SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
ついに、この時間が来たか。ドアの向こうから、白雪が現れ、彼女にこの世界で過ごす最後の時間の終焉を伝える。
見ると、地平線の向こうから一筋の光が、高層マンションの立ち並ぶ影の隙間から見えていてもう朝早いと言う時刻ではなくなってしまったことを悟ったアリア。思っていた以上に、話し込んでしまったらしい。
ソレを確認すると、アリアはそれぞれに対して微笑む。
「分かったわ。それじゃ陽菜、レキ、マミ……行ってくるわね」
「アリア殿、無事の帰還を、祈ってるでござる」
「……」
陽菜の言葉に、そしてレキの無言のエールに、アリアは笑みで返す。マミは―――。
最後に、何と言葉をかけようかと悩んでいる様子だ。だが、それでもいい。むしろ何か後ろ髪惹かれるような言葉を言われるよりは、すがすがしく、そして後顧の憂いなく去ったほうがいい。その方がいいのだ。
自分でも、ダブルスタンダードな考え方だと思う。でも、ソレが彼女の、そして自分たちの成長につながるのならば―――。
「武偵憲章! 第二条!!」
「ッ!」
その、マミの声の圧が背後から聞こえた。それは、その武偵憲章の項目は確か。アリアは、かすかに微笑み、彼女たちに顔を見せることなく、≪五人≫共に言う。
『依頼人との契約は絶対に守れ!』
「……数年後、武偵校で会いましょう」
「……えぇ!」
そして、光が世界を包み込んだ。新しい未来を切り開くために、新しい世界を、形作るために、それぞれの夢を、思い描くために。
人の夢は終わらない。
例え、命尽きようとも。
自分たちの未来は変えられる。
例え、ソレが抗えない運命であったとしても。
胸の鼓動という歌は途切れることがない。
例え、その音律を誰もが忘れたとしても。
夢は。
「時間だ。覚悟はいいな、皆」
「あったりまえだろ! 皆本!!」
未来は。
「お前を心配しても無駄かもしれないけど、気を付けろよ……天道」
「当然だ」
音楽は。
「桃、お願い!」
「はい……スゥー、行きます……765プロォォォ!! ファイトー!!」
『オー!!!!』
そして、ゲームは、始まる。
見滝原総合病院。アリアたち女性陣が集まっているのとはまた別の部屋、遠山キンジはそこにいた。男性と女性が分けられている理由に関してはあえて言うまい。デスゲームまで残り十数分。キンジは心臓が張り裂けそうな気分となっていた。
不思議な物である。いつもいつも命がけで依頼をこなしてきたと言うのに、自分の身体ではない別の肉体、虚構の存在になると言うただそれだけで別の緊張が走ってしまう等。しかし、それも今目の前にいる一人の人間のおかげで少しは和らいだだろうか。
「はぁ、たくよ……水クセェぜキンジ」
細目で、長身、髪を赤い日もでまとめた男性のため息にも似た声に、キンジは申し訳なさげな顔をわざと浮かべる。
「悪い、色々と準備が忙しくてな……だが、来てくれてよかった……キンタ」
「たりめぇよ!」
と、明るく笑う遠山キンジの遠い親戚筋に当たる遠山金太郎、通称キンタ。キンジがデスゲームをするという事になってから常々会いたかったのだが、学校への休学に関する事前の申請などのために時間を取られた結果、今日この時間まで会う事ができなかった人間。
いや、言い訳、か。キンジはしかしまるで希望を込めたような顔色を浮かべて、ソレを貸し出すようにキンタの肩に手を置くと言う。
「こっちの事、任せた……それから例の事もな」
♪限界までギリギリのDistance, いつだって一人走った♪
「おう! 俺も、俺なりに何とかやってみるぜ。その代わり……俺の仲間の事も頼む!」
キンジがキンタに頼んだこと、それはアリアの母親であるかなえの濡れ衣を晴らすための調査であった。本当だったら≪イ・ウー≫という危険な組織が関わってくるのだから彼を巻き込むべきではないと思っていた事。だが、今考えてみればそれは友人としては正しい事だったのかもしれないが、キンタという人間の素性を、日本一有名な探偵であった団守彦の後継者であると言う事実を鑑みれば、失礼に当たる事なのかもしれない。
運命だったのだろう。キンジと、アリアが誰かを守りたいと願い、その結果友人を危険な目にさらしてしまうと言う同じ選択を取ったことは。だが、陽菜もレキも、そしてキンタも後悔なんてしていない。やはり、友人であるが故に。
そしてキンタが逆にキンジに頼んだこと。いや、キンジにしか頼めなかった事。それが、団探偵学園からSAOに囚われた三人の仲間に伝えてもらいたいこと。
当然快く受け入れたキンジは、壁に吊るされていた時計を見て、キンタに触れていた手を離し、背中を見せる。
♪足手まとい?そう思うなら♪
「当然だ。じゃぁ、またな……」
キンジはフッと微笑むと振り返ることなく廊下を進んでいった。
キンタは、その背中に向けて親指を立てた。まるで、無言のエールであるかのように。
「えぇ!? それじゃ≪五人目≫って!?」
一方見滝原とはまた別の総合病院―当然四葉グループの経営する病院である―。そこには相田マナを含めて五人のゲームをプレイする予定の少女たちが集まっていた。実のところ本来はプリキュアである人間や関係者一同全員が見送りに来ると言っていたのだが、流石にそれは病院全体に迷惑をかけてしまうためと固辞しつつ、家族とは今朝までに全員と別れを済ませた。
家族からは、当然のように最初は心配されたり、止められそうになった。しかしマナの決めたことだから、それ以外の少女たちも己らで決めたことなのだからと最後は気持ちを新たに承諾し、送り出してくれた。なんとも、分かる人間達であろうか、いやどこか諦めにも似てるのかもしれないが。
病院に入り、諸々の―ちょっと恥ずかしい事も含めた―準備を済ませ、緊張の面持ちで自分たちの最後の仲間である円、並びに≪代打≫として名乗りを上げた女性が控室に入った。その直後であった。自分たちと同じ処置を施され、その手にナーヴギアを持ったマナの見知った顔が現れたのは。
金髪のロングヘア、いつもなら頭に大きなリボンをしているのだが、ナーヴギアを使用するためか外しているので、ちょっと印象が違う、円に似た女の子。その子が、マナが見てもとても清々しいと思えるような笑顔で立っていたのだ。
♪間に合うわ 今ならば 引き返せばいい さよならには慣れていた あの日出会うまで♪
「頑張ろうね! マナ!」
「なるほど、今日の今日までナイショにするわけね」
「はい、マナちゃんなら絶対に反対するはずですから」
「でも……≪レジーナ≫!」
その、名前を呼ぶことすらも躊躇するような振り絞る声が、納得と微笑みの蔓延る部屋の中に響いた。
彼女の名前はレジーナ。かつてのマナ達ドキドキプリキュアの敵であるジコチューの一員であり、なおかつ≪敵対時≫からマナの友達である女の子。そして、円とは≪年齢の違う双子の姉妹≫ともいえる関係の女の子だ。
そう言えば、あの会議の時≪六つ目≫のSAOとナーヴギアを誰が使うのかという話が尻切れトンボに終わってたのを今更のように思い出したマナは、懇願しようとする。
ゲームを、プレイするのを止めてと。
♪「キミを守りたい」初めて聞いたその言葉を♪
「それ以上は言わないで! お願いマナ……危険だってのは、分かってる。でも! マナのいない日常なんかよりずっとマシ!」
「そんな……でも……」
確かに己だってレジーナが一緒にいれば、例えデスゲームの世界であっても楽しいと思う。けど、それとこれとは話が別だ。
彼女は、まだ普通の人間として暮らし始めて一年が過ぎたか過ぎていないか。まだこの世界の事を、自分たちが経験している学生生活を謳歌している最中だ。そんな少女を、デスゲームの世界に招き入れるなんて、そんな事。
「いいじゃない、マナちゃん」
悩んでいるマナに、優しい微笑みで助け船を出したのは、れいかの代わりにSAOに向かう事になった女性だ。
もしかして、マナは訝しむような顔をしてその女性の方を見た。
「その顔……知ってました?」
♪ずっとずっと待っていた気がした♪
「フフ、えぇ。私だって反対したけど、頭を下げて頼み込むものだからついOKしちゃった」
「ちょ、その話は……」
女性がそのことを思い出すように話すと、レジーナは顔を赤らめて止めようとする。プライドの高いレジーナの事だ、頭を下げてまで願い出たと言う事をばらされて恥ずかしがっているのだろう。やっぱり、こうなったレジーナは可愛い。
それは置いておくとして、繰り返しになるが、さっきも言った通りに自分だってレジーナが一緒にいれば命を危険にさらすことになるゲームの世界に行ったとしても楽しいとは思う。けど、だ。
♪信じたいよ What will be tye final??♪
「勿論私だってレジーナと一緒なのは嬉しいけど……でも、ソレじゃ亜久里ちゃんが……」
一人ぼっちになってしまう。その言葉に対して、円は腕を組み、濁りない晴れ晴れとした笑みを浮かべる。
「良いんです。私は、765プロで待つことにしましたから」
765プロ。SAOに半分のアイドルを連れていかれた事務所だ。マナは、円他数名のプリキュアである少女がそのアイドル事務所にひょんなことから所属することになったのだと聞いていた。
凛としたその表情に、マナは彼女自身が覚悟を持っているのだと、本当に、自分たちがレジーナが帰って来るその日を信じて待ち続ける覚悟を持っているのだと感じた。マナ自身がそうであるように、ここまで覚悟を持った人間を動かすことは到底不可能だ。事実、円はマナを諭した女性に向き直ると頭を下げる。
♪境界線すれすれのShow time♪
「≪まりあ≫、レジーナやマナ達の事を、頼みます」
「えぇ」
マナよりも年上の、氷川まりあは儚げな笑みを浮かべ、円の言葉を受け取った。
この女性の名前は≪氷川≫まりあ。ハピネスチャージプリキュアのメンバーである氷川いおなの姉であり、そしてなおかつプリキュアである。それも、この中では一番ベテランのプリキュアであり、戦闘経験の多さに関してはトップクラスという強者だ。とはいえ、実年齢はともかく、肉体年齢の面で見れば諸事情により高校生くらいなのだが。しかし、それでも他のプリキュアよりも長い間戦っていたのは事実。
そして、本来SAOに向かうはずだったれいかが行方不明になり、その代わりとして誰が向かうかという話になった時、いの一番に手を挙げたのが彼女。
無論、青春を謳歌している最中の子供たちを向かわせるわけにはいかないという心情もあるのだが、それ以上に自分の力がゲームの世界でどこまで通用するのか試してみたいという思いもあった。彼女の家が空手の道場であり、己も空手の達人であるが故の向上心、であろうか。
まりあの言葉も受けて、身体全体で脱力をして諦めの姿勢を見せたマナ。というよりもだ、考えてみればマナはこれまでレジーナの様々な自己中心的な行動をたしなめて、あるいは許容して今日まで友達として付き合ってきたのだ。それなのに、こと今回に限って反対するのは無理があったし、押し切られるのは分かりきっていた。
♪.突然の変化はやめて♪
「もう、本当レジーナはジコチューなんだから……」
「マナ!」
しょうがない、と言わんばかりの笑みと、母親のように真心のこもった手でレジーナの頭を撫でたマナは、まるで娘にそうするかのように一本の指を立てて約束をする。
♪情けないと思っていたら♪
「その代わり、ゲームの中じゃ勝手なことしたらダメだからね!」
「勿論!」
その言葉に、レジーナははじけるような笑顔で答え、こうしてやや強引ではある物のレジーナの参戦が決まってしまった。
蛇足だが、レジーナのSAO参戦に関してはマナと六花、あと口が軽そうなひめ以外の面々は承知の上だったそうだ。
そうなってくるとある意味ひめがかわいそうである。
「フフ……」
♪そんな表情(かお)見せるから♪
「お姉ちゃん……」
マナとレジーナの姿を見て愛おしそうに笑うまりあを見つめるのは妹のいおな。また、しばらく会えなくなるんだと、少し寂しげである。
そう、それが彼女の実年齢と肉体年齢に差が生まれた理由。彼女が現役の―と言っても今も現役なので敵がいた時としておこう―プリキュアとして戦っていた時、まりあはその戦いおにて敗北して、敵に捕らえられてしまった。そして、数年間にわたって封印状態にされ、あまつさえプリキュアの敵として洗脳を受け、ここにいるいおなを含めた他のハピネスチャージプリキュアの面々と何度も戦った。
ハピネスチャージプリキュアの四人の浄化技によって洗脳から解かれた彼女は、その後世界中を飛び回って敵と戦う日常を送り、ついこの間、そう、SAOのサービス開始の翌日にいおなの下に帰って来たばかりだった。
だから、まりあといおなの二人が姉妹として、とりわけいおながプリキュアとなってからは一緒にいた時間はかなり少ない。本当は行ってもらいたくない。それが、いおなの本心。
でも、ここで行かないと言う選択肢を取らないのも姉であるのだと、いおなは思っていたと言う。
そう、まりあもレジーナと同じ、悪く言えばジコチュー、よく言えば自分の決心を決して曲げない人間だった。
だから、いおなに出来ることはただ一つ。
♪つかめなくなる♪
「行ってらっしゃい……」
「えぇ」
拳を、姉に向けると、姉は妹に自分の拳をぶつける。あたかも空手の稽古の始まりのように。
双方ともに武闘家であるからこそ、それだけで通じ合えたのかもしれない。離れ離れと言っても≪今度は≫身体がある場所がちゃんとわかっているのだから。
いつだって、会いに来れるのだから。
皆、同じ空の下にいるのだから。
だから。
♪さよならはもう聞きたくない♪
「さぁ、皆頑張ろう!!」
『おぉ!!』
マナの掛け声に呼応する戦乙女たちの叫び。当たり前のことだが、彼女たちに悲壮感なんて物はなかった。
また、別の病院。そこで、少女たちが抱き合っていた。今生の別れを告げるように、硬く手を握り、その目にほんのりの涙を浮かべて、でも皆心の底から笑顔で双方を見送って。
そして、最後の言葉をかける。
♪あの日出逢ったから 「キミの傍にいる」生意気だけど♪
「イインチョ、さよならは言わないから」
「えぇ、分かってます。明日菜さん。また、百年後」
違う、今生ではない。しばしの別れだ。だからこそ、笑顔を向けることができるのだ。一度出した涙を止める力強さを持っているのだ。
二人とも、いや全員が信じている。いつの日にかの再会を、また一緒に笑い合える明日菜とあやかの姿を。
そのための世界に、皆で作っていくのだと、ネギは自分の受け持ったクラスの人間たちの姿を見て、身長よりも大きな杖を握りしめた。
♪試してあげる 嘘つけば風穴よ♪
「ネギ先生」
そんなネギに、静かに語りかけてくる褐色の肌の女性がいた。ネギは、その女性に深々と頭を下げる。
「皆さんの事、頼みました。シャークティ先生」
そう、偶然にも超の話を共に聞くことになった魔法先生であるシスターシャークティー、彼女が麻帆良の代表者最後の人間であり、なおかつ先生を代表してSAOの世界に赴くことになった人間だった。
あのくじ引きを引く瞬間の気持ちに嘘はない。子供たちの未来を魔法先生としてではない、極普通のいち先生として守りたい、すぐそばで見守ってあげたい。だから、当たりのくじを見た瞬間も、彼女は非常に落ち着いていたし、その責務を他人に擦り付けることはしなかった。
「えぇ、必ず帰って来るわ……」
胸のロザリオを握りしめ、彼女は告げる。必ず、全員でこの世界に帰って来ると、約束をした女性の姿に、ネギは自分が進むべき先生の姿の一つだと確信した。自分も、これほど頼りになる先性になりたい、大人になりたい、その願いにも嘘偽りはなかった。
♪Are you ready? ついておいで覚悟を決めて♪
「美砂、帰ってきたときバンドがどれだけ大きくなっているか、楽しみにしてるね!」
「もち! そっちも、帰って来たら向こうの冒険聞かせてよね!」
「うん、必ず……」
「おい、行くぞお前たち」
それぞれに餞別の言葉を投げかける中、エヴァは退屈そうに彼女たちに背を向けるといち早く扉の方に向かった。
あやか達は、その姿に感謝をしながら、名残惜しくこの世界に残ることになる仲間たちに背を向ける。
「それじゃ、ネギ坊主……皆。未来を、頼んだネ!」
『はい(えぇ!)(うん!)!!』
ネギ他3-Aクラス一同は大きく返答をし、少女たちに手を振る。
まだだ、まだ。
冒険者たちは、一人、また一人と扉の向こうに消える。
まだ。まだ。
そして、最後の一人、あやかが扉の向こうに消え、半透明の自動ドアが二組を引き裂くように、閉じていった。
「……」
「明日菜さん……」
明日菜の背中を見たネギは、その心情を察して何か声をかけようとする。しかし、明日菜は唇をかみしめながら、強がるように、扉の向こうに向けて呟いた。
「また、百年後ね……」
もう、そこに笑顔は存在していなかった。
電話の着信音が耳を貫いた。
少女は、周囲を見渡し、ある場所を探す。携帯電話から出る電波という物は、時折人間の生命活動を補助する機械などに悪影響を与えてしまう。そのため、多くの病院でソレを使用するのは禁止されている。しかし、それと同時にどこの病院にも存在している携帯電話の使用可能エリアがある。
少女は、気兼ねなく電話に出れるその場所を探し当て、数名の仲間と共にすし詰め状態になると同時に通話ボタンを押す。
「もしもし」
すると、その奥からは紳士的な優しい声が聴こえて来た。
『どうも、天堂真矢さん。どうやら、僕たちに送られた情報は偽物であったようです』
「その、ようですね。てっきり病院に付いたらあなた方が待っていると思ってましたから」
聖翔音楽学園の面々はその言葉に同意した。果たして、安心したのかそれとも残念であったのかどっちともつかないような考えは、彼女たちの共通認識にあった。たったの二度しか、一緒にいたことがなかった。けど、そのたった二度の出会いで、彼ら特命係がどのような組織であるのか、そしてどのような正義を持っているのかを良く理解することができた。
そのため、今回のログインに置いても最後の手段とばかりに病院に乗り込んできて彼らが止めに来るとばかり思っていたのだ。恐らく、自分たちのSAOとナーヴギアを与えた者もそう考えたのだろう。自分達が眠ることとなる病院とは別の病院の住所が彼らには送付され、彼らはそっちの方に行ってしまったのだ。
この時間だ。恐らく今からパトライトを付けたパトカーを走らせてもプレイ開始時刻には間に合わないだろう。
『そのつもりでしたが……残念です』
『もう、こうなったら頑張れよ!!』
♪臨界点を失った♪
「勿論や」
右京の失意のこもった言葉とともに、亀山からの叱咤激励が飛んだ。その声を胸に刻み込むように目を閉じた少女たちは、改めて、自分たちの事を応援してくれている人々の顔を思い浮かべ、覚悟を再確認する。
まるで、その時間を与えてくれていたようにスンと黙り込んでいた右京の息を吸う音が聞こえる。
♪ボクたちは繋がる? 離れるの?♪
『ではいずれ……あなた方の舞台で』
「はい、ありがとうございます……」
そう付け加えて電話を切った真矢。今自分が使っているソレも、この世界に帰ってきたときには型落ちという物になっているはずだ。ともすれば、自分も。
彼女たちはそうならないようにと再び覚悟を結びなおすと、後悔のないキリリとした顔をして、例の部屋に向かうドアの前に立ち、舞台から降りる者、舞台に立ち続ける者に別れた。その姿は、とても勇ましい物であった。
♪何かが変わる キミがいなくなる そう知った時怖くなった♪
「それじゃ、行ってくるね」
「うん、どれだけ演技力が上がるか、楽しみにしてるから」
「そして私たちは次の舞台へ……そして、その次は!」
『また、次の舞台へ!!』
声を合わせて希望を叫ぶ八人は、それぞれに旅立っていった。自分たちが立つべき舞台の上へと。
そして、ここに一組の普通の親子がいた。
「行ってらっしゃい、和人……」
♪いつのまにか築かれた絆が♪
「うん、行ってきます。そして、直葉を絶対に連れ戻す」
女性は、しかしこの世界にとっては一番重要な人間であるとも思える男の子を抱きしめ、その耳元で囁く。男の子、和人はそれに応えるかのように自分の決意を語り、拳を握りしめながら母の温もりを感じる。しばらく味わう事の出来ない、温もりを。
♪導く♪
「桐ヶ谷和人」
扉が開き、自分の恩人ともいえる三人が入って来るのを見ると、和人は名残惜しそうに母の胸元から離れ、それぞれに頭を下げる。
♪Make way♪
「飛彩先生、明日那さん、それに博多南さん。今日まで、ありがとうございました……」
多分、自分一人じゃ間違えた考えのままにSAOの世界に行くことになっていただろう。自分一人じゃ、答えをみつけることはできなかっただろう。ゲームをするうえで一番大切な、無くしてはいけない目標を忘れた中で暗中模索の中で戦い続けることになっていただろう。
ソレを考えると、彼らには感謝してもしきれなかった。
♪「キミを守りたい」初めて聞いた♪
「そんな言葉使わないで! これで最後じゃないんだから!」
明日那はそんな和人に向けて母と同じように軽やかな笑みを浮かべた。確かに、それもそうだ。彼女は看護師としての仕事以外にもメンタルケアに置いてSAO事件が始まった直後から今の今までお背になりっぱなしであったが、今回も助けられてしまったらしい。
そうやって、誰かに助けられて人は生きているのだと実感した和人は握りしめた拳をほどき、笑顔を振りまく。
♪その言葉を♪
「そうですね……それじゃ、行ってきます!」
「頑張れ、和人君!」
こうして、和人は恩人たちに別れを、そして家族にも別れを告げてもう一人の家族の下に向かう。
♪失敗は許されない♪
「あ、待って和人」
「え?」
その時だ。翠は、和人を止めた。しかし、その口から言葉が続くことはなかった。何か、言いづらい雰囲気を感じ取った和人は、助け舟を出そうかと思った。だが、次の瞬間には覚悟を決めた翠の口から出た言葉に、そんな自分が慢心していたのであると思い知らされる。
♪
「≪あなたと、直葉の関係≫の事なんだけど……」
「あ……」
刹那、背筋が凍るような気持ちになった和人。まるで、魔王にでも心臓を握られているかのような心の痛みを感じ取ったのか、翠は和人の手を持ち、やはりあたたかな笑みを浮かべる。
♪What will be the final??♪
「あの子に打ち明けるかは、貴方に任せることにしたわ、だから……」
時が遡ったかのように心の平穏を取り戻した和人は、不意に笑顔を浮かべると、その言葉を重く、しっかりと受け止めて覚悟を決める。
♪ カメリアの瞳で♪
「分かったよ。≪母さん≫」
その、母を呼ぶ言葉は、これまでの人生で何回も発してきたソレよりも一番重みがあり、それでいてハッキリとしたものだった。
覚悟を受け取った和人は、あたかもRPGの一番最初、勇者が母親に冒険へと出るのを告げる時のような清々しさで、振り向きざまに言う。
「行ってくる!」
と。
「そろそろだな……」
パソコンの右下の時間表示を見て、怪しくほくそえむ黒い影があった。
影が、パソコンのエンターキーを押すと様々な場所の情景が映し出され、男性の声が響く。
ディレイログイン開始までの、カウントダウンだ。
その、瞬間。
「カウント、10」
左翔太郎は、帽子を深々とかぶり事務所の椅子にて報告書を書いていた。
「9」
圭一郎は、唇をかみしめながら窓の向こうにいる咲也を見つめていた。
「8」
氷川誠は、射撃訓練上にて一心不乱に的にめがけて銃弾を放っていた。
「7」
プリキュアの少女たち、765プロのアイドル達は、まるでそこに仲間がいるかのように愛おしそうに青空を見上げていた。
「6」
一方で、≪いつものように≫電車に乗っている人々がいた。
「5」
どこかの都会の交差点を歩く人々がいた。
「4」
笑顔で朝ごはんを食べる子供たちがいた。
そう、多くの人間にとっては何気ない日常の風景。それが、SAOに関係のない人間たちの普通。彼らの決意も、覚悟も、そんな普通からしてみればただの異端。
「3」
どこかで、家族写真が割れる音が響いた。まるで、もうその写真は撮ることができないと、言わんばかりに。
「2」
「フッ……」
ナーヴギアの下で不敵な笑みを浮かべる男がいた。
「1」
そして、杉下右京が、病院の駐車場から空を見上げた。
≪リンク・スタート!!≫
ようこそ、死のゲームへ。