SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
「……」
深夜も既に過ぎ去った頃、世の青春を謳歌している、もしくは若年の夫婦にとってはこれからが本番という時間ーーー。
もとい、己が本来だったらじーーー。
等と、こんな所では発することのできないようなことを考えている少女シノは、一人夜の空を眺めていた。そこに広がる幾つもの星。もしかしたら、その中にSAOがある星もあるんじゃないのかと毎晩毎晩考えていたシノは、自分の背後にあった桃色の〇〇〇の隣に置いてあるソレを見る。
やっぱり、どれだけ冷静になれと言われても、考えろと言われても考えてしまう。自分を、地獄に導くであろうその道筋を。
舞台は詩穂がそうであったように、あの礼拝堂に彼女達がいた時刻にまで遡る。
神妙な面持ちで礼拝堂から出てきた彼女と、少しだけ話をし、いい機会だからと連絡先を交換したりして見送った後のことだった。
「では、貴方の悩みを、お聞かせください」
「私は……SAOとナーヴギアを持っています……」
「それは……貴方の元に届いた、と言うことですか?」
一瞬だけ驚いた表情を見せた聖良は、しかしそれを瞬時に隠した。どうやら、シノはそんな彼女の微細な変化には気が付かなかった様子で、首を横に振って言う。
「いや、元々私が持っていた物だ。事情があってな、当日私はSAOをプレイできなかった」
「そうなのですか」
「だが……生徒会の仲間や、知人を……連れて行かれた」
「……そう、なのですか」
多分、今度はシノも気がついただろう。その声色から聖良が祝福を送っても良いのか悩んだことを。シノは笑みを見せながら言う。
「心配しないでくださいシスター、私はある出来事でその事についてはケジメをつけた……はずだったのだが……」
心とは正直なものだ。その可能性を見せられただけで一度は手放したその感情が一気に襲いかかってしまった。そう、シノは語る。
「ディレイログインキャンペーンによって、ですね」
「……私は、あいつらを待てる場所を作った。皆んなが帰ってくれる場所を作ることができた。だが、私には責任がある。友を、後輩を、死の世界に送ったと言う責任が……」
果たして、その責任から目を背け続けても良いのか。それは、彼女のバンド仲間となった環が既に通った道、けど、彼女にとってはまだ咀嚼できない苦しみ。そのバンドの中で欠けてはならない存在ではない、と言うこともその苦しみをさらに上乗せさせたのかもしれない。
「幸か不幸か、私の居場所は私がいなくても回り続ける。私がいなくても、いやむしろいた方がおかしい存在なのだ……」
バンドのボーカル、それも三人目のボーカルというかなり特殊な立ち位置に立っている自分。岩沢が抜けたら、あの力強い歌声を響かせる人間がいなくなる。柿崎が抜けたら、メインのギターをやれる人間がいなくなる。対して自分は、ボーカル以外になんの取り柄もない。ただの高校生で、音楽にもあまり馴染みがなかった。今も卑〇なことを頭の中で思い浮かべているだけの普通の女子高生なのだ。
なのに、あのバンドに寄生虫のように潜り込んでいたこと自体が、不自然なのだと、彼女は少しだけ思っていたのは事実だ。
そんな彼女は、スマホを取り出すと件のメッセージをもう一度見る。
「先ほど、メッセージが届いてな。その居場所にいる人間が、行くと、そう言ってきたのだ。ソレにもう一人……」
その二人には、いわゆるサポートメンバーと呼ばれる人間達がいた。その二人の代わりができる人間が。しかし、彼らの存在もまたそのバンドを際立たせている特徴であり、一種のシンボルのようなもの。変えが効く人材じゃなかったのは確かだ。
ソレを踏まえて、だ。シノは聖良の身体を下から見てから言う。
「私はどうすればいい。新しくできた仲間が自分たちの道を決めている中で、特筆した才能もない普通の凡人たる私は一体どう振る舞えば良い……私には、分からない……」
情けない話だ、と自分でも思う。一度ここと決めた場所があると言うのに、ソレがたった一つの天秤を前にしたらその決心が無用の長物となっていく様は、自分でも滑稽だと思う。そう、彼女は聖良に語ると、やはり詩穂の時と同じく、その手をそっと握ると言う。
「貴方は、思いやりがある方なのですね」
「思いやり?」
「はい。貴方がそうやって悩むのは、他人に対する思いやりがあってこそです。だから、SAOの中にいる友人も、現実でできた新しい仲間も見捨てる選択ができない……とても思いやりのある方であると存じます」
思いやり、か。確かに見方を変えたらそうなるかもしれない。SAOの中にいるタカトシ達、現実の世界にいる梓達。そのどちらのことも考えているからこそ彼女は答えを出すのを渋っている。もし、≪そんなもの≫がなければどれだけ良かっただろう、シノはフッと笑うと言う。
「いっそのこと、SAOが私の手元から離れればいいのにな。考えてみれば、あれがある限り私は何も決めることができないのだからな」
そう、これが仮定の話、自分がSAOに行く権利を持っていなければ簡単な話だった。ケジメをきちんとつけられたのだ。でも、目の前に吊るされた〇〇本ーーーもとい、ニンジンのようにSAOがある限り、自分はどちらに進むか悩んでしまう。
彼女が、思いやりのある優しい人間であるからこそ。
「でしたら、今晩星を見て、冷静になって考えてみてください。どちらの道が正しいのか……」
「星を見て……」
「はい、主は決して迷える子羊を見離すことはありません。きっと、夜空に瞬く星と同じように、主は貴方のことを見ています」
「神、か……」
ふと、シノは頭の中で礼拝堂の中では考えてはならないような思考を持つ。いや、ソレ以前の話だったような気もするがそれは置いておくとして、だ。
夜の、ゆっくりと嘲笑うように回る星空をみて、シノは自嘲するように呟いた。
「もしも、本当に神様がいるなら、意地悪だ……」
しがない女子高生に、最悪な二択を迫るのだから。シノはそう思いながら窓を閉め、再びSAOの方向を向き、冷静になった頭で考えようとする。でも、どれだけ頭で考えていてもどうしても出てくるのはSAOをするか、しないか、それともオーーー。
と、その時だった。
「ん?」
コンコン、と窓を叩くか細い音がしたのだ。断っておくがここは二階。もしも今の音が自分を呼ぶ音だったとしても、自分に用事のある人間といったら、強盗目的の人間かあるいは〇〇い目的の人間か。ともかく、窓は開けない方がいいだろう。
そう、考えながらゆっくり警戒しながら窓の方を見たシノは戸惑った。
窓が、開いている。
おかしい、自分は確かに窓を閉めて、施錠までしたはずだ。それなのに、どうして開くはずのない窓が開いているのか。
「まさか、本当に……ん?」
変質者が出たのか。そうやや期待していたその時である。窓の外からか細い声が聞こえてきた。
「あ、あの、すみません……」
「はい?」
女の子の変質者とは珍しい。そう思った。ちなみに言っておくがシノはノーマルである、と自負しているらしい。一体何が、という疑問に関しては一旦置いておくとして、だ。
その声は、どうやら窓のすぐ下から聞こえてくるようだ。恐る恐る、窓わくに近づいたシノは、やはり慎重にその顔だけを覗かせるとそこにぶら下がっているレオタードのような黒に近い紫色の服装に身を包んだ人物を見る。
「今日び、一風変わった変質者だな」
「い、一応変質者ではないのですが……」
「その声、まさか昼間の……」
この声、聞き覚えがある。だが、だとすると尚更おかしい。昼間に会った時、彼女はシスター見習いと言っていたはずだ。つまり。
「聖職者が変質者になるとは、時代も変わったものだ……」
「へ、変質者じゃないです……」
「いや、分かっている。例えシスター見習いと言ってもそういう趣味を持っている可能性があるとな……だが、あいにくだが私は」
「そ、その話はいいですから助けてください……」
そろそろ限界なので、と言うことでシノに助けられた変質者、もとい聖職者、これまたもとい聖良は、窓わくを超えてシノの部屋に入ると言う。
「やっぱり、実際にやるのと指示を出すのでは違いますね」
と。
彼女の衣服の説明を聞いてピンときたものも多いのかもしれないが、彼女は今、自分の共犯者たる怪盗セイントテールと同じ格好をしている。いや、彼女達二人で一つの怪盗セイントテールという概念になるのでソレはソレで正解。
なのだが、本来彼女達的には運動神経が良くてマジックなどを用いて警察などを撹乱することのできる芽美が実働部隊。聖良は、侵入する場所の情報やその場所が裏で何をしているのかと言うのを探るいわゆる諜報の役割をしている。
そのため、今回のように迷える子羊の願いを聞き届けた聖良の役割は、その後の情報収集で終わっている。はずだったのだが、今回に限っては一つ問題が発生した。それが、今回のお仕事が、詩穂とシノ、二人から受けたということだ。
芽美の体力と身体能力であれば、二カ所を回ることなんて容易ことであるが、しかし場所があまりにも両極端、一方は、警備が厳重な国際警察の日本支部、もう一方は普通の一軒家の天草シノの家、盗む方法も違うし、何より距離的にもかなり開いてしまっている。そのため、聖良の判断でシノの家の方に彼女が向かうことにしたのだ。
聖良もまた、情報収集係とはいえ、何度も怪盗セイントテール、あるいは芽美の影武者として行動を起こしたことがあったので、部屋に入り込むためのマジックの種を彼女から提供されて、簡単にシノの家に侵入することができる、はずだったのに。
まさか、その鍵開けマジックを失敗して足を踏み外してしまうなんて、情けないことこの上ない姿を晒してしまった。惨めというか、なんというか、ともかくだ。
「改めまして、怪盗セイント・テール、参上です!」
「セイント・テールということは、あの……というか、貴方は昼間の」
「セイント・テールです!」
この辺り、深く突っ込んではならないようだとシノは察する。差し詰め、〇〇〇の時の〇〇の際に奥に突っ込みすぎないように、か。等いつも通り文字に起こすのも嫌な思考をしていた時だった。
「今日は、いったい何をしに?」
「貴方の持つSAOとナーヴギアを、盗みに参りました」
「……」
なるほど、確かに自分は昼間に言った。自分の手元にその二つがある限り、自分は悩み続けるのだと。
だから、セイント・テールとしてソレらを盗み出すことによってその悩みを払拭しようと、そういうわけか。
「少し大胆じゃありませんか? せ……セイント・テールさん」
「いつものことです」
とはにかむ少女の姿を見て、これ以上シノは何もいうことができなかった。というより、これ以上突き詰めても彼女の口から情報を聞き出すことなどできないと判断したのだろう。
それか、口に出すのも悍ましいことをやっぱり考えているのか、それはさておき。顔を赤たセイントテール(聖良)はシノに言う。
「そ、ソレを言うならシノさんも……おぞましい物を二つの隣に置いて……」
「ん? あぁ、そうか……君は使ったことないのかコレを、ついでにこれも盗んでいくか?」
「いりません!」
残念だ、そんな顔をしながらシノは箪笥の中にソレをしまうと、それまでのおふざけタップリの思春期女子から、普通の一人の人間として、話し始める。
「それで、これを盗み出したら、どうするんだ?」
「……」
捨ててくれるのであればありがたいと、そう思っていた。しかし、怪盗セイント・テールは義賊であり、盗んだものを他人に、あるいは元の持ち主に渡すということを行っているという。捨てるならまだしも、後者だったら。
「もしも≪私≫が使うとしたら、どうしますか?」
「……盗ませない。いや、と言うよりも盗まれるくらいなら、自分がプレイする。これ以上、自分のせいで死の世界へと向かう人間を見たくない……」
「やはり、貴方は思いやりのある方です……」
と、もはや正体を隠すつもりなんてさらさらないと言わんばかりの台詞と、昼間も見た祈るようなポーズを見たシノ。その時、セイント・テールの背後に後光がさしたようなような気がした。ソレほどまでに静かに、そしてその祈りが神に届くと信じている祈り。
いや、違う。もしかしたら彼女達も神を信じきっているわけじゃないのかもしれない、だからこその義賊、だからこその神といういるかいないか定かではない存在に頼ることなく自分たちの力で誰かのために悪事を働いているのだから。シノは、心の中でそう結論づけた。
そんな彼女に対して、セイント・テールは言う。
「大丈夫です。このSAOは使いませんから、あくまで私たちのところにSAOが偶然流れ着いたら使用する。ただ、それだけです」
「言い訳じみてますね」
「はい、言い訳です」
だめだ、この人を相手にして正論で戦っても無駄だ。真実が、返ってくるだけだから、そうシノは発作的に感じ取った。
「ならば、やはり貴方にこれを渡すわけにはいかない。偶然でもなんでも、他人がコレを使うなどと言うこと……」
「なら、約束しましょう」
「約束?」
「……もしも、無事にSAOから帰ってきたら怪盗セイント・テールを廃業にする、その約束です」
「え……」
怪盗を、やめる。どう言うことだ。彼女が問う前にセイント・テールは言う。
「私の正体を知られた以上、今後も怪盗として活動をするのは困難でしょう。SAOに向かっても、向かわなくても……なので、もう一人のセイント・テール共々今回の一件を最後にセイント・テールは引退しなければなりません」
「私は貴方の正体を隠し通す! 絶対だ!」
「仮にそうだとしても、私達は誰かのためと言う大義名分を盾にして自分達の目的を達しようとした。その罪を主は決してお見逃しにならないでしょう」
「それは……」
「ですから、約束してください。帰ってきたら、もう一人のセイント・テールと会って、お友達になる事を。絶対に私たちの正体を喋らないと……約束していただければ、ソレが私達にとっての罪の清算となります……」
罪の清算、か。なるほどなんて便利な言葉であるか、特に彼女の正体を知っていればよりそう思ってしまう。
もしかしたら、すべて計画のうちだったのかもしれないと、シノは思うようになった。窓から落ちそうになって、自分が助けてその正体が露見するのも、全部計算づくで行動していたのならば、彼女が自分の祈りを聞き届けた時点でその≪覚悟≫を持っていたのならば、そう思わずにはいられない。
ならば、シノは唇を噛み締めて敢えて言う。
「分かりました。それが、貴方達の罪の清算となるのなら……その罪を背負って生きてください……」
「シノさん……」
「とは、口が裂けても言えない。ソレを見越しての言葉だったのでしょう?」
「……」
自分のことを、思いやりのある人間であるとそう判断したのならばなおさらだ。
もうその提案をした時点で、全てが終わっていたのかもしれない。シノはため息混じりに言う。
「預けます。私の後顧の憂いを……貴方達の、罪の清算の為に」
「……感謝します」
「その代わりと言ってはなんだが」
「え?」
と、言いながらシノがタンスから取り出した物、ソレらを提示しながらシノは言う。
「この大人のオモチャセット、主に〇〇〇とか〇〇〇〇とかも受け取ってください」
「えぇ!?」
「出なければ渡せません」
もしかしたら、コレがシノにとっての一つの抵抗だったのかもしれない。悪戯心でやったのかもしれない。後冷静に考えてみなくても普通にセクハラであった。
けど、分かっている事があるとするのなら、シノは最初から心の中でSAOをプレイしないと決めていたと言う事。その証拠に、彼女のメンタルは、心は一切ぶれる事は無かった。件の事件から梓の事件に至るまであった心の中の巨石が、一切顔を見せる事なく、彼女の本心が雪崩出ていたのだから。
赤面するセイントテールを見て半分冗談だと言ってのけたシノ。コレでおあいこだとは思ってない。むしろ自分の罪が増えただけなのかもしれない。
けれど、不思議と彼女の心はより一層開放感に溢れていた。
「とりあえず、これのいい使い方を教えるとだな」
「い、いけません! 主に身を捧げた私が、そのような卑猥な物を!」
溢れすぎているとも言えるのかもしれないが、少なくともこの件によってシノがSAOをプレイすると言う可能性が途絶えたのは確かだ。
あと、シスター見習いの思春期の女の子が知らなくても良いようなことまで知ってしまったのも確かだった。
なんにせよ、何人かの人間にとっては長い夜とも言えるその時が、終わりを迎えようとしていた。