魔法科高校の禁書目録   作:何故か外れる音

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九校戦編
九校戦編 Ⅰ


 魔法科高校にも定期試験というモノは存在している。

 項目は『魔法理論の記述試験』と『魔法の実技試験』の二つ。

 国語や数学といった一般科目は試験に含まれていない。

 魔法師育成の教育機関である魔法科高校にて、魔法以外で生徒を競わせるのは無意味だというのが最たる理由らしい。

 

 深真にとっては得意分野を封殺されてしまった形だが、他の生徒たちにとっては朗報以外の何物でもないだろう。

 

 四月の様な騒動が起こる事もなく、七月の上旬に定期試験はつつがなく行われた。

 生徒たちのエネルギーが九校戦の準備に集中する中、定期試験の結果が各々に知らされると同時に、成績優秀者の氏名が学内ネットにて公表された。

 一科生の名が連なっている事を予想するのは容易い事だが、深真もまた学内ネットにアクセスして成績優秀者を確認する。

 理論・実技の総合成績は言うまでも無く、順当な結果に落ち着いていた。

 

 一位 司波深雪

 二位 光井ほのか

 三位 北山雫

 

 何故か距離が開いたままの深雪の名前を見つけて、深真は頬を緩ませた。

 二位と三位の生徒はよく深雪と一緒にいる女子生徒だったなと思い出す。

 昨日も一緒に行動している姿を確認しているので、よほど仲が良いのだろう。

 分かり切っている事ではあるが、実技試験のみの成績でも深雪の名前がトップに躍り出ていた。

 

 ついでに、深真は筆記試験のみの成績を確認して、若干顔を歪ませた。

 見る人が見れば分かる程度の変化であったが、どこか悔し気な表情だった。

 

 一位 司波達也

 二位 司波深真

 三位 司波深雪

 

 僅差、僅か四点の差で深真は達也に敗れていた。

 深雪との点差は五十点以上離れているので  それはそれで気になる所だが  割愛しておくが、深真は達也に敗れた事を悔しく感じていた。

『そもそも、何で俺とお前が第一位と第二位に分けられているか知ってるか。その間に、絶対的な壁があるからだ』なんて言葉を思い出して、深真は自省することにした。

 

「もう少し真剣に、魔法と向き合うべきでしたか」

 

 結局の所、深真は魔法と向き合う時間より超能力と向き合う時間の方が多かった。

 それは試験前も変わる事がなかった。

 超能力というよりは上海人形(ファイブオーバー)の製作に時間を割いていたのだが、深真にとっては同じことであった。

 目標としている四六七機にはまだまだ届かないが、確かにその目標に近付いた。

 

 深雪と仲直りできずにいる日常を送っている関係上、空き時間というものは幾らでも湧いてくる。

 逆に言えば、深雪と仲直りしない限り、予定が増えないということだが、深真はそのことを気に掛けていない。

 

 魔法と向き合う時間を増やす。

 

 今後の方針を心に決めて。いつもの様に今日もまた深真は一足先に家に帰るのであった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 九校戦のメンバー選出は生徒会に一任されていると言っても過言ではない。

 部活連会頭・十文字克人の協力の下、各クラブのレギュラー選手との兼ね合いも取りつつ選出を終えた所であるが、まだ真由美は頭を抱えていた。

 

「はぁ~…………」

 

 生徒会室に真由美の長い溜息が部屋一杯に広がった。

 

「選手以上にエンジニアが問題なのよ」

 

 真由美の愚痴大会と化していた昼食時間はまだ続くことを意味していた。

 

「まだ数が揃わないのか?」

 

 そんな真由美に摩利が問いかけると、気まずそうにしながら真由美は力無く頷いた。

 

「その……ね?深真さんを選手として勧誘する時間が長くてエンジニアの選出に手を付けたのはかなり後になってからなの」

「姉上を選手としてですか」

 

 気まずそうにしていた理由に姉の名前が出てきたことに驚き達也が口を挟んだ。

 驚きを見せたのは達也だけでなかったようで、いつものメンバーも驚いて見せている。

 

「えぇ。深雪さんの魔法力に劣らない超能力を持つ深真さんなら選手でもやれるでしょ?それで何度も誘ったんだけど断られちゃった」

 

 不満げに頬を膨らませながら真由美は事情を白状した。

 

「因みに何て言われて断られたんだ?」

「九校戦は魔法師育成の発表の場の一つであって、超能力を見せびらかす場ではない」

 

 先に話を聞いていたのか、その場に居合わせていたのか。

 面白げな表情を見せる摩利が真由美に話を振ると、真由美は深真の仕草と声を真似るようにして答えて見せた。

 

「似ていませんね」

「そんなこと言わないで良いじゃないリンちゃんっ!」

 

 鈴音にバッサリと切り捨てられ、思いのほかショックを受けているようだ。

 摩利がクックッと笑っている所を見るに、真由美は物まねが似ていると自負していたのだと思われる。

 

「………それで、深真さんの勧誘を諦めて、エンジニアの選出を始めたんだけど……ウチは魔法師志望の生徒が多くて、どうしても実技方面に人材が偏っている事を思い出して、またこうして頭を悩ませているの」

 

 ショックが抜けきっていないが、真由美は現状の説明を続けた。

 現三年生はこの傾向が強く出ており、魔法工学方面の人材不足は多大である。

 二年生と一年生はそれなりに人材がいるようだが、頭数が足りているとは言えない状況であるらしい。

 

 最悪、克人と真由美がエンジニアのカバーに入るという選択肢が浮上するも、摩利たちによってそれは却下された。

 

 鈴音にオファーが飛ぶも考える余地も無く却下され、結果として、あずさの提案と深雪のとどめの一撃により、達也がエンジニアチーム入りすることでこの問題は解決へと向かったのだった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 達也と同様に教師に呼び出された深真であったが、四高への転校を勧められただけで話は終わった。

 そもそも第一高校に通っているのは親の意向であり、深真としては魔法科高校である必要性がない、と転校の話を断った。

 理論に強い深真により良い環境を提供しようとした教師の思惑は、前提条件の違いにより敗れ去った。

 

 そんな一幕もありつつ時は進み、もう七月の終わりが近づいていた。

 

 上海人形の製作を進めつつ、四月の頃の想定よりも多く空いた時間の大部分を魔法の練習と習得に充てていた。

 目を背けたが、深真の実技試験の結果は酷い有り様で、下から数えた方が断然早いものだった。

 先の授業でやってのけた処理速度を見せれば、下から数えることにはならなかっただろうが、深真はその手法を取らなかった。

 

 魔法を超能力のように展開しただけと説明されたが、実際は全く異なるモノだ。

 

 この世界の魔法と深真が宿す異能は似て非なるモノだ。

 

 魔法式を用いてエイドス(事象に付随する情報体)を書き換えることにより、超常現象と呼べる事象を発生させる魔法。

 とある世界を準拠し、物理法則を捻じ曲げる事により超自然現象を発生させる異能。

 

 形が違うとはいえ、超常現象を起こすために何かしらのアクションが取られている事に変わりはない。

 

 そして。

 

 この世界に存在しないはずの異能を使用すれば、辻褄を合わせるようにしてエイドスの改変が行われる。

 

 異能を使い授業で求められている現象を引き起こせば、授業で求められた結果が得られる。

 それが、先の授業で行った裏技の内容である。

 だが、そこに、『魔法』の二文字はない。

 

 そこにあるのは世界の修正力を利用したペテンだけ。

 

 結局の所、深真は異能に頼り切っていたということだ。

 この問題を解決するために、深真は一学期の試験前よりも真剣に魔法と向き合っていた。

 

 数々の違和感を払拭する様に、深真は魔法に時間を割いた。

 

 その結果、二十四機の上海人形と、二科生として及第点の魔法力、そして、空気弾(エア・ブリット)  圧縮空気を撃ち出す魔法を習得した。

 前の二つは兎も角として、空気弾(エア・ブリット)は異能を参考にして原型を保っているとは言い難い代物となったが、使い勝手が良いと深真は喜んでいる。

 

 二週間にも満たない期間で独力でここまで魔法力を成長させる最中、九重寺で深雪がミラージ・バットという競技のトレーニングを行い、吉田幹比古が愉快な面子入りを果たし、達也が九校戦の技術スタッフとしてメンバー入りし、FLT(フォア・リーブス・テクノロジー社)で達也と深雪が父親にあたる司波龍郎と青木(執事・序列第四位)と会談し、幹比古が美月に迫ったり、トーラス・シルバーが飛行魔法を公表したりと色々とあったが、深真がそれらに関わることはなかった。

 

 その事を後悔しているかと聞かれれば、そんなことはないわけで。

 

 沢山出された夏休みの課題を片付けている手を止めて、深真は部屋の扉がある方へ振り返った。

 そこには、深雪の姿があった。

 ノックの音などは聞こえなかったのには訳がある。

 それは深真が二度寝する一方通行(アクセラレータ)の様に環境音を反射していたせいだ。

 無論、何か作業する際に環境音などを反射して過ごす事は深雪と達也に教えており、反応が返って来ない場合は入ってきていいとも伝えている。

 決して、深雪がノックもせず、深真の返事を待たずに勝手に入ってきたわけではない。

 

「お姉様……その、今よろしいでしょうか……?」

「どうかしましたか?」

 

 作業中の深真の手を止めたからか、単に気まずさを覚えているだけか、遠慮がちに声を掛けてきた深雪に、深真は頷いて用件を尋ねた。

 深雪の事を知ろうとした結果、何故か深雪にキレられた一件以来の二人きりの状況である。

 

 喧嘩や気まずさなどなかったとでもいう様に振る舞う深真の姿に、深雪は少し緊張を覚える。

 深雪と同じ心境にあると兄から聞かされているが、とてもそうとは思えない。

 湧き立った緊張を飲み込むように、深雪は気合を入れ直して口を開いた。

 

「九校戦の、私の応援に来ていただけないでしょうか…?お姉様がよろしけれ……ば………」

 

 尻すぼみになっていく深雪の言葉を聞いて、深真は不思議に思い首を傾げる。

 深雪の視線は深真ではなく、深真の机の上に置かれている小さなカレンダーに固定されていた。

 何があるのだろうと深真もカレンダーを覗くと、八月のカレンダーが表示されているだけだ。

 八月一日から八月三十一日に渡る長い矢印が記されている事以外、何ら変哲のない八月のカレンダー。

 それを見ながら少し考えて、深真は深雪の話が途切れた理由を察した。

 

「あぁ、大丈夫ですよ。この予定には深雪の応援に行く事も含まれていますから」

「本当ですかっ!?」

 

 九校戦の応援とそれに託けた小旅行、及び四葉家への帰省を一纏めにした長い矢印が、深雪にいらない不安を与えている。

 その考えは当たっていたようで、深雪の嬉しそうな声が室内に響いた。

 カレンダーを凝視して段々と落ち込んでいった少女からは想像できないほどの感情の振れ幅に驚きつつ、深真は深雪を応援する。

 

「はい。九校戦…、と言っても新人戦ですが、楽しみにしています」

「お姉様のご期待に添えるように精進いたします!」

 

 より一層気合を入れた深雪を微笑ましそうに見守り、深雪が退室するのを見送った後、深真は反射を再度展開して夏休みの課題の消化に取り込むのであった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 八月一日

 

 一高の九校戦メンバーが九校戦へ出発する日がやってきた。

 九校戦メンバーではない深真にとって全く関係のない話であるようだが、実は、深真もまた九校戦会場近くに確保した宿舎に移動する日である。

 

 今日の早朝までかけて夏休みの課題を終わらせた深真は、宿舎までの移動時間を九校戦の確認の時間に充てていた。

 

 全国魔法科高校親善魔法競技大会  九校戦

 そこには毎年、全国から選りすぐりの魔法科高校生たちが集い、その若きプライドを懸けて栄光と挫折の物語を繰り広げる。

 政府関係者、魔法関係者のみならず、一般企業や海外からも大勢の観客と研究者とスカウトを集める魔法科高校生たちの晴れ舞台。

 

 行われる競技は、スピード・シューティング、クラウド・ボール、バトル・ボード、アイスピラーズ・ブレイク、ミラージ・バット、モノリス・コードの六種目。

 この内、モノリス・コードは団体戦で、他五種目は個人戦となっている。

 そして、今年の九校戦は、各校から新人戦選手男女十名ずつ、本戦選手男女十名ずつの計四十名、作戦スタッフは四名、そして技術スタッフは八名が参加できる。

 

 現在、第一高校が二連覇しており、今年は三連覇確実とまで言われている。

 十師族直系の十文字克人と七草真由美、この両名に並んで名前が上がる渡辺摩利。

 この三名だけでなく、国際基準でA級ライセンスに相当するほどの実力をもつ生徒が何人も控えている事もあって、三連覇は固いと言われているのだ。

 

 三年生の名前ばかり注目されている為、二年生は大丈夫なのかと不安に感じる部分もあるが、最上級生たちが慌てていない姿を見れば問題はないのだと予想はできる。

 外に見せていないだけ、という可能性もあるが、外にバレないように隠す程度には余裕はあるのだろうから同じ事である。

 

 そんな九校戦であるが、九校戦メンバーに選ばれた第一高校生にはもれなく()()がついてくる。

 

 深真のように異能を貰えるとか神様関係の話ではない。

 試合の活躍に応じて成績点が加算される他、メンバーに選ばれただけでも長期休暇課題の免除及び一律最高評価が付けられる。

 移動続きであることもあって課題を七月中に終わらせんとする深真の様に、課題漬けになる必要がないだけでも良いものである。

 

 この特典は選手のみならず、作戦スタッフと技術スタッフにも適応されるので、達也と深雪もまた課題を免除されている。

 言わずもがな、深雪は新人戦選手として、達也は技術スタッフとして、である。

 

 そんな二人と異なり、深真は只の観光客である。

 

 そう、観光客。

 

 新人戦が始まるのは八月六日からで、深雪が出場するアイスピラーズ・ブレイクは八月七日に行われる。

 つまり、六日間の自由時間が存在しており、深真はその期間を使い只の観光客となる。

 

 観光がメインで観戦がサブとでも言わんばかりの心持ちで、深真は九校戦会場から少し離れた駅に降り立った。

 真っ先に向かうのは、確保しておいた宿舎。

 徒歩で二十分程の距離にあることは調べており、深真はのんびり歩いて向かう事に決めた。

 

 駅から出て一歩。

 

 深真の歩みは止まった。

 

「お久しぶりです。深真お姉様」

 

  黒羽亜夜子

 

 四葉家の分家の一つ、黒羽家のご息女である少女が満面の笑みを浮かべていた。

 

 


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