SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
さわさわとした風が、オレンジ色の長髪を撫で、二振りのツインテールを悲しく伸ばす。どうして、自分はあの場所にいれなかったのだろうか、どうして自分はただ一人置き去りにされてしまうのか。いや、当然ながら理由は分かっている。
自分が、自分だからだ。理解しているからこそ、悔しかった。
「……明日菜さん」
学校の屋上。そこで黄昏ていた明日菜の下に、彼女の先生であり、仲間であり、そして彼女をかの世界に送り込むことになった張本人が現れた。いや、違う。自分の元の出自を考えると、元々魔法の世界へと足を踏み入れることは既定路線であっただろうと思う
自分は元々向こうの世界の人間で、向こうの世界で本来はその人生を終えるはずだった。この、現実世界の事を知らないで。でも、ネギの父親やその仲間たちに助けられて自分がいて―――。
結局は、自分は仲間外れだったのだ。ハナっから、彼女たちと一緒にいていい存在じゃなかったのだ。どうして、こんな簡単なことに気が付けなかったのだろう。彼女は自嘲するように笑って言う。
「分かってるわよ、私だって、私のするべきことくらい……でも。友達を見送ることしかできないなんて、そんなの寂しすぎるじゃない!!」
と言って、彼女は目の前にある鉄柵を叩いた。瞬間、甲高い音が鳴り響く。普通の人間の拳ではけっして出ないような音に、さらに自分がこの世界でちっぽけな毛虫にでもなった様な気分になりながら続けた。
「なんて、こんな私が言っても意味ないわよね……」
「明日菜さん……」
そう、こんな自分が。たくさんの友達に秘密を作りながら眠りに付こうとしていた人間が、たくさんの人間に寂しい思いをさせてしまった人間が、そんな言葉を言う資格はない、分かっていたはずなのにそれでもなお言葉に出してしまうのだ。
多分、それが彼女が人間であるが故の性なのだろう。
「ネギ、あんたの身体の話も……しといた方がいいんじゃないの?」
「……僕も、それは思っていました……」
まるでやけくそ気味に話を振られたネギはしかし、それに対してややうつむき加減でそう呟いた。
そう、明日菜がそうであったように、ネギもまた多くの生徒に隠し事をしていたことがあったのだ。ソレが―――。
「僕の身体が、不老不死の肉体となっていること……」
ネギは、以前の戦いに置いて一度死んでいた。だが、≪闇の魔法≫と呼ばれるその名称を見るだけでも不吉な予感しかしない魔法によって生かされ、結果吸血鬼と呼ばれる存在となった。最も今もこうして日の下を歩ける≪バケモノ≫であるし、不死の方も完全ではなく、不老であるかも断定ができないそうだ。
それが、彼の戦いの代償、そうまでしなければ世界を救う事ができなかった。
人間の死を生へと変換するには重すぎる代償を支払っているのだ。
いつの日か、彼は孤独に陥る事であろう。孤独の中で、どうして何十年、あるいは何百年前の自分はそうまでして世界を救う道を選んだのかと苦悩して、そしてどこかの世界の人間のように死ぬ方法を模索するか、あるいはそんな自分を産んだ世界を恨むか、何にしても、彼はこれから普通の人間として生きて行くことは二度とできないのである。
人間としてふるまうと言う、≪バケモノ≫にしかできない苦しみを味わいながら、彼は生きなければならない。この、世界で。
「でも、それは今は関係ない。僕たちにできることは、何もない……説得する権利すらも、主張することができないなんて……」
もし、自分がこの町に来なかったら、彼女たちは平和な時を過ごしていたのだろうか。もし、自分が魔法なんてものを使えなければ、もしこの街に先生として来なかったら。彼女たちの事を上級生の先輩として敬いながら、一緒に笑って、一緒に泣いて、そしてまた別の友達と一緒に旅行に行って、そんな平凡な毎日を送れていたのだろうか。
もしも、もしも、もしも。いくつもの≪根≫が浮かんでくる。しかし、≪根≫はその大部分を人前から隠す物。冷たい塊に囲まれて、身動き一つ取れない。故に、過去は、決して変わらない。どれだけ今の自分がもしもを思い浮かべても無駄な事。その過去を変えようとしている人間が、いると言う事を知っていてもなお、彼は自分をずっと傷つける。
そうしなければ、生きて行けないのだ。
「私って、すっごく強くなったよね」
「え?」
そう言いながら、明日菜は自分の掌を見た。そう、自分は確かに強くなった。
「そう、最初ネギが来るまではいいんちょと仲良く喧嘩できるくらいの強さだったのに、あのドタバタがとっても楽しくて、勿論むかついたりもしたけど、でもそれもなんだかおもしろくて……」
明日菜と委員長は、小学校の時に明日菜が転校してきたとき以来の悪友、であった。いや、正確に言えばある時期を境に、であろうか。それまで明日菜から委員長に対しての興味は無関心そのもの、でもある時期を境に彼女たちは喧嘩をし始めた。
その喧嘩は、明日菜の身体能力や委員長、雪広あやかの合気道なども相まって激しくもあり、しかし互いを尊重して、五分五分の戦いをして。そんな光景を、周囲もほほえましく見てて、いつしか喧嘩をしてもあぁいつもの二人だななんて笑ってみていて。
そんな自分たちも、心の底では信頼し合っていて。楽しかった。あぁ、楽しかった過去の喧嘩は。
でも―――。
「でも、もう……そんな楽しい生活は送ることができない……」
そんな彼女の前には、まるで山の稜線のようにひしゃげた鉄柵があった。先ほどソレを叩いたときに、思わず力加減を間違えてしまったのだ。
いや、違う。力だけならまだいい。今の自分は、反射神経も、運動神経も、そして修羅場をくぐって来た数も委員長とは天と地ほどの差がある。いくら手加減しても、今の自分と委員長が喧嘩をすれば、きっと明日菜は彼女を傷付けてしまう。
だから、もう彼女は喧嘩をすることはできない。あの楽しかった日々は、二度と帰って来ることはないのだ。
「明日菜さん……」
「ネギ、強いってどう言うことなの? 肉体的に強いから、精神的に強いから、だから誰かは強いって言ってくれるの?」
「強さの定義……」
「その強さって、何のためにあるの? 力で、何ができるって言うの? 例え強くなっても、その強さでも救えない誰かがいる。届かない人たちがいて、私たちはソレをただ眺めているだけで……そんな私達だから、救えた世界もあって……」
明日菜はのべつ幕なしに、彼女の思慮以上の言葉を次々と並べていく。だが、次第にその言葉はどんどんと小さくなっていき、ついには八月の最終日のセミのようにか細くなっていき、そして―――。
「大勢の人間を救う力があっても、一番近くにいてほしい大切な人を守れない力に、何の意味があるのよ!」
「ッ……」
刹那、明日菜の目の前にあった鉄柵は彼女の怒りに呼応するかのように吹き飛び、また屋上のコンクリートでできた地面が抉れる。
これだけの力をもってしても、SAOに囚われた人間は救う事ができない。自分は、SAOに行こうとしている人間を止めることはできないのだ。
そう、自分もまた≪バケモノ≫なのだ。明日菜は、ソレを自覚してしまった。
「誰かを守れる力を中途半端に持つんじゃなかったぁ……もし、私が力の使い方を知らなかったら、今も……あの教室に残れたんだってぇ……」
「……」
ぽつ、ぽつと地面のシミになる水滴。我慢すること等できるわけがなかったその水滴を見ながらネギは沈痛な顔つきでいた。それに気がついた明日菜が袖で目を抑えながら言う。
「ごめん、別にネギのことを責めているわけじゃないの……でも」
「分かっています。全部、僕が招いた種火です……僕は、この生涯を使ってソレを償い続けます……力を求めた結果どうなるのか、その成れの果てとして……そして、力を持つ者の責任として……」
その結果、誰を救えるのか、誰を救うのか、そんな選択を強いられるとしてもなお、自分の中の正義が揺らぐとしていてもなお、彼は≪戯言≫を言い続けなければならないのだ。それが、力を与えてしまった者の責任なのだから。
「力を持つ者の責任、いい響きだ」
「え?」
と、その時だった。校内に続くドアの方から男性の声がしたのだ。ドアの方を見た二人は、思わず声を合わせてしまった。
「「ノエルさん!」」
「メルシー」