ソードアート・オンライン ヴァルキリーズfeatボーイ 作:牢吏川波実
≪普通のプレイヤー≫という表現がふさわしいかは分からない。しかし、新しいゲーム―例えばアドベンチャーなどの戦闘がある物―を始めたばかりのプレイヤーがとる行動は大きく2つに分かれる。
ひとつは、武器を買ったらすぐに草原などの戦闘フィールドに出て、モンスターと戦うこと。
もうひとつは、町の中を散策しながら情報を収集することだ。彼女たちは、後者の方を選んだ。
シズクの性格を考えると意外かもしれない。しかし、ローウェルたちは日々を命の危険がある場所に置いている彼女に、休息を提供したいという思いから、この世界に連れて来たのだ。シズクが現実を思い出させるようなことは避けたい。
当然、この世界でも娯楽を楽しむためにはお金が必要で、時が来ればモンスターを倒すために出かけることになるだろう。しかしその前に、十分に平和な日々を謳歌することが必要。
そう考える彼女たちが訪れた場所は、町の中心から少し離れた商店だった。
「うわぁ、このブレスレット可愛い!」
「本当、ノエルちゃんがつけたら似合うかも」
もうそろそろこの世界にも馴染んできたのか、現実の世界とは別の名前を呼ぶという非現実的な行動がとてもスムーズに行えるようになってきた。このまま、現実の名前を忘れたりなんてことしないだろうかと、不安になるほどに。
それはさておき、確かに彼女たちの目の前に並んでいる商店の商品は、どれもこれもが綺麗で、見栄えが良く、現実の世界でも売っていたら目移りしそうなものばかりだ。
特に、クローバーを紡ぎ合わせたような銀色に光るブレスレット、〈幸運のブレスレット〉という名前が付けられているのだが、ただそれを見ているだけでも十分幸せになれそうだ。
欲しい。でも、問題がある。それに気が付いたのはローウェルである。
「でも、この値段設定って……」
「うん……高い……よね」
「私たちが買った剣の四倍くらいはあるの……」
ちなみに、シズクとローウェルは≪スモール・ソード≫を、ノエルは≪プレーン・レイピア≫を、それぞれの初期装備として選んだ。彼女たちが目にしているブレスレットは、シズクのいう通りそのスモールソードが軽く四本くらい買えるほどの値段設定がされているのだ。
この世界の物価の平均がいかがなものかは不明で、モンスター一体を倒すごとにどれくらいのお金が入るのかは不明だ。しかし、それでもその値段がとても高いものであるということは、初心者の彼女たちでも分かっていた。
「でも、これだけ高いってことは、それだけ何かの能力が上がるってこと?」
「そうね……≪幸運の≫なんてついてるんだから、アイテムのドロップ率とかが上がったり、モンスターとのエンカウント率が下がったりとか?」
だいたい想像できる恩恵はそれくらいか、とローウェルは言う。
事実、このブレスレットの効果は、アイテムドロップ率の上昇だ。これを身に着けることによって、モンスターを倒した際に、剣や防具を成長させることのできる素材アイテムを落とす確率が上がる。ある意味、すがすがしいほどに名前に合致しているアイテムであると言える。
それにしても、である。
「でも、ここにある商品どれもいいデザインしてるわね……」
「うん、これ全部茅場さんが作ったのかな?」
「う~ん、どうだろう……」
と、首を傾げたノエル。
「もしかしたら、誰か別の人にデザインを頼んだのかもしれないわね」
その瞬間、この世界の片隅でくしゃみをした人間がいたとかいないとか。
これも事実。確かに茅場晶彦は多くの武器や防具、モンスターの多くのデザインを一人でこなしていた。しかし、とてもじゃないが彼一人ではすべてのデザインを決めるのは困難を極めていた。とくに、アイテムのデザイン、ブレスレッドなどの装飾品に関しては武器のデザインを決めるのとは勝手が違う。
そのため、茅場明彦は数名のデザイナー、プロやアマチュアに限らず数多くの人間にデザイン案を募ったのだ。
結果、思春期の少女たちの目が見張るほどの商品が生み出せのは英断であるといえよう。
だが、そのために、そのデザイナーをこのSAO事件の共犯者としたのはどこか解せないところがある。
特に、それでSAOをプレイする女の子たちが喜ぶのであればと、すすんでデザインを考えてくれ、そして現在進行形でSAOをプレイ中の、とある高校生の女の子にとっては、とても悲劇的であると言えるのだが、その少女についてもまた、別の話。
そんなこんなで、ゲームを続けているうちにこれを買えたらいいな、などという展望に花を咲かせる少女たち。ふと、ノエルが立ち止まった。
「あれ?」
「どうしたの? ノエル?」
「ほら、あそこ……」
「?」
と言って、シズクが見たもの。それは一軒の店の中にディスプレイされていたクマのぬいぐるみであった。
痛々しいばかりに包帯を巻かれた、まるで交通事故にでもあった後のようにくたびれたクマの、ぬいぐるみである。
「な、ナニコレ……」
何かの見間違いかと、三人は恐る恐る近づいてみる。だが、どれだけ見ようともクマの造形は変わることはなかった。
両の腕に巻かれた包帯。顔のいたるところに離れている絆創膏。左目の周囲につけられているのは、ただの模様であると思ったのだが、よくよく見てみると青あざのように見える。
というか、見渡してみるとそのお店の中には似たようなぬいぐるみが所狭しと並んでいて、見ているだけでも体中が痛くなるほど。
そのクマをデザインした人間は、病んでいるのか、それともストレスをそのクマにぶつけたのか、どちらにしろ常識では考えられないようなデザインであるのは間違いない。
「あれ? でもこれ……」
「どうしたの? シズク?」
ふと、そのぬいぐるみの形にどこか懐かしいものを感じた。なんだろう、自分はどこかでこのぬいぐるみを見たことがあるのだろうか。シズクは、記憶の底を洗うように目をつぶった。
どこだ。どこで見たのだ。そう、あれは自分が幼いころ。
父が大けがをして、家に一人でいることが多かった時の事。あの時、自分は見たのだ。テレビで、彼の活躍を。彼の雄姿を。そして、彼の負けっぷりを。
でも、どれだけ負けても、どれだけズタボロにされてもそれでも立ち上がっていた、あの芯の強さ。
そう、あれは―――。
「あぁ! ボコられグマのボコだ!」
「そうだ! ボコだ……って、え?」
ようやくその正体を思い出したシズク。だが、彼女が答えを導き出す直前、後ろの方から自分が思った物と同じ名称を叫んだ声を聴いた。
彼女たちが振り返ると、そこには四名の女性プレイヤーの姿。そのうちの一人が自分たち。いや、自分たちの前にあったぬいぐるみに駆け寄った。
「ゲームの世界にもいたなんて……すごいよボコ!」
「ぼ、ボコ?」
「ボコられグマのボコ……ほら、今も教育テレビで放送しているアニメだよ」
「そういえばそんなのがあったような……」
≪ボコられグマ≫。それは、かつて一大ブームを起こしていたぬいぐるみシリーズで、いまではそれも下火になって微妙な人気にはなっているモノの、子供向けということもあって末広がりにアニメシリーズが続いているキャラクターだ。
その痛々しいまでのルックスと、シズクが感じていた通り、どれだけズタボロにされてもめげずに立ち上がる姿に感銘を受けた子供が多いのだとか。
そして、ボコのことをノエルとローウェルに教えていたシズクの言葉を聞いた女性プレイヤーがシズクの方を向いて嬉しそうに言う。
「あなたも、ボコの事知ってるの?」
「うん、私も好きなの……どれだけボロボロになってもめげることのないボコの事。私小さいころに見てたんだ」
「あ……」
その言葉を聞いたローウェルとノエルは、何かを察した。いや、察してしまった。シズク、いやここは本当の名である高町なのはとしておこう。
なのはの父親である高町士郎は、かつてボディーガードとして世界の要人を守る仕事をしていた。だが、ある日。女の子を守るために爆発から身を盾にしたところ、生きているのも不思議といわれるくらいの大けがを負ってしまった。結果、彼は長期にわたる入院生活を余儀なくされる。
一方、大黒柱が働けなくなった高町家は、その生活を守るためになのはの兄姉が一所懸命に父や母が経営していた喫茶店翠屋を手伝った。
けど、なのはは、まだ幼かったなのはは父に何が起こったのかもわからない状態で、家族が何かに必死になっている姿をただ一人ぼっち、家の中で見ているしかなかった。
悲しかった。自分一人、何もできない。何も手伝えることがない。そんな自分がみじめで、悔しくて、たまらなかった。
そんなときに見たアニメ。それが、≪ボコられグマのボコ≫。彼女は、魅了された。そのボコの世界観に、そしてボコの性格に。
そしていつしか、彼女は憧れを抱いていた。自分もまた、ボコのようになりたいと。それが、人格形成に影響を与える幼いころにみた、なのはの大いなる過ち。
どれだけ傷ついても立ち上がる。どれだけズタボロにされてもあきらめない。めげることはない。体中傷だらけになっても、それでも勇気を振り絞って前を向く。
まんま、高町なのはの魔法少女人生と同じじゃないか。
つまり、高町なのはを高町なのはとしたその原因、それがボコられグマのボコ。
それと同時に、幼いなのはを救ってくれた存在もボコ。でありうるのだ。
「そうなんだ! 私も、ボコの事大好きなの! あ、私は西住みほ! よろしくね!」
「え? それって……」
「みぽりん! 本名言っちゃダメでしょ!」
「え? あ、そっか……私は、えっと……《みぽりん》です。ってやっぱり恥ずかしいな……」
同じボコ仲間に出会えた喜びでうっかりしてしまったのだろう。改めてプレイヤー名を言った少女に続いて、後ろに控えていた三人もまた近づいてきて言う。
「みぽりんがいきなりでごめんね。私は《バロッサ》」
「冷泉麻子だ」
「って、こっちも身バレ禁止! えっと、この子は……」
「岬明乃です。こっちの世界では、《はれかぜ》っていう名前なの。よろしくね!」
「……あぁ、もう! 武部沙織です!」
ということで、バロッサ(武部沙織)は、個人情報をさほど守ろうとしていない友達に四苦八苦しながら自己紹介を終えるのであった。ちなみに、麻子のプレイヤー名は《エリーゼ》であるらしい。話に聞くと、岬以外の名前は沙織が決めたそうな。
そんな、天然なのか何なのかわからない四人に、一瞬だけあっけにとられたシズクたち。それぞれに顔を見合わせるとその表情をやや笑顔に変えてから言うのであった。
「月村すずか、プレイヤー名はノエルです」
「アリサ・バニングス。プレイヤー名はローウェルよ」
「高町なのは。シズクって名前を使ってます」
「え?」
バロッサは、少しだけ呆然としていた。自分たちが本名を言ってしまったのはまだわかる。しかし、彼女たちまで本名を言う必要なんてなかったのではないか。
「まぁ、礼には礼で返さないといけないでしょ?」
「うん、それに……名前を知ったくらいで悪用するような子には見えないし」
「あと……ボコファンに悪い人はいないから」
「! うん! そうだよね!」
まぁ、バロッサたちが礼節をもってして自己紹介をしたわけではないのは重々承知だ。だが、自分たちだけが彼女たちの本名を知っているというのに、彼女たちが知らないという状態が何か気になったのかもしれない。あるいはシズクのいう通りボコのファンに悪い人間はいないという判断の元なのか。
こうして、同じボコという共通点で仲良くなった(?)七人。シズクも思いもよらなかっただろう。
まさか、この時であった四人の中に、自分の仕事に関係のある人間が混じっていたなんてこと。
プレイヤー№ 64 西住みほ(みぽりん【MIPOrin】)≪原作:ガールズ&パンツァー≫
プレイヤー№ 65 武部沙織(バロッサ【BAROSSA】)≪原作:ガールズ&パンツァー≫
プレイヤー№ 66 冷泉麻子(エリーゼ【ELLYZE】)≪原作:ガールズ&パンツァー≫
プレイヤー№ 67 岬明乃(はれかぜ【Harekaze】)≪原作:ハイスクール・フリート≫
次のサブシナリオのうち、見たいのはどれですか?
-
桜蘭、桜才組のデスゲームチュートリアル
-
月三人組のデスゲームチュートリアル
-
けいおん、SOS団組のチュートリアル
-
なのは組のデスゲームチュートリアルまで
-
そういえばカードキャプター桜はどうした?
-
ガルパン組+岬の正式チュートリアルまで
-
アイマス、ネギま組の一部のメンツの話