SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
外からは、喧騒が聴こえる。貧困に苦しみ、縛られ続けてきた民たちの、自由を叫ぶ声が聴こえる。そしてそれに対抗するかの様に兵士たちの怒号が飛ぶ。
この戦い、勝利を掴めば民たちは自由を手に入れることができるであろう。国によって蔑まされた自由を、ないがしろにされていた人権を取り戻し、あるがままに生きることができるであろう。
けど、所詮革命の後に残されたのは、新たなる束縛だけ。数百年後に美談として語られたとしても、王を、多くの兵士を殺したと言う罪を誇りにしても、決して罪から逃れることはできない。新たなる指導者が良い政治をもたらすとは限らない。罪を持った人間達の苦しみは、永遠に続くのだ。
多くの者は知らない。この血で血を争う戦いに、正義などないのだと。
しかし、ソレを知っていてもなお、この二人は行く。それが、その物語のすべてだから。
「花は、自由だ。自分たちでそのつぼみを咲かせる場所を見つけ、そこで育つことができる」
「けど、中には育つことなく散っていく花もある」
そこには、二人の人間がいた。二人とも男性の≪ように≫見える。
「花は、咲くから美しいのか」
「それとも、散るから美しいのか」
「ソレを決めるのは」
「誰でもない」
「「自分自身」」
真矢とクロディーヌの声が重なった。その時、また街の喧騒が大きくなる。どうやら、戦いも佳境を迎えたようだ。
「民たちの声が聴こえる」
「行こう、皆が待っている……花のような自由を求める民たちが」
「その前に、一戦どうだ?」
と言ったクロディーヌ扮する人物が、剣を二本取り出す。
「……残念だが、時間がない。急がなければ花が散りゆく瞬間を見逃すことになる」
「心配はない。少なくとも、大輪の花が散る時を見逃すことはない」
「何故?」
男性に扮している女性が、真矢が聞いた。すると、クロディーヌは言う。
「君が……花だからだ。オスカル」
「……ならば、その花咲かせて見せよう……アンドレ」
瞬間、スポットライトは消えうせ、その場に残ったのは瓦礫と、服装屋で見る様なマネキンの山。恐らく、死体、のつもりなのだろう。
多くの瓦礫と屍の上で戦う両者の間には、とても重く、言葉に表せない程の悲しみが溢れていた。
「これって……」
「さしずめ、ベルサイユのばらと言ったところでしょうか? 台詞もシーンも、オリジナルの様ですが」
と、杉下右京が補足した。≪ベルサイユのばら≫というのはフランス革命期に置けるベルサイユを舞台とした男装の麗人オスカルと、フランス王妃マリー・アントワネット、またオスカルの幼馴染でもあるアンドレ・グランディエらの人生を描いた舞台である。
その内容は史実を元にしたフィクションであるため、脚本家によってはかなり異なるソレを繰り広げられるわけだが、しかし、今回のはかなり大胆なアレンジであると、右京は考えていたという。
「フッ!」
「ハァッ!!」
互いに飛び出した二人は、それぞれの得物を交差させる。その瞬間火花が飛び散った。
真矢は、剣先を横に倒し、クロディーヌの剣を落とそうとする。が、クロディーヌは逆にその倒れた剣の横を滑るように刃先で真矢の上着の留め具を狙う。だが、それに気がついた真矢はすぐさま後ろに飛びのき回避し、距離を取った。
やはり、私のライバル。流石だ、そう真矢は心の中で呟くと再びクロディーヌに向う。互いの剣が触れ合うたびに剣閃からは火花が飛び散る。
♪草むらに♪
「オスカル、貴君は何年後から来た!?」
「一年だ。貴方は、アンドレ!」
互いに剣を交えながらそう問うた。
♪名も知れず 咲いて♪
「五年!!」
刹那、クロディーヌは一瞬の隙を突いたように突きを放つ。真矢は、ソレを軽やかに避けた。だが、ギリギリだった。間違いない。彼女は、進化している。
♪いる 花ならば♪
「そう、私は五年の年月を過ごした。その間に色々な経験をし、挫折も味わった。私は、それでも立ち上がった! その記憶がある!」
剣を交えながら話す両者。
そうだ、挫折した。主役になれずに端役ばかりだった時もあった。いや役すらももらえない時があった。先輩の女優の下で働くことも、自分よりも年下の人間のもとで働くこともあったり
それでも何度でも立ち上がった。乗り越えて来た。もう立ち上がれないと思う時だって、何度も、何度も立ち上がり前を向いてきた。その記憶があった。
♪ただ風を 受けながら そよいでいれば いいけれど♪
「だがオスカル、貴君には一年の記憶しかない。ならば、私は貴君よりも実力も演技も上!!」
「そうでしょ、天道真矢!!」
「ッ! さすが、西条クロディーヌ!! 私の、ライバル!!」
♪私は♪
強い攻撃に一度クロディーヌが下がる。そう、確かに二人ともが未来の記憶を持っているのは間違いない。しかし、以前にも説明した通り、その記憶の年数の幅は人それぞれで、真矢は≪卒業後新国立第一歌劇団≫に入団した後数カ月の記憶だけ。クロディーヌはさらにその先、彼女の母国の名門である≪テアトル・ドゥ・フランム≫という劇団で過ごした四年間の知識を持っていた。
つまり、プロになってからの舞台経験は、クロディーヌの方が上であるのだ。
♪バラのさだめに♪
「ライバルではない、今は……敵だ!!」
♪生まれた♪
クロディーヌが食って掛かるように飛び掛かった。その動きは、まるで獣のように猛々しく、しかし洗練された動きで真矢に迫る。その恐ろしさに、一瞬だけ真矢もひるんでしまうほど。なるほど、これが彼女の演技力の進化、真矢はどこか納得に近い表情を浮かべた。
♪華やかに激しく生きろと生まれた バラはバラは 気高く咲いて バラは♪
「貴方は確かに五年前までは主席だったかもしれない。けど、今の私の方が演技力も歌も踊りも上のはず!」
「はず? 憶測で物を語るか!」
「すべては、結果のみが知る事!」
「ッ!」
♪バラは 美しく散る♪
軽やかに走りながら戦う両者。その攻撃はどれも留め具の直前で止められ決定打に欠けていた。しかし、明らかにクロディーヌの攻撃の方がソレに近いだろう。真矢はなんとか攻撃を受け流すのに必死の表情を見せる。
確かに、全てにおいてクロディーヌの方が上の様だ。だからこそ、こうして彼女の演技力がステージに反映される。階段状になった舞台に立った二人。上に立つのはクロディーヌである。
「五年、私は貴方から離れた。次に会うときは同じオーディションの最中で、あるいは別の舞台で出会うまで、そう思って来た。だから、こんな形でももう一度出会えたことに感謝しているわ! おかげで、私は貴方を舞台に連れて行かなくて済む!」
なるほど、真矢は思ったらしい。まったく彼女らしい、嫌だったら嫌だと、そう言えばいいのに。否、そう言わないからこそ彼女なのかもしれないが。
その時、薔薇が降って来た。一枚や二枚じゃない。薔薇の花が一つ丸々振ってきたのである。舞台装置だ、真矢はそう直感した。彼女たちの心が薔薇のように刺々しくなっている。そう言う示唆なのか、あるいは自分自身が薔薇なのか。だとするのなら、この後の行動、この後の彼女の攻撃は、きっと。
♪どの星が めぐる時♪
♪散ってゆく 私だろう♪
「貴方は一年、私は五年……その記憶と経験がある。だから、SAOという舞台に行くのは、行く権利があるのは……私!」
「ッ!」
「薔薇の運命に飲まれて生きろ……オスカル!」
♪平凡な 人生は♪
その声とともに、クロディーヌの剣が真矢に伸びた。その攻撃は、一輪の薔薇を貫き、竜巻のように花弁が散っていく。刹那、舞台の証明が落ち、辺りは暗闇に飲まれた。
その中で、クロディーヌの悲し気な声が響く。
♪かなえられない 身だけれど♪
「あぁ、もしもあなたが本当に男だったら……真矢」
「アンドレ……舞台の上で演技を忘れたか」
「ッ!?」
振り向いたクロディーヌの先には、階段の上にたたずむ真矢の姿があった。その美しさは、まさしく、あの頃憧れた彼女その者に見えた。
そう、先ほどの攻撃は確かに留め具にかすりはした。だが、薔薇によって視界を阻まれたからなのだろうか、彼女の攻撃はソレにクリーンヒットすることなく、照明が落ちた瞬間に、真矢はその目に刻んだ立ち位置へと、滑り込んでいたのだ。
そして彼女は気がついていた。いつの間にか彼女が自分の事を役名ではなく、本名で呼んでいたこと。そんな事、舞台に生きる者としてあってはならないこと。彼女もまたそれに合わせクロディーヌと呼んだ。けど、どこか違和感があったのは確かだ。
そう、舞台の上で本名を呼ぶこと等あってはならないことだから。そんな初歩も初歩な事を忘れるなんて、彼女はどれだけ、取り乱していたのか。
この程度で取り乱すとは、彼女もまだまだ未熟、ということか。
♪私はバラの 命をさずかり 情熱を燃やして♪
「私は確かに知らない。アンドレ、貴方が生きた五年間、私が過ごすはずだった四年間。だが……」
飛び込んだ真矢。前までの彼女だったらこのような無謀な事絶対にしない。そう、前までの彼女だったなら。でも、彼女も一年間でたくさんの経験を重ねて来た。だからこのような無茶で無謀な行動をとることができる。
「ソレは、私が負ける理由にはならない!」
「ッ!?」
クロディーヌはその攻撃を防ごうとする。だが、一手、遅かった。彼女の剣をあざ笑うかのようにすり抜けた真矢の剣は、留め具に一直線に向かっていく。そして―――。
♪いきてくいつでも バラはバラは 気高く咲いて♪
「薔薇は気高く咲き誇り、美しく散る物……私が薔薇であるのなら、私が生きる舞台は……私の誇りは……」
瞬間、真矢は剣を振り上げ、その先で触れている留め具を外した。
♪バラはバラは 美しく散る♪
「私が決める!」
そして、地面に落ちたクロディーヌのマント。この瞬間、レヴューの勝者が、決定したのである。
「どうして……貴方は、どうして天道真矢なの……」
クロデューヌの感傷にしたる声が溢れる。本当に、勝つべきだったのは自分だったのに、そんな悔いも含まれている物言い。
「どうして……貴方の四年間を捨てるの?」
守りたかった。彼女の四年間。彼女がもう一度過ごすはずだった四年間を。
テレビでその道の専門家と呼ばれている人間が言っていた。SAOがクリアされるまで、最低でも二年はかかるのではないかと。
二年、いやそれ以上の間、SAOに入った人間の人生は潰されてしまう。真矢が経験するはずだった事、真矢が経験するはずだった成長、真矢が勝ち取るはずだった栄光、トップスタァへの進化、その道が閉ざされてしまうかもしれない。
でも、自分は違う。自分は五年間の辛かったけれども、それでも実のある経験の記憶があった。だから、たった二年程度SAOにいたとしてもその記憶が補完してくれる。演技力を上げてくれる。そう、思っていた。だから、本当に行くべきだったのは、自分だったのに。
「捨てるのではない……また別の舞台を生きるだけ……そこで得られる物もきっとあるはずだ。だから私は、次の……舞台に進む」
「次の、舞台……」
そう、次の舞台。あの時学んだではないか。舞台少女に終わりなんてものは存在しない。一つの舞台が終わったとしてもまた次の舞台が、その舞台が終わってもまた次の舞台が存在する。だから、ソレを目指して頑張ればいいと、どれだけ辛く苦しい道であろうとも、その歩んだ道の先にある舞台が、自分たちが立つところなのだと。
そう、知っていたはずなのに。自分は。
「私は……過去の舞台に恋焦がれていただけなのかも……しれないわね」
きっと、過去に来れて、そして過去の彼女に出会えて、刃を交えることができて、それで満足してしまっていたのかもしれない。そんな慢心した自分じゃ、きっとSAOという舞台に行ったとしても進化などできるわけない。
そう、彼女のように。クロディーヌは真矢に、微笑みを浮かべると言った。
「Bon voyage(良い旅を)」
「……this is 天道真矢!」
♪(ジュテーム オスカル!)♪