SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO   作:牢吏川波実

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メインシナリオ第三章 外伝 第四十九話

「本気か、環」

「えぇ、もう決心しました」

 

 須王グループの本邸。そこには、須王グループの現在の総帥たる須王譲の姿があった。事件発生からもう三週間、いやそれ以上が経過していた中で、彼は久しぶりに自分の仕事場とも言える場所に座る。

 そう、今日まで彼は往々に走り回っていた。忙しい激務の合間を縫って関係各所への謝罪行脚をしていた。それは、まるでかつての環と同じように。

 幸か不幸か、多くの取引先からは逆に同情の余地を与えられ、世間の目があるからという事でしばらくの間仕事に関連する取引のストップがかけられて、何億かの損失が出ることが計上された者の、それでも須王グループを維持することができることとなった。

 そう、なった矢先の事であった。須王環が、譲に、父に会いに来たのは。

 そして、彼は言ったのだ。自分は、SAOをプレイするのだと。

 

「お前には、須王グループの次期後継者として、様々な社交界に出る必要がある。そう言ったな」

「はい」

 

 反対されるのはもとより、だ。険しい顔を崩さずに譲は自分の席から一歩たりとも動いたりせず、ただただ環に対して威圧感だけを与える。まるで頂上が見えない山に住んでいる龍か魔王のようだと、環には感じ取れた。

 しかし、それでもなお環はたじろぐことはなかった。

 

「SAOに入っては、人脈が広がることはない。それは理解しているな」

「はい」

 

 SAOには確かに多くの大企業の御曹司やご令嬢がいるかもしれない。だが、そのほとんどが環が出会った人間。彼には、他にも多くの人間、日本国外にいる人間と接し、その顔と名前を広める義務がある。

 だが、環はそのチャンスを不意にしようとしているのだ。彼自身、そんな事百も承知だ。

 

「ゲームクリアまで何年かかるか分からない。それも、理解しているな」

「はい」

 

 何年かかるか、そんな事分からない。分かるわけがない。だが、分からないからこそ、環はSAOに行くのだ。それが使命であると、信じて。

 

「帰ってきたときに、そこにお前の居場所はないかもしれない。それも、分かっているな?」

「はい」

 

 もしかしたら、須王の家に居れなくなるかもしれない、譲のそれはもはや脅しにも近い物があった。

 だったらそれでいい、環は何処か希薄な笑みを浮かべる。

 自分は、多くを与えられすぎて来た。母からの愛情、祖母からの愛情、使用人たちからの愛情、そして、仲間たちからの勇気。勿論、≪この人≫からの愛情もだ。

 自分は常に持つ者だった。でも、持たざる者がいると言う事を、彼女のおかげで知った。持っていなかったとしても、それでも自分自身の力で道を切り開く勇気を知った。

 何もなくったっていい。何にもないところから第一歩を歩き始めることができるのが、人間なのだと、自分は教えてもらったから。

 

「……」

「……」

 

 重い沈黙が流れる。二人の間に、まるで濁流の中を流れて来る巨大な岩石のような重みを感じる。

 一体どちらから話を始めるのか、ソレを考えて居るようにも見える二人、果たして次に言葉を紡いだのは、岩石を取り払ったのは環であった。

 

「父さん、俺は罪滅ぼしのためだけにSAOに行こうとしているわけじゃない。ハルヒのすぐ近くに居たいからと、SAOの中に入るわけじゃない。大切な命を守るためでも、その命のために身体を張るためでもない……俺は、行きたいからSAOに行く……我儘をお許しください」

 

 譲はその言葉を受けると、フゥとため息をついて回転式の椅子を窓の方に向けると、環の顔を見ないままに言った。

 

「……好きにやりなさい」

 

 と。環は、深々と頭を下げると一つの言葉を残して、部屋を出て行くのだった。

 

「ありがとうございます。父さん……」

「……」

 

 扉の閉まる音がした。それと同時に、譲は椅子を戻し、部屋を見渡し、自分が一人きりであることを確認する。

 どうやら、環の決心は固いようだ。ここまで強情な息子を持てて、譲は幸せだと思っていたらしい。

 と、同時に深い罪悪感に苛まれるのだ。

 

『譲さん、お疲れさまでした』

 

 あと、ついでに机の下から声が聴こえて来た。それは、環の母であり、譲にとっても大切な人間であるアンヌの声である。

 譲は≪フランスにいるアンヌと連絡が繋がっている携帯電話≫を取り出すと、それまでの偏屈が皮をかぶった様な顔を大きくゆがませて叫ぶ。

 

「アンヌ! どうして反対してくれなかったのぉぉ!!」

 

 そこには、一人の須王グループの総帥たる須王譲の姿はなかった。あったのは、父、須王譲としての姿だけだった。

 実は、先ほどまでの環と譲の会話を携帯電話越しに聞いていたアンヌ。譲は環が自分に会いに来たタイミングからして、SAOをプレイする報告に来るのだと先んじてアンヌに連絡を取ったのである。

 環を、説得してもらうために。だが、アンヌは終始一言もしゃべることなく自分と環の会話を聞くだけだった。

 譲は、涙の滝を流しながらアンヌに懇願するように言う。

 

「環が、環がSAOの中に行くなんて、そんなの私には耐えられない!! 環がいない間、私はどうすればよいのだぁ!!!」

 

 と。須王グループの事とか、彼自身のグループの立ち位置の事とか未来とか、そんな事どうだっていい。彼は、父親として、環の事を止めたかった。だからこそ、アンヌに連絡したと言うのに、このままでは本当に環が、息子が、SAOの中に行ってしまう。そんなの、彼には耐えきれなかった。

 そんな譲に対して、アンヌはまるで子供をあやすかのような声色で言った。

 

『あの子が決めたことですから。それに……』

「それに?」

『会えない間の出来事も、人を成長させる薬になる。それが、劇薬になるか、良薬になるのかは、あの子と、あの子を信じている周りの人次第……そうでしょ?』

「アンヌ……」

 

 私たちのように、アンヌはそう続けた。そう、アンヌと譲、そして環は何年もの間離れ離れにされていた。母親の病気の事とか、家柄、立場が原因で何年も何年も待ち続けた。その間に、譲はアンヌが立場上独立して須王グループの支援なしでも生活ができるようにと奮闘し、そしてその結果自分達三人は、再会した―――。

 

『まぁ、貴方の場合は劇薬になりかけていろんな人を傷つけましたけど?』

「グサッ!!」

 

 が、その結果彼は本当に多くの人間を傷付け、迷惑をかけた。現須王財閥相談役、当時会長だった母の静江と対立したり、その結果としてほかならぬ環自身を傷付け、アンヌにも迷惑をかけ、桜蘭高校に通っている多くの人間にも迷惑をかけた。

 ソレを自覚しているが故にその言葉が痛く突き刺さるのである。まぁ、自業自得なのだが。

 

『でも、あの子なら大丈夫。あの子の周りには、いいお友達がたくさんついているから』

 

 貴方とは同じ轍を踏まないでしょうね、なんてその言葉の奥にありそうな物言いに譲はそれ以上彼女に泣き言を言うその口を閉じらざるを得なかった。

 

「……環は、君には連絡したのかい?」

 

 少しだけ落ち着きを取り戻した譲は、改めて、彼女に問うた。

 アンヌは、女神のような尊い笑みを浮かべると言う。

 

「はい。自分はSAOをする、ってただ短いメールだけでしたけど……でも、思いは、伝わりました……」

「そうか……」

 

 君は、待つことにしたんだな。私と同じように。

 譲もまた受け入れ、前に進むことにした。以前と同じように、また、いつの日にか環と家族の会話ができるように、彼の居場所を守れるように。

 そして、いつの日にか環が望む≪家族みんなでコタツに入る≫という夢を、今度こそ叶えるために。

 これから、忙しくなるようだ。譲は、どこか使命感にも似た何かを持って立ち上がった。

 いつの間にか、アンヌとの通話は途絶えていた。

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