SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
その日、国際警察日本支部に怪盗が現れる当日の昼間の事であった。
「え?」
「あ……」
二人の女性が、礼拝堂にてふいの出会いをしていた。
一方は、ボイスレッスン帰りの天草シノである。
この礼拝堂を見つけたのも、そして入ったのもちょっとした気まぐれ、のようなもの。シノがあるメールを受け取った直後、自分のこれからの行動について考えるための場所を探して見渡した時、その場所が目に入ったのだ。
見ると、その礼拝堂は学校の中にある学院礼拝堂と呼ばれる物であるが、その学校に所属していなくても誰でも出入りが可能であるという旨の事が書かれていた。
礼拝堂という神聖で、なおかつ恐らく静かな場所で考えをまとめられたら。そう考えて、彼女は聖ポーリア学院の中に入っていった。
なるほど、礼拝堂と言えばこういう感じだろう。そう思えるくらいな装飾だ。たくさん置かれた長椅子にテーブル。目の前の壁には巨大な十字架が掲げられており、それが窓から入るたくさんの光で照らされている姿は神々しさを覚えさせる。
これで後は女神の像なんてものがあったら完璧なのだが、しかしそれは自分の勝手な妄想なのだろうか。そう、シノは思いながら一度深く呼吸をしてからゆっくりと礼拝堂の中に入る。
すると、入口からは見えなかった一人の女性が座っているのが分かった。綺麗な、女性だ。小柄な体格で一瞬だけ自分と同じ学生であると思ってしまったが、しかしその美麗な顔つきを見ると、しっかりした大人であるという印象を受ける。
互いに互いを見つめ合う二人は、果たしてなにを示し合わせたのか微笑んで、シノの方から言う。
「貴方も、祈りに来たんですか?」
「祈り……というより、懺悔かな?」
「懺悔……」
女性は、目の前の十字架を尊い目で凝視しながらそう答えた。シノは、その言葉を反復し、心の中でどう応えるかを考える。いつものように下ネタを言うべきか。いや、今はそんなことをしている場合じゃないか。等と無駄な思考を交えながら出た答えは。
「私も、です……」
彼女に、同調する言葉だった。
「私は、二つの道を持っているんです。一つは、二年間を共に過ごした仲間たちを助けに行く道。もう一つは、最近できた仲間を見捨てる道……」
「ッ……」
「どちらを選んでも誰かを傷付けることになる。だから……」
そのために、懺悔に来た。そう言っても過言ではないのかもしれない。先ほど考えをまとめるため何て体のいい言葉を使ってしまったが、しかし実際には答えを出してはいけない問題を、頭の中であれやこれやと目まぐるしく思考回路を回しているだけのこと。
だから懺悔、なのだ。これから確実に自分が傷つけることになる多くの人たちへの懺悔。ソレをささげにこの礼拝堂に来たのである。
そして、それは。
「同じだ」
「え?」
「ううん、違うかな……」
この女性も同じことだった。しかし、女性自身は完全にそうだとは思っていない様子で、首を振って自分の答えを否定し手から言う。
「私の場合は、持っていないから奪いに行くって、感じだから。たとえそれが……決して許されないことでも……」
決して許されないことであるからこそ。彼女は、懐に隠しているある物を握りながら振り絞るように言葉を紡いだ。シノには、その姿が何だか悲況的な物に見えてしまった。
ふと、その時である。
「お二人のお話、お聞きしましょうか?」
「え?」
「え……」
その、言葉と同時にシノが入って来た礼拝堂の入口から、一人の女の子が現れたのである。白い礼服に身を包み込んだ少女。見た目の年齢からすれば、シノよりも少しだけ幼いだろうか。しかし、礼拝堂にその衣装を着こんでいるが故か、どこか神秘的な物を感じ取れる。
「貴方は?」
「私は、この礼拝堂でシスター見習いをしている聖良です。よろしければ、お二人の悩み、お話しいただけないでしょうか?」
「……それが、シスターの仕事だから?」
「はい。迷える仔羊たちの悩みを傾聴し神に祈りをささげる事。それが、シスターのお仕事です」
というと少女、聖良は祈りをささげるポーズをした。
確かに、シスター、つまり修道女の事だが彼女たちの仕事と言えば、御祈りや黙祷、そして悩みを持つ人間の相談相手という物が容易に想像がつく。それと同時に、シスターはその悩みを決して口外しないと言うイメージと、それからそっち方面の展開だとまず他に誰も立ち入ることができない部屋の中で男女二人きりとなって―――。
と、思考の中で変な方向に脱線し始めたシノはさておき。
「……うん、一度話を聞いてもらった方がいいのかも」
と、女性は聖良の提案に乗った。自分の、押さえきることのできない罪悪感と、対峙するために。
シノもまた、卑猥な方向に思考が傾いていたためワンテンポ遅れたが、了承すると、女性の方に手を向けた。
「では、お一人ずつ。まずはそちらの方から……」
「分かった。私は、外に出ている」
「ありがとうございます」
≪懺悔室≫は使わないのか。少し残念だ。いや、自分はそっち方面の趣味はない、と思うのだが。と、やはりあらぬ方向に思考がとっ散らかっているシノが礼拝堂から出たことを確認すると、二人きりとなったその場に、静かな時間が流れる。
「では、貴女のお悩みをお聞かせください」
その空気を遮った聖良の言葉に、女性はややうつむき加減で、そして暗い表情で呟いた。
「私は、漫画家をしています」
「漫画家?」
「はい、一ノ瀬詩穂……『すくりーむ☆はいすーる』とか、『グッドスリー』とか書いているんだけど、知っているかな?」
「まぁ、あの少女漫画の……良く存じています。私の家に単行本があるんですよ」
≪グッドスリー≫。少し前のマンガ大賞を受賞した超人気漫画だ。三人の怪盗を主人公にした漫画であり、テレビアニメにもなっている人気作。
聖良も、こうして修道着に身を包んではいるが、しかしソレを脱ぎ捨てれば一人の普通の女の子。人並みに女の子らしい事をしているのだ。だから、その漫画の事は良く知っていた。
「ありがとう。でも、そうやって漫画家になれたのは、私の親友のおかげなの……ううん、漫画家としてじゃない。私の命を救ってくれた、そんな親友のおかげ……」
「命、ですか」
「そう。ギャングラーって、知ってる?」
「えぇ、数年前に世間をにぎわせたという……」
犯罪集団。確か、風の噂によれば異世界から来たこの世界にとっての敵、であるのだとか。現在ではボスから幹部に至るまでほとんどの構成員が国際警察の手によって倒されて、組織としてはほぼ壊滅状態、しかし全盛期たる時には数多くの事件を引き起こし、大勢の命を奪った極悪人集団。それが、聖良の中のギャングラーのイメージだ。
「私、そのギャングラーに捕まっちゃったの」
「捕まった……」
「実は、その記憶もあんまりないんだけれどね、気がついたときには……」
詩穂は、その時の事を礼拝堂の天井を見ながら思い返す。あの時は、本当にびっくりした。親友の初美花と一緒に下校してたら、突然目の前が真っ暗になって、気絶したような感覚になって、次の瞬間には目の前に友達はいなくなってて、でもそれは自分の認識が間違っていた。
本当は、いなくなったのは自分の方だったのだ。その直後に国際警察に保護された自分は、そこで驚くべきことを聞かされた。自分が、前述したギャングラーの犯罪に巻き込まれたと言う事、そのせいで二年間も行方不明扱いとなっていたこと。そして―――。
「たっくさんの人が、私のこと心配してくれた。同級生だった子や、先生、いろんな人たちが出迎えてくれた。でも……ただ一人、私の一番の親友はそこにいなかった……」
瞬間、彼女は唇を一度噛みしめると、悔しさを閉じ込めた満面の笑みを顔に作ると言った。
「びっくりだよね。親友が世間を騒がす怪盗になって、そのギャングラーたちと戦ってたなんて……私の、ために」
「あ……」
世間を騒がす怪盗、いや騒がした怪盗。それってまさか―――。至極当然のことながら、彼女もその存在は認知していた。
「警察からその話を聞いたときは驚いたし、ショックだった。でも、それ以上にショックだったのは……その怪盗たちが三人そろって、行方不明になった事だった……」
「……」
「私は無事だった。でも、親友は、自分の人生を投げ捨ててでも私の事を助けてくれたのに、何の恩返しもできないままで目の前からいなくなった。あの日、手を伸ばしたらすぐそこにいたはずの親友と別れるのは嫌だって、思った。そんな時、ある人に出会ったの。それでね……」
そう、言いながら彼女は懐に締まっていたある物を取り出した。
「私も、初美花と同じ怪盗になったの」
「怪……盗……」
それは、目元を隠すために使用されるマスクである。はた目からすれば、ただ目元だけを隠すだけのアイテムに過ぎない。しかしその実、ソレを付けていると認識障害が周囲に発生するようになり、正体がバレること等一切起こらない物。
そう、彼女もまた同じ穴の狢になったのだ。同じ穴の狢なのだ。
彼女に接触したのは勿論、初美花たちを怪盗に仕立て上げた張本人たるノエルだった。ノエルは、詩穂を含めたルパンレンジャーの三人が取り返したかった人間たちに接触し、その技術を、怪盗としての技を覚えさせた。そして、世界中を回っているある≪アイテム≫を入手する任務を彼女たちに託したのだ。
「それでね、一年間。私達は世界中の色々な場所に飛び回って、ちょっとスリルもあったりしたけど、でもようやく私たちは見つけることができたの……初美花を、助けることができる物を。おかげで、私も初美花を取り戻すことができた。お礼を、伝えることができた」
「では、あの漫画は……」
「半分実話なの。私が見て、聞いて、そして体験した事を詰め込んだ漫画……」
勿論、自分たちの事だけじゃない。彼女の親友とその仲間たちの記録。ノエルから教えられた戦いの記録を漫画に注ぎ込んだ。勿論そっくりそのままでは、盗作と言われても仕方がないので、多少のアレンジを加えていたが、でも概ね事実を詰め込んだ漫画。それが、≪グッドスリー≫であった、
「その後は色々あったんだけど、私は表立った犯罪には加担してなかったから警察のお世話にならなくて、でも初美花は……親友は自首して、逮捕されて……でも、警察の人たちが助言してくれたらしくて保護観察処分になったの……その後は、私たちは互いに連絡を取ってた」
当然、親友の方は保護観察処分の状態で己と早々簡単には会う事ができなかった。けど、漫画を描いている暇を持って、また親友が専門学校に通っている時の休み時間を縫って、何度も何度も彼女たちは会って、笑い合って、合計三年分の空白を埋め合った。
この数年は、目まぐるしく過ぎて行った、でも親友と話している時間はとても尊くて、そしてとても大切な時間として一秒が何分にも何時間にも感じるようになって。
そんなときの事だった。あの事件が起こったのは。
「どう、なされたのですか?」
「親友が……また、閉じ込められたの……今度はデスゲームの世界に」
「それって、まさかッ……」
「うん、SAO」
聖良は、絶句した。まさか、彼女の親友が、自分の友達と同じ状況に陥っているとは。そして、彼女が怪盗という事実、外から少しだけ漏れ聞こえていた懺悔という言葉。この意味を統合すると。彼女が、答えを出す前に詩穂は言う。
「今回のディレイログインキャンペーンで、私の所にSAOは届かなかった。でも、届いてる≪場所≫を一か所だけ、知っている。だから、私は……」
「ソレを、盗み出すおつもりなのですね……また、親友を助け出すために」
「……」
詩穂は、無言で頷いた。頭の中で考えて居たこととはいえ、しかしその事実を聞いてどこか苦々しい表情を見せる聖良に詩穂は言う。
「漫画家生命が終わっても構わない。だから、もう一度私は、親友のために怪盗になる」
「ですが、そのようなことは親友の方は望んでいないはずです」
「分かってる! でも……」
頭の中では分かっているのだ。親友は、自分がそんなことをするのを望んでいないのだと。漫画家として、たくさんの読者をがっかりさせるような行いはしてならないのだと。
でも、それでも彼女の中にある親友への恩義、そして自分が囚われた時の親友の苦しみを一緒に味わってしまったからこそその道が開けてしまった。だから、彼女は―――。
悪の道を行こうとしている。そう判断した彼女は、マスクを持つ詩穂の手を持つと言う。
「大丈夫です。主は貴方の事を決して見捨てません。今晩、家で冷静になってください」
「神様……か」
そんな存在がいたら、自分も、親友も何年間もの時間を奪われることはなかっただろうに。礼拝堂という場所に置いてある意味爆弾発言ともいえるモノを考えた聖良。
最も、それ以上に爆弾発言を考えて居た少女が外にはいるわけで。
とにかく、聖良はその後シノからも話を聞いた。そして、自分が用いる様々な手段を用いて情報を収集し、恐らく詩穂が盗みを働こうとしている場所は、≪国際警察日本支部≫であると言う事が判明した。
その、場所の情報と、≪彼女≫の身体能力からして、侵入する方法は―――。
「と、言うわけなのです。よろしいですか芽美ちゃん」
夕方ごろ、彼女は礼拝堂の中で一人の女の子に出会っていた。ピンク色の学校指定の制服に身を包んだ少女。羽丘芽美。聖良の親友であり、そして≪共犯者≫でもある女の子だ。
「SAO……」
芽美は、その単語を呟くとスッと下を向いた。当然だ、聖良にとっての今SAOに閉じ込められているある人間がそうであるように、彼女にとっても今SAOに閉じ込められているある人物は友人でそれでいて自分たちのライバルのような存在なのだから。だから、そんな顔をするのは当たり前だ。
「芽美ちゃん……」
「あっ……」
聖良は、その様子を見ると昼間にそうしたように、彼女の手も握ると言った。
「芽美ちゃんの気持ちもよく分かります。ですが、今は目の前で苦しんでいる迷える子羊を救う事、それが私たちの役目ではありませんか?」
「うん、そう。そうだよね……いつも通りにやれば、いいだけだよね」
「芽美ちゃん……」
しかし、彼女の声掛けにも芽美は一瞬だけ笑顔を見せて再び暗い表情になった。
そう、やはりどれだけ親友から気にするなと言われても気にしてしまうのだ。彼の事を、いつも自分の事を追って、自分を捕まえるために必死になっているあの少年の事を。どんな時でも気にしてしまう。今、何をしているのかと考えてしまう。
でも、それでもやらなければならないのだ。それが。
「ふぅ……さぁ、行こッ!」
己の使命であると信じて。
「主よ、種も仕掛けもないことをお許しください」
彼女は気丈に振舞うと香水の入った卵の形をした≪セイントコロンペンダント≫を取り出すと。ソレを祈りを捧げるように手で包み込む。
そして―――。
「ワン!」
左手にシルクハットを。
「トゥー!!」
右手にトランプの束を、そして。
「スリー!!!」
シルクハットから紙吹雪が舞い、それに包まれた瞬間、彼女の衣装は黒に近い紫を基調としたレオタードにスカートが付けられたような衣装に早着替えする。
これが、彼女の裏の顔であり、そして現代で活躍する怪盗の一人、弱者が強者に奪われた大切なものを取り返す存在。
彼女は、いや―――。
「「私たちに、神のご加護がありますように……」」
互いに向かい合い、祈りをささげ合う芽美と聖良。
彼女≪達≫が≪怪盗セイント・テール≫である。