SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO   作:牢吏川波実

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メインシナリオ第三章 外伝 第九十三話

 まだ、まだ遠い。和人は、目の前に現れたバグスターの怪人と互角に戦いながらひやりと汗を流していた。レベル八、か。時間がない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 あの発表から五日。いつもならば本来帰宅していたはずの時刻まで、彼はシミュレーターに没頭していた。ディレイログインまであと二日に迫ったタイミングに置いてなお、最高レベルに到達すらしていないことに焦りを覚えていた和人の手は、血豆だらけになっていて、剣を握るのにも痛みを伴うほどであった。

 けど、そんな事関係ないと言わんばかりに敵は襲い掛かって来る。和人は、ソレを見ると数舜の躊躇いとともに雄叫びをあげながら敵へと吶喊するのであった。

 正しく、戦士の様に猛々しく。

 

「……」

「アイツはどうだ?」

「飛彩君」

 

 その様子を、すぐそばの部屋からモニターしていた博多南、そこに仕事を終えて帰宅途中であった鏡飛彩が現れた。夜勤明けの上予定になかった緊急オペ、そしてその後の諸々の処理をした後で、疲れ切っているはず。

 しかし、その顔に疲労感を一切見せることなく、ゆっくりと天井近くに設置しているモニターを見上げると、そこには彼の目から見ても分かるほど一般人よりやや上達した少年の姿があった。

 なるほど、博多南からの報告書通りの成長を遂げているのは間違いないだろう。ソレを補完するように、博多南は微笑みながら言う。

 

「今、彼は≪レベル四十≫に挑んでいるよ。凄いねぇ、普通の子供が一からここまで来れるなんてね」

「それほど強い思いがある……か」

 

 博多南は、実は和人にいくつか嘘をついていたのだ。

 まず初日、この施設にやってきたときにシミュレーションで戦った敵は、この施設の中ではレベル一相当の敵であった。それは間違いない。だが、それ以上の敵は、実はレベルを一段階も二段階も飛ばして進めていた。つまり、レベル二以降の敵に関しては本来倒すべき敵を倒さずして次のレベルに向かっていたのである。

 これは、和人を成長させるため、そしてあまりのレベルの高さに和人を諦めさせるため、その両極端の意味を持って飛彩が提案した工作であった。

 だが、桐ヶ谷和人はそんな工作があっても、それでもどんどんと身体能力を高めさせた。果たして、それは彼自身の身体能力が高かったからなのか、それともSAOへの思いからなのか。もし、思いからだとするのならば、その方向性は間違っていないだろうか。

 

「……」

 

 確かめてみる必要がある。そう考えた飛彩は、シミュレーターの電源を切った。

 

「え?」

 

 和人は、目を丸くした。目の前で戦っていたバグスター怪人が突如として霧が拡散するかのように消滅して、シミュレーターの軌道音が耳から遠のいていったのだ。今日は、博多南に深夜までシミュレーターを使用すると言う事を伝えていたはずなのに、どうして。

 そう、和人が考えて、モニター室の方を見た時だった。

 

「ッ!」

 

 その部屋とシミュレーターを繋ぐ自動ドアが開き、中から見覚えのある長身の男性、鏡飛彩が自分が今持っている剣―当然非殺傷性の剣であり剣道の剣をスポンジで包んだような外見をしている―を携えていた。

 彼は、やや和人と距離を取った場所に立つと、その顔先に剣を向けて言う。

 

「桐ヶ谷和人。俺と戦ってもらおう」

「え?」

「いくぞ!」

「ッ!? なッ!!!」

 

 突然の宣戦布告。それに困惑している間もなく飛彩は和人に向けて突撃する。いきなりの事で面を喰らったが、しかし和人は何とか剣を振り上げて向かってくる飛彩の剣を相殺しようとする。

 しかし、その行動自体が罠だった。飛彩は、和人の間合いに入ろうとする直前に進行方向とは逆の方に飛んだ。和人の剣は当然空を切り、バランスが崩れる。

 

「ッ! あぁぁぁ!!!」

 

 まずい、そう考えたのか、それとも考えなかったのか、思考の時間を行動に転化した和人は、崩れたバランスを立て直すことなく逆にその場で一回転してもう一度踏み込み、飛彩の身体を追った。

 飛彩はその動きに感心する。だが。

 

「フッ!」

「ガハッ!」

 

 あともう半歩足りなかった。当然そこには体格や瞬発力の差、そして場数の差という物があるのかもしれないが、飛彩は完璧に和人の間合いと踏み込みを見極めてその剣先をはじくと、彼の腹部を剣で叩いた。

 スポンジで包まれていたから和人にとってはさほどダメージと言っていい物はない。だが、もしもこれが本物の剣、本当の戦いであったらこの一撃で決まっていたことだろう。

 しかし、雰囲気からなのか、それともスポンジを突き抜けて来る飛彩の強さからなのか、心情的にはダメージを受けたような和人は、思わず片膝をついてしまった。

 

「踏み込みが甘い! お前の、SAOにかける思いと同じくらいにな!」

「なん、だと!」

 

 和人は、燃料のような怒りを得た。

 甘いだと、自分の、SAOへの思いが、甘いと、そう言うのか、本当に。

 

「取り消せ! 今の言葉!!」

 

 立ち上がった和人を、あざ笑う飛彩―当然そう言う意図はないのだが怒りで我を忘れている和人にはそう見えた―。飛彩は和人からの連続攻撃をいなしながら言う。

 

「真実を言ったまでだ!」

「俺は! SAOに行くんだ! あの世界に、スグの傍に!!」

「だから甘いと言っている!!」

「くはッ!!」

 

 飛彩は、和人の攻撃を防ぎながら、もう片方手ので和人の身体を押し出す。まるで心臓マッサージをするかのようなその攻撃に、和人は一瞬身体中に痺れを感じたような気がした。

 

「くそ……」

「……」

 

 和人には、飛彩の姿がこれまで数多プレイしてきたゲームのラスボスよりも強大に見えていた。

 言葉だけじゃない。体格差とか、実力差とか、そう言うのも加味しての実際の強さも、自分よりはるかに強いと、和人は感じていたと言う。

 だが、それでもこの人に勝たないと、認めてもらえないと、じゃないと、SAOに―――。

 

「かつて、ある恋人を持った男がいた」

「え?」

 

 再び立とうとした和人は、しかしふいにその言葉をかけられ、立ち止まる。飛彩は、一度剣を下げ、無防備となった。当然このタイミングで攻撃すると言う事もできたかもしれない。だが、和人はそんなことをしなかった。できなかった。

 無防備な飛彩の方が、気を張っている時のそれよりも、強そうに思えたから。

 

「その男は、夢である≪ある物≫に没頭するあまり、女性の事をつい疎かにしてしまった。しかし、女性はそんなこと気に求めることなく、自分が好きな甘いデザートを送ったり、笑顔を向けたりと、男の夢を全力でサポートしてくれていた」

 

 何とも、その男性が羨ましい限りの話だそんな献身的な彼女さんがいるなんて自分には考えられないことだ。羨ましさも覚えた和人はしかし、次の言葉を聞いた瞬間に絶句した。

 

「そんな時だ、女性が……消えた」

「え?」

「バグスターウイルス感染症……つまりゲーム病だ」

「ッ!?」

 

 ゲーム病。この一か月何度その言葉を頭の中で思い浮かべたことか。ゲーム病、病気、専門医、ドクター。和人は、何かが不意に頭の中に思い浮かびそうになった。

 

「男はずっと後悔した。自分が彼女と距離を取ってしまったせいで、彼女のストレスとなって病の発症を手出すしてしまったのではないか……消滅させてしまったのは、自分なんじゃないかと……五年間後悔した」

 

 荒縄を締めるような音が、飛彩の握りこぶしから聞こえてくる。

 

「そして、その男は女性の願いを叶えようと努力をした」

「願い?」

≪世界で一番のドクターになってね≫

「ソレが彼女の……小姫の最後の言葉となった」

 

 和人は、確信した。先の話の中に出て来た男性、それは彼、鏡飛彩の事なのだと。

 事実、鏡飛彩の彼女、百瀬小姫はゲーム病の感染者であった。しかし、当時医学の勉強の途中であった飛彩の邪魔をしたくないという思いで、彼女はゲーム病への感染を明かさなかった。そして、バグスターが完全体になってしまったことにより、彼女は、消滅してしまった。その間際に残した遺言が、上記の言葉である。

 

「その男は、彼女の願い通りどんな手術にも対応することのできるドクターとなった。当然、ゲーム病にもだ。彼女を消してしまった、その原因となってしまった償いをするために、数多くの危険なオペに挑戦し、多くの命を救った」

「……」

 

 そんな、辛い経験をしてドクターになっていたなんて、和人には思いもよらなかった。今でこそ、ゲーム病による消滅は死んだように見えるだけと定義がされていて、その存在を復活させようと多くの人間が日夜努力している。いつか、また大切な人と出会うその時まで。

 でも、そのいつかがいつ来るのか、誰にも分からない。誰にも、≪ゲーム病で消えた人の方は≫まだ分からない。

 けど。

 

「お前はまだいい方だ」

「え?」

「その男と違って、大切な者が≪眠っているとはいえ≫すぐそばにいるのだからな」

「……」

 

 スグの、事?

 

「信じて待っていれば、いつかは帰って来るんだからな」

「あ……」

 

 胸を、銃弾が貫通したかのような、気持ちの悪い感覚が押し寄せた。そう、直葉は何も死んだわけでも、消滅したわけでもない、眠っているとはいえ植物人間のように脳死状態となったわけでもない。

 眠るように、ゲームの世界に行っただけなのだ。だから、直葉が危険な真似を、死ぬような真似をしなければ、絶対にいつかは、本当にいつかは帰って来るのだと、そう信じることができるのだ。

 できたはずなのだ。

 なのに。

 それなのに。

 自分は、信じることができなかった。

 信じることができなかったから、直葉を守りたいと、そう思って。

 彼女の、隣にいたいと、そう思って。

 彼女を守れるのは、自分、だけ、だと、思って。

 

「ッ……あぁ、クソ!」

 

 なんという、愚かな事だろう。和人はある言葉が思い浮かんだ時にそう断言した。

 どうして、どうして自分は、こんな。

 

「こんな簡単な事だったなんて、こんなことに、気が付けなかったなんて……」

 

 飛彩が何を言いたいのか、何故自分にすんなりとSAOを渡さないのか、何故シュミレーターという物で自分の実力を確かめたのか。その本当の真意を読み解くことができていなかったなんて。

 勿論、ただ単にデスゲームの世界に患者を放り込むことはできない、というのもあるだろう。

 だが、彼だからこそ。似たような経験をして、そして≪現実世界という名前のデスゲーム≫で文字通り命がけの戦いをしたからこそ、彼には伝えられること、伝えなければならないことがあった。

 

『お前と一緒にするな』

 

 そうか、だから≪この前≫、天道総司はそう言ったのか。一瞬で、己と目の前のただ単にゲームの中に入りたいと願っているだけの人間との違いを、理解したから。

 なんという、人たちだ。

 

「分かったか、桐ヶ谷和人」

「あぁ……飛彩先生、俺は……」

 

 自分の導き出した答えは―――。和人は、しっかりと、飛彩の目を見て力強い言葉で言った。

 

「スグの隣にいるためでも、SAOをプレイするためでも、ましてやゲーマーとしてのプライドのためにゲームの世界に行きたいんじゃない!!」

 

 守ってやりたいためじゃない、あの憧れた世界にもう一度足を踏み入れたいからじゃない、いや、それどころかゲーマーとしてのプライド何て愚かな物のためにSAOに行きたいんじゃない。

 自分が、あの世界に行きたい理由は、本当の理由は、目指すべきことは。

 

「スグと一緒に、ゲームをクリアしたい!! だから、SAOに行きたいんだ! 俺は!!」

 

 ゲームを、クリアする事。ただ守るだけじゃない、直葉と一緒にゲームの世界で和気藹々と日常ゲームのような生活を送るためでもない。最も単純で、かつ最も原始的な理由。

 忘れていた。ゲームに直葉を囚われた時から、ずっと忘れていたことだった。ゲームとは、そもそもクリアを目指す物であると言う事を。

 本当はもっと早いうちに気がつくべきだったことなのに、ここまでヒントを貰わないとそれに気がつくことができないなんて、分かってから考えると、それは当たり前の話だと言わざるを得ない。

 あまりにも方向性を見失っていたのだ。暗中模索の中でもがくうちに、ゴールとなる物を見失い、そこで右往左往していた、だからこそ飛彩は止めておいてくれたのだ。そして、その答えを見つけたうえで、本当にしたいことが何であるのか、その中継点を、自分の前に出してくれたのだ。

 

「……及第点だ」

「飛彩先生……」

 

 今ならわかる。この及第点というのも、己が直接指導するまで答えに気がつかなかったが故の減点であると言う事を。けど、及第点という事はつまり―――。

 

「その気持ちを決して忘れるな……向こうの世界でもな」

「ッ!」

 

 その言葉を呟くと、彼はモニター室の方に向かった。ガラスの向こうでは博多南が腕を組んで何度か頷いている。きっと、彼もまた分かっていたのだろう。自分が到達するべき答えを。だから、二人して、見守ってくれていたのだろう。

 だから。

 

「はい……はい! ありがとうございます!! 飛彩先生! 博多南さん!!」

 

 この好意に、甘えさせて貰おう。本当だったら、制止されるべき行いを、見て見ぬふりをしてくれること、自分をデスゲームの世界でも生き残らせるように鍛え上げてくれたことに感謝して、あの、悪夢の世界を破壊しに行こう。

 こうして、SAO≪最大の特異点≫である桐ヶ谷和人は、もう一度≪キリト≫となったのであった。

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