轟沈描写を含みます。
鎮守府の食堂につながる廊下には古ぼけた掲示板が一つあって、そこには毎朝、"昨日の出撃で未帰還になった艦"の名が貼り出される。未帰還になったとはまあ早い話、沈んだか、
ある朝のことだった。いつものように掲示板の前を素通りしようとしたとき、見知った名が私の目を引いた。私は一瞬目を疑って、そしてそれをまじまじと見た。あの響が?彼女はこの鎮守府が出来てすぐ、まだ大型艦がほとんどいなかった時に秘書艦を務めていたという程の古参のはずだった。嘘だ、と一人呟いて、思わず早足になりながら響の部屋へ向かった。彼女は朝にはあまり強くなかったはずだ。私は不機嫌そうな表情をした響が不機嫌な声で「何だい、こんな朝っぱらから」と文句を言っている姿を想像しながら扉をノックした。応答はなかった。もう一度ノックしても反応はなかった。私はいよいよ不安になって、矢も楯もたまらず扉を開けた。僅かに金属の擦れるような音を立てて扉は開いた。がらんとした部屋の中には、すっかり梱包された段ボール箱が一つ、朝日を浴びながら澄まし顔をして座っていた。
次の日、私は出撃を命じられた。まだどこか動きのぎこちない五隻を連れて、近海を哨戒しろ、というのが命令だった。近海哨戒とは言っても、最近では字面ほど楽な仕事ではない。鎮守府の近くには駆逐艦か、精々軽巡くらいしか現れないというのはもう過去の話になった。少し考えれば、こんな命令はせっかくの新入りを無駄にするだけである事などすぐに分かるはずだ。この馬鹿、と私は提督を罵った。口に出すと、少しは憂さ晴らしになったような気がした。そのとき、近くで炸裂音と押し殺したような悲鳴がして私は我に返った。ここが戦場だったということを完全に失念していたのだ。瞬き程度の間に味方を沈めた敵の戦艦は、私の腕より何倍も太い主砲をこちらに向け、今まさにそれを撃たんとしているところだった。腐っても空母がこのざまか。なんと呆気なく情けない死に方だろうか。私は弓も構えずに立ちつくして、響はどのように沈んだのだろうと想像した。多勢に無勢の中を戦い切って斃れたのか。それとも少しの不意を突かれたのか。前者だといいと私は思った。彼女にはこんな死に方は似合わない。私は強い衝撃を感じて後ろによろめいた。今際の際の風景に、前方に広がる水平線、忌々しいまでに鮮やかな紺碧の空、そして憎き敵が見えた。それでもどこかさっぱりした気分だった。
朝食を取ろうと食堂に行くと、自分の隣の席が空いていた。空いているというのはつまりそういうことなのだが、私はにわかには信じられなかった。あの瑞鳳が?朝食もそこそこに掲示板に向かうと、そこには確かに瑞鳳と書いてあった。瑞鳳が沈むなんて、と私は呟いた。ここももう終わりだと直感的に思った。彼女はこの鎮守府に残る最後の熟練の空母だったのだ。空母抜きで通用する程この海域は甘くはなかった。
やはりというべきか次の日の夕食の席で、提督はこの鎮守府から撤退すると言った。明日来る輸送船に乗って、全員本土に帰るのだと。皆の反応は様々だった。手を取り合って喜ぶ者、亡き戦友を偲ぶ者、本当にその輸送船とやらは来れるのか、無事に本土までたどり着けるのかと訝る者。私は何とも思わなかった。
夜が明けて、果たしてその輸送船とやらは何人かの護衛を連れてやってきた。私たちは皆それに乗り込んで、思い出深い鎮守府を後にした。何人かの艦娘が集まって両手を合わせているのが視界の端に見えた。
船は無事出港した。私は後甲板に出て遠ざかる鎮守府を眺めていた。ひび割れた赤煉瓦の建物が、響、瑞鳳、あそこで沈んだ何隻もの艦の、かつて生きて戦っていた証拠が小さくなっていく。私は目を凝らして見続けたようとしたが、ついにそれは水平線の向こうに消えていった。
昔の話である。今になってはその時を知っている人も少なくなってしまった程の昔の話である。あれきり私は、その思い出深い鎮守府とやらに戻ったことはない。もしかしたら、まだあの島にはあの赤煉瓦が崩れずに残っていて、最後の