SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO   作:牢吏川波実

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メインシナリオ第三章 外伝 第五十一話

 平日だったこの日、当然ながら学校には数多くの桜蘭高校の生徒、並びに職員が来ていた。

 いや、桜蘭高校だけではない、その系列の中学校、小学校に全校生徒が同じ校内にある学園にその体を寄せ合い、いつものように授業を受けていた。

 その心の中に、一片の靄を隠し持って。

 SAO事件。あの一件がこの学校に通っている人間たちに与えた影響はあまりにも大きい。

 ソレは、ホスト部の人間が囚われたことや、その常連でであった女性たちを失ったことだけじゃない。

 当然の事なのかもしれないが、大金持ちである彼、彼女たちは数多くのパーティーへと列席していた。たくさんの、お金持ちが集まるパーティー。そこには、たくさんの笑顔を振りまいている自分の両親や出席者たちと同じく、自分と同じくらいの年齢か、あるいは年下の紳士淑女もいたのである。そう、桜蘭高校とは別の学校に通っていた、お嬢様、お坊ちゃま仲間たち。

 立神コンツェルンのご令嬢。

 愛崎コンツェルンのご令嬢。

 ちょっと(?)個性的だけど話していると色々な事を教えてくれる七条家のご令嬢。

 そして、結城家のご令嬢。

 そう言った他校の、お嬢様たちもまた、この学校の者たちはSAOに奪われてしまったのだ。

 この、閉鎖された空間たるおお金持ち御用達の学校にいるだけじゃ、絶対に分からないような、知る由もない様な一般校の話、それは彼女たちにとって何物にも汚されない大気圏すれすれの空気のように新鮮な物だった。

 もしかしたら、自分たちもまたそんな人生を送っていたのかもしれない。何かの判断が違っていたら、普通の学校に行っていたのかもしれない、そんな風に考えながら、友達として会話をしていた人間たち。

 その人たちがデスゲームなる、自分達じゃ絶対に手の届かない場所に連れていかれてしまった。携帯にある、何か困ったことがあったら連絡してね、と送信された電話番号。そこに、電話をかけても誰も答えてくれない。

 楽しかったはずの毎日。勿論、ホスト部があったおかげで桜蘭高校の人間たちの欲求は十分に満たされていた。けど、ほんの少しだけ感じていたストレスの発散場所として同性の友達と会話をすると言う貴重な時間が、失われた。

 それが、この学校を襲った悲劇の裏にあったもう一つの悲劇であり、もっともっとあの子たちと話してみたかったなという後悔。

 この学校にいる者は、誰しもが何かを失っているのだ。

 その、もやもやとした気持ちを持ったまま、授業を受けているのだ。

 教員たちもみな、そんな人間たちを見ながらにため息をついていたと言う。やる気がないと言うか、心ここにあらずというか、しかし、ソレを凛として叱ることのできない自分達。いや、叱ってはならないというどこか脅迫にも似た深層心理の中、毎日、毎日を過ごしていたのかもしれない。

 

『桜蘭高校、全生徒に……』

 

 と、その時だ。その声が、鳴り響いたのは。

 

「この声」

「環様?」

 

 桜蘭高校に通う女性陣は知っていた。その声が、少し前までホスト部という自分たちのストレスの発散場所としていたホスト部のキング、須王環の声であると言う事を。

 良かった。女性たちは口々にそう思ったと言う。環が、今回のSAO事件に責任を感じていたと言う事は、皆周知の事実だったから。少し前に、鳳鏡夜から頼まれて撮影した、彼を励ますビデオ、それが彼女たちの脳裏にしっかりと焼き付いている。

 早く、元気になってもらいたい。自分たちのためじゃない。彼自身のために。そう思って届けた、彼へのメッセージ。

 そんな彼の言葉は、後に忘れようとしても忘れることのできない、力強い物だった。そう、誰もが断言するメッセージとなって帰って来たのだった。

 

『自己紹介をする必要もないはずだが、一応言っておく。俺は、須王環。ホスト部の発起人であり、そして……SAOの制作に手を貸してしまった者の一人だ』

「……」

 

 この時点で、多くの生徒が嫌な予感をしてしまった。先も言った通り、SAOはこの学校に関わっている人間に強い影響を与えた物だ。その名前を口走るだけでも唇をかみしめてしまうほどの苦しみを味わうほど。

 そして、環自身も身の毛のよだつ程の悲しみを味わった原因。

 なのに、何故だろう。こんなにも心強い言葉に聞こえるのは。

 巨大な山の上に何百年と鎮座している石のようにずっしりと重く、そして水平線に消えかけている太陽のように綺麗な光を放つその言葉に、心が揺り動かされる。

 その理由は、きっとこの後に続く言葉が表していると思う。

 

『……俺のせいで、多くの人間がゲームの世界に閉じ込められた。そうじゃないと言ってくれる人がいるのも確かだ、しかし……その責任から逃れることは決してできない』

 

 彼の言葉は、まさしく彼の今置かれている状況を端的に表したもの。なのに、その言葉に悲観的な物は何一つなかった。むしろ、前向き、であるのだろうか。そんな印象を与える程きっぱりとした物言いに、誰もがその手を止め、教師たちもまたその耳を彼の声が出ているスピーカーへと耳を澄ませたのである。

 

『よって……』

 

 息を吸うような音が聞こえて来た。数秒だけのはず、なのにとても長い時間のように感じてしまう。行きもしたくない財政会の面々が集まるパーティーに誘われた時のような、長飽な時間。

 それは、環自身も感じていた。この言葉を言ってしまえば、もう後には戻れない。覚悟はしていたはずなのに、それでも一瞬だけ言い淀んでしまったのは、怖かったからなのだろう。

 自分を、信じてくれた多くの人間を裏切ることが。

 例え、それが自分の決めたことであったとしても、それに賛成してくれる人間が大勢いてくれたとしても、きっとその人間たちの淡い期待を裏切ってしまう。そう感じてしまうから。

 だからこそ、彼は一呼吸する瞬間に隣にいた鏡夜を、ハニーを、そしてモリを見た。≪勇気≫を貰った。

 その≪勇気≫を胸にして、彼はしっかりとした口調で言う。

 

『今日を持って、ホスト部は一時休部とする……』

「え……」

「やっぱり……」

「……」

『そして! 俺は、SAOをプレイすることを、ここに宣言する!』

「ッ!!」

 

 ホスト部の休部。それ自体は予想していたことだった。けど、その衝撃以上にもっと衝撃的な発表に、校内にいた全ての人間が絶句し、唖然とした表情を浮かべる。

 まずはホスト部の休部に関して、補足しておこう。桜蘭高校ホスト部で、今現実世界に残っているメンバーは四人いる。学年での内訳が、三年生のモリとハニー。二年生が鏡夜、そして環。言うまでもないが、高校生だ。

 今は冬目前、もうすぐ受験という大事な時期を迎える―とはいえ二人の事だから推薦等貰っているのだろう―モリとハニーはホスト部での活動なんてできなくなるだろう。すると、残るのは鏡夜と環だけになってしまう。そんな状態でホスト部を再開したとしても顧客である自分たちを満足させることはできない。そう全員が思っていた。

 だから、休部は頭の中にあったこと、問題は後者の方だ。

 その言葉を聞いた瞬間に、全員の背筋が凍った。

 環は、そんな桜蘭の生徒たちに向けて、なおも続ける。

 

『俺にはたくさんの罪がある。だが、その中で一番の罪は……事実から逃げる事、そして……目の前にある可能性を閉ざすこと。そう考えている』

 

 可能性を閉ざす、SAOに行けるかもしれないけど、行ってはならない。そんな可能性の事を言っているのだろうか。いや違う。彼の言っている可能性とは―――。

 

『どうやっても矛盾して、色あせない罪が、俺の中で渦巻いている限り……俺はホスト部を続けることも、傍観者としてSAOを外から見ていることもしてはならないとそう考えている。今、俺の手の中にSAOとナーヴギアがあるのは、誰かが俺にSAOをプレイしろと、そう言っているんじゃないかと思っている……勝手な話だが……』

 

 と、自嘲するように彼が笑う声が聴こえてくる。ホスト部の常連だったお嬢様たちは、その言葉に違和感のようなものを覚えてしまう。いつもよりも、そう、その言葉が川下の岩まで見えるほどによどみなく透き通っているように、感じるのだ。

 それもそうだろう、何故ならいつもの彼の言葉はいわゆる営業向けの物。九割が真実であると言っても、一割の営業が混ざってしまっている物だったから。

 でも、今回のは違う。彼の言葉は百パーセント自分自身で伝える言葉。伝えなければいけない言葉。そして、明確な覚悟を持った言葉。だから、より感情的になってしまったのだろう。環は、一度深呼吸をしてから言う。

 

『俺は、桜蘭が大好きだ。この学校が好きだ。この学校に通う紳士淑女の皆が好きだ。皆個性的で、色々な夢を持って、でもどこかで退屈を持て余している。そんな人間たちを救うために、ホスト部はあったのかもしれない……けど、俺は……その夢を、七人の大きな夢を奪ってしまった』

 

 例え、それが結果論だったとしても。環は続ける。

 

『俺は信じている。俺がいなくても、ハルヒ達は……みんなは、きっと帰ってきてくれると。信じている。だが、信じて待つだけが信頼じゃない……閉じ込められた者たちの傍にいるだけで満足するわけじゃない……』

 

 だから、俺は―――。環は、より一層力強い言葉で叫ぶように、そして願う様に言った。

 

『だからこそ、ここで、この場所で! 俺が好きな皆に向けて宣言したいと思った!! 光、馨、れんげ嬢、百華嬢、希美子嬢、ボサノバ君……そして……ハルヒ』

 

 ホスト部のメンバーの三人、そして常連だった四人―一人はハルヒ限定だったが―の名前。

 そして、高らかに叫んだ。

 

『皆とともに、この桜蘭高校に、俺の大好きな場所に帰って来るのだと!!』

 

 この、退屈を持て余すみんなの場所に、もう一度帰って来るのだと。例え何年かかろうと、例え何があろうと、もう一度桜蘭に通えるかどうか分からなくても、それでもここに帰って来るのだ。

 七人の、仲間とともに。

 

「環様……」

『以上だ……授業中に申し訳ないことをした。そして……行ってくる』

 

 その言葉を最後に、プツンという音を立てて彼の声は聞こえなくなった。

 当然、この後に授業を再開させることなんて、できなかった。教師一同はまるで示し合わせたかのように一度職員室に帰る。まるで、≪こうなることを事前に誰かに教えられていたかのように≫。

 そして、生徒たちの多くは、沈黙した。黙って、彼の言葉を何度も何度も頭の中で反芻した。

 でも、どんな感情を抱けばいいのか、分からなかった。

 

「お前らしくもない真面目な演説だったな」

「ここでおどけても、喜んでくれる人間はいないからな」

 

 と、放送室の中で鏡夜のちょっと毒の入った言葉に返した環は、今にも泣きそうな寂しい顔を振り、一瞬でいつもの自分に戻った。

 もう、やることは全て終わった。後は、自分がSAOに飛び込むだけだ。

 

「そうか……」

 

 鏡夜の消え入るような声が、放送室に響いた。

 こうして、桜蘭高校ホスト部は一時休部、いや実質的な活動終了となった。

 学校の中に生える木々は、もうほとんどが枯れ葉を付けていて、見事に花を咲かせているのはごく一部の冬にだけ咲く花のみ。

 だが、枯れ葉を付けた花々も、またいつか大きな花を咲かせてこの学校に舞い戻る。

 春はまだ先、桜が咲くのもまだ先、そして桜が離れるのももうすぐそこにある。

 けど、春の桜花たちのように何度も何度も枯れては蘇る木々達は、そこから旅立っていった若者たちを待っている。

 いつも、何度でも、今回も。

 (仲間たち)は必ずここに戻って来る。

 絶対的ではない希望が、その瞬間にこの学校にいた者たちの胸に、宿ったのであった。

 春のような、暖かさを―――。

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