SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
再び、暗闇の中に戻った劇場。その静けさは、まるで世界一深いと言われているマリアナ海溝の中のように、たかが人間程度には足を踏み入れる事さえも憚られる。それほどまでに神聖な、そして密かなキラメキを放つ静けさ。
誰もが酔いしれ、そして言葉を紡ぐことさえもできない。黒の世界。
そこに、一つの塩つぶが落ちて来た。いや、違う。あれは、あの光はきっと。そう、信じた≪二人≫は、落ちてきたものが降り積もった物の上に降り立った。そこにきっと、舞台があるのだと信じて。そして―――。
彼女たちはたどり着いた。次の舞台へと導く、天の川銀河を、いや、それ以上の長さを走る乗り物に。
「星が流れていく。私たちの真下を川のようにどこまでもどこまでも」
「掴もうと手を伸ばしてみても、もう貴方は遠い空のかなた」
二人の少女は、台本に描かれている台詞を読み上げる。
「ならば、この手で捕まえに行こう」
「億千万の星々の中からこの身体で、見つけに行こう」
ある時ははかなげに、またある時は力強く。あたかも、彼女たちの上を、左右を、そして下を通っていく星屑のように、束のように、そして、その星で作られた線路のように。
彼女たちは決して止まらない。止まることはできない。この列車のように、一度走り始めたら二度と止まらない物。それが、夢、未来、そして―――。
「そして、手にしよう」
「次の舞台への、チケットを……」
「「この列車に乗って……」」
キラめきーーー。
今、ここに、星見純奈と大場ななの二人によるレヴューが開演した。
予備なのだろうか、純奈は二つの弓矢を用意するとその一つを汽車の一番後ろに置くと、その手に矢を三本取り出し、ななに向けた。
♪さあ行くんだ その顔を上げて♪
「フッ!」
「ハァッ!!!」
弓から放たれた三矢は、それぞれに遠い場所にいる彼女に、列車の一番後ろの車両にいるななに向かう。しかしななには自分でも見事と思えるほどの可憐さと機敏さを持ち合わせた動きでかわされてしまった。いや、これは想定内だ。純奈は、顔にニヤリと笑みを浮かべると、新しい矢を用意するとソレを装填しようとする。
しかし。
「ッ! クッ!!」
汽車が大きく揺れた。純奈がいるのは、運転席のある車両の屋上だ。列車は自由に動き回る。線路のない場所を、まるで意思を持っているかのように。その動きが一番最初に伝わるのが彼女がいた場所だった。だから、その動きに対応することができなかったのだ。
それに対して。
♪新しい風に 心を洗おう♪
「悪いけれど、SAOは私が貰う!」
一番後方の車両の屋上にいたななは、その列車の動きを見ながら駆け抜け、時には飛び跳ねて列車の上を滑空する。ただ移動する、それだけでも可憐な一面を持ち合わせているのは流石自分のライバルだ。そう、純奈は思いながら、今まさに装填しようとしていた矢を放り投げる。その瞬間、ななは純奈に対して二つの剣を振り下ろした。
♪古い夢は 置いて行くがいい♪
「それは、こっちの台詞よ!」
純奈は、それを持っていた弓で受け止めると、まるで棒術を使うかのように振るった。確かに、目の前までやって来られては遠距離が得意な純奈であったとしてもこうするしかないだろう。だが、弓のリーチの長さはななの剣よりも若干上だった。
故に。
「台詞を入れ替えてみても、いいんじゃないかな!!」
と、言ってななは、純奈の上を飛び越え、その後ろに立った。やはり、その顔に笑みを浮かべて。まるで、この舞台を楽しんでいるかのよう。いや、楽しんでいるのだ。自分自身が楽しいと思わなければ、お客さんも、楽しいと思わせることができないから。
♪ふたたび始まる ドラマのために あの人はもう 思い出だけど♪
「そんなの、舞台じゃない! アドリブだけで進む舞台何て、めちゃくちゃになるだけよ!」
「そうかもしれないけど、だからこそアドリブで進む人生が楽しいの!」
「ッ!!」
と言いながらななの連撃が始まる。それに対して、後ろに下がるしかない純奈。
アドリブで進む人生、舞台、か。確かに、アドリブオンリーの舞台演劇があることも純奈は知っていた。そして、ソレをやりきるためにはその舞台に立つ人間にとてつもない技量が求められると言う事も。
彼女はその技量を持っていた。自分とは違って。そして、自分が経験した事のない、経験した事のある舞台ばかりをしていた。
ななは、いわゆるタイムスリッパーであった。何度も何度もレヴューの頂点に立ち、そして自分が一番好きだった。一番の舞台だと信じていた第九十九回聖城祭の舞台、≪スタァライト≫を繰り返した。仲間が一人たりとも欠けることのない、永遠ともいえる時間、永遠の舞台を、何度も、何度も、何度もやって、その結果彼女の素の演技力は≪当時≫は、首席であったはずの天堂真矢に匹敵、いや超える程の物となった。
もしも、一つのきっかけが無かったら今でもまだ、ずっとずっと無限ループの中にいたであろう彼女。同じ舞台で鍛えられてきた少女。同じ台詞、同じ舞台、同じ生活。ソレを何度も繰り返して、自分の中の世界に閉じこもっていた少女。
その彼女が、アドリブで進む人生が楽しい、か。純奈もまた、ななのように微笑んでしまった。
♪君を遠くで見つめてる The Galaxy Express 999 Will take you on a journey A never endhing joueney A joumey to the stars♪
「なな……貴方にはSAOをプレイする理由はあるの!?」
「ないよ。でも、もし私が負けたら純奈ちゃんがSAOをプレイすることになる。そうならないように、私が守るの! 純奈ちゃんの人生という大きな舞台を!!」
「ッ!」
そう、彼女はいつだって守って来た。自分の舞台を、自分以外の舞台少女の未来をも背負っていたと言っても過言ではないだろう。もしもあの舞台が無かったら、自分の人生はきっと、また別の物になっていたはずだ。そう純奈も思っている。彼女のおかげで、今の自分があるのだとも、だから今回も、きっと、≪自分じゃない誰かの舞台≫を守ろうとしているのだ。必死で、歯を食いしばって。
♪そうさ君は 気づいてしまった やすらぎよりも 素晴らしいものに♪
「闇を超えた先に光があるかもしれない、ソレを追おうとすることの何がいけないの! 大場なな! 今のあなたなら、暗いトンネルを抜けた私達なら、分かるでしょ!?」
瞬間、列車はトンネルの中に入った。星が全く見えない暗闇の世界。しかし、オレンジ色の常夜灯によって照らされた、独特の雰囲気を持つ世界に。ふと、そこでななは動きを止めた。ピタリと、しかし純奈にはそれが逆に恐ろし気に映ってしまった。
♪地平線に 消える瞳には いつしかまぶしい 男の光♪
「分かるよ、分かるけど……光なんてないかもしれない。闇がずっと、ずっと広がっているだけかもしれない。だから」
「私が守るの、か……」
そうやって、いつもいつも自分を傷つけて、純奈は哀れみを込めようと、しかしやはり彼女らしさという物を感じ取れてうれしかったような気がした、そんなため息をつくと。
♪あの人の目が うなずいていたよ♪
「けど、闇が広がっているだけの宇宙にだって、小さな星屑の道ができている!」
「ッ!」
と叫んで出現させた矢を≪持ち≫、ななに迫った。まるで、道を切り開くかのように彼女は勇気を振り絞った、しかし蛮勇であるともいえる行動をとった。きっと、そうまでしないとななには勝てないはずだから。
瞬間、トンネルの中に星屑のレールが映し出される。この暗闇の中に入ってから、その道が見えるのは初めての事だ。
そのレールは、幾重にも幾重にも分岐していて、まるで彼女たちの人生を模しているかのようにも彼女は、彼女たちは思えた。
♪別れも愛の ひとつだと♪
「一つ一つは小さな粒だけど、ソレを集めて作れば立派な線路を作ることができるはず……いえ、線路何て要らない!」
そう、純奈が叫ぶと、出現した星屑のレールが一斉にはじけ飛んだ。あたかも、彼女の一声に怯えたかのように、あるいは、その言葉に心を揺り動かされたかのように、ソレらは全て飛んでいき、また新しい星の海を作り出したのだ。
彼女の後ろに、ずっとずっと、続いて行く新しいレール。ソレをチラリと見た純奈は叫んだ。
♪The Galaxy Express 999 Will take you on a journey A never endhing jouney A journey yo the stars……♪
「レールは、人生のレールは、私の後ろにできるものだから!!」
まるで、昔の偉人の言葉を真似したかのようなソレもまた、純奈特有の言葉なのかもしれない。そう、ななには思えた。そして―――。
「違うよ」
「ッ!」
ななは、純奈の足を払った。あまりにも一瞬の事過ぎて、純奈は対応することができず、列車の屋上に倒れこんだ。奇しくもその場所は、最初にななが立っていたそこと同じ場所であった。
そして、倒れた純奈のマントを止めている留め具に、ななは剣の先を当てながら言う。
「汽車はレールがあるから走ることができるの。その車輪を別の路線に切り替えることなんてできる人間はいない。いるとしたらそれは……」
「デウス・エクス・マキナ……」
舞台の神様。機械仕掛けの神。劇が色々なことがあってしっちゃかめっちゃかになってしまった時に、絶対的な力を持つ神様が現れてすべてを解決させると言う舞台技法のひとつ。批判される点も多い技法であるが、古代ギリシアの時代から使用されている古き良き舞台演出。
そう、今まさにそう。ななが≪突然アドリブで話し始めた時から≫この劇は無茶苦茶になってしまっていた。自分が言うはずだった台詞を彼女が言った瞬間から、この劇は既に収集がつかなくなってしまっていたのだ。
だから。
「そうね、私もそう思う……でも」
「ッ!?」
ななが、純奈の留め具を外そうとした瞬間だった。トンネルを抜けた汽車の先端から、突然一つの矢が飛び出して≪ななのマントの留め具≫に直撃、ソレを落としたのであった。
この瞬間、純奈の勝利が、確定した。
「レールがあるからこそ……曲がった道も存在する。行き先があるから、どんなにまっすぐに伸びていると思った道ですらも曲げてしまう」
「ブービートラップ……一番最初に、おいてた弓矢……?」
「私は、その導きを信じた……ただ、それだけ」
そう、彼女は信じたのだ。≪列車のアドリブ≫を、舞台の神を。だからこその結果、偶然の一勝ともいえる。まさか、最初に≪保険の一つ≫として置いていた弓矢がこんな形で自分の勝利に役立つことになるなんて、純奈は心の底から安堵の息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。
「私の勝ちね、大場なな……」
「デウス・エクス・マキナ……舞台の神が微笑んだのは、純奈ちゃんだったんだ……」
「いいえ、引き寄せたのよ……舞台の神を……舞台を信じたからこそ」
自分達舞台少女が信じれる物、それはたった二つだけ。自分たちがこれまで行って来た努力、そして舞台装置。純奈は、その偶然の一つを引き寄せることができた。舞台を、自分たちの生きる場所を信じていたからこそ。
ななは、そんな彼女に対して残念そうな笑みを見せる。
「……純奈ちゃん」
「何?」
そして、その瞬間に、それまでの寂しそうな笑顔は無くなって、いつものはじけるような大場ななの顔が戻ってきて、彼女は言うのであった。
「私は、こっちの舞台で成長するから……純奈ちゃんは向こうの舞台で立派に成長して帰ってきてね!」
「……えぇ」
こうして、また一つのレヴューの幕が、閉じたのだった。
♪A journey to the stars……♪