SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
ついに、この日がやって来た。
朝六時、当然まだ多くの人間が眠っている時間。特に今日のように休みの日に早起きをする人間はごくわずか。しかし、ある特定の人間は早起きはおろかその前夜から眠っていない者も多かった。そして、眠気眼をこすり、ある場所に向かうのだ。
ここにある、少女たちの記録には、その時の様が鮮明に残っていた。
窓の外は、日が昇りきっておらず暗い部分が、これもこれで風情がある物だと、彼女達は感じていた。特にこの町は日本に置いてなかなか見られないヨーロッパ風の街並みが広がっていて、どこか異国情緒という物を感じられる。
そう、ここにいる少女たち四人の内三人が、ハーフあるいは海外の人間であると言う事に起因する懐かしさというものを感じ取っていた。それと同時に、唯一の純粋な日本人である女の子は、その三人の背中越しに外を見ながら思った。もしかしたら、これが自分たちが現実世界で見る最後の景色となるのかもしれないと。
だが、そこには哀愁はなかった。どちらかと言えば、いちプロとしての嗅覚が働いていたのかもしれない。
「マスコミはいないようだな」
目を皿のように動かした女性、ジャンヌ・ダルク30世はそう呟いた。その名前を見てわかる通り、彼女はかつてフランスにおける百年戦争の後期にイングランド軍に包囲されていた都市オルレアンを解放するなどの功績を打ち立てた。最期は火刑に処されたと≪された≫国民的な英雄、≪ジャンヌ・ダルク≫の子孫である。現在は、東京武偵に通う少女。
今、ここには東京武偵校の武偵の少女たち、ジャンヌと星伽白雪、峰・理子・リュパン4世、そして神崎・H・アリアがいた。SAOへと向かう、そのために。なお、キンジの姿が見えないのは、彼に会いたいという人間がいたため席を外しているからだ。
理子はジャンヌの言葉を受けて自身ももう一度地面を見渡してから言う。
「みたいね、何人か動画配信者らしき姿もあるけど……」
と言って、物陰に隠れている男連中を見つける。まったく、報道規制によって正規のマスコミは大人しくしていると言うのに、こういった個人による行いを取り締まることができないのが、この国の悪いところでもあり、良いところでもある。
表現の自由、というらしいが。しかし限度という物がある。特に今回は事前にSAOディレイログインプレイヤーのプライバシーを守るために警察から病院への張り込みや撮影という物の禁止が発表されていたと言うのに。
とはいえ、そう言った物見遊山の人間たちへの天罰という物は容易に下せるものだ。見ると、どこからともなく子供一人分ほどの大型犬が現れ、草むらに隠れていた動画配信者らしき人間たちをそこから追い出す。それと同時に、待機していた警察官が犬に追い立てられた男性たちを次々に捕縛していく。
流石に逮捕はされないだろうが厳重注意という形で補導されて行くのだろう。
「連れていかれたみたいだね」
「全く、昨日のうちから禁止令が出ていたのに、そこまでして目立ちたいのかしらね……」
承認欲求の塊と言ってもいいのだろう。誰かから認められたい。ただそれだけのために他人の見ず知らずの人間たちのプライベートを晒すと言う文明社会が生んだ小悪魔。将来的に、それが本物の悪魔になった時、それが自分たちの出番となることなのだろうと、アリアは思っていた。
「ソレにしても、まさか見滝原にまで来るなんて……」
ふと、白雪が苦笑した。そう、実はここは東京ではない。今回、病院の選出に関しては最初のログインの時と違って、ほとんどの医療機関が手を引いた。当然と言えば当然である。前回のソレは緊急的な対応のためという名目で多種多様の病院が協力した。しかし、今回に関しては自分たちの足で死の世界に向かうと言う無謀者たち。生きるか死ぬか分からないけど受け入れる。病院側にそんなギリはない。
ただでさえ、SAOプレイヤーの管理という物は神経を研ぎ澄ませるもので、毎日毎日医療従事者たちのストレスの種となっているのだ。プレッシャーとなっているのだ。
故に、今回のディレイログインプレイヤー組を受け入れる病院に関しては強制力という物はなく、自己申告形式で政府の方に受け入れを申し入れた病院にのみプレイヤーを引き取ってもらうと言う事になった。その結果、一月と少し前のデスゲーム開始の時の九十%近い病院が受け入れを拒否した。
この、見滝原総合病院はソレを考えれば少し奇特な病院であると言える。東京からは離されてしまったが、その好意に甘えさせてもらおう。そう、白雪が考える横。
「……」
来ない、か。アリアは暗い顔を浮かべて窓から目を離した。その様子に気がついた理子が聞く。
「どうしたのよ、アリア?」
「別に……」
「そう言えば、アリアってSAO事件が始まる少し前に、あかりちゃんと一緒に依頼でこの街に来てなかったっけ?」
「あかり?」
ジャンヌは、その白雪の言葉に疑問符を浮かべる。そうか、彼女はあかりと会ったことがないのか、そう判断をした白雪が説明をするように言う。
「あかりちゃんは一年生で、アリアの戦姉妹なの」
「そして、今もなおSAOの中で戦っている子よ」
アリアは吐息を曝け出す様にしてからさらに続ける。
「それに、この見滝原総合病院を手配してもらったのは、私なの」
「え?」
今回東京から離れたこの病院でのプレイを決めた者、ソレは政府や警察ではなく一個人であるアリアだったのだ。警察の人間と交渉をして、もしも見滝原総合病院がディレイログインプレイヤーの受け入れをしていたら、そして空きがあったのであれば自分たちをその枠に入れてもらう様にと頼み込んでいたのだ。
結果、彼女を含めて東京武偵校の人間はこの病院に入院することとなった。つまり、アリアの都合で東京から離されてしまったわけだが、そのことについて怒る人間がいるわけもなく、ただ黙ってアリアの言葉の続きに耳を澄ませる。
そして。
「実は、この世界から離れる前に会いたかった子がいるんだけど……」
「来なかったわけか……」
「……」
アリアもまた、キンジのようにこの世界から離れる前に一人の人間と面会をしようとした。自分の方から≪彼女に近い場所≫に行けば来てくれるかと思ったが、どうやらダメだったようだ。だが、それもまたいいのだろう。
中途半端に出会うよりも、バッサリと自分へのあこがれを捨ててもらった方が、彼女の成長の一助になるかもしれない。
だから、これでいいのだ。それに、もしも来れなかったとしても既に≪準備≫の方は済ませているから。
『先輩……』
「あ……」
と、その時だ。アリアの頭の中に声が響いてきて、微笑みを浮かべた。
そうか、勇気を振り絞ってきてくれたのか。アリアは周りの少女たちに一声をかけると病院の屋上、患者が上がることのできる展望スペースにやって来た。
人が全く見えないやや薄い暗がりの中、しかしその少女の姿を、アリアはハッキリと視認できた。
泣き腫らした顔つきをしている。悩んだのだろう。苦しんだのだろう。来るべきかどうかと、来ていいのかと、悩んで悩んで、来てくれた。アリアは、微笑みながら言う。
「来てくれてありがとう、マミ……」
「アリア先輩……」
金色の長髪をなびかせた少女、マミ。
アリアが最後にあっておかなければならないと思ったのは、彼女だったのである。希望と、そしてそれを超える膨大な絶望を与えてしまった少女。そんな少女を置いて向こうの世界に行くなどという身勝手な事、彼女にはやはりできなかったのだ。
「マミ、ソウルジェム見せなさい」
「ッ……はい」
アリアの命令に近い指示に、マミは一瞬戸惑う。いや、当然の反応だ。なぜなら、ソウルジェムは文字通り魂の入れ物。例え、相手が信頼している人間であろうともその事実を知ってしまったからには簡単にはいどうぞと出すこと等、できるわけがない。その反応が正しいと肯定したアリアは、ゆっくりと彼女が見せてくれたソウルジェムを見る。前までは黄色く光っていた、しかしその煌びやかな色が黒に染まりかけている様相をみて宝石を見て、アリアは言う。
「こんなに汚れて……ごめんなさい、貴女を悩ませて」
「そんな、私は!! 私、は……」
ソウルジェムの穢れは心の穢れだ。つまり、彼女の魂の迷いでもあるのだ。そして、その迷いを産んだのは、自分だと、そうアリアは感じていた。
マミは、ソレを否定したかった。でも、できなかった。だって、事実だから。マミは、涙を流し始め、そして言う。
「ただの、未練がましい女です……憧れの先輩の決めたことを静かに見送ることもできないで……」
確かに、アリアから連絡は貰っていた。もしも、自分に会いたいのであれば、見滝原総合病院に来るようにと、そう言われていた。でも、いざその時になるとどこか図々しさのようなものを感じてしまって、女性である自分が言う言葉ではないかもしれないが、女々しい気持ちになってしまって。
彼女はもはやないにも等しい勇気を振り絞って言う。
「先輩、私……あの日から、魔法少女として戦えていないんです……」
「……」
それは、彼女にとって死活問題だ。魔法少女にとって、死活問題だ。
一度魔法少女になったからには、その生涯をかけて魔女や使い魔たちと戦わなければならない。そうしなければ、ソウルジェムの穢れを取り除くグリーフシードを入手することができなくなり、やがて、魔女となってしまう。だから、マミは戦い続けなければならない。彼女だって理解していた。けど、それでもだめなのだ。気丈に痛々しい笑顔をアリアに向け乍ら、マミは言う。
「変、ですよね。負けたら死んじゃうのは、同じなのに……信頼できる先輩が近くに居ないってだけで、怖くなって……前と、同じに、一人ぼっちに、なったって、だけなのに……」
また前に、アリアと出会う前の自分に戻るだけだ。一人、孤独で、友達もおらず、魔女と戦い続けながら人知れず戦う正義の味方を気取って見せる毎日に逆戻りするだけ。
そう、≪あの子≫が離れて行った時と、全く同じなのに、それなのに。
マミは悔しかった、苦しかった。弱い自分が、許せなかった。
「そうね、でも、安心してマミ」
「え?」
ふと、顔を見上げた時、アリアはとても明るい笑顔をしていた。そして―――。
「貴方を一人きりにしない、させない、ソレを許さない……だから……」
その時、アリアの後ろから、そして≪空≫から一人ずつ、少女が現れた。