SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO   作:牢吏川波実

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メインシナリオ第三章 外伝 第九十話

 ベチャットの動きは、よく見ると単調的だ。

 

「ベチャ!」

「フッ!」

 

 移動して、上からの攻撃、あるいは下からの攻撃の二通りの攻撃パターンを繰り返している。これくらいなら防いだり避けることは自分にも簡単にできる。だが、あまりにも遅い理解であると、和人は思っていた。

 あのSAOの世界、そこには自分がβテスターとしていた時のモンスター以上の力を持ったモンスターがいるはずだ。これまでのゲーマーとしての感覚から分かる。

 もし、そういった敵を相手にしたとき、必要になって来るのは敵の攻撃パターンをすぐに理解する思考、判断、そして観察力。それが遅れれば迷わずに死というルートが浮かび上がってしまう。だから、この程度の攻撃パターンすぐに看過しなければならなかったはずなのに。

 

「ベチャ!!」

「クッ!!」

 

 と、その時だ。彼の背後に回り込んでいた一体のベチャットが和人めがけて熊手型の武器、≪ヌマデ≫にて攻撃を仕掛けて来た。避ける、いや無理だ。なぜなら自分は前からのベチャットの攻撃を防いでいる最中。もし避けようと力を抜いた瞬間に斬りかかられる。だからと言ってこのまま何もしないとなると背後から来る攻撃を無防備な背中で受けてしまう。

 ならば―――。

 

「クッ!」

「ベチャ!?」

「ベチャ!?」

 

 和人は、ゆっくりとしゃがんだ。ベチャットのヌマデはまるで和人の剣に接着しているかのようにその動きとシンクロしてしまい、剣について行ってしまう。そして、そのヌマデは。

 

「ベチャ!」

「ベチャ!!」

 

 和人の後ろにいたベチャットのヌマデに当たってしまう。

 計画通り、いや本能に導かれるままに行動した通りだ。和人は、ヌマデ同士がぶつかったのを見ると、真横に飛びのいた。絡みついたヌマデ同士がすぐに離れることはないと判断しての行動。そして、地面に足を付けた瞬間。幻の地面を一気に踏み飛んでベチャットに飛びつくと。

 

「ハアァァァァァァ!!!!」

「「ベチャ!!」」

 

 二体のベチャットを一閃。ベチャットは、まるでSAOのモンスターのように一瞬の硬直の後に青白い光の破片となって消滅した。

 

「お疲れ様、和人君。レベル1クリアだよ」

「はぁ、はぁ、はぁ……よし」

 

 と、ガッツポーズをした和人。だが、レベル1をクリアするのに≪一日も≫かかってしまった。そう、和人がこのビルを訪れてから一日かけて、ようやくベチャットを全て倒すことに成功したのだ。

 確かに動きは単調的だった。だが、その重さは先に和人が攻撃を剣で受けた時がそうであるようにあまりにも重く、気を抜いて何度も何度も攻撃をその身に受けてしまった。それだけじゃない。他にも攻撃を受け止めている最中の背後からの攻撃への対処ができなくてやられてしまったり、また先は成功したが下にしゃがむ時に力の抜け加減を間違えてバッサリと斬られてしまったり、ベチャット一体一体が強いだけじゃなく連鎖的に、それも絶え間なく攻撃をしてくるものだからその行動パターンを思考する時間すらも与えられなかった。

 その結果、ベチャットたちの行動パターンを知って、対処法を考えるのに丸一日かかってしまった。これは大きな時間のロスだ。

 

「やっぱり、リアルとゲームは違うな……」

 

 和人は、そう思ったと言う。ゲームの世界だったらもっと速く動くことができた。思考がもっと滑らかだった。こんな、大量の発汗なんてなかった。

 これが、現実と虚構の差という物なのか。この試練は、あまりにも自分という人間には厳しい物だと言う事を痛感した。

 けど、それでもやらなければならないのだ。

 

「博多南さん、次! お願いします!!」

 

 妹のいる世界に、向かうためにも。そう、改めて決心をした和人に対して、博多南は普段通りの表情をして言う。

 

「いや、少し休憩しよう」

「え、でも俺!」

「せめて水分は取らないと。脱水で倒れたら、元も子もないだろ?」

「……はい」

 

 考えてみれば、博多南もまた、自分が一度家に戻った時間を除いてずっと付き合ってくれている。今日は朝の六時から三時間自分のシミュレーションに付き合ってもらっているのだと思い出し、彼の助言を甘んじて受け入れることにし、一旦の休憩となった。

 本日二枚目のタオルに三時間の間に出来た汗の粒を吸い込ませて、頭を勝ち割るかのように冷たいスポーツドリンクに口を付けた和人は、フゥとため息をつくように空気を吐いた。

 

「大丈夫かい、和人君」

「はい……でも、あのベチャットって敵、意外と厄介でした。特に集団で来られたときとか」

 

 群で襲われることの恐怖、それはゲーマーであり、SAOのβテスターだった彼は良く身に染みていた。SAOにはローグライクのダンジョンによく見られる、モンスターが突然大量発生する場所、いわゆる≪モンスターハウス≫がある。画面上で見ても畏怖の対象でしかないソレを実際にVRで見た時のあの恐ろしさ、今でも身の毛がよだつ程だ。

 βの時は、それに遭遇した時点で≪あぁ、ゲームオーバーか≫くらいにしか思わず、最後の悪あがきのように敵と少し戦って囲まれた敵にリンチされてそして始まりの街へと戻ると言うのが良くあることだった。

 でも、死のゲームとなったデスゲームで、そんな冗談みたいな悪あがきは、冗談じゃなくなる。本気の悪あがきとなってしまうだろう。もしかしたら、このレベル1はその恐怖に耐えるための物、この施設自体が試練を乗り越えるのが目的だったのかもしれないと、和人が思い始めた時だった。

 

「そう言えば、俺以外にもここにきている人はいるんですか?」

 

 施設という言葉を思い浮かべた時、この場所が自分一人のために作られた者ではないことを思い出して、別にこの施設を利用している人間がいるのかと博多南に聞いた。すると、彼は手に持ったハワイで飲めるようなトロピカルの文字が似合うジュースのストローから口を話して言う。

 

「うん。今は二、三人。他にも午後から何人か。パソコンで予約を集ったらなかなかの反響でね」

「そうですか」

 

 そうか、それが自分と同じようにSAOに挑もうとしている人間たち、という事か。ならば、今後プレイする上で情報を確かめ合ったりするために一度会っておいた方がいいだろうか。

 いやそれはやめておこう。和人は無言で首を横に振った。恐らくだが、その人たちもまた死の世界に赴くためにと身体を動かし、心を整理しているために気が立っているはずだ。そんな人間に軽々しく会いに行き、怒らせるなんてことしたら、それこそSAOの中に入って出会ったときに気まずい雰囲気になりかねない。

 そう思い、再びシミュレーターを動かしてもらう様に博多南に言おうとした時だった。

 

「そうだ、せっかくだから一人見学に行かせてもらおう」

「え?」

 

 自分が考えて、実行しなかった事を博多南が提案したのだ。

 汗で冷えた身体が凍えないようにと上着を着た和人と博多南は、一度部屋の外に出て、そのすぐ隣にある部屋に入った。

 その刹那。

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「!?」

 

 ベチャットとはまた違う怪物の悲鳴が、聞こえて来た。まるで、心の奥底に響くかのようなその声に一瞬だけ身体をスタン状態になったかのように縮こまった和人はしかし、すぐに心を立て直すと博多南に聞いた。

 

「今の声は?」

「あれは……レベル十の敵モンスターが倒れる時の断末魔だね」

「レベル十って確か!」

 

 最高レベル、の敵のはず。つまり、ソレを倒せるような人間がこの中にいると言う事か。自分が、一日をかけてレベル1を突破するので精いっぱいのシミュレーターで、最高レベルの敵を倒すことのできる強者が。

 

「一体、誰が戦っているんですか?」

 

 こんなことを聞いて、答えが帰って来るとは思っていなかった。本来のMMORPGもそうであるが、現実的に考えて一個人情報を漏洩するなんてこと、してはならないはずだから。けど、博多南はそんな事気にしないと言わんばかりの笑みを浮かべながら、ガラス越しにその中にいる人物に向けて言う。

 

「どうだい総司君。身体の調子は?」

「……問題ない」

 

 そう返答した人間の姿を見て、和人は息を呑んだ。

 運動を全くしない自分でも分かるくらいに鍛え抜かれた手足。剣を握る様が彫刻であるかと思うくらいに綺麗な立ち姿。そして、つい先ほどまで戦っていたとは思えないほどに安定した息遣い。

 これが、レベル十を突破できる人間。

 

「そう、良かった。君も倒れないように」

「……」

 

 と、無言で返答した総司、と呼ばれた人物は、剣を構えた。どうやら、倒した敵が自動で再生するように設定しているようだ。やはり、剣を構える姿も勇ましい。まるで本物の剣士のような立ち振る舞いに、和人はただただ息を呑むしかなかった。

 

「あの人は……一体……」

「彼の名前は天道総司君。君と同じ、妹さんを取り戻すためにSAOに向かう人間さ」

「え……」

 

 果たして、その瞬間に和人の心の中に沸いたものは、一体何だっただろう。

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