SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO   作:牢吏川波実

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メインシナリオ第三章 外伝 第七十一話

 当然のことだが、観客は舞台で歌い、踊る人間たちの裏の姿を見ることはできない。

 もちろん、性格や中の人だとか、言動だとかそう言うことを言ってるのではない。

 脚本家。たった一つの閃きから、たくさんの人間を巻き込んで一つの舞台を作り上げようとする天才。

 裏方。舞台の裏側で、そこに立つ人々がより輝けるようにと様々な趣向を凝らす天才。

 そして、誰も見えないところで人知れず努力し、ただひたすらに自分自身を磨き、そして観客を喜ばせるために緞帳の向こう側で切磋琢磨している。

 舞台女優。

 舞台とは、そんな沢山の人間たちの努力、そして汗と涙の結晶で出来上がっているのだ。

 そう、人知れず頑張っている人間たちのおかげで、自分たちは素晴らしい舞台を見ることができていた。

 けど。

 

「ひかりちゃん……」

 

 その舞台を形作る大切な舞台女優の一人が今、ここにはいない。華恋は、神楽ひかりがいつも寝ていた場所を見てため息をついた。瞬間、自分の中のどんよりとした気持ちも外に出て行ったのだろう。不思議と身体が軽くなった気がする。けど、息を吸うとそのどんよりとした空気が再び身体の中に入って、循環して、彼女の心に重しとなっていく。

 どれだけ自分が行動を起こしたとしても、緞帳の裏に隠れてしまったそのヒトを見ることなんて叶うわけがない。それと、同じだ。

 あの日、華恋は大切な友人をゲームの世界に閉じ込められた。万が一の可能性も考えて、寮に帰ったけれど、そこにはSAOをプレイしている神楽ひかりがいるだけで、ただただ自分の中の絶望が大きくなっただけだった。

 華恋は後悔していた。どうして、ひかりをあの時ショッピングに誘わなかったのだろうかと、どうして他の娯楽を彼女に提供することができなかったのだろうかと。彼女だって普通の女の子、ゲーマーでもなんでもない。だから、SAOをプレイする時間を一日ずらそうとでも言っていれば、きっと彼女は。

 いや、もうそんなこと言っても詮無き事、か。

 

「おはよう華恋ちゃん」

「おはよう。まひるちゃん」

 

 と、このタイミングで寮で同室の露崎まひるが目を覚ましたようだ。まひるに軽く挨拶をした華恋。しかし、まひるの表情がやや浮かないのに気がついた。

 

「どうしたの?」

「ううん、なんでも」

「誤魔化さなくていいよ、何でも話聞くから」

「……華恋ちゃん、自主練、行ってないんだね」

「……」

 

 華恋は、その言葉にはっと気がついた。そうだ、今までの自分だったらまひるが起きる時間には教室に誰よりも早く到着して、準備運動をしていたはず。自分をより磨き上げるために。それなのに、今日はまひるが目覚めるまでベッドから出ることはない。

 いや、今日だけじゃなかった。昨日も、おとといも、その前の日も。本来の愛城華恋だったら、いつもの愛城華恋だったらあり得ないこと。

 でも、それがありえてしまうのだ。彼女が、まだ舞台少女として未熟であるが故に。

 それから服を着替えた二人はいつものように朝食を食べるために一階に赴いていた。そして、そこにいたのは。

 

「あ……」

「……」

「華恋ちゃん、まひるちゃん。おはよう」

「うん……」

 

 六人の少女の姿があった。あのレヴューの事を知っている八人の少女が一堂に帰したのである。これもまた本来であればおかしなことだ。

 本当だったら我先にと朝練へと向かう少女たち。そのため、数人が朝食に集まると言う事は極めてまれであり、あまつさえ、一堂に帰して食卓に集まると言う事は多分、休みの日ですらもこれまでなかったこと。

 

「まだまだ未熟だな……」

「え?」

「真矢……」

 

 そう言ったのは、天童真矢であった。真矢は、すすっと味噌汁を呑み込むと語り始める。

 

「舞台では、その過酷さゆえに一人、また一人と舞台の上から去っていく。舞台少女は、舞台に立つべき人間はそんな人間たちを見送り、観客のために自分たちの舞台に専念する」

 

 対して、というと周囲の人間たち、ライバルたちを見渡してから彼女は言った。

 

「私たちはどうだ、たった一人のライバルがいなくなっただけで誰も、舞台少女としての高みを目指そうとしなくなった……そう、たった一人いなくなっただけで……だ」

「いなくなったわけじゃないよ!」

 

 そう言って立ち上がったのは華恋である。彼女はさらに続けた。

 

「ひかりちゃんは必ず帰って来る。私たちの場所に、そして一緒に! 一緒……に……」

 

 スタァライトする。いつもの彼女の台詞。でも、その言葉が出てくることはなかった。彼女にも分かっていたからだ。

 もう二度とこのメンバー、あの演出でスタァライトができないと言う事を。

 

「SAOがクリアされるまで二年……って、テレビで専門家が言ってたっけ」

「そのころには、うちらはそれぞれの道に進むんや。舞台の道に生き続ける少女、舞台から≪降りる≫少女、やから……」

「もう、同じスタァライトは二度とできない……」

 

 と、それぞれに少女たちが言った。世界に全く同じ演出、全く同じ台詞という舞台は数あれど、同じキャスト、同じ裏方で演じる舞台は数少ない。≪今回の≫スタァライトのように。

 以前テレビに出ている専門家が言っていた。β時代のSAOの記録、そして人間心理からしてみれば、クリアされるには二年以上の歳月がかかるであろうと。

 二年、その間に自分達はどこに行っている。

 知っている。舞台の道をそのまま生き続ける人間がいることも、自分自身を磨き上げてもう一度舞台に戻ろうと考えて居る人間がいることも、そして、舞台の道から離れてしまった人間も。

 知っている。知っているからこそ辛いのだ。もう二度とここに集まった八人と、そして神楽ひかりと、そして舞台を作ってくれる裏方の人間達と一緒にスタァライトができないと言う事実に目を背けて来たのかもしれない。

 でも、もう無理だった。

 

「知ってる? 私たちの舞台、大幅にキャストを変更するって話が出てるの」

「え……」

 

 それってどういう事。動揺する彼女を尻目に、星見純那はさらに言った。

 

「当たり前でしょ。本来百回目の聖翔祭でスタァライトを披露するためのキャストだった。でも、その大事な主演の一人がSAOに閉じ込められて、聖翔祭に間に合わないのなら……下手をすれば演目の変更もあり得ることよ」

「そうだけど……でも……」

 

 でも、その後の言葉が出てこなかった。なぜなら、華恋は知っていたから。舞台というのは一つの揺れ、一つのざわめきによってすぐにキャストの交代が発表され、舞台全体が無くなってしまう可能性があると言う事を。

 だから、今回のソレも同じ。ひかりがいなくなった今、裏方の人間である≪舞台創造科≫の人間たちは必死になって新しいキャスト、新しい演出を考えているそうだ。普通だったら、新しいキャスト等という物を探すには膨大な時間がかかることだろう。

 だが、こと今回の舞台の場合学校の、しかも同期生の中からキャストを選ぶのだから至極簡単な事のはず。特に、前年の主演である二人の女性がいるのだから。もうすぐキャスト変更の知らせが来てもおかしくはないのだ。

 

「本当に、もう私たちのスタァライトは終わりなのかな……」

「……」

「……」

「ひかりちゃんと、皆とスタァライトをする。それはもう、叶えられないことなのかな?」

 

 華恋の、自問自答に似た言葉に、返答できるものなど誰もいなかった。

 事ここに置いて、七人はどうして華恋だけが未来の世界の記憶を持っていなかったのかの理由に想像がついてしまった。けど、もしもそれが事実だとしたら、神という物、いや舞台とするのならその演出家はあまりにも残酷すぎる。こんな経験をさせるために、彼女にだけ記憶という設定を盛り込まなかったなんて。あまりにも、あまりにも。

 と、その時だった。

 

「?」

 

 チャイム音が鳴り響いた。この時間に誰だろうか。メンバーを代表して学級委員長の星見純那が玄関に向かった。

 ドアを開けた瞬間、そこで待っていたのは。

 

「朝早くに大変失礼します。警視庁特命係の、杉下です」

「同じく亀山です」

「え?」

「警視庁……?」

 

 つまり、警察。

 

「え、わ、私たち何か犯罪しちゃいました!?」

「いやいやそんなわけ」

「銃刀法違反?」

「あー……」

 

 そんなわけないと言おうとしたななに対して、クロディーヌがその空気を引き裂くかのように言う。確かに自分たちがいつもレヴューで使っているアレ。誰がどう見ても凶器にしか見えないから、それでしょっ引かれたとしてもおかしくはないだろう。

 しかし、それだとしたら不自然だ。あのレヴューは極秘に行われていた者のはずの物。それなのに、ソレを知っている人間がいるわけがないのだ。と、言うことは。

 

「銃刀法違反に関しては後に話を聞くことにして、本日は別の理由でここに来ました」

「別の理由?」

「そう。この場所にSAOとナーヴギアを送ったって、茅場から連絡が来たんだ」

「え……」

 

 SAOとナーヴギア、それってあの―――。

 その、瞬間だった。

 

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 

 八人の携帯が、一斉になり始めた。

 

「この音楽って……」

「まさか!?」

 

 そして、取り出した携帯の画面の向こう側では、あるマークと一緒にこんな文言が書かれていた。

 

≪オーディション???日目 お持ちなさい あなたの望んだその星を≫

 

 それは、自分たちの運命を悪戯にひっかきまわしたあのレヴューへの再びの招待状であった。

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