地道にやっていきます。
目を覚ます。太陽の光はカーテンで少し遮られているが、それでも朝になったとわかる。ベッドの横に敷かれた布団には、ピンクの髪をした幼女が寝ている。だらしない寝相で、お腹が出ている。そしてその子の頭の近くに、買った覚えがない猫用ベッドに寝ている白猫がいる。まだ起きてはいないようだ。
淡い水色の髪。柔らかい自分の胸。白と水色のふわふわパジャマ。
時生は、改めて実感する。
「魔法少女に、なったんだな……」
夢じゃなかった。これを発端とする新しい日々の到来に、頭を抱える。正直夢である確率のほうが高いと思ってた。なんだよ魔法少女になるって。どんな与太話だ。
その声を聞いたのか、隣で眠っていた少女が可愛らしい唸り声をあげる。
「うぅ……」
「あ、起こしました?」
起き上がり、ベッドに腰掛けた時生のほうをとろんとした寝ぼけ眼で見る桃色の少女――虎次郎。
見た目少女な彼は目をこすっていると、不意に首をかしげる。
「……おかあさん?」
「何を言っているんですか???」
何を言ってるんですか???
思考が一瞬止まる。
おかしい。知り合って一日だけど中身の彼は兄貴系番長だったはず。なんでこんな幼女めいたことを……いや、朝に弱いのかと思っていると、彼が動く。
「ぎゅー……」
「えええ!!!!ちょ、ちょっと!!!!」
「え、えへへ……」
彼は身体強化を使ったのか、素早い動きで時生の太腿の間に入り、お腹に抱きつく。間違いない、これは正気じゃない。時生は少し青ざめながら頭をぽんぽん叩くが、虎次郎の頬ずりは止まらない。
そんななか、ミケの体が動く。
『うみゃ……にぎやかですわね』
「ミケさん!!!これ!!どうにならない!?」
「……」
ふにゃふにゃした笑顔を浮かべている虎次郎。これ正気に戻ったら殺されるのではないだろうかと危惧する時生に、白猫は無情な声をかける。
『放っておけばいいと思いますわよ……それでは、あたしは先にアジトに行ってますので』
「そんな殺生な!!!」
そう言うと、ミケは自身に浮遊魔法を発動し、窓の内鍵を開け去っていった。
残されたのは、でれでれなピンクロリと戸惑う青の美少女。
「だいすき……」
「……もういっそのこと甘やかすか」
やけになった時生は、そのまま幼女の頭を撫でるなりしてかわいがった。後のことは考えないように死んだ目をしつつ。
元に戻るまで、結局三十分かかった。
☆
「わ……忘れてくれ。ほんとに」
どうやら性格を読み違えていたらしい、と眼の前にいる人を見て時生はトーストを頬張りながら思う。
場所は朝の食卓。虎次郎と時生はダイニングテーブルに向かい合う形で座っている。目玉焼きにウインナー、サラダというまさしく朝食らしい朝食だ。
「いや……はい。できるかぎり、忘れます」
「おう……ほんっとに、やらかした……」
時生はてっきりその身体強化でぶん殴って物理的に記憶消去、ぐらいはありえるかなと思っていたのだが、虎次郎は頬を染めて謝るだけだった。言っちゃいけないことだとはわかってるが、ものすごく可愛らしく見える光景だった。
「……一応、言い訳させてくれ。俺は魔法少女になりたてのときは、こんなんじゃなかった」
「……というと?」
「魔法少女の力は、使用するたびに精神汚染をもたらすってやつだ。基本的に強い精神力があればねじ伏せられるが……特に最近は寝起きとか、意識が朦朧としているときはもろに出る。そういうことだから、もし、またあっても何も触れないでくれ」
「は、はい」
虎次郎がうつむきながら言う。耳が赤くて、可愛らしい。
けれど、これは正直笑い事じゃないと時生は感じた。正直自分もああいうことになるかと思うと、少し背筋がゾッとする。あんなふうに誰かにデレデレする自分を想像するだけできつい。
「っつーか、さ。今更の話なんだけど」
気を取り直した虎次郎がサラダをつまみながら言う。
「男に戻りたい、ってことでいいんだよな? マジな話女になるのが嫌じゃないんだったら俺には協力しなくていいし。最終確認ってことで」
「……」
最終確認、という言葉に少したじろぐ時生。手の動きを止めて、じっくり考え、言葉を選びながら、告げる。
「……正直、まあ、最悪、女になってもいいかな、とは、思ってます。この体は美少女だし、ステッキの精神汚染によって、女っぽいふるまいをすることが嫌ではなくなる以上、心と体の乖離によって悩むことは無い」
「ああ、そうだな。完全に汚染されきると、自分の性別認識も書き換えられるのは間違いないはずだ」
「でも」
時生は、強く言い切る。
「同じ立場にいる、あなたが戻りたいと願う以上、俺は、とりあえずそれを手伝いたい。方法見つけて、先輩には戻ってもらって、俺はそのときになってから考える。それで……よくないですか?」
「……嬉しいこと言ってくれんな、お前」」
虎次郎は破顔する。食パンの最後の一口を食べ、飲み込むと、笑って言う。
「よし。食い終わったら、俺のアジトに行くからな」
「……そういや学校とかどうしましょう」
「俺は行方不明ってことになってるし、一蓮托生。どうだ?」
「望むところです」
こうして、二人の変身解除の戦いは始まった。
☆
「どうすっか。せっかくなら飛んでいくか?」
「……いや、普通に行きましょう。変身するのは後で。というか」
快晴の朝、玄関を出た二人。虎次郎はデイリーフォームに変身するときに見せた革ジャンとジーンズ、Tシャツのパンクファッション。それに比べ、時生はというと。
「なんで、セーラー服……?」
「いや、昨晩ミケにおまかせしてたからな……あいつの趣味だな」
「ひどくないですか?」
「……まあ、おごりだし、着るものないし、な」
白のセーラー服だった。ご丁寧にシュシュまでついていてポニーテールである。確かにこのあたりに白セーラーが制服の高校は無いけれど、だからといってこれは……
「ものすごく、コスプレっぽい……」
「……そうだな。正直、俺はそれ着なくてよかったって心の底から思ってる」
虎次郎が目をそらす。魔法少女というコスプレ状態から脱出したのにまたこれか、と時生は頭の中で嘆いたが、後の祭りである。
「というか、それはともかくとして。どこにあるんですか?アジトって」
「うん。ああ、中央区のマンションだけど」
中央区。観光スポットがたくさんあり、景観が良く、治安が良いこの千真田市で一番発展しているところ。家賃も高く、とてもただの学生が住めるところじゃない。
「……本当にすごいんですね、ミケさん」
「そうだな。本当に俺なんかにはもったいないぐらいだ」
「……」
少し、自虐のこもった感じで言う虎次郎。その表情には少し陰りが見えた。けれど、まだ時生には虎次郎が何を抱えているかなんてわかっていない。だから、何も言うことはできなかった。
「それじゃ、行くか。電車で数駅だから」
「わかりました」
気を取りなおした虎次郎を見ながら仲良くなっていかないとな、と時生はふんわり思った。
いつまで毎日続くかはわかんないので、そこの所はご理解のところよろしくおねがいします。