SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO   作:牢吏川波実

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メインシナリオ第三章 外伝 第八十七話

 警視庁本部庁舎3階、そこに組織犯罪対策部組織犯罪対策五課がある。そこでは日夜多くの警察官が仕事に励んでいて、暇を持て余している人間等ほとんどいるはずがない。

 そう、その奥にひっそりと存在しているある部署を除けば、である。

 

「本当にこれで良かったんですかねぇ?」

 

 特命係の亀山は入口から見て奥の方にある椅子の背もたれを抱くように座ると、右京に尋ねた。自分たちが決した判断は本当に良かったのかと。

 

「彼女たちが決めたことです。僕たちが入り込む余地はありませんよ」

 

 右京は、紅茶の入ったティーポットを自分の頭程度まで上げて、カップに注ぎ込む。これは、彼が紅茶をたしなむときの癖のようなものである。本来そんなことをすれば、カップ、あるいはその中に入った紅茶に弾けてしぶきが上がるはずなのだが、彼はそれを上手に制御し、一滴もシズクをこぼすことなくポットを置いた。

 

「けど、なんかこう不思議というかなんというか……」

「はい?」

 

 亀山は、そう言うと急いで立ち上がり、右京に近づいた。

 

「前までの右京さんだったら……こう、力づくでも彼女たちを止めてたはずじゃないですか、ソレを……」

「君の意見ももっともです」

 

 右京は、彼の言葉を自分の言葉で塞ぐと、一度紅茶に口を付け乍らに思い出す。彼女たちとの別れを。

 あの離別のレヴュー、オーディションが終わった直後、勿論右京は彼女たちを説得しようとした。だが、途中で気がついていたように彼女たちの説得は困難を極めた。それどころか、心のどこかで右京はそれ以上追及することを止めてしまっていたのだ。

 

「彼女たちのナーヴギアとSAOは僕たちには見えませんし、触れることもできません。彼女たちから奪い去ると言う事も困難です。仮に周辺の病院に彼女たちがSAOをプレイしないようにと働きかけたとしたら、彼女たちは自分たちの寮でゲームをプレイし始めるかもしれません。そうなれば……彼女たちの命がより一層危険にさらされます」

 

 理論的なことを言うのであれば。正論だ。あのレヴューの休憩中に右京や亀山は、彼女達の手に乗せられたはずのナーヴギアとSAOが見れなかった。他の人間にはちゃんとソレが見えると言うのに、自分たちはソレに触れることすらもできなかった。

 だが、右京は自らの正義にのっとって動く人間だ。例え、ソレが違法スレスレであったとしても、それで犯人を検挙することができれば、自分の中の正義を守ることができるのであればなんだってする男。病院を封鎖することすらも頭によぎった。が、やはりソレも彼女達の身に危機を覚えさせるもの。

 完璧、そう評される彼でも今回の彼女たちの行動を止めることができない、そう悟ってしまったのである。

 右京は紅茶を飲み干すと、呟いた。

 

「もしかしたら、我々の無力さを教えるために呼ばれたのかもしれませんねぇ」

「え?」

「例え、どれだけの正義を持っていたとしても、それを執行できる力は我々には存在しない。事件に巻き込ませないとどれだけ息こんでも、どうすることもできないことが存在する。その無力さを、我々に教えるために招待されたのかもしれません」

 

 自分たちにもどうすることのできない力。警察という一種の権力を持っていたとしてもどうしようもできないことがある。今回の招待主である謎の人物は、自分たちにそう言う存在があるのだと認識させるために自分達をあのレヴューに呼んだのではないだろうか。そう、右京は考えたのである。

 物を見えなくする力。延々と続くかと思うほどの空間を作る力。少女たちの意思を読み取り、起動する舞台装置たち。それらを自分たちに見せることによって、自分たちがどれほど無能であるのかを教え込ませる。それが今回のレヴューの目的なのではないか。そう、彼は考えたのである。

 

「そ、そんな考えすぎですよ」

「ですが、結果的に我々は……何人も未来溢れる少女たちを犯罪に巻き込むことになってしまった。それは、事実です……」

「右京さん……」

 

 人ならざる力。ソレを前にして普通の人間は無力なのだ。例え、どれだけの知性を、正義を持っていたとしても、ソレをなすことのできる力が無ければ、無意味なのだ。

 それが、この世界の真実。

 あの時と、似ている。そう亀山は感じていたそうだ。あれは、自分たちが前に相棒としてタッグを組んだいた時のこと、かつて世界を震撼させた一つの事件があった。

 その事件において、亀山は大事な親友の、けど≪犯罪者≫であり≪平成の切り裂きジャック≫と呼ばれた人間が殺害された。二人はその事件の捜査を行い、そして、ついに犯人を突き止めた。

 ありとあらゆる危機を乗り切り、突き止めた犯罪者の正体、それはこの世の物ではない存在を利用した殺人であったのだ。

 あの時も杉下はその犯人が自分の行いを正当化する発言に対して揺るがぬ正義を持って反抗した。犯人の父親である、警察官と共に。

 そして、その事件の≪二人の犯人≫はこれまた紆余曲折あった上に逮捕され、つい先日刑が執行されたと、杉下からは聞いた。

 彼は言っていた。もし、この世界に超能力という非科学的な存在がなかったら彼らを逮捕することはできなかっただろうと。法律の穴を埋めた人ならざる者が居たからこそ彼らを逮捕し裁くことができた。それは、ある意味では超能力者(エスパー)ではない普通人(ノーマル)の無力さを象徴するものなのだと、杉下は話した。

 亀山には、その時の、そして今回も、右京の背中が、小さくなってしまった様に見えた。

 

「無力……か」

 

 と、呟いた時だった。特命係に置かれているたった一つの電話が鳴った。

 亀山がとる。

 

「はい、こちら特命係……え? 客? 俺たちに?」

「……」

 

 どうやら、それは警視庁の受付からの電話であったらしく、自分たちに会いたいと言う人間が来ていると言う旨を伝える連絡だった。

 

「行きましょう」

「あ、ちょ、右京さん!」

 

 不思議なことに、右京はこの時相手が誰であるのか瞬時に悟ったと言う。亀山が電話を切る前にさっさと特命係の入口を通るとエレベーターの方に向かった。

 そして、数分後、警視庁の受付に降りた右京達を出迎えたのは、彼が予想した少女たちだった。

 

「あ、右京さん」

「やはり、君たちでしたか」

 

 聖翔音楽学院の生徒八名。愛城華恋の言うところの≪スタァライト九九組≫の面々である。

 右京は、ここでは堅苦しいからと、彼女たちを近くの公園に案内した。

 その公園はかなり広く、整備がされており、いつ来ても彼は一枚落ちていない管理の行き届いた公園である。その中央部分にある噴水。淵に各々8人が座るのを見て、真矢がまず話始めた。

 

「学校から、許可を貰いました」

「その代わり、帰って来たらSAOにいた年数だけのしごきだ、って」

「それに、親も何とか説得することができました」

「うちは、ちょっとばかし揉めましたけど」

「大事な娘さんの話です。当然でしょう」

 

 と、右京はそれが当然とばかりに言った。

 彼女たちが言うには、学校には入手経路不明のSAOとナーヴギアが送られ、彼女たちは、自分たちの演技力を上げるためにSAOをプレイする旨を伝えたそうだ。すると、先生からはあきれ顔をされた後に、休学するという形で音楽学院に籍を残したままゲームのプレイを許された。当然、親からの許可を貰う事を条件として。

 彼女たちから親への説得にはかなり難儀したと言う。特に、花柳香子は何度も言う様に代々続く踊り子の系譜がある。ソレをこの世代で途絶えさせるわけにはいかないと家族の他に、多くの人間からも説得された。

 しかし、彼女たちの熱意に負けてしまったのだろう。最後には説得することに成功した。それでも、彼女たちにはまだ最後の難関、という物が残っていたのだが。

 

「で、同期生の皆はなんて?」

 

 そう、九十九期生は彼女たちだけではない。他にも、二クラス分の生徒がいて、皆が皆、聖翔祭でやることになる舞台≪スタァライト≫に向けて試行錯誤している。その中で、主要キャストであるひかりが、そしてそれに次いで四人が一時この現実という舞台を去ることになるのだ。当然、その少女たちにも説明義務という物があると言う物―オーディションの事については、他言無用のためその辺りはごまかさるを得なかったのだが―。

 

「最初は、心配とか、どうしてって言われましたけど……」

 

 勿論その場は紛糾したと言う。華恋以外の少女たちにとっては何度もやった。しかし、他の少女たちにとっては二回目で、かつ貴重な高校生活の一部たる聖翔祭への参加を辞退し、SAOという死の世界へと向かおうと言うのだから、当然と言えば当然の話だ。

 けど、華恋は晴々とした顔を浮かべる。

 

「でも、最後には皆賛成してくれたよ」

「それで、アタシたちのスタァライトがより良くなるのなら、ってな」

「ん? どういうことだそれ?」

 

 亀山は、双葉の言い回しに何か違和感のようなものを覚えた。建前として、いや実際そうなのかもしれないが、彼女たちは自分たちの舞台女優としての力を底上げするためにSAOの世界に行く。それが、どうして聖翔祭でやる予定だった≪スタァライト≫の話にいきなり移るのか、それがよく分からなかった。

 そんな亀山に対し、華恋は手作りと思われるチケットを手渡す。勿論、右京にも、だ。

 

「これは?」

「私たちの≪スタァライト≫のチケットです。帰って来たら、私たちだけじゃない、裏方の皆一緒に、新しい≪スタァライト≫をお見せします!」

「……なるほど、九十九期生の意思は同じ、という事ですか」

「……はい!」

 

 確かに一度は反対した。だが、それは彼女たちがデスゲームの世界に行くことを心配しての事、誰も舞台の心配なんてしていなかった。

 同じ舞台は確かにできないかもしれない。でも、成長して、また別の舞台を形作ることができる。彼女の同期生は、いや学校中の人間がそう認識していたのかもしれない。だからこそ、全員が声を揃えて言ったのだ。

 SAOから帰って来たら≪九十九期生全員で≫スタァライトの公演をしよう、と。それまで、全員切磋琢磨して己らの腕を磨こうと。

 

「分かりました。楽しみにしています」

「ありがとうございます。それと……」

「はい?」

 

 今回、彼女たちがやってきたのは、前述した報告だけが理由ではなかった。華恋は、一度深呼吸をした後に言う。

 

「杉下さんや、亀山さんの心配を押し切って、自分たちのやりたいことを押し付けたこと……ごめんなさい」

「……」

「華恋ちゃん……」

 

 例え、それが運命であったとしても、例えそれが自分たちの決めた道であったとしても、その結果として多くの人間の人生を狂わせた。一人の人間に無力感を味あわせた。それは事実だった。それを知っていた。故の謝罪。

 そして、覚悟。

 

「だから、そのチケットは約束です」

「約束、ですか」

「はい……私達、皆一緒に帰ってきて、みんなで一緒に、≪スタァライト≫をする。そして、その先の舞台を目指します! 皆で……だから、だから待っていてください! 杉下さん!」

「……」

 

 なるほど、彼女の言いたいことが理解できた。右京は、その言葉に一度礼をしてから言った。

 

「お気遣い、感謝します。では」

「あ、ちょ、右京さん!?」

「あぁ、それからもう一つ」

「おっと、と」

 

 去ろうとしていた右京は、反転して少女たちの方に向く。突然の行動に亀山は思わずこけそうになるが何とか踏みとどまり、一本指を立てている杉下の後姿を見ながら聞く。

 

「クロディーヌさん、ななさん、双葉さん、それからまひるさん。何か困ったことがあればいつでも我々を頼ってください。現実という名の舞台の先輩として、できる限りの事をしましょう」

「……はい、分かりました!」

「いつだって、相談に乗るからな!」

「ありがとうございます」

「では……」

 

 最後の杉下の言葉、それは現実とはかけ離れた非現実の世界に対しての宣戦布告、だったのかもしれない。確かに自分たちは無力だ。超常現象には歯も絶たないのかもしれない。しかし、それでも何かできることがある。やれることがある。やらなければならないことが、立ち向かわなければならないことがある。

 それが、人間だ。杉下右京は、ソレを信じたからこそ、その言葉を紡いだのだ。やせ我慢でも負け惜しみでもなんでもない。強い気持ちで紡いだ言葉。嘘偽りがないからこそ強い言葉。

 警視庁特命係の正義は揺るがない。例え、何度もその正義を揺るがすことがあったとしても、例え自分たちに何もできることがなかったとしても、それでも彼らは諦めない。

 人間として。諦めることはできないのだから。

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