SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO   作:牢吏川波実

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メインシナリオ第三章 外伝 第七十五話

「ともかく、華恋さんが何故記憶を持っていないかはここでは分かりませんね。今は先に進みましょう」

「えぇそうですね」

 

 と言って、また階段を何事もなかったかのように降り始めた右京。冷静だ。周りに大量のかきわりや小道具、そしてどこまで続くか分からないような階段にも慣れ始めたのだろう。

 最初は、自分よりもこの場所になれていた少女たちを先にいかせていたはずなのに、今では先頭を切って前に歩みを進めていた。そんな右京に尊厳の念を抱きながら、しかし亀山は一つの事が気になっていた。

 

「しかし、女の子の夢を奪うオーデションとは……悪趣味なこった」

 

 吐き捨てるかのように言った亀山。以前にも言ったかもしれないが、彼はとある国に置いて十年以上にわたり先生という物をしていた人間である。その国は紛争が頻繁に発生しており、人の死という物をより敏感にかぎ分けることができ、なおかつ子供たちの未来をも案じなければならない場所だった。

 だからなのだろう。子供たちの夢、未来を奪うようなオーディションという存在を許せなかったのは。

 

「けど、その程度で諦めるのであれば、それはもう夢を見る価値もないのかもしれないわね」

「え……?」

 

 しかし、亀山の怒りは星見のその一言で沈められた。彼女は、空高く。その先にあるはずの澄み渡る青空、そのもっと奥にある星空を見るかのように深い瞳を浮かべると言った。

 

「舞台少女としてのキラめき。それを無くしても、夢を見る力を無くしても、それでも私達は歩み続ける。次の舞台に向けて」

 

 また、次の舞台に向けて。あの時、それを教えてもらったから。学んだから。舞台少女の新しい舞台を見つけ出すことの大切さを身に染みて学んだから。

 

「いや、でもオーデションに負けたら」

「その時は、また別のオーディションを受けるだけです。ひかりさんと同じように」

「うん」

「だな」

「そして、キラめきを失ってもそれでも夢を見続けることができる。愛城さんのように」

「え?」

 

 どうして、私と華恋本人が思ったという。無理もない、彼女にとっては見知らぬ未来の話である上に、キラめきを失った、と言うよりも精神的な理由でキラめきが一時期無くなってしまった、と言った方がいいのだから。

 いやキラめきなんていう不可思議な物に対して物理的とか精神的とかそんなことを言うのもおかしな話ではあるのだが。

 この時、話を客観的に聞いてた右京は思ったと言う。とても、強い少女たちだと。そしてこうも思ったと言う。彼女たちが魅了された舞台、そして彼女たちによって洗練した舞台、ソレを早く見てみたいと。彼の強い好奇心は時に人を傷つける事がある。時に自分を傷つけるとこもある。それでも杉下は止まらない。

 自分の正義に殉ずる余り。それを認識していないのもまた、困りものである。

 

「ところで、右京さんと亀山さんは、舞台の方は見るのですか?」

「え? あぁ、俺は……」

 

 と言葉をせき止められてしまったかのように発することのできない亀山と対照的に、右京は指を一本上げると階段を下りながら言う。

 

「シェイクスピア作。『ハムレット』『マクベス』『夏の夜の夢』『ロミオとジュリエット』『リア王』。ヘンリック・イプセンの『ヘッダ・ガーブレル』『人形の家』。オスカー・ワイルドの『サロメ』。ゲーテの『ファウスト』。『オペラ座の怪人』。日本で有名なのは近松門左衛門の『曽根崎心中』」

 

 お恥ずかしいことに、メジャーな物ばかり上げてしまいましたが、と右京が一言加えてから立ち止まって振り向き言った。そこには、右京がつらつらと著名な舞台の名前を挙げて言ったことに感嘆している少女たちがいた。

 

「著名な作品は大体は日本語版、原語版と含めて、他にも様々な舞台を見ています」

「凄いですね……」

「ならば、コレから見るレヴューは、目の肥えた貴方のメガネにも叶うものになりますよ」

 

 と、真矢が自信満々に言った。ここで、≪なると思う≫という曖昧な言い方ではなく≪なります≫と断言する当たり、かなり自信家の一面を持ち合わせているような気がするが、しかし彼女たちの話が本当なら、彼女は未来の著名な劇団の団員の一人、それほどの自身があってもおかしくはないのだろう。

 

「それは……楽しみにしておきます」

 

 と、右京は建前でもなんでもない本心を口にして、もう一度その歩を歩もうとした。

 その、時だった。

 

「!」

「アレは……」

 

 そこに、それまでというよりここまで下りてくるまで、正確に言えば右京が目を離すその直前まで存在していなかったはずのモノがあったのだ。ソレは。

 

「劇場の扉、のようですね」

 

 赤い絨毯が敷き詰められ、近くには人数を規制するための銀色のポールが建てられていて、そしてその一番向こうの先には赤い皮製の素材と木、取っ手が金色に輝いているこれこそ劇場の扉と言わんばかりの物がライトに照らされていた。どうしてつい先ほどまでそこになかったはずの物が存在しているのか。もはや、そんな疑問をする余地もないであろう。

 

「どうやら付いたみたいどすな」

「えぇ、私達の……次の舞台に」

 

 少女たちはその扉を見た瞬間に色めきだった。まるで、古い知人に再会した時かのようなワクワクと、好奇心が織り交ざったかのようなその反応。右京はソレに、少しだけ危機感のようなものを持ったと言う。

 

「行こう……皆!」

「えぇ!」

 

 しかし、そんな右京の危惧も何のそのと言わんばかりに、彼女たちは華恋の言葉を受けて一直線にその扉に向っていく。右京の横を華麗にすり抜け、皆が舞台に向っていく。自分達が立つことのできるフィールドへと向かうその姿は、まさし舞台に生きる人間としてかくあるべきものであると言ってもよかったのかもしれない。

 

「俺たちはどうしますか? 右京さん?」

 

 っと、ここにきて亀山が右京に聞く。今更そんな話をしても無駄であると言うのに、そして、そんなこと亀山も分かりきっているのに、それでもな杉下に意見を聞いたのは、直属の上司であるのもそうであるが、彼がどのような判断を下すのか気になったから。というか、自分の考え何てあまりあてにならないと分かっていたから。

 それに対して、右京は一度呼吸をすると言う。

 

「せっかく招待してもらったのです、行かない手はないでしょう。彼女たちの事も気になりますそれに」

「それに?」

 

 と、亀山の言葉に対して、右京はまるでいたずら小僧のようなどこかにやけた顔を彼に仕向けて言った。

 

「未来で輝く舞台女優、いえ舞台少女の演技……気になりませんか?」

 

 また、悪い癖だ。亀山はそう思ったと言う。自分が気になることが見つかったら一直線というか、他の事はあまり気にしないと言うか、そのおかげでいくつもの事件が解決に導かれたからいい物の、しかしこの溢れ出るばかりの好奇心に対して亀谷は困り顔を浮かべるだけで精いっぱいだった。

 

「まぁ、気になると言えば気になるとも、って右京さん! 置いてかないでくださいよ!」

 

 で、無言で一人劇場の中に入っていく杉下である。亀山もまた、その後姿を追うだけであった。

 そして、亀山が劇場の中に入った瞬間、その扉が閉じられて、役目を終えたと言わんばかりに、ソレがどこかに消え去ったのであった。そう、まるで、夢溢れる少女たちをその甘い蜜で誘い出す、食虫植物のように、保護色によってその色を完全に変えて獲物に襲い掛かる、カメレオンかのように。

 

「キリン! いるんでしょ! 出てきなさい!!」

「キリン?」

 

 亀山が入ると、星見がそう叫んでいた。キリンって、一体どういうことなのか。

 劇場の中に入ると、そこはまさしく舞台、というよりもどこか決闘上のような雰囲気が垣間見える場所だった。とてもだだっ広い円形状のフィールド。天井はあまりにも暗く、そして遠いため見えないが、かなりの広さがあるようだと亀山は思っていた。

 

「オーデションの会場に毎回現れるのよ、その正体は私たちにも分からないけど」

「……」

「誰も、出てきませんね」

「えぇ……」

 

 数分後、キリンと言われた存在はおろか誰の姿も、そして気配もしない。シーンと、まるで深夜の劇場であるかのように静まり返った場所の中。暗く、涼しい風が吹き荒れた。

 その刹那。

 

「ッ! なに、あれ……」

 

 一筋のスポットライトが、天井から伸び、ある物を指し示していた。そのある物とは。

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