、彼女は俺が何の行動も起こさなければ、板挟みになるはずだ。自分がこれまで信じて来たものと、信じると決めた、帰る場所としていると決めた場所に挟まれて、苦悩することだろう」

 

 その世界に行く権利があるのに、行かない。それは、バンドのボーカルとしての役目があるからだ。そういうストッパーがあるからだ。

 でも、その役目を他の人間でも担えるのだとしたら、彼女はきっと、SAOの世界にいく権利を行使するはず。それが彼の考えであった。

 

「だから、俺が生贄になる」

「シノさんの代わりをやろうと、そう言うんですか?」

「そうだ。そして、贖罪のためでもある」

「なるほど……都合がいいですね」

「え?」

 

 思わず、環は聞き返してしまった。どういうことなのか、と。

 

「他人の名前を利用してSAOに行く手段にする……随分、自分勝手なことだと、そう思います」

「……」

 

 確かに、自分でもそう思っていた。他人の名前を使って自分自身がSAOの世界に行く道を作る。あまりにも図々しくて、自分勝手な行いだ。許されざるべきことではない。

 しかし、しかしそれでも。

 

「ですけど、そんな自分勝手をしないとSAOには行けないんですね」

「そうだ」

 

 自分は、覚悟を決めたのだ。もう、自分の知り合いの人生を壊されたくない。そんな、我儘で、自分勝手で、身勝手で、でもそんな言葉を呑み込んで、彼は決意した。あの世界に行くことを。

 

「分かりました……キーボードは、私に任せてください」

「分かってたのか?」

「元々、私はサポートメンバーの一人ですから」

 

 かれんは笑みをこぼして言った。そう、今日環が彼女の家に来たのは先の三人がトリプルボーカルを務めるバンド≪グローウィングアフターティータイム≫のキーボードを頼みに来たのだ。

 一応、雅美がリハビリから復帰するまでは休息期間であり、今は各々で力を磨いている最中なのだが、環がメンバーの一人として名前を連ねているのは確かなこと。だから、その役目を彼女に正式に手渡しに来たのだ。自分がいなくなった後の、キーボードを頼むと。

 そんな環の言葉に少しだけ考えた後、かれんは言う。

 

「三つ、お願いがあります」

「お願い?」

「一つ目は、私の友達に会う事。一人は本名でプレイしているとして、たぶん他の子達はドリーム、ルージュ、ミント、というところかしら?」

 

 あの子たちの事だから、きっと、いや絶対にその名前でプレイしているはずだ。そう直感的に思っていたかれん。事実、そうであるのだから彼女たちの友情が信頼が強い物であると言えるのだろう。

 

「その子たちが、君の友達なのか」

「もっとたくさんいるけれど、流石に全員の名前を覚えきれるはずないでしょうし……」

 

 苦笑いを浮かべたかれんは続けて言う。

 

「二つ目は、貴方の仲間……桜蘭高校の仲間たちや、シノさんの仲間を必ず死なさないこと」

「当然だ」

「……そして、三つ目は、貴方自身も生きて帰って来ることです。死んですべてを償うなんて、許しません」

 

 この言葉に、環はどこか意表を突かれたような顔を浮かべてから、フゥと息を漏らす。

 

「そうだな。絶対に俺は死なない、俺たちは必ず生き残って、そして帰って来る。だから、かれん……さん。協力を、俺からも頼む」

「えぇ、バンドの事は任せてください」

 

 こうして、≪グローウィングアフターティータイム≫のキーボードの正式な譲渡が決定したのであった。

 だが、環にはまだやることがあった。かれんに差し伸べた手、ここまで運んだ足をまた、別の場所にまで延ばす必要があったのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。