SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
「ホスト部は、今日をもって一時休部とする」
いつもの、ホスト部が活動をするための音楽室。前までだったら、多くの女性がその部屋に押し寄せて、環たちがその接待をしていたはずの部屋。
しかし、今日その時は男性四人しかいないと言う少し異様な状態。
環の他は鏡夜、ハニーとモリの三人しかいない。こうなってしまうと、広い部室とそこに置かれた豪華なソファーですらも、四人の魅力によってその高級感を削がれてしまう程。その中で、環が重々しく言った一言に、驚く者は誰一人としていなかった。
鏡夜は、ため息をついて言う
「SAOをプレイするためか?」
「鏡夜……どうしてソレを」
「俺の情報網を甘く見るな。というか、状況的に考えたらお前がプレイしないと言う方が不自然だ」
「そうか……」
というと、彼はいつも通りパソコンを操作して何かの作業を始める。鏡夜は何も変わらない。全部を全部合理的に見て、観察し、そして冷静に最適解を導き出す。そんな彼に今までも助けられて、そしてこれからも助けられていくのだろう。そう、環は思うとともに、彼に感謝をしていた。
「タマちゃんも、SAOに行っちゃうの?」
「ハニー先輩……」
ハニーは、その手にいつも通りクマのぬいぐるみを持ってそう言った。その姿からは、彼が高校生であることも、そして男性である事すらも忘れてしまう程の可愛さを併せ持ち、なんだか話しているだけで罪悪感が沸いてしまうほどだ。ハニーは、続けて言う。
「ハルちゃんも、ヒカちゃんやカオちゃんも……それにお客様の皆もいなくなって、すっごく寂しい……」
「……」
と、ハニーは、何かを隠すかのように熊のぬいぐるみを抱きしめる。そう、辛いことだ。仲間が、知り合いが次々と目の前からいなくなること、ソレを包み隠すこともなく言えることが、彼の純粋さたる所以、なのかもしれない。
けど。
「それじゃ、頑張ってきてね!」
「え?」
それでも彼は笑顔で言うのだ。送り出すのだ。それが、自分の役目なのだと、分かっているから。
「確かにちょっと寂しいよ。でも、タマちゃんが悩んで決めたことだからね!」
「先輩……」
悩んで、苦しんで、その結果導き出した答え。それが彼の行き着く未来につながっているのならば、それが、彼の望んだ世界に続くのであれば。自分は笑顔でソレを見送るだけだ。
ハニーもまた、待ち続ける覚悟は決まっていた。
鏡夜、ハニーと続けて了承を得ることができた。
残るところは、あと一人。
「……」
武人のようにソファに座り、寡黙でそれまでの三人のやり取りを聞いていたモリ。彼は、一言もしゃべることもなく静かに立ち上がると、ホスト部としての準備室の中に消えて言った。その姿は怒っているようにも、はたまた呆れかえってしまっているようにも見える。
彼の考えて居ることを読み解くことの難しさはとうの昔に知っている。そして、はたから見れば自分がどれほど愚かなことをしようとしているのかも、分かっている。だから―――。
「モリ先輩……ッ!」
と、その時だった。環の足下にある物が転がって来た。これは、竹刀、か。
それと同時に裏に消えていたモリが姿を現した。それまでの青色の桜蘭高校の指定のブレザーとは真逆、武人のような、あるいは武者のような。胴着にその身を包み込み、そしてその手にある竹刀を環に向けると言った。
「取れ、環」
「……はい」
何をしたいのか、ソレを読み取った環は、投げ渡された竹刀を持ち、モリの前に向かう。
そして―――。
「フッ!」
「ッ!」
瞬く間に始まった戦い。モリは目に見えない程の速さで上段からの攻めを行う。環は、ソレを何とか竹刀の腹で防ぐ、しかしソレでもモリの力は強く、押し切られそうになる。
環は、瞬時に後方に飛びのいた。モリの竹刀が、悲しく空を切る。が、モリの攻撃はまだ終わらなかった。
「ッ!!」
モリは瞬時に環とその距離を詰めると突きを繰り出す。環は、持ち前の瞬発力でギリギリソレを躱すことができた。いや、違う。ギリギリ躱すことのできる範囲に突きを出した、のかもしれない。
彼は、その武人面した顔に似通ったように中学校時に剣道の全国大会優勝者であるという実績を持っている。そんな人間の攻撃を、素人の環が飼わすことができたこと、ソレすなわち、モリが手加減をしているからに他ならない。
試練なのだ。環は、そう悟った。
「ハァァァァァ!!!」
これが、モリから自分に対しての試練。これから死の世界へと赴く人間に対する挑戦。環は迷わずモリへと竹刀を向ける。だが、モリはその攻撃を赤子の手を捻るかのように簡単に捌いて見せた。環の目からは、モリの背後に龍がいるかのように見えたと言う。
龍に立ち向かう凡人、まるで風車を怪物であると誤認して特攻を仕掛けた昔の童話の主人公の気分になってしまう。だが、それでも自分は立ち止まるわけにはいかないのだ。この試練を乗り越えて、彼女たちの、仲間たちの所に行かなければならないのだ。
モリと環の戦いは数十分にも渡って繰り広げられた。
何度もモリに向っていき、捌かれ、攻撃され、それをギリギリのタイミングで避け、それを何十、何百と繰り返したか、分からない。
そして、最終的には。
「く、ハァ、ハァ、ハァ……」
「……」
環は、竹刀を握る力も無くし、地面にその手をついた。その顔、全身からの大量の発汗が見てわかる。常に緊張状態にあった世界から解放されて、彼の身体は弛緩し、もう立つこともできないであろうと思えるくらいに、力を脱した身体。
モリは、その姿を見下ろし、タオルで顔を拭きながら涼しい顔で言った。
「ゲームの世界はこの程度では済まないはずだ……分かっているな、環」
「……はい」
環は、モリに対してしっかりと顔を上げて言った。この時、モリが何を思ったのか、当然誰にも分かるわけがなかった。しかし、彼は踵を返し、ホスト部の裏である休憩室にその足を運びながら言う。
「……行ってこい」
その、言葉がすべてだった。
「ありがとうございました!!」
環は、スッと立ち上がるとモリの背中に向けて深々と頭を下げた。こんな、情けない自分を許してくれてありがとうとも、けいこを付けてくれてありがとうとも、そして、死闘という物がいかに恐ろしい物であるのかというのも教えてくれたとも思う行動をとってくれた。そんなモリに対して、環は感謝の言葉を紡ぐのみだった。
これで、家族、そしてホスト部全員の許可を取ることができた環。となると、問題はあともう一つ。
「さて、問題は、ホスト部のお客様達への対応だな」
そう、この桜蘭高校に所属するお嬢様たち、このホスト部の再開を心待ちにしているお客様達への対応だった。
彼女たちは信じている。自分が、もう一度立ち上がって、ホスト部を再開してくれる時を。ホスト部の扉が、また開くその時を待っているはず。その為に、ビデオメッセージまで作って励ましてくれて。自分は、そんな彼女たちを再び裏切って死の世界に赴こうと言うのだ。
「それに関しては……俺に任せてもらいたい」
ケジメはつける。そんな言葉が見え隠れする環の言葉だ。
「分かった……だが、提供できるものはほとんどないぞ。お前みたいにSAOをプレイする馬鹿どもを受け入れるために、うちの病院の事業運営の一部を任されていてそれに時間も労力も取られている」
鏡夜はスラスラと言ってのけた。この言葉から察すると、彼は家から今回のディレイログインで入院してくる予定の人間の新たなSAOプレイヤーへの対応を家から任されているようだ。なるほど、忙しそうにしているのが良くわかる。
環は、そんな鏡夜に対して呟くように言った。
「借りるのは、何もない……いや、あるとするのなら……≪勇気≫だな」
「……フッ、お前らしい言葉だ」
「だな……」
そう言うと、環は準備を始めるのだった。自分の考えた、この桜蘭高校への、多くの人間の人生を狂わしてしまった、その償いを。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……クッ!」
荒い、男性の声が聴こえる。その声は、まだまだ若々しく、どこか幼さも残った声色で、しかし猛々しく呼吸を繰り返していた。
何度も何度も呼吸による空気の循環をしても、それでも止められない血液の循環について行くための鼓動が、肉体を通して伝わって来る。
もう、倒れてしまいそうだ。彼の顔からは汗がとめどなく溢れ出て来て、真っ白な地面に粒となって落ちていく。
だが、それでも彼は、倒れるわけにはいかなかった。木刀をもう一度握りなおして、目を上げた彼は叫んだ。
「もう一度……お願いします!!」
と。
その声を聞いた男性、博多南は、彼がいる部屋を見ることができるいわゆる観察室的な部屋からその姿を見て、一瞬とめるべきかと悩んだ。だがしかし、その瞬間に彼のあの言葉がリフレインしてくる。
『何があっても、絶対に止めないでください……俺が、倒れるまで』
「……」
博多南は、はたから見れば無情ともいえるように容赦なくスイッチを押した。
瞬間、部屋の中にいる彼の前には、一体の怪物が出現する。かつて、仮面ライダーエグゼイドが戦ったバグスターウイルスの集合体であり、部屋の中にいる彼がSAOをできなかった要因でもあるバグスターユニオンだ。
ソレを見た彼は、苦々しく歯をギリッと噛みしめて叫びながら特攻する。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
あのディレイログインの発表からこの日で三日、部屋の中で剣士のように竹刀を握る男子、桐ケ谷和人はずっと戦い続けていた。目の前にいる虚像の怪物と。