SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
「す、すげぇ……まるで本物の戦いをみたような……」
「どうやら、勝者は真矢さんの方だったようですね。しかし、なるほど僕の知っている舞台とは全然違う物の様です」
と、それぞれに感想を述べたのは亀山と右京である。真矢とクロディーヌによるレヴューが終わった直後暗転した会場。その中でも、どういうわけか自分たちのいる八つしかない観客席、いや吊られているからゴンドラと言ってもいいのかもしれないが、そこだけが明るく照らされていてどこか不気味な感覚を味わっていた。
休憩時間、とでも言うのだろうか。しかし、当然の様にここにはトイレ等なく、あるのは右京の見ていたパンフレットと、放置された弁当の空き箱やペットボトルのみ。この時間に何もすることはできなかった。
それにしても、見事な戦いだった。亀山は、目の前でそれまで行われた戦いが本物だと見間違うくらいの迫力と衝撃に言葉を失うしかない。
一方で、右京は冷静に彼女たちのレヴューへの感想を述べる。普通の舞台ではない。そもそも普通の舞台でここまで戦いに重きを置いた舞台はそれほどないであろうと。
だが、彼女たちの心の底からあふれ出た台詞や、その動きは圧巻の一言に尽きる。特に真矢が最後に逆転を決めた場面などは、プロのソレと同等と思えるくらいに華麗かつ洗練された動きだった。
これが―――。
「えぇ、それが……私たちのレヴューです」
「……」
その声に、右京はあまり反応を示すことはなかった。しかし、亀山は違う。
「あれ!? さっきまで、あそこに!?」
と言って、今は暗転した舞台の方を指さし、≪隣に座っている≫真矢とクロディーヌに叫んだのだ。
そう、さっきまで舞台で華麗なる戦いを披露していた二人が、いつの間にか観客席に座っていた。これに驚くなと言う方が無理もある。と言っても、驚いていない人間がすぐ近くに居るのだが。右京はやはり淡々と言ってのける。
「亀山君、ここは僕たちの常識が通用しない不思議な世界です。どんなことが起こっても不思議ではありません」
確かに、この劇場に入ってからという物、多くの不可思議な現象に遭遇してきた。だが、だからと言ってここまで順応する物なのだろうか、そう亀山は呆れにも、そしていつも通りの右京の図太さに関心を示してしまう。
そんな亀山をよそに、右京は隣に座っている真矢に手を差し出して言う。
「良い舞台を見せていただきました。天堂真矢さん。それに、西條クロディーヌさん」
「Merci」
「まだまだです。まだまだ、私のキラめきは終わらない……次の舞台……その次の舞台まで」
クロディーヌは、フランス語でありがとうを意味する言葉を、そして真矢は次の舞台、つまりSAOを視点に捕らえているようだ。そこには、何のためらいも、そして何の後悔もない。本当に、その舞台が自分自身を進化させてくれると信じてやまない少女が、そこにはいた。
「その事ですが」
「?」
と、右京は右手の人差し指を立てると聞いた。
「よろしいのですか? SAOをプレイして」
「……勿論、と言えば?」
勇壮な表情を浮かべる少女だ。なるほど、これほどまでにはっきりとした意思のある人間、そして向上心に溢れた人間をあまり見たことがない。これが、舞台少女。自分たちを進化させるためには自分たちの、そして女の子としての人生すらも蒔きとしてくべる少女たち、か。
右京は、ソレを考慮したうえで言った。
「僕たちには、ソレを止める権利があります」
いや、そもそもこの場所に来たのはそれが目的だ。それは、亀山はおろか真矢たちも理解していた。その上で、である。
「確かに、権利はあるかも知れません。ですが、ソレを止める義務は、何物にもないはずです」
と、そして真矢は目を瞑り、何かを抱きこむかの様に言った。
「SAOという舞台、そこで生き、学ぶこと、それが未来につながり、次の舞台にもつながっていく。だからこそ、私はSAOという舞台に行くと決めた。それだけです」
まるで、舞台の台詞のようにすらすらと、しかし自分の本心を言ってのけた少女。
確かに、元々SAOに恋焦がれていたのは華恋だけだったかもしれない。だが、それはSAOが手に入るかもしれないと分かる前の話。ソレが手に入るかもしれない、自分たちが想像もしなかったような舞台に行けるかもしれない。そう頭の中で思い浮かんだ時、彼女たちは思ったのだ。
自分たちが経験した事のない世界で、進化することができるかもしれない。舞台少女、トップスタァになるための一つの道標になるのではないかと。
その進化のための切符、決して手離したくない、右京はその確かな覚悟を身にしみて感じ、残念そうに言った。
「……そうですか。どうやら、貴方を説得するのは困難の様です」
「え、諦めるんですか右京さん!?」
亀山は意外そうに言い放った。右京の性格上、簡単に諦めると言うのは考えられない物だったから。特に、それが犯罪に巻き込まれるかもしれない少女に対してであれば、なおさらだ。
「いえ、そうではありません。ただ、説得するのが困難と言うだけで、時間をかければ説得できる可能性がある」
「右京さん……それじゃ……」
「僕は、諦めていませんよ真矢さん」
「望むところです、杉下警部」
真矢はソレを挑戦状だと感じたと言う。≪今自分の手の中にある≫SAOとナーヴギアを、今度は杉下右京の手から守る。そんな戦い。
果たして、自分は彼から逃げ切ることができるのか。密やかに、しあし確実に熱い闘いが始まった。
「よ、よし! そう言うのは今は無しだ! ほら、次の舞台が始まるぞ!! ね、右京さんも」
と、そんな暑苦しさで重い空気を和ませようと、亀山が声を張り上げた。確かに見てみると、どうやら次の舞台の準備が整ったらしく、淡い光が舞台上に見え始めている。
真矢の見据えている道も、クロディーヌが覚えた無力感も、亀山には完全に理解することができなかった。しかし、それでも彼にだからこそできる、ムードメイカー的な役割が重要になるのだ。
「な、真矢ちゃん。えっとクロ、ディーヌちゃんだっけ?」
「impoli!」
「え?」
クロディーヌに声をかけた亀山は、しかし返す刀で返答されたその言葉に頭を悩ませることになる。何だ、今、何て言ったのだ。そう頭を捻った亀山に対して、右京が補足する。
「フランス語で、失礼な……という意味ですよ亀山君」
「翻訳、ありがとうございます。ちゃん付けはやめてください。私は、もう子供でも……何も知らない童でもないから」
「は、はぁ……」
この時、亀山は思ったと言う。杉下右京は確かに、警察きっての変人として有名だ。しかし、この学園の舞台少女たちは、それに負けず劣らずの個性を持っている。感性が違うとでもいうのだろうか、ともかく右京と少女たちにどこか同じ匂いをかぎ取った亀山はこの後、少女たちにかける言葉に気を付けるようになったと言う。
「さて、お二人も、お弁当を食べながら鑑賞しましょう。次の舞台を」
「はい。そうさせてもらいます……私たちも気になっていましたから」
というと、突如として目の前に現れた弁当の蓋を開けた真矢とクロディーヌの二人は、舞台をそっと見ながら言った。
「私たちのライバルの、成長を……」
舞台少女としての仲間、その演技が見たい。ライバル、いや違う。今はただ一観客としてみようではないか。自分たちが共に生き、共に進化し、そして未来を知った少女たちの舞う姿を。
そして、次の舞台の始まりを告げるブザーが鳴った。