SAO/UNLIMITED プロジェクトSAO 作:牢吏川波実
男、茅場晶彦はほぅ、とどこか感心にも似た吐息を出すと、≪左手≫を上から下になぞるように移動させ、メニューウインドウを出現させた。恐らく、その動作からして何らかの項目を探っているらしく、ある項目を見つけたタイミングでウインドウから目を離すと、キリトの目を見て言う。
『君の名前は、キリトというのか……覚えておこう』
「……」
間違いない、この男はゲーム開発者側の人間だ。その動作の一つ一つが証拠である。
通常、プレイヤーがメニューウインドウを出現させるためには『右手』を上から下に移動させる必要がある。しかし彼はその逆で『左手』を使ってメニューウインドウを出現させた。そんなことができるのは、この世界ではたった一つの人種しかいない。それが、GM。そしてこの世界に唯一残っている開発者側の人間。
茅場晶彦。
当然、ロゼッタも、そして訝し気に見ていた天道総司やオーズ達もまた確信を得た。
一連の出来事により、誰が言葉を出すべきかと悩んだのだろう。その中で、最初に勇気を出したのは一人の女の子だった。
「多くの人をデスゲームに参加させて、家族を……奪って、自分は死なない身体で高みの見物をしているわけですか?」
『仕様は仕様だ。悪く思わないでくれ、ワンダーモモ』
「ワンダーモモ?」
「……」
そうか、どこかで見覚えがあると思ったらあのミュージカル女優の、キリトは頭の中で合点がいった。しかし、先ほども剣崎真琴もそうだが、一体どれだけの有名人がこのゲームに閉じ込められているのだろうか。実際の数は、その名前の認知度によって大きく報道さ荒れたりしていなかったりするので実際には分からないが、だがワンダーモモのようにその道の世界では有名人であるという少女もまた何十人と参加しているのだろうか。
いや、実際に参加しているではないか。その道に置いては著名人、伝説の戦士と呼ばれているプリキュアの少女たちが、ここに何人も。キリトは、それが意味する物にどこか頼もしさと同時に恐怖を覚えていた。
茅場はフッと笑うとやおら両手を大きく広げて宣言する。
『今回、私が君たちの前に現れたのは、デスゲームとなったと知ってもなおこの世界に来てくれた。その勇気に感謝しての事だ』
「僕たちは、お前のためにプレイしに来たわけじゃない!!」
「大切な人を、取り戻す。そのために来たの……って、あ」
「やべ」
「あ、魁利君! それに志穂さん!!」
と、一人の青年陽川咲也ことパトレン2が、その叫びに乗じて見つけた一ノ瀬志穂と夜野魁利の二人を見つけ、群衆をかき分けてそのすぐ近くに向かった。
本当ならば説教の一つはしたい。だが、そんな場面ではないとすぐ悟ったのだろう。パトレン2は二人が、せめて一ノ瀬志穂が逃げないようにと監視をしながら茅場晶彦の方を向いた。
『それでも、私は諸君らの勇気に敬意を表したい。さて、君たちディレイログインプレイヤーには、現在アインクラッドにいるプレイヤーの最前線が、どこまで進んでいるのか、その説明から始めたい』
そう言って、茅場晶彦は空一面に大きなマップを表示した。キリトはそれが何であるのか一目でわかった。自分が、数か月前に何度も行き来をした第一層のマップだ。下の方にははじまりの街、上の方に第一層の迷宮区があるはずだと自分の記憶の中の情報と統合しつつマップを見ていくと、ふと大きな赤い点が迷宮区前の街あたりに出現した。
あれは確か、迷宮区に一番近い町≪トールバーナ≫のはずだ。キリトは咄嗟にゲーマーとしての性なのかその情報について茅場晶彦に聞き出そうとした。だが、現実で鍛えられたおかげなのか、自制心が効いてその言葉が出ることはなかった。茅場はそんなプレイヤーたちを見渡しながら説明を始める。
『現在、プレイヤーの最前線となっているのはこの≪トールバーナ≫。その町は迷宮区、つまり次の層に向かうためのラストダンジョンだが、そこに一番近い町となっている』
「つまり、迷宮区の攻略も近い……そう言う事でいいのか?」
『ご想像にお任せしよう。さて、ここで、ディレイログインキャンペーンのプレゼントについての説明に入ろう。まずは、君たちのレベルだ。メニューウインドウを広げて見給え』
「レベル? ……これはッ」
今度こそ、自制心が効かなかった。キリトは、メニューウインドウを開き、自分自身のステータスを確認する。すると、そこの数字は本来1となっている物、つまりレベルの項目が12と表示されていた。筋力や俊敏性のステータスへの数字の割り振りはされていないがポイントとしては残っているらしくすぐに強化することができるらしい。スキルの項目もまた、三つとも空いているから自由にそれを当てはめることができるようだ。
『レベル12。これは、現在のプレイヤーたちのレベルの中央値を反映した物であり、なおかつ私が即座に最前線で戦えるものとして妥当と判断した数字だ。並びに、アイテムストレージを見てもらいたい』
「アイテムストレージ……えっと、確かメニューウインドウを開いて……」
と、レジーナがゆっくりとした動きでソレを開く。恐らく、ロゼッタに事前に教えてもらっていたのだろう。その様子を見て他のプレイヤーたちもまたこぞって同じような動きをして、彼の言うアイテムストレージを確認した。
そして、キリトは吃驚した。なぜなら、そこにあったのはよほどゲーム開始直後とは思えないアイテムばかりであったから。茅場晶彦の説明が耳に通った。
『片手直剣である武器、アニールブレード。回復ポーションを十個。防具や素材、並びにコル……この世界での通貨の事だがそれを五千用意した。並びに、ログイン場所も先ほどの映像にあった本来のログイン場所ではなく、トールバーナとさせて貰う』
「随分と気前がいいのですね」
大和なでしこを地で行くような女性、しほがそう言った。そして、それはキリトもまた同じことだった。
アニールブレードは第一層で手に入る武器の中で一番優秀な剣と言えるもので、鍛えたりなんなりするだけで第三、第四層まで使用することが可能な武器だ。故に、その入手方法もかなりの難易度、というかメンタルを削られるクエストをクリアしなければならない物なので、それほどの武器を無料で配布するのはある意味で太っ腹であると言える。
他のアイテムもそうだが、何よりもログイン場所が迷宮区に近いトールバーナにしたと言うのもまた驚きだ。しかしありがたい。他のプレイヤーたちが危険なフィールドを突破してようやくたどり着くことのできる最前線であると言うのに、そのプレイヤーたちの苦労を水泡に帰すかのごとくにショートカットしてラストダンジョンに向かう事ができるなんて。元βテスターである自分には都合がいい事だ。
恐らくだが、茅場はここに来たほぼ全員を攻略組の最前線に値する人間であると認識しているのだろう。自分たちの方からわざわざ危険を選択するのだ、無理もない。故にすぐに最前線で戦えるそうで、なおかつ見劣りしないレベルを与えた。あたかも、地上の人間に火という物を教えたプロメテウスのように、キリトはそう感じた。
『……以上で、SAOディレイログインプレイヤー向けのチュートリアルを終了する。改めて、諸君らの健闘を祈る。そして……』
茅場はそう言いながら後方に向けて手を伸ばした。すると、その先に小さな光が螺旋状に集まって一つの扉が作られた。多分、いや間違いなくその扉をくぐった先に彼の作った、SAOの世界が待ち受けているのだろう。
『ようこそ、私の世界へ』
その、最後に付け加えられた言葉が如実に事実を表していた。キリトは唇をかみしめた。デスゲームの世界に入ることの緊張か、それとも―――。
プレイヤーたちは、最初はおっかなびっくりと言った様子で動ける者がいなかった。しかし、二人の、ややにやけた顔をした男性と、恐ろしい≪毒蛇≫のような笑みを浮かべた男性が扉に吸い込まれて行ったのを皮切りとして、ゆっくりと他のプレイヤーたちもまた歩を進めていく。
一人、また一人と扉の向こうに消えていくプレイヤーたち。
けど、その中でキリトは。
「……」
動けなかった。いや、動かなかった。
そもそも、キリトだけではなかった。他にも多くのプレイヤーが扉に向かうことなくその場に立ち尽くしたのである。
その様子を見て、茅場が興味深そうにつぶやく。
『どうしたのかな? まさか、ここまで来てお怖気づいたわけでもあるまい』
「フッ、当然だ」
挑発するような言動に対して、こちらも挑発してやると言わんばかりに金髪の、フランス人形のようにかわいらしい体系の少女、麻帆良学園女子中等部からきた少女エヴァが妖怪のような笑みを出した。
そう、キリトたちが残ったのはここにきて自分の身の安全を考えたからなどではない。
「茅場晶彦……いつか、僕たちはこのゲームをクリアする。そして、その後は……」
「アンタを見つけて、ボッコボコにしてやるから覚悟しときな!」
バベルの皆本が、そして明石薫がそう言った。薫は、左手に右こぶしをぶつけながらである。
「あぁ、予告する! アンタのお宝……デスゲームなんて世界は、必ず俺がぶっ壊す!」
「貴方の犯した罪の重さ……その身体に風穴を沢山開けるくらいに分からせてあげるから覚悟しなさい!」
ルパンレッドの夜野魁利が、武偵のアリアが。
「765プロの皆……たくさんの人たちの日常を……」
「皆の明日を、必ず取り戻すんだから!」
ワンダーモモ、キュアハートが。
「首を洗って待っていろ、茅場晶彦」
「えぇ、貴女は、とんでもない数の人間を敵に回しました。ソレを、覚えてください!」
「舞台の上に立ったからには、私もまた一人の演者。そして、舞台を彩る光として、この世界を戦い抜く」
天道総司、雪広あやか、愛城華恋。
そして―――。
「茅場晶彦、俺は……いや、俺たちは遊び半分でここに来たわけじゃない! ゲームを、クリアするためにここに来たんだ!」
キリトが、そう叫んだ。
そう、彼、彼女たちは宣戦布告のためにこの場所に残ったのだ。自分たちが絶対にこのゲームを終わらせると言う、その覚悟を伝えるために。
その言葉に、やはり茅場はフッと楽しみにしていると言わんばかりの笑みを浮かべて言う。
『辿り着いて見せてくれ。私の所に』
と。
そして、その言葉を皮切りにしてキリトたちはSAOの世界に次々と入っていった。
十二月五日、午後十一時を少し回った時刻であった。