SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
脳を押し上げるかのような鐘の音が、キリトの耳を貫いたとほぼ同時に、その身体が青白い光に包まれて行った。
二つとも、キリトは覚えがあった。鐘の音は、間違いなく主街区で時報、あるいは何らかのクエストの開始の合図として使用されていたもの。そして、光の方は≪転移≫のエフェクトだ。転移の直前、当たりを見ると多くのプレイヤーが困惑の表情を浮かべていた。だが、自分や一部のプレイヤーは動じることなくSAOのシステムに身を任せていた。
その意味を理解していたプレイヤーだけが動かなかったのだろうとも考えたが、しかし自分の隣にいたオーズまた微動だにしていなかったことを見ると、もしかしたら胆力の違いなのかもしれない。
それはともかく、転移のエフェクトに包まれたプレイヤーたちはログインした時と同じような拘束力により身動きが取れず、光が自分たちの身体から離れるのを待つしかなかった。
そして、しばらくして彼らの目の前に現れたのは。
「この、場所は……」
キリトにとっては、まるで故郷へと帰って来たかのような感慨を与えられる場所。
周囲を茜色に厚化粧された巨大な石の塔に囲まれて、中央にはβ時代に自分を含めてすべてのプレイヤーにとっての現実世界との間をつなぐ港のような役割と、集合場所の目印としていた時計塔。南には大きくて黒光りしている黒鉄宮の姿もある。間違いない。今度こそ、自分たちは辿り着いたのだ。キリトは不意に笑みをこぼした。
「キリト君……ここが」
「はい、はじまりの街の中央広場……ログイン地点です」
オーズの問いに対してスムーズに返答した直後、キリトはしまったと言わんばかりに口を小さく開けた。なぜなら、この問いに対して答えられるのは、事前にSAOの世界に入ったことのある人間だけだから。それと同時に、どうしてこのオーズという人物が何故自分をそうだと分かったのかという疑問が降って沸く。
この人は、一体どこまで知っているのか。疑心暗鬼になっていたキリトは、思わずオーズの事すらも疑ってしまう。そんな事を考えて居るなんてオーズは当然知っているわけなく、のほほんとした笑みをこぼして言う。
「そっか、それじゃ……」
「ようやく、来ることができたか……」
「え?」
突如として、自分の横から低音のしっかりとした声が聞こえてきた。それに耳を傾けると、そこにはオーズと同い年のような、長身の男性プレイヤーの姿があった。それを見たオーズははじけるような笑顔を露出させる。
「あ、天道さん!」
「オーズも……知り合いですか?」
「うん、色々と。会長からあなたもプレイすると聞いていたけど、よろしく」
と言って手を差し出したオーズに、男性は顔をそむけた。オーズは相変わらずだなと言わんばかりの表情をして手を下ろした。これをクールと呼ぶべきなのか、それとも人間不信と呼ぶべきなのかは、その人物の性根が判断することなのだろうが、少なくともキリトにとっては、格好よさしか感じなかった。
現実の彼の事も、知っていたから。
「あの……天道さん」
「……いい顔をしている」
「……ありがとうございます」
褒められた、のだろうか。あの時とは違うと言う事を、認めてもらったのだろうか。キリトは、心の中で少しだけ喜んでいた。
「ここがSAOなの?」
「えぇ、そうです」
一方で、自分たちのすぐ後ろの方にいた金髪のロングヘアの少女を含めた一行もまた、同じような会話をしていた。というか、ある意味で凄い会話を堂々としている。それじゃ、自分たちがβだったとはっきり言っているようなものではないかと。
「あれ、君はマナちゃん、それにありすちゃん?」
「はい、この間はありがとうございました。映司さん」
「この世界ではオーズだよ、よろしく」
「うん! よろしく!!」
そして、オーズの顔の広さも尋常じゃない様子だ。この世界に来てから既に三組目となる知り合いとの出会い。どこかで見覚えのある少女たちとオーズの遭遇を目撃した後は、キリトは一人空を見つめて不審がっていた。
「なんだ、この空は……」
まるで≪夕方≫のように茜色となっている空。リアルタイムと時間がリンクしているはずのこのゲームに置いて、あり得ない光景に、キリトが思考を巡らせていた時。突如として異変が生じた。
「ッ!」
またもや、転移エフェクトが生じたのだ。それも一つや二つじゃない。十、百、いやそれ以上だ。
自分たちと同じディレイログインプレイヤーか。いや、さっきざらっとかくにんしたが、あの空間にいたディレイのプレイヤーは自分たちの近くに密集しているためそれはないだろう。では、一体何事だ。そう思った時だった。転移を完了させたプレイヤーを見たキリトは、どこか既視感のようなものを覚えた。
「これは……」
SAOは既にネットリテラシーとは切り離された本当の意味でのもう一つの現実と呼んでもよい世界に置き換わってしまった。キリトは、それをログインしようとした時に知ったのだ。それは、ログイン時の項目、主にキャラメイクの項目が髪型、髪色以外をバッサリと切り捨てられていたことからも容易に推測ができたことだった。結果、自分の顔は触れてみたところβ時代に丹精込めて作り上げた顔立ちではなく、やや幼いと言われてもいい童顔な顔、つまり現実世界と同様の顔つきでこの世界に降り立っているのだ。
オーズもまた、現実で見た時と同じ顔つきをしているし、天道もまたそうだった。違うところと言ったら、二人ともが男性の自分から見ても元々ほれぼれするような現実離れした顔であったためにちょっとうらやましいところ、と言ったところだろうか。
だが、後から転移エフェクトとともに現れたプレイヤーたちはどうだ。ハッキリ言って異端だ。目の前に転移してきたプレイヤーは、ほぼ全員が≪アニメ≫や≪マンガ≫のキャラクターのような姿形をしていて、というかオーズや天道のように格好いいプレイヤーや可愛いプレイヤーの顔かたちしていたのだ。実に、不気味である。
いや、今更なのかもしれない。キリトは深くため息をついた。なぜなら、自分と一緒にログインしてきたディレイログインプレイヤーもまた、十分すぎるほど美男美女に恵まれていたから。男も、女も、この世界に来て初めて聞いた≪赤髪の少女≫達のように童顔ながらもしかしカッコいいと可愛いが同席した見ているだけでほれぼれするような者もいて、とても羨ましい。
とはいえ、そうやって自分を卑下にしているキリトだって童顔ながらも十分イケメンと言える顔立ちをしていて、もしもこの考えを既プレイヤー勢力に知られたらプレイヤーキル、つまり他のプレイヤーによって殺されてしまうのではと思わんばかり。むしろ、下手に格好つけていたβ時代の顔の方が違和感があるともいえる。
さて、キリトは周りにいる美男美女―よく見なくとも判別ができるが、後から転移してきたプレイヤーは半透明になっているようだ―と空の景色、それから時計版に刻まれている文字盤を見ながらある考察を固めていた。
「あぁ、まこぴーだ!!!」
「へ?」
なんてシリアスなことを考えて居るとは露も知らず、オーズが話しかけた金髪の少女の声が響き、思わず顔を向けてしまった。その先には、半透明のプレイヤーの姿があり、そしてなおかつ芸能界に疎いキリトですらも知っている人間がいた。
「あ、あれは……」
「アイドルの剣崎真琴ちゃん……だよね」
「誰だ?」
「って知らないんですか!?」
キリトは、天道の言葉に思わずずっこけてしまった。彼女、剣崎真琴は色々な意味で有名なトップアイドルの一人である。キリトはやや早口になりながらも天道に説明をする。
「剣崎真琴、通称まこぴーって呼ばれるアイドルですよ。歌声が綺麗で容姿端麗で、おまけに異世界から来た女の子。そして、何よりも」
「プリキュア、で私たちの友達!」
「そうプリキュア……って、え?」
思わずそのまま話を続けそうになったキリトは、目をぱちくりとさせながら声がした方に目を向ける。すると、そこにはオーズと握手を交わして、剣崎真琴の愛称を呼んでいた女の子がいた。
「確か、マナちゃんは剣崎真琴ちゃんと友達なんだよね」
「そうだよ! あ、それと映司さん、この世界じゃハートって呼んでもらいたいかな?」
「そうなんだ、俺もオーズを使ってる。やっぱり馴染みのある名前を使うのが良いかなって」
「ハート……それに剣崎真琴の友達でマナって……!?」
その瞬間、キリトは驚愕を顔にしみこませるような顔をした。その名前を知っていたから。そして、ようやく思い出した。その少女の正体を。
一年前、この世界は多くの敵によって侵略されそうになっていた。自分自身は一般人であり、なおかつその多くの事件が起きていた町に住んでいなかったために巻き込まれることはなかったのだが、危うく世界崩壊待ったなしの状態になったことが度々あったのを記憶している。
その中の一つで、テレビで生中継されていた戦い、プリキュアと呼ばれる少女たちの戦いを記録していた物があった。大きな巨大なビルと同じくらいのでかさの黒い敵と対峙した五人の、背中に翼を付けた少女たちと翼など何もなく浮かんでいる少女。
その少女たちは後に伝説の戦士と呼ばれ、世界各地で戦っているプリキュアと呼ばれる集団であると明らかされて、≪ごく一部≫を除いてその正体すらも知られていない存在。そんな子たちが、巨大な敵と、スーパー戦隊や仮面ライダーのように戦い、世界を守ってきていた。
そう、ごく一部。
『私を誰だと思っているの? 大貝第一中学、生徒会長! 相田マナよ!!!』
目の前にいる、生中継の場で堂々と自分の名前を叫んだ少女、相田マナを含めた数名を除いて。
「それじゃ、貴女はキュアハート……の?」
「そうだよ! あ、それとまこぴーの事褒めてくれてありがとう! これからも、まこぴーのこと一緒に応援しよう!」
「あ、はい。よろしくお願いしま……す?」
ついついどもってしまったキリトに、ハートは思いっきりのいい笑顔でその手を握った。
デスゲームの世界、色々と想像してきた。準備をしてきた。しかし、こんな展開になるなんて思いもよらなかった。あと、テレビで見た通りにとってもいい子そうだ、それがキリトからハートへの第一印象だった。