SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
煙があたり一面を包み込んでいた。
もちろんこれも舞台装置であるし、それまでの二つのレヴューでも使われた物に間違いはない。
しかし、彼女達の場合違っていたのは、その煙の量。
もくもくと雲のような濃さと広がりを持って舞台上に現れたソレは絶対にその舞台に現れた少女達を逃さないとばかりに、そして相手の姿を隠すかのように立ち込めていた。
けど、彼女達は分かっていた。
「花の数だけ、出会いがある」
「花の数だけ、別れもある」
煙に包まれている。光源もまだないため暗闇の中にいる。それでも、分かる相手のことが。
「ならば、その出会いを惜しむべくか」
「はたまた恨むべきか」
手が届かない場所にいても、匂いで感じる。
目で見えない距離にいたとしても言葉で通じあうことができる。
「花の数だけ、喜びがある」
「花の数だけ、涙がある」
それが幼馴染。
「ならば、花を植えるべきか」
「はたまた、散らすべきか」
それが、ライバル。
「命の輝き」
「命の尊さ」
「その想い……」
「咲き乱れよ、桜花たち……」
刹那、花の香りがいっぱいに充満し、彼女達を包み込んだ。ソレと同時に、舞台に光が灯る。まるでモールス信号を送っているかのように光瞬き、二人の少女を映し出したソレが、最後に映し出したもの。それは。
満開に咲く、桜の大木だった。
舞台は、≪太正≫の時代。蒸気によって世界が回っていた時代にまで遡っていた。
香子の背後には、赤色の焦げたレンガがあたかも壁のようにしきつめられていた。それは、≪大帝国劇場≫の壁。
双葉の背後には、どこか近代めいた工場の壁に、何色もの光沢を放つ機械の鎧達あった。それは、≪光武≫。
ここに過去、あるいは異世界の歴史を象徴する二つに挟まれた二人の戦いの幕が上がった。
「手加減しないよ……香子!」
「どの口が言うとるんや、双葉はん!!」
と、互いに叫んだ二人の距離は、だいたい五メートルくらいだろうか。いい塩梅の距離である、遠すぎず、近すぎず、それでいてすぐに決着のつかない距離感を保ったまま二人は自分たちの武器である薙刀とハルバートを構える。
この肌がピリピリとする感覚、緊張感で心臓がどうにかなってしまいそうなお祭り気分、そして友と同じ舞台に立つ喜び。
「ふふッ……」
「……」
久しぶりだ。そう、香子が微笑んだ。瞬間だった。
「「ハアアアアアア!!!」」
まるで、それが合図であったかのように二人は飛び出し、互いの得物が交差した。激しい火花が、充満していた煙の中に消え、そして衝撃が煙を打ち消した。
その中で二人のレヴューは、戦いは続く。甲高い二つの刃物がぶつかり合う音、地面を叩く靴の音、そして二人の笑い声。
そこにいたのは、真剣でそれでいてこの時間をいつまでも支配したいと言う欲求にかられた一組の舞台少女。
♪引き裂いた 闇が吠え 震える帝都に 愛の歌 高らかに 躍り出る戦士たち♪
「ホンマ、嬉しいわ! こんな形でもまた、双葉はんと同じ舞台に立つことができるや何て!!」
「フッ! ハァツ!!」
香子は言葉を紡ぎながら薙刀を双葉の左側から振るった。双葉はソレをハルバートで防ぐと、まるで踊るかのように彼女の薙刀の下を潜り抜け、隙ができた香子を蹴りにかかる。
だが、香子は素早く後ろに飛びのくことによってその攻撃を回避した。流石は双葉だ、香子はそう思いながら頬を撫でる汗を舐めた。と、同時に双葉が突撃してくる。
♪心まで 鋼鉄に 武装する乙女♪
「舞踊の道はもういいのかい? 花柳彗仙!!」
「今はまだ、花柳香子どす!」
攻撃をいなしながら会話をする二人。不思議な物だ。こっちの≪舞台≫に辿り着いてからいくらでも時間があったはずなのに、このように緊迫した状況でなければ心の底から話し合う事ができないなんてとでも思ってるのだろう。互いに。
≪花柳彗仙≫。それは日本舞踏の世界に置いては名門と呼ばれる≪千華流≫の家元の名前だ。未来、花柳香子はその名前を継承して≪十二代目花柳彗仙≫を名乗ることになる。否が応でも。
♪悪を蹴散らして 正義を示すのだ 走れ 光速の 帝国華撃団 唸れ 衝撃の♪
「確かに、舞踊もまた楽しいものに違いありまへん。けど、それと同じくらい恋焦がれたのがこのオーディション! ウチは、このオーディションで双葉はんに今度こそ勝って前に進む! 例えそれが……」
「地獄へ続いていても……か」
「違います」
「え?」
♪帝国華撃団♪
「自己犠牲何てアホなもんでウチを助けようとしている考えを持つどあほうを叩きのめすためどす!」
「……言ってくれるね、香子!」
双葉は、香子のその言葉の裏に隠された本当の意図をその攻撃から悟った。そう、彼女は、彼女も同じなのだ。皆次の舞台を、また別の舞台を歩みたいのだ。その先にまた別の舞台が、自分たちの舞台少女としての人生があるのだと信じて。自分自身を磨き上げたいために。ただ、それだけのためにこのオーディションに参加している。
≪自分≫と同じだ。双葉は、壁際に追い込んだ香子にハルバートを振り下ろして言った。
「香子、アタシが学校に合格した順位、覚えてるか!」
と、その問いに対して、横に滑って避けていた香子は叫ぶ。
「勿論や! ドベもドベの最下位や!」
そう、それが石動双葉の汚点の一つ、だったのかもしれない。いや、由緒ある聖翔音楽学園に入学しただけでも十分だ。そこに辿り着くことなく、別の場所で、別の形で花を咲かせる人間もいるのだから。
結果的に、彼女は聖翔祭での演目、≪スタァライト≫のキャスト八人の中に選ばれる人間にまで成長した。彼女は努力家だった。そして、きっと負けず嫌いだったのだろう。だからこそ、ここまで成長することができた。
それに―――。
「けど、未来は新国立第一歌劇団の団員や! ほんま立派になった物や!!」
そうだ。日本で一二を争うほどの歌劇団の団員。そうなれたのも彼女の努力の結果であり、そして彼女が自分の力を発揮した結果だ。
香子は思い出す。一度、彼女の舞台を客席から見た時の事。まだ、ほんの端役で台詞もなかった。でも、舞台の上にいた彼女はとても可憐で、自分の知っている双葉はどこにもいなくて。本当は楽屋に挨拶に行くつもりだった。
でも、いけなかった。舞台の上の、まぶしい彼女の姿を見ていたら、彼女に会うのが、憚られたのだ。
「けどウチはどうや? 舞踊の世界にその命をささげることになった。もう他の舞台には出られへん、やから双葉はんと共演することは叶わんと思っとった!」
演劇と舞踏。似たようなものだがその内情は全然違う物。歌い、踊り、そして自分たちの演技で観客を魅了するのは同じである。しかし、道が違う。同じ舞台でも、演劇と舞踏には絶対的な大きな壁が存在する。
そう、≪今自分たちを隔てている壁のように≫。
彼女たちは、いつの間にか鋼色の壁によって互いの姿が、顔が見えなくなってしまっていた。それは、あたかも彼女たちの未来の姿のように。
舞踏の道に身を捧ぐことになった香子。当然、その道に後悔なんて微塵もない。それでも、それでもと、思っていた。もう一度、彼女と、そう思っていた。
舞台の上で輝いている双葉を見ていると、もう一度彼女と同じ舞台に立ちたいと、そう願って、涙がこぼれて。
それは、双葉も同じ気持ちだった。
だから―――。
「せやから……せやから嬉しいや!」
トラックでもぶつかったかのような音とともに、壁を突き破って香子が現れた。もう一度同じ舞台に立ちたい。その願いを、自分自身の力で叶えるために。
「こんな形でも、もう一度双葉はんと舞台で言葉をぶつけ合えて! もう一度、舞台の上で一緒に歌って踊る、この時間が!」
「それは、アタシもだ。香子! アタシも、もう一度香子と一緒の舞台に立ちたいと思ってた!!」
互いに笑顔で叫んだ二人。その間にも、舞台装置は再びその背景を変え、小道具を変え、そして二人の間には何もなくなった。
まるで、舞台が二人に最後の時間を与えてくれているかのように。まるで、それは永遠のようにも感じ取れた。
ずっとここにいたい。この昂りを感じたままこの舞台に封じられたい。ここで、彼女に、自分が成長した姿をずっとずっと見てもらいたい。二人ともそう願う。
でも、それはただの我儘だ。
「でも!」
♪街の灯が 消え果てて 脅える帝都に 虹の色 染め上げて 躍りでる戦士たち♪
「幕引きは……」
「絶対に訪れるもんや!」
どんな舞台にも絶対に最後は存在する。同じ舞台が二度と行われることはない。台詞、感情、行動、その全てに絶対に差異が産まれて、また別のカタチの舞台を観客に見せる。それが、舞台。
だからこそ、その幕引きは自分たちでつける。その先にある≪次の舞台≫に進むために。
瞬間、二人の間に桜がもう一度現れた。しかし、先ほどとは違って、桜の花のほとんどが散ってしまい、寿命寸前であるかのようにも見えた。
そう、もうこの桜の木の役目は終わったのだ。彼女たちを見守っていた、古い、桜という名の観客たち。
それは、過去の観客の姿であり、そして≪過去に≫自分たちに固執していた自分達であるかのように。
ソレを一瞬だけ見た二人は、笑みを交わし合うと叫んだ。
「冬に咲いた桜の花びら!」
「たわわに実った果実のように、膨れて弾けて飛び散る桜吹雪!」
♪暁に 激情を 照らし出す乙女 悪を滅ぼして 正義を示すのだ♪
「飛び散る前に私が捕まえる!」
「その花びらが遠くに行ってまう前に!!」
「命を懸けた戦場に、命を持ってくる馬鹿は無し!」
「あるのは生きて帰る、ただそれだけの宿命なりけり!」
♪走れ 光速の 帝国華撃団 唸れ 衝撃の 帝国華撃団♪
「帰る場所があるからこそ、そこに帰りたいと願うのが人間の宿命なら」
「ウチが」
「アタシが!」
「「薫子(双葉はん)の帰る場所になる!!」」
一閃。二人が交差した瞬間、桜が散り果て、枯れた巨木となり果てた。
そして、去り行く桜の最後のひとひらは、瞬間≪マント≫へとその姿を変えた。
ソレを落とした者は、呟くように言う。
♪走れ 光速の 帝国華撃団 唸れ 衝撃の♪
「満開の、桜花……もう一度見せてくれるよな、香子」
「勿論どす……双葉はん。もう一度この場所で……この、桜の木の下で会いましょか」
勝者は、香子だった。あまりにも一瞬の事過ぎて、香子自身もまた自分が勝ったことに気がつけないくらいに。
彼女は地面に落ちた双葉のマントに手をかけ乍ら、上記の言葉を発した。
♪帝国華撃団♪
「いつか、必ずいつの日か……」
と、いいながら双葉もまた同じように地面のマントに手をかけ、ゆっくりと持ち上げた。
すると、その先にあったのは、まだ小さな名もなき≪苗木≫。ソレを、二人ともが、まるでこれからまた違う人生を送ることになる自分たちを励ましてくれているかのように思えたと言う。
真っ白の光に包まれる中、双葉は幻視した。自分達よりも大きく、そして色鮮やかな景色に包まれたその苗木の未来を。
ソレを見ながら、彼女は呟く。
「楽しみに待っている。桜が咲き誇るのを……その香りを嗅ぐのを……ずっとここで……この舞台で……」